決闘
魔法を覚えてから一年経ち、俺は十三歳になった。未だにゼウロスさんから一本は取れない。しかし、俺は裏で牙を研いでいた。本に載っていた初級魔法は全て覚えた。闘気と併用する戦い方も考えた。反撃の時は近い……
俺はゼウロスさんから一本取れたら、それを理由に旅に出るつもりだ。ゼウロスさんから一本取れるなら、年齢は幼くとも世界を回るのに支障はないと説得できるからだ。当然、リブラには話してないが、どうせ連れてけないので関係はないだろう。
そして、運命の日が来た。気力、体力、魔力ともに万全だ。今日、全てを懸けて勝つ!
「ゼウロスさん、お話があります」
「なんだ、改まって?」
「今から俺と戦ってください。もし、俺が一本取れたら旅に出るのを許可してください」
「ほーう、面白い。いいだろう。俺から一本取れる男なら旅の心配もいらないからな」
「アステル!?」
リブラがそんな話聞いてないと驚いてこっちを見てる。しかし、今は戦い意外の雑念は邪魔なだけだ。視界と意識から消す。
「準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
「リブラ、剣を上に投げろ。落ちた時、試合開始だ」
「アステルの馬鹿! 負けちゃえ!!!」
リブラがなんか言ってた気がするが、極限まで集中した俺には聞こえない。剣が投げられ、ゆっくりと落ちていく――
落ちた瞬間、俺とゼウロスさんは弾けるように前に出た。一合、二合、三合、剣を打っては弾かれ、弾く。魔法を覚えてからの一年、剣だってちゃんと練習してた。ここまでゼウロスさんと打ち合えるようになった。
しかし、膂力が違う、技術が違う、徐々に形勢が不利にになってくのは自明の理だった。
重い一撃を食らい、吹き飛ばされてたたら踏む。そんな隙をゼウロスさんが見逃すはずがなく、防御ごと断つような一撃を放とうと踏み込む。
「っ!?」
掛かった! ゼウロスさんの足は半ば埋まっており、体勢を崩していた。
土魔法【墓穴】。つまり落とし穴だ。魔力を調整して、見えないように設置しておいた。流石のゼウロスさんも予想できなかったようだ。
ここで、調子に乗って攻めるのは愚の骨頂だ。バランスを崩しているように見えるが、どうせ一瞬で立ち直るし、ゼウロスさんならカウンターを狙っているだろう。
俺はロングバックステップで長く距離を離す。ゼウロスさんが怪訝な表情をした。俺の行動は剣士としては最悪だ。だが、俺は魔法剣士だ!
バックステップの最中に闘気を解く、そして即座にファイヤーボールを作り、投げる。これが俺の編み出した魔法剣士の戦い方だ。
闘気の最中、魔法が使えないなら解いてから使えばいい。まずは、魔法を速射できるように訓練を重ねた。今では一呼吸のうちに魔法を行使できる。離れてるなら魔法から入り、近接からは隙を作って魔法の溜めを作る。ゼウロスさん相手にも見事に嵌った!
ファイヤーボールは投げてさえしまえば、闘気を纏っても問題ない。俺は、即座に闘気を纏い、ファイヤーボールの後に続いて突進した。
避ければ体勢が崩れ、勢いのついた俺の剣のほうが有利。いくらゼウロスさんでもこれは耐えられないはずだ。この勝負もらった!
ゼウロスさんがどちらに避けるか注視していた俺は信じられないものを見た。なんとゼウロスさんはファイヤーボールを思いっきり切り付けたのだ。
「なっ!?」
逆に俺が驚かされてしまった。ゼウロスさんは返す刀で俺の剣を打ち上げた。ものすごい力で、かろうじて剣は手放さなかったが腕で上にあがる。そして、無防備になった腹を思いっきり蹴られた。
「がはっ!」
空気が無理やり吐き出され、体がくの字に曲がり、悶絶する。剣が首に突きつけられたのが分かった。
俺は負けを認めて、剣は手放した。
「お前、いつの間に魔法なんか……。しかも、あの威力と速度、流石に驚いたぞ」
驚かせても対応されたら何の意味もない。魔法を使えることを隠した一発勝負でこれでは、ぐうの音でない完璧な負けだ。
自信があった、完璧な作戦だと思った。しかし、現実は甘くなかった。俺は悔しくて久しぶりに涙を流した。リブラに泣いてる所を見られたくなかったので、涙を拭った後、走って家に駆け込む。
「アステル……」
「放って置いてやれ」
俺を追おうとするリブラをゼウロスさんが押しとどめる。ありがたい。今は誰にも会いたくない。
時間が経ち、大分落ち着いた。ようやくまともに戦闘を分析する余裕ができた。
「くそっ、まさかファイヤーボールを切ることができるなんてな。なんて化け物だ」
思わず愚痴が出る。作戦が嵌らず負けることはあるかも知れないと思ってたが、完璧に嵌って負けるとは思いもしなかった。
「やっぱ魔法を使うのをやめるか……。いいや、違う。戦術自体は間違ってなかった」
そうだ、ゼウロスさんも驚いたと言ってたし、途中までは思い描いた通りだった。つまり問題は――
「魔法の威力不足。所詮、初級魔法だ。もっと効果的な魔法があるかも知れないし、違うやり方もあるかも知れない。俺は魔法について全くの無知だ」
スライム本はものすごく分かりやすく色々な知識を俺に授けてくれたが、結局は初心者用の域を出ないのだ。新たな魔法を知れば戦術の幅も増える。きっと俺の、闘気と魔術を組み合わせた戦い方は間違ってないはずだ。
「また本を買うか? いや、本じゃ限界がある。ゼウロスさんのように師事できる人が欲しい。」
この国――アルドラ王国は小さく、大陸の端っこの辺境にあるため、あまり他種族がいないが、有翼族の教会がある。有翼族は争いを好まず、全国家と永久友好条約を結び、各都市に教会を設置して、彼らにしか使えない回復魔法で治療を施している。有翼との名の通り、彼らの背中には白い羽が生えており、天使の末裔とも言われる。
争いを好まない言うが、この世で力を持たないわけにはいかず、一般人でも攻撃魔法は使えるらしい。教会には対魔物専門の魔法戦闘部隊もいるとの噂だ。エルフはどこにいるかどうかすら分からないので、どうにかして有翼族に接触して魔法を習うことはできないだろうか?
色々考えてたが、結局は無駄だ。なんせ俺は負けたのだ。成人する十五歳にでもなれば家を出てもいいだろうが、それまで待つしかない。
「さて、そろそろ昼御飯の時間だし、食堂に行くかね」
空元気で声を上げ、食堂に行くとなぜかみんなが着席してた。
「おう、ちょうど良かった。今、呼びに行こうと思ってたとこだ」
ゼウロスさんが、柄にもなく神妙な声で言った。
もしかして、魔法使うのは良くないことだったのか? 異端審問、魔女狩りとの単語が頭を巡る。
「実は前から考えてたことがあってだな。お前らの進路のことだ。いつまでもこの平和な村にいるわけもいくまい。今日の戦いで、アステルも俺の予想以上に成長していた。もう俺の手を離れても大丈夫だと確信できた。実力があるなら世界を知るのは早いほうがいい。王都に騎士学校がある。本来は十五歳からだが、実力を持つ特待生なら年齢は問題ない。どうだ、行ってみる気はあるか?」
「私は行きたい。王宮騎士になるかは分からないけど、外の世界に行ってみたい!」
「俺は……」
リブラは即答したが、俺は言葉に詰まった。俺は、魔法を学びたいのだ。騎士学校は三年制。つまり三年間も拘束されることになる。
「アステル。お前が冒険者になりたいのは分かってる。ただ、そこまで急ぐ必要あるのか? まずは三年間騎士学校で外の世界を知るのも悪くないと思うぞ」
ゼウロスさんは少し勘違いをしていた。俺は『まだ』冒険者になりたいわけじゃない。今は魔法を学びたいのだ。しかし、ここにいるよりも外の世界を知りたいというのは同意だ。俺はちょっと生き急ぎ過ぎなのかな。誰かに師事できなくても本で勉強しとくって手もある。王都なら本も豊富だろう。
「そうですね。俺も王都に行ってみたいです。騎士学校に行かせてもらえますか?」
「よし、行って来い。とは言っても、俺らは送りだすだけだ。特待生なら金はかからんしな。お前らが落ちるはずもないし」
そう言ってゼウロスさんは寂しげに笑った。俺らが行ったらこの家も随分と静かになってしまうからだろう。
「すまんが、実は特待生試験が割りと近い。ちょっと急がないといけないな。三日で支度しろ。王都までは、商人たちに話をつけるから一緒に行け。住むとこもそいつらに斡旋してもらうつもりだ。旅路は一週間くらいだな」
「善は急げね! リブラも王都用におめかしの仕方教えないと!」
いくらなんでも急過ぎだ。これに順応するテミィさんもすごい。流石に夫婦だな。リブラもあまりの急展開に――
「お父さん、王都までの道ではどんな魔物が出るのか教えてね!」
……うん、親子だな。
反射で生きる人たちは決めたら早い。あっという間に村を出る日が来た。
「二人とも、ちゃんとご飯食べるんだよ!」
「お前らなら心配はいらないな。社会勉強してこい」
「坊主なら心配はいらんじゃろ」
「リブラちゃんがいなくなると赤髪亭が寂しくなるなぁ」
「リブラちゃーん、頑張ってー」
ゼウロス夫婦と村人たちの一部熱い声援を受けながら、俺たちは長年暮らしたパークス村を後にした。




