慈悲無き命令
奥の間に入るとすでに雅が着座していた。
「お言葉ですが母様。私は今日学校があるので、早急にこの場を終わらせてほしいのですが」
「学校のことは気にしなくてもいいのです。もう既に手を回してあります。当分和葉は学校には行かないと」
「……どういうことよ。当分学校に行かないって」
怒気をはらんだ声で真っ直ぐに雅を睨みつけた。
「先ほどの話の続きです。あなたは姉の和泉の代わりとして輝光界にいってもらうわ」
和葉の睨みなど気にもせず、変わらぬ態度できっぱりと言い放った
「ってことは、姉さんが舞鬼の巫女ってことですか。私になぜ守護者としての任を付かせたのか今まで少し疑問だったのですが……ようやく理解できました。が、なぜ私が行かなくてはいけないのですか!?」
いきなり告げられた横暴な発言に、さらに怒りはこみ上げてきた。
耐えきれなくなった光圀が口をはさんだ。
「雅様!以前も言わせてもらいましたが、和葉様にも普通の生活があります。和葉様にこれ以上の苦を与えるのはおやめください!」
「黙りなさい。雪城家に仕える身であるお前に口出す権利は無いわ。あのときは少し機嫌がよかっただけよ。口を慎みなさい」
「……っ!」
彼女から発する絶対的な権力と威圧感により光圀は改めて自分の立ち位置を思い知らされ何も口を出すことが出来なくなり、ただ唇を噛みしめ拳を握りしめるしかなかった。
「そんな……和葉1人で行かせるおつもりなのでしょうか?」
ただ1人この場の雰囲気に呑み込まれ口を開けることもできなかった真生がとうとう口を開いた。
「当初は1人で行かせるつもりでしたが……光圀、あなたも一緒に行きなさい。それなら多少の危険で済むでしょう。」
「光圀まで巻き込まないで!」
和葉の悲痛な叫びのような訴えは雅の耳には全く届いてなどいなかった。
端から聞く耳など持ってはいなかった。
「なら命令です。和葉は和泉の代わりとして輝光界に行きなさい。光圀も共に行き今まで通り任務を遂行すること。真生さん、このことをご両親はもう既に知っているわ。新たな情報と輝光界からの情報をこの二人から聞いて私に報告をすること」
「……了解しました」
ただ一人、一切言葉を発していない不知火は大きく伸びをしていた。
「やっと、話はまとまったみたいだな。んじゃ、いつに出発するんだ?不知火家は雪城家に合わせると言っていた」
「なら、明日よ」
驚きに一斉に目が見開いた。
明日など心の準備すらも何もできていない。もちろん向こうの世界へ行く準備もだ。
「いや!そんな早くじゃなくてもいいんすけど……」
「いいかげんにしてよ! なぜ明日なの!?」
「明日は満月よ」
「僕たち鬼の力が最も強まる。それにそこの井戸と僕たちの世界が繋がるんだよね。僕も話に混ぜてほしかったな」
声のする外の庭を見ると、池の水面の上に波紋を広げながらこちらにひらひらと手を振りながら無邪気な笑顔を向ける少年が立っていた。
一目で人間ではないということが分かった。
彼自身も言っていたが不知火と同じ鬼である。
月明かりに照らされ彼の銀灰色の髪が煌めき、真っ直ぐにこちらを見ている瞳は以前見た不知火と同じような真紅に染まっていた。
水面に立っていることといい自分が鬼であることを隠す気は毛頭ないようだ。
「蓮!なんでお前がここにいるんだよ!」
「久しぶり、司。なんでって理由は1つしかないに決まってるじゃん?」
「舞鬼の巫女か……」
「あたり。別に家の者に言われたわけじゃないんだけどね。好奇心でこっちの世界には不知火より早くに来てたよ」
言い終えると水面からスッと降り立ち近づいてきた。
和葉は彼の顔をじっと見つめていた。はっきりとは思い出せないのだが、この顔、この声はどこかで聞いたことがある。
「和葉ちゃん、僕のこと覚えてないの?」
「……わかんない。でもあんたのことは知ってるはず」
「じゃあ、この言葉でわかるかな?」
蓮が目の前から消えたと気づいた時には既に遅く、蓮は和葉の真横に音も無く立ち耳元で囁いた。
「見つけた」
和葉の頭の中には和泉を護衛した時の記憶がフラッシュバックしていた。
聞き覚えのあるその言葉を言ったのはあの時のフードを深くかぶった男だ。
「あのときのフード男! でもうちは男装してたのに」
「思い出してくれてありがとう。男装なんて意味ないよ。僕たちは気配で男女の区別ぐらい出来るし」
体勢を蓮の方へ向け和葉は驚きを顔には出さないようにした。
その驚きとは蓮の言ったこともそうだが、和葉の目線の先には蓮の頭しか見えなかった。
月明かりに照らされた蓮はとても大きく見えたが、実際近くで見ると明らかに和葉よりも身長は低かった。
「見つけたってあのときに、姉さんが舞鬼の巫女だってわかったってことね」
「いや、僕は君の方だと思ったんだけどな。君の瞳ってちょっと違うから」
「え?」
「蓮とやら、和葉から少し離れろ近すぎだ」
多少なりとも蓮との距離があったが、光圀は蓮の首根っこを掴み自分の方へと引っ張っていた。
「ちょっと何すんだよ! 離してよ!」
「はいはい、離れてくれればいいだけだから」
「話が大分逸れたんだけど、なんで明日が満月だからって理由だけで行かなきゃいけないの?」
「さっきも言ったじゃん? 僕たち鬼の力は満月に最も強くなるの。そうすると何故かそこの井戸は僕たちと同じような力が込められてるみたいで輝光界とこっちの世界が繋がるようになってるの」
「だからって……」
「もう一回頭首と掛け合えばって言いたかったんだけど……」
後ろを振り返ってみるとそこにはいなかった。彼女は蓮が説明をするとよんだのだろう、命だけ下し颯爽と去っていったのだった。
「本当、聞く耳持たずってかよ」
苛立ちが募り募ったようで、舌打ちまでもが光圀から聞こえた。
「もう、いいよ……。行けばいいんでしょ!」
「じゃ、決定ね。また明日ここに来るから」
そう言い去っていこうとする蓮を光圀がまたもや首根っこをつかまえ引き留めた。
いきなり歩いている方向とは真逆にベクトルが働き、苦しそうな表情が顔に現れていた。
「ねえ、あんたは何!? さっきから人の首根っこをつかまえてさ!」
「お前が鬼ってのはわかってるんだけど、名前ぐらいしっかり名乗ってけっつうの!」
「あぁ、忘れてたね。では改めまして僕は暁蓮。お察しの通り猫又の一族の鬼です」
襟元を直してから大げさに深々とお辞儀までしていた。
「お前、不知火と同じ五大鬼家の者かよ」
「よく知ってるね」
和葉は何となく自己紹介を聞きながら、自分よりは年下かなと思っていた。
童顔という見た目といい、何よりも身長が低いことに和葉は目がいっていた。
「ちなみにこいつ俺より2つ上、見た目に惑わされんなよ」
「えぇ!?」
和葉の心の中を読み取ったように不知火が付け加え、つい驚きの声が出てしまった。
「ちょっと、そこまで驚くことないでしょ!!」
「だって、身長も低いし……つい年下かと思ったんだもん!」
「低いって言うな! 今後伸びるし!」
「蓮、それずっと言ってて伸びてねえぞ」
「黙っててくれる? 司」
どうやら蓮は自分の身長が低いことにコンプレックスを持っているようで幼くみられるのが大嫌いのようだ。
司に追い打ちをかけられた蓮は、怒りをすべて司にぶつけようと指をボキボキ音を鳴らしている。
和葉はこのことは弱みとして取っておくべきなのか、禁句とするべきなのかと1人考えていた
大分日が開いてしまいすみません汗
これで第1章は終了です……次回は第2章となります!!