月夜の密会
寝静まった雪城本家のとある一室。
部屋を照らすために使われているのは、ほのかに揺れ光る蝋燭の明かりと外から差し込む青白い月の光のみ。
そんな薄暗い部屋に対峙する2人の姿があった。
「こんな夜中に申し訳ありません、雅様。急でしたので」
「いいのですよ、光圀。こんなにも月が綺麗な夜、早く寝てしまうにはもったいないでしょう」
上座に座り妖艶な笑みを浮かべているのは、現当主の雪城雅である。
下座に座っているのは、今日のことについて報告をするため訪れた光圀である。
他の者には話を漏らしたくないということと、雅の時間が合わなかったのでこうして深夜に場を設られた。
「要件なのですが……」
「今日は大分素が出ていましたね。久々にあなたの荒れた姿を見れましたよ」
扇で口元を隠しながらクスクスと笑っていた。雅には何もかもお見通しのようだった。
「見ていたのですか……?」
「えぇ、不知火という男が現れたという報告を七宮家から受けたものですから。優秀な部下たちがいますが……ね、私もこれくらいはできるのよ」
懐からそっと出したのは鳥の形をした和紙であった。
それはただの和紙ではない。
「式神を使って監視していたのですね。では要件の本筋はご理解していただけているということでよろしいですか?」
雪城家の当主として式神ぐらい操れるのは当然だと、光圀は以前雅に説かれていたため、動揺も驚きもしていなかった。
現に従者の中には雅の式神が存在している。
雅は手にしていた式神を懐に戻しもう片方の手で扇を閉じ、畳の上に置いた。
「もちろん。そろそろあちらの世界から使いの者が来ると思っていたもの。まさかあれほどまでの若い者が来るとは思わなかったわ」
「雅様……舞鬼の巫女のことですが、やはり和泉様が?」
「あの子の首には徴である、椿の形の痣が浮き出ているわ」
舞鬼の巫女に選ばれたものは首に鮮やかな椿の痣が浮き出る。それは年をとるほどにだんだんと色づき、ある年齢を経ると咲き誇るように鮮やかな赤色の椿が浮き出るのだ。
それはまるで少女の成長と共に咲き誇っていくようである。
「あの子には痣があってもまだはっきりとした力は無いわ、それにあの子の体はとても弱いの」
「では、もし舞鬼の巫女としてあちらの世界に行くという事態になったらどうするのですか!?」
光圀は雅が何を言うかを感じ取り、怒りを抑えることが出来なかった。
「もちろん、和葉に変わりとして行ってもらうわ。守護者としての任は一時的に解きます。人手は十分にありますから。」
雅の眼差しは和泉の時は慈しむような優しかったが、和葉のことになると感情などなくなったかのように冷たくなる。
どちらも娘であることにかかわりは無いのだが和葉のことなど家族とも思っていないのだろう。
光圀の腿の上に置かれた手は怒りに耐えれず小刻みに震えていた。
「あなたは何を言っているのか、わかってんのか!? 幼いころから和葉に重い責務を負わせて自由を奪っといて、今度は何も分からない輝光界に行けっていうのか!?」
「それが和葉の役目ですから」
「いいかげんにしろよ! どれだけあいつを苦しめれば済むんだ!」
怒りに雅への敬意などなくなり口調は荒くなっていた。
光圀の脳裏には和葉の泣いてる姿が染みついていた。
もう二度と和葉をあんなふうには泣かせたくはない。
「あなたはそちらの方がいいですよ、迫力が増して」
光圀の神経を逆なでするかのようにからからと笑い言い放った。
さすがの光圀もこれ以上は堪忍袋の緒が切れる寸前になっていた。
「おちょくってんのか!?」
「口を慎みなさい。これ以上このようなくだらないことには付き合ってられないのよ」
先ほどまでの雰囲気とは一転し、張りつめた空気が漂っている。雅は鋭い眼差しで光圀を制しつつ発言など許さないという威圧感を放っていた。
「これは雪城家からの命令です。後日召集をかけますから、それまで和葉には告げないこと。不知火という男も一緒に招きなさい」
「……了解しました」
雅の去っていった部屋に光圀は残り、畳を右手で強くなぐりつけた。
それは自分の無力さに対しての苛立ちであった。
結局和葉は雪城家に使われ、また悲しみや苦しみだけを与えられることになる。
「俺はなんて無力なんだ……」