追放こそが漢のロマン
ドンと後ろから何かぶつかった。それは俺にとって何度も経験のある衝撃だった。
背中の一部が焼けるように熱く、生ぬるいぬめりが腰からお尻に流れ落ちる。
背中を刺されたのだ。
脱力して血だまりに倒れ込む俺に、涙声で怒声を浴びせるヤツがいる……。
「ボクをバカにするからだ! 地獄に落ちろ、くそったれめ!」
そう捨てゼリフを吐くと元仲間の通り魔は駆け出し雑踏に消えた。
女の通行人の悲鳴が聞こえ、辺りは騒然とする。
「早く治してくれ、そのために高い金で雇ってるんだから」
俺はなんとか声をしぼり出し、雑踏の中に投げかける。
「へいへい、――でももし私が裏切ったら、あなたは更に強くなるのかしら?」
聖女はいい気味とでも言いたげに笑っていた。
なんてヤツだとは思うのだが、根は優しい女だ、たぶん今回も見捨てず治してくれるだろう。
「無茶言うな、死んでしまうわ。それより早く……血が流れすぎた、頼む……」
回復魔法がかかるのがわかった。なんとか助かった。しかし血が流れすぎた。俺は聖女に肩を借りて家に帰り、気絶するように眠った。
聖女は俺が起き上がれるまでの三日間、食事とトイレの世話をした。
◇
なぜ刺されたのか簡単に言えば、俺が新人冒険者をコケにしてプライドをズタズタにしたからだ。
見込みのない新人冒険者を見付けては、他のボンクラにはわからないがお前には見所があるとパーティに勧誘。そしておだてて新人がその気になったところで使えない無能だと笑い物にして追放する。
ずいぶんと酷いことを何十人もの新人冒険者にしてきた。
それは俺のスキル『背徳の追放者』のせいだ。
このスキルは相手を絶望させて追放すればするほど俺を強くする。刺されれば新たなスキル獲得のチャンス。全く酷いスキルだ。
俺だってこんな酷いことはしたくない。こう見えても気が弱いのだ。
しかし弱かった俺が強くなれる唯一の可能性が『背徳の追放者』、それに賭けるしかないだろ。
負け犬で終わりたくない。
俺は俺の人生の主役でありたいのだ。
◇
傷が治ると俺は聖女を仕方なく抱いた。
ねだられたわけじゃないが、手間かけさせた後、抱かないと機嫌が悪くなるからだ。全く面倒くさい女だ。
マグロな聖女を抱くと、俺は背中を向けて寝た。
別に照れたり、スキンシップが苦手というわけじゃない。聖女は俺の背中の傷が大好物だからだ。
一番の古傷に接吻すると、聖女はこの傷の話をしてとせがむ。もう何十回もした話だ。
俺もすっかり話し慣れた。
それは俺が『背徳の追放者』という最悪のスキルに目覚め、初めて踏み台にした故郷の男女の記憶だった。
「……故郷の村にさ、ずっと一緒に一獲千金を夢見てた、気弱な幼馴染みの男がいたんだ。あいつには、同じく同郷の可愛い恋人がいた。俺たちは三人でパーティーを組んで、街へ出て冒険者になったんだよ」
俺の脳裏に、かつてどん底へ突き落とした友と、その女の顔が蘇る。
「でも、俺に『背徳の追放者』が発現した。負け犬で終わりたくなかった俺は、手始めにあいつを追放することに決めた。でも向こうはカップル、俺はひとり、どう考えても追放は無理。だから女を言葉巧みに騙し寝取ったのさ。あいつは絶望し、呪いの言葉を吐き泣きながら街を去った。その瞬間、俺の体に初めて爆発的な力がみなぎるのが分かったよ」
「友達を裏切って、女まで奪うなんて…… 最低ね」
聖女の呼吸が一段と荒くなり、俺の背中をなぞる指に力がこもる。
「でも、それで終わりじゃない。俺の狙いは女、寝取った同郷の女の方だった。男を失って俺にすがりつくしかなくなった女を、毎日『愛してる』っておだて、アイツが一緒だと嫉妬でおかしくなりそうだから追放するしかなかったんだと弁解した。女はその言葉がロマンチックだったのか、ふたりの男を狂わせた自分にうっとりしていたよ。完全に依存させた。そして、俺に都合のいい最高のタイミングで、今度はその女を切り捨てたんだ。『アイツのお下がりは、もういらない。お前は足手まといの無能な使用済み中古だ!』ってな」
「ずいぶん辛辣な言葉ね」
「ああ。男を裏切った罪悪感と、俺への依存の果てに、二重の絶望を味わった女の顔は酷いものだった。顔から完全に血の気が引いて、狂ったように笑い出しながら走って消えた。だが逃げ出したわけじゃなく、包丁を取りに戻ったらしく二時間後、俺の背中を突き刺した。……それがその、お前が触ってる傷だ」
聖女は恍惚とした溜息を漏らし、その不格好な古傷に熱い唇を押し当てた。
「痛かったでしょうね」
「死ぬかと思ったよ。でも、激痛の裏で、力を得たかつてない万能感が脳を焼き切ったのは確かだ。俺の人生が、明確に悪路へと回り始めた瞬間だったからな……」
「あなたじゃないわ、追放されたふたりのことよ」
聖女はうっとりと目を細め、俺の背中にある数多の『絶望の跡』を、愛おしそうに抱きしめた。
◇
その日は、空がいつもより不気味に赤かった。
街の防衛結界がガラスの割れるような大音響と共に砕け散り、悲鳴と爆煙が爆発的に広がった。
「人間ども、ひざまずけ! この街は本日を以て、我が魔王軍の領土となる!」
現れたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ魔王軍の女幹部だった。
その身から放たれる圧倒的な魔力は、遠くから見ているだけでも肌がビリビリと痺れるほどだ。
並の冒険者では束になってかかっても足元にも及ばない。
「ねぇ、どうするの?」
隣で避難民の波を眺めながら、聖女がいつもの冷めた、どこか楽しげな目で俺を見ていた。
俺の心臓は早鐘を打っていた。逃げ出したくて足が震える。
だが、俺のスキル『背徳の追放者』が、かつてないほど激しく脳内で脈打っていた。
俺はいつも仲間を追放する時、何かあった時は、命を投げ出してもお前たちを守る。そのための力だ、だから勘弁してくれと心で祈っていた。ここで逃げ出せばその誓いは嘘になる。
「負け犬で終わりたくない」と言った自分の言葉が耳の奥でリフレインする。
ここで逃げ出せば本物の負け犬だ。
俺は自分の頬を強く叩き、剣を抜いた。
「おい、下がってろ聖女。俺が時間を稼ぐ」
「へえ、格好いいこと言うのね」
無理を承知で、俺は女幹部の前に立ちはだかった。
だが、現実は甘くない。
俺の渾身の一撃は、女幹部が軽く振るった漆黒の大剣にあっさりと弾き飛ばされた。
「ふん、羽虫が」
格の違い、まともな攻防にすらならなかった。
衝撃だけで俺の身体の骨が数本へし折れ、血を吐きながら石畳を転がる。あまりの痛みに意識が遠のきかけるが、女幹部がゆっくりと歩を進め、俺を通り過ぎて後ろの聖女へ獲物を向けたのが見えた。
俺は敵とすら認識されなかった。
「まずは、その目障りな回復役から血祭りにあげてやる」
最悪の状況だった。
俺はボロ雑巾のようになった身体を必死に動かし、最後の力で相討ちを狙う。
女幹部は余裕で振り返る。剣は俺の腹を貫き背中に抜けた。
俺の剣は女幹部の髪をかすめ、ひと束切り落としただけだった。
「魔王様に褒められた私の自慢の髪をよくも……。貴様楽に死ねると思うなよ」
俺の身体から剣を引き抜くと女幹部の口は耳元まで裂け本性を現し、苦々しそうに笑った。
「エレン……逃げろォ!!」
気が付けば、俺は聖女の本当の名前を血を吐きながら叫んでいた。
かつて俺が裏切り、絶望の底に突き落とし、俺の背中に最初の傷を刻みつけた、あの同郷の女の名前を。
なぜ彼女が姿を変え、聖女として俺の隣にいるのかは分からない。だが、初めて聖女を抱いた時エレンだと直ぐにわかった。
これ以上、エレンが傷つくのだけは耐えられなかった。
しかし、聖女――エレンは、逃げるどころか、クスクスとおかしそうに笑った。
「逃げるなんてだめよ。あなたは私の獲物なんだから」
彼女が女幹部を睨みつけた瞬間、大気が震えた。
「人間風情がぁッ、生意気!」
女幹部は怯んだ自分に驚き、思わず声を荒げたのだ。
聖女の身体から溢れ出たのは、神聖な光などでは断じてなかった。それはどす黒く、全てを圧殺するような、文字通りの暴虐の魔力だった。
【システムメッセージ:聖女の固有スキル『ダメンズへの献身』が発動しました】
「な、に……っ!?」
女幹部は恐怖に震え、退路を探し、視線は宙を彷徨う。だが、もう遅かった。
聖女はただ一歩、前に足を踏み出し、その白い手を軽く一振りした。
それだけだった。
ドガァァァァァァァァン!!!
凄まじい衝撃波が街を吹き飛ばさんばかりに炸裂した。
魔王軍の女幹部は、自慢の漆黒の髪ごと、一瞬で紙切れのように吹き飛んだ。
そのまま凄まじい速度で遥か後方の防壁へと叩きつけられ、壁が蜘蛛の巣のようにバキバキにひび割れる。
「が、は……あ、ありえ……」
女幹部はそれ以上の言葉を紡ぐこともできず、壁に深くめり込んだまま、ぐしゃりと首を折って即死した。
魔王軍の脅威が、文字通り一撃で、ゴミのように片付いたのだ。
静寂が訪れる。
聖女は慌てて死にかけている俺に回復魔法をかけた。クールを気取っていた聖女の仮面が剥がれ、まるで昔のエレンのままじゃないか……。
「な、んだよ……その力……」
俺のあきれ声に、聖女はフゥと小さくため息をつき、いつもの冷ややかな、視線で俺を見下ろした。
「お互い厄介なスキルを持っていると大変ね」
しかし堪えきれず彼女の頬が緩み、聖女が初めて幸せそうな笑みを見せた。
もし、今日出来た背中の傷の話をせがまれた時、世界で一番大好きな女、エレンを守ろうとして出来た傷だと話したら、聖女はどんな顔するのだろう。
まさか今度は俺が追放されたりしてな。
俺はそんなことを考えながら、また聖女の肩を借り、家に帰った。




