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毛根シネマティック・ユニバース(MCU)~秘密結社事件記録~

路地裏での毛根滅亡事件簿-秘密結社暗躍-序章

作者: kawauso2017
掲載日:2026/09/27

同シリーズ物とは一切時系列的に関連性は御座いません。

 ここは、とある業界が息を潜める秘密結社。


 かつて、彼らは人々の頭上に希望を与えていた。


 そう。


 遠い昔、カツラを製作していた者たちである。


     ◇


「今日の決行、滞りなく進んでいるな?」


 薄暗い地下室。


 長い机の一番奥に座った男が、低い声で尋ねた。


「はい、会長」


 その向かいに立つ男が、胸を張る。


「今回開発した毛根破壊玉。実に優秀です!」


 机の上に、小さな透明ケースが置かれた。


 中には、直径二センチほどの黒い球体。


「ほう……」


「実験に参加してくれた藤田なんて、もう全身毛無しです」


「……ほぉ。それはご愁傷様」


「本人も泣いて喜んでいました!」


「本当に喜んでいたのか?」


「細かいことは気にしてはいけません」


「件の育毛剤で再び生えることは?」


「はい、完全破壊の効能を持たせましたので現状では不可能です」


「ほぉ・・すばらしい(いたちごっこにならないといいが・・しかし、先ずは第一歩!)」


 会長は静かに頷いた。


 数年前。


 iPS細胞を利用した毛根再生技術が実用化された。


 長年、人類を悩ませていた薄毛という問題は、驚くほどあっさり解決した。


 薬局へ行けば毛根再生剤。


 病院へ行けば毛包再構築治療。


 少し金を出せば、若い頃以上の毛量まで取り戻せる。


 それは多くの人々にとって福音だった。


 だが。


 すべての者にとって、そうだったわけではない。


「我々の売上は?」


「前年比九十八パーセント減です」


「店舗数は?」


「残り三店です」


「職人は?」


「半分が育毛サロンへ転職しました」


 室内に重い沈黙が落ちた。


「……裏切り者め」


 誰かが呟いた。


 カツラ産業。


 長い年月をかけて培われた匠の技。


 自然な生え際。


 絶妙な毛流れ。


 風にも雨にも負けない装着技術。


 そのすべてが。


 一本のスプレーによって過去のものとなった。


「我々は忘れられようとしている」


 会長が立ち上がる。


「このままでは、カツラという文化そのものが歴史から消える!ウィッグ等という外道に逃げていては、今後このカツラ技術に未来はない!」


「おお……!」


「人類は毛根を取り戻した。しかし、その結果として何を失った!」


「カツラです!」


「そうだ!」


 会長は机を叩いた。


「ならば我々が、もう一度需要を作る!」


 室内にどよめきが走る。


 技術主任が黒い球体を掲げた。


「この毛根破壊玉は、対象へ接触した瞬間、周囲十五センチ以内の毛包を完全に不活性化させます」


「再生剤は?」


「効きません」


「再構築治療は?」


「効きません!」


「素晴らしい!」


 拍手が起きた。


「つまり……」


 会長はゆっくり笑った。


「ハゲれば、再びカツラが必要になる」


「その通りです!」


「では標的は?」


 壁のスクリーンに一人の男が映し出された。


 四十二歳。


 健康的な黒髪。


 毛量豊富。


 SNSでは毎朝、自慢の髪型を投稿している。


『今日もセット完了!』


『髪だけは若いってよく言われます!』


『親父も祖父もフサフサなので遺伝に感謝!』


 室内の空気が変わった。


「……許せんな」


「はい」


「実に許せん」


「ええ」


「ですので」


 技術主任がニヤリと笑った。


「これを、例のフサフサ野郎に!」

「カツラに未来を!」

「ジーク・ボールドネス!」

「ジーク・ボールドネス!」

「ジーク・ボールドネス!」

「我らに・未来を・そして栄光を再び!!」

「ジーク・ボールドネス!」

「ジーク・ボールドネス!」

     ◇


 その日の夜。


 男はいつものように駅から自宅へ向かっていた。


「今日はちょっと風強いな」


 前髪を押さえる。


 その後ろ。


 路地の陰から黒い服の男が現れた。


「目標確認」


 小さな球体を指先でつまむ。


「距離十二メートル」


 狙いを定める。


「……カツラ業界の未来のために」


 投げた。


 球体は小さく弧を描き。


 男の後頭部へ――。


 ぺち。


「ん?」


 振り返る。


 誰もいない。


「なんだ?」


 足元には、小さく砕けた黒い殻。


「ゴミか?」


 男は気にせず歩き出した。


     ◇


 十分後。


 帰宅。


 洗面所。


「さて、風呂……」


 鏡を見る。


「…………」


 何かがおかしい。


 頭頂部が、やけに涼しい。


 右手を伸ばす。


 触れる。


「…………は?」


 つるり。


 もう一度。


 つるり。


「……え?」


 鏡へ顔を近づける。


 そこに映っていたのは。


 額から頭頂部まで、見事なまでに何もない自分だった。


「…………」


 男の顔から。


 ゆっくりと血の気が引いていった。


「俺の……」


 震える手が頭へ伸びる。


「俺の髪ぃぃぃぃぃぃ!!」


 遠い未来。


 毛根を取り戻した人類の陰で。


 失われた産業の逆襲が、静かに始まろうとしていた。

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