キックスケーター最速伝説
今回は小学生時代のキックスケーターを思い返したお話です。
三度の飯より冒険、それが男の子という生き物である。
作者である私、セキもまたその一人だった。
窓から外を見てみれば、遠くの景色を不思議に思う日々。
土地勘も無いのに、何があるのか気になってあちこち向かった。
時には獣道の先を辿って小高い山を登ってみた。
そんな旅には常に危険が付き纏う。
迷子、怪我、見知らぬ人。
例を挙げればキリがない。
ところで男の子は、何故わざわざ危険を冒す事が好きなのだろうか?
この問題の答えは男の子しか分からないだろう。
我々はその時の感情の赴くままに動いているだけなのである。
スリルや刺激そのものを求める人間になってしまった今だからこそ分かる。
結果として危険な目に遭うだけであり、危険を好む訳では無い。
危ないからダメと言われた事に対する反骨精神でもない。
純粋な好奇心だけがそこにあるのだ。
そんな好奇心溢れる小学生時代のある日。
私と幼馴染のタツキは、当時流行りのキックスケーターを乗り回していた。
誕生日プレゼントの青いキックスケーターが私の愛車。
初めて乗った時は、風を切り景色を置き去りに、目にも留まらぬ速さを手にした気がしていた。
しかし、段々と飽きを感じ始めていた頃合。
脚力で出せる速度に慣れ切ってしまい、むしろ後ろから抜き去って、小さくなっていく年上のチャリンコが、嫌と言うほど目に留まる。
だが私は自転車に乗れなかった。
中々取れない補助輪を見られたくないという、崇高な宗教上の理由があったのだ。
そして現実から目を背け、遠くを見つめたその時。
タツキはある提案をしてきた。
「山登ろう」
まるでお告げでも聞いたような表情と、極めてシンプルな台詞。
だが彼は、小高い山の頂上に新たな世界を見い出していた。
それは"スピードの境地"。
位置エネルギーの力を借り、人力を超えた速度を得ようというである。
2人は溌剌と地面を蹴った。
そして辿り着いた麓の景色は、それなりの傾斜があるのに輝いてすら見えた。
肌を指す日差し、蜃気楼が立つアスファルトに両面焼きにされながら、我々は坂道を登る。
汗が滝のように流れ、肌は油ギッシュにベタつく。
それでも我々は登り切り、曲がりくねった道の頂に達した。
悲鳴を上げる身体を動かした物こそ好奇心。
未知のスピードの魅力は何物にも代え難く、その世界を見る為なら過程も方法もどうでもよかったのである。
「すっげ」
私は思わず言葉を発した。
そして2人は目を見合わせ、ドキドキとワクワクの世界へ飛び込んだ。
景色が加速していく。
行きとは比べ物にならない速度で目まぐるしく木々が駆け抜けていく。
これだ。
正真正銘、景色を置き去りにしている。
風を切るどころか、風そのものになったような気分だ。
完全にハイになった私はブレーキから足を離し、誰に教えられた訳でもなくスピード重視のフォームに切り替わる。
火照った身体を空気が撫で、清涼感はエアコンのそれと比較にならない。
ここまでよく頑張ったと、自然そのものが労ってくれている。
晴れ渡る夏空の下、間違いなくそんな実感をした。
曲がり道に差し掛かっては体重移動を活かし、滑らかなカーブで際どいインコースを攻めまくる。
その時、心の中では"町内最速"を自称し、さっきの自転車族を見下しすらしていた。
ちっぽけなキックスケーターがチャリンコを超えたぞ、と。
ところで、グレーチングをご存知だろうか。
側溝にある金網みたいな物だ。
キックスケーターはグレーチングに非常に弱く、タイヤがピッタリとハマってしまう。
下手に越えようとせず、回り道をするのがキックスケーター乗りの常識であった。
そして坂道が終盤に差し掛かった頃、速度と興奮は最高潮に達していた。
快感に飲まれた我々は、流れ行く景色を味わい尽くし、脳内で再生されるファンファーレと共に走り切る気が満々。
そんな中、突如2人の目の前に現れたのがグレーチングである。
私は戦慄した。
スピードが速過ぎて安定せず、後輪のブレーキに足を遣る余裕も無い。
山肌に挟まれて他の逃げ道もない。
そして腹を決める時間も無い。
カンッ、と鋭い金属音。
タイヤは無慈悲なグレーチングに飲み込まれた。
それからの光景は、十数年経った今でも鮮明に覚えている。
水平飛びをした。
飛距離は定かではないが、かなり飛んだだろう。
何せ、同じく隣で水平飛びをしているタツキを眺める余裕があったのだから。
時間の進みが遅くなった。
ついさっきまでが快速だったばかりに余計に際立って見えた。
そして着地。
地面が返してきた運動エネルギーが脳を揺らし、世界が目まぐるしく暴れる。
身体のあちこちを擦り剥いたが、痛みを感じる余裕すら無かった。
少し横になって回復すると私は、更なる戦慄と安堵を同時に感じれる光景を目にする事となる。
運良く着けていたヘルメットを触ると、手触りがおかしいのだ。
何故か緩衝材らしき物が指に当たり、余計に汗が滲む。
私はヘルメットを外して眺めた。
真っ二つに割れていた。
硬質プラスチックの外殻が真っ二つだったのだ。
乗れない自転車と共に買ったヘルメットの、お役御免であった。
大人であれば気付いたグレーチングの存在。
幸い怪我は少なかったものの、下手をすれば後遺症では済まないような冒険であった。
我々は好奇心に殺されかけた猫である。
そしてこれこそが、少年の冒険の本質だ。
それからというもの、私は速度を嫌う人間に生まれ変わった。
スピードこそ醍醐味のウィンター・スポーツの類はいつも最後尾。
初心者をカバーする名目で仲間の背中を眺める。
ただしジェットコースターは別腹だ。
そしてセキはその後、ヘルメット着用を題材とした作文コンクールでリアリティが評価され、見事入賞した。
かなり大きい規模の作文コンクールでしたが、なんと表彰式で賞を貰いました。
ヘルメットは大事ですね。




