《☆》落書きでさよなら
☆さらっと読めるショートショートです。
侯爵令嬢ティアナに覚醒したスキルは、「落書き」だった。
この国の半数くらいの者は、十四歳前後にスキルが覚醒する。
例えば「俊敏」が覚醒した者は今までより多少俊敏に動けるようになって、騎士を目指したり。
「包丁さばき」が覚醒してコックになるも良し、家庭料理に勤しむも良し。
大抵はそれくらいの事だった。
だが、ティアナに現れたのは、稀有な「落書き」のスキル。何と、指一本で空気にも水にも落書きできるのだ。
本来ならばその能力で身を立てる方法を考える所だが、ティアナは侯爵令嬢。そもそも経済的に何の不自由も無い。
家族仲も良いし、婚約者のディール第三王子とも仲良くやっているので、何の不満もない。
「神から頂いたこの力は、世のため人のために使いましょう」
ティアナはそう決意した。
家族も、スキルを家のためだけに使えなどとは言わなかった。
心を決めたティアナは、力の込め方で落書きの消える時間を調整できるようにしたり、風魔法の術者に落書きを遠くに運んでもらう方法を考えたり、スキルを磨いた。
そして、まず近くにある婚約者のディール第三王子の長兄である王太子の結婚式で、この力を役立てたいと思った。
我が国の王太子と隣国の王女との結婚式は、各国の来賓を招いての一大国家行事だ。少しでも役に立てたらと協力を申し出て、担当者たちと何度も打ち合わせてアイディアを出し合った。
結婚式の前日、この国を訪れた他国の国王夫妻や王太子夫妻など各国の重鎮たちは、もてなしの紅茶の上に浮かんだ各国の言葉で「ようこそ」という文字が溶けるように消えるのに驚いた。
また、お祭り騒ぎの街中を視察した従者たちは、辻ごとに道案内が宙に浮いているのを見て驚愕した。
国賓たちに感嘆されて御満悦の国王は、それらを行ったスキル持ちの少女だとティアナを紹介した。第三王子の婚約者であると釘をさすのを忘れず。
裏方のつもりでいたティアナなのに、国王に国内外の人たちに紹介され、皆にお褒めの言葉をいただいたり感心されたり称賛されたり。身に余る光栄だった。
ご機嫌になったティアナは、スキップでディールと自分用の控え室へ戻り、ノック無しでドアを開けた。
「…………」
「…………」
言葉も無く見つめ合うティアナとディール。
ディールは、花嫁の妹姫と長椅子で縺れ合っている最中だった。
ティアナは、無言で部屋を突っ切ってバルコニーに出て、青空に指を伸ばした。
ディール王子の浮気者!!
「何あれ!」
「浮気? やだサイテー!」
青空に大きく書かれた落書きに、城の中からも外からも、いや国中から声が上がった。控え室に飛び込んで来た侍従や侍女が、長椅子の上のあられもない二人を見つける。
ふん!、とティアナは部屋を出て行った。
やがて落書きは夕陽に照らされ、夜の帳が降りる頃やっと消えたのだった。
翌日、王太子の挙式にディールと隣国の妹姫は謹慎で列席していない事にホッとしつつ、ティアナは式場の片隅でせっせと蝶を落書きしては風魔術の術師たちに式場を舞わせてもらっていた。
「ディール様とは婚約破棄が決まったけど、あんな事をしちゃった私をお嫁にもらおうなんて人はいないわよね……。『世のため人のためにスキルを使おう』と思ってたのに、私ったら未熟だわ……」
幸せそうな王太子と花嫁の姿にちょっぴりしょんぼりするティアナ。
ティアナは知らなかった。
水面下で、各国vsティアナの父&国王によるティアナ争奪戦が始まっている事を……。
「青空に落書き」と思いついた時は、メルヘンだ〜!と思ったのに何でこうなった……。
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2025年10月4日 日間総合ランキング
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