最終話 聖女と祝福された地
それは、あまりにも大きな変化だった。
リアナがアレクシスの元へ嫁いで数ヶ月。
辺境の地と呼ばれたその地は、まるで別の国のように変貌していた。
作物は豊かに実り、水源は清らかに湧き。
空気すら澄んだように心地よく、病も天災も減っていった。
そして何より、魔物を屠るその姿から、"残虐公"と呼ばれるようになった要因――
かつて、魔物の巣窟と恐れられたその土地は、
魔物が出現することはなく、今や“祝福された聖地”とまで呼ばれるようになる。
人々は言った。
「リアナ様が来てから、すべてが変わった」
「聖女様が、この地を救ったのだ」と。
一方、王都では――
聖女の加護を失ったその地には、よどんだ空気の中、魔物の群れがはびこり、飢饉が広がり、民の不満は渦を巻き。
逃げ出すものが後をたたず。
かつて隆盛を誇っていた王都は、一転して失業者に溢れた苦難の地となる。
国庫はすでにそれらの対応で疲弊しており、打開策もなく、滅亡の足音が聞こえてくるようだった。
王は玉座で肩を落とし、
「……わたしは、大きな過ちを……
この国の希望を……虐げ、自ら手放したのか……」
「そもそも、レジーナだけを大切にしていればこんなことには…」
そう悔やむばかりであった。
正妃レジーナは、かつてリアナが過ごしていた、粗悪な部屋で、硬く不衛生な寝所に手を触れ、泣き伏していた。
直接手は下さずとも、徹底してリアナに無関心をつらぬいていたレジーナ。
一度でも、きちんと会うことがあれば違和感に気づいていたかもしれない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……本当は……誰より大切にあなたを守るべきだったのに……」
フィオナは――
居場所を失い、城の片隅で膝を抱えていた。
彼女が祝福のある正妃の子ではなかったこと、
また聖痕を偽っていたこと、リアナを虐げていたことすらもう知れ渡ってしまっていた。
民は彼女を「偽りの姫」と嘲笑し、聖女リアナがいなくなり、王都をこのような状態にした原因のフィオナの――
処刑を求める声すら上がっている。
かつてリアナを「卑しい生まれ」と罵ったその口が、
今は誰にも届かず、ただ自分の中でむなしく響いていた。
一方で――
アレクシスの領地では、聖女と公爵様の成婚を祝し、祝祭が開かれていた。
人々の歓声に包まれながら、リアナは祭の中心に立つ。
金と銀に輝くドレス、優しく風に揺れる髪。
「……夢のようです」
涙ぐみながらそっと呟いたリアナに、アレクシスが微笑みながら静かに手を差し出す。
「私も君と過ごすことができ、幸せに思う。
長い間、理不尽に虐げられても、まっすぐに生きようとする君のことを、私は誇りに思っている。
これからは私が、…君の夫として、何者からも守り続けると誓おう」
リアナはその手を取り、心の底から微笑んだ。
どんな涙も、どんな苦しみも、すべて過去に変えた、花開くようなあたたかな笑顔だった。
空を見上げると、光が差していた。
「ありがとう……私を、選んでくれて」
リアナの胸に宿る聖痕が、ふわりと輝いた。
それは、過去を断ち切り、未来を照らす――
聖女と祝福されたこの地の、幸せな結末だった。