第五話 帰還と審判、そして真実
王都、謁見の間に、静かに足音が響いた。
黒き狼の紋章を掲げる使者――
アレクシス・ヴァルト公爵と、その隣に立つ美しい少女、リアナ。
銀の髪を揺らし、真っ直ぐに進むリアナに、誰もが視線を奪われた。
中でも、正妃レジーナの目は大きく見開かれる。
「……うそ、でしょう……?」
王宮にいた時、リアナは見窄らしい粗末な衣服をまとい、髪をとくことすらができない状態だった。
その上、レジーナは、リアナを無き者として扱っていたため、しっかりと直視したのはこれが初めてだった。
彼女の若き日にそっくりな顔。
口元、瞳の色、背格好すべてが――
アレクシスが静かに言う。
「彼女こそが、“本物の姫君”――正妃レジーナ様の娘、リアナ・リュセール殿下です」
「嘘!!!」
フィオナの叫びが響いた。
「私がお母さまの娘よ!っ、リアナなんて、ただの卑しい使用人の娘じゃない!!」
アレクシスは一瞥もせず、手を上げた。
「……これは、精霊に力を借りることで、"土地の記憶"を見ることができる魔道具だ。
様々な制約があるため、おいそれとは使えないが…」
魔道具――《映像玉》が宙に浮かび、再生が始まる。
映されたのは、かつての王の愛妾が、側仕えの者…いずれ、乳母になることが決まっていた者に対し、こう言う姿だった。
「お願い……レジーナの子と、この子を置き換えてきて。
あなたの家族も、病気の治療にお金が必要なのでしょう。この宝飾品をあげるわ。
この子は…きっと私の子として育つと、ろくな扱いは望めない。
……失敗したら、あなたとあなたの家族を……殺すわ」
「……な……」とレジーナが絶句する。
「フィオナ……あなたは……
あの女の……子どもだったっていうの……?」
フィオナは青ざめて首を振る。
「そんな……お母様……私は……あなたに愛されて……ずっと……!」
映像玉はなおも映し出す。
──薄暗く、使用人が与えられるよりもひどい部屋。冷たい石の床に膝を突く少女、リアナ。
──皿に載るのは、カビの生えたパンと腐ったスープ。
──日々の鬱憤が溜まるとフィオナはリアナの部屋に訪れ、「卑しい生まれのくせに!」と平手打ちする姿。
──リアナが、震えながら、声を殺して泣く姿。
映像が止まると、謁見の間は凍りついたように静まり返った。
「そんな……こんなこと……」
レジーナが震える声で呟き、膝を突く。
「私は、何も知らなかった……ずっと、あの女の子どもだと……だから……」
「私の娘は、リアナ、あなただったのね……」
レジーナがすすり泣き、リアナに手を伸ばすが――
アレクシスがその前に立つ。
「これ以上、彼女に触れさせるわけにはいきません」
「彼女が受けた十数年の苦痛を、今さら数分の後悔で償えるとでも?」
「……私は……」
リアナはゆっくりと口を開いた。
「……もう、戻るつもりはありません。
私は、アレクシス様の伴侶として歩く未来を選びました」
レジーナは、何不自由なく、大切に育てるはずだった娘に背を向けられる苦しみを、初めて知ったのだった。
王が立ち上がり、苦しげに言う。
「……ならばリアナの代わりにフィオナを嫁がせよう!
元々どちらの娘かの指定はなかっただろう。
我が王家の娘として、縁組みを……」
アレクシスが一歩前に出て、契約証を掲げた。
「その提案は、受けられません」
「ッ、臣下の分際で、無礼ではないか!」
「…これは、リアナ殿下を正式に迎える際に交わされた魔法契約書です」
契約が光を放ち、内容が読み上げられる。
『リアナ・リュセールを花嫁とし迎える対価として、王家はヴァルト公爵領から多額の支援金を受領』
『婚約後、婚姻相手の変更には、支援金の五倍を違約金として支払うこと』
「ご存じのとおり、魔法契約に違反するか、無理やり捻じ曲げてしまいますと、精霊に違反者の関係者と判断された者全てが命を落とします。
……さて、王国の国庫では、到底支払えない額だと存じますが……いかがでしょう?」
王は顔を引きつらせ、何も言えなくなる。
フィオナは震え、ついにその場に崩れ落ちた。
アレクシスがリアナの手を取り、はっきりと宣言する。
「私の妻は、リアナだけです。
彼女以外を迎える気など、みじんもありません」
その言葉が、王宮に最後の審判を突きつけた。