99話 行き交う思惑
「久しぶり、マリンちゃん」
「あれ、ユーノ。学生時代だからもう18年ぶりになるのかしら?」
娘のトキがログアウトして、さて私も一旦ログアウトしようかとお爺ちゃんを送還するタイミングでコールがなった。
相手はユーノ。
学生時代からの親友だが、ここ最近すっかり疎遠になっていた。
「もうそんなに経った?」
「経ったよー。うちの子も15よ? 私もすっかりおばさんよ。アバターが無駄に若いから勘違いしちゃうけど」
「あはは、今だに学生時代のアバターでやってるんだ?」
「そうなのよ。あちこちから引っ張りだこで。主婦業の傍アイドルなんてしてるわよ。でも子供優先の生活だからすっかり夜型のログイン生活だけどね」
「じゃあ、この時間にログインしてるのって珍しいんだ?」
「そうよー、運が良かったね、ユーノ」
懐かしさに、口調が学生時代に戻っていく感覚があった。
リアルではおばさんもいいところだというのに。
あれからそんなに時間が経ってないんじゃないかって、そんな感覚さえして。
「そういえばAWOもすっかり変わったんだねー。過去フレンドの召喚? みたいなの増えてて驚いた」
「お、お目が高いね。私なんてお爺ちゃんを召喚して昔を懐かしんでるのよー」
「えっ、昔のプレイヤーも呼べちゃうの?」
「フレンド登録してればね? だからおいそれとアバター変えなくてよかったなーって今になって思うの」
「そうだねー。でも流石に学生時代のアバターに今更袖を通すの恥ずかしくない?」
「およ、今のユーノは違うユーノ?」
「ここ、仮ログインのエントランスからだから、まだログインしてなくて」
「あー、そういうこと」
AWOも時代が変わり、ログインをしなくてもある程度の情報閲覧ができるようになっていた。
前からできたのもあるけど、多くは掲示板やプレイヤー間のコールなどは目新しい。
ログインは何かと遅延するから、緊急コールとしてよく設けられる。
主な内容は今日遊ぶ約束してたけど、行けなくなった。
などだ。
「うん。それで今も現役のマリンちゃんにお願いがあるんだけど」
「どんな話だろう。ケンタ君絡み?」
「耳が早いね。うん、私の旦那さんの話だよ」
そうそう、ユーノったらケンタ君と結ばれたんだよね。
話を聞いた時は驚いちゃった。
でもお付き合いを始めた時はお互いに正体を知らなくて。
昔遊んでたゲームを話す機会がある時に謎の共通点があって。
その全てにお爺ちゃんが絡んでたんだよね。
正体が判明してからはすっかり意気投合。
あとは会社を独立して今に至る。
本当にあの時は波乱の人生を歩んでいて、心配していたのだ。
「実はあれからまた融資を打ち切られちゃって」
「聞いてるよー。なんでもまた大規模イベントでサーバーを増設したんでしょ? 株主達を納得させられる博打を打ってたみたいじゃない」
「なんでそんなことまで知ってるの?」
「知り合いに同業者がいるのよ。シグレちゃん居たでしょ? あそこ今若い子を中心に人気が爆発してるWBOの運営してるから」
「マリンちゃん、アキカゼさん化してない? 人脈どうなってるの?」
「してないしてない。言われた教えを守ってるだけよ。私なんてただの主婦でしかないんだから。そういうユーノはどうなの、今や社長婦人なわけでしょ? 社運をかけたイベントだって聞いたけど」
「実は折入って相談したいことがあって」
「いいよー。でもここじゃあれだからどこかでログインできる?」
「うん、少し恥ずかしいけど」
ユーノは結局学生時代のアバターに袖を通し、密会の場所までやってきた。
相談事は、これから起きることに一人娘を巻き込ませたくないという切実な願いと。
少しの間匿って欲しいというものだった。
「それくらい任せなさい。それに都合よく、うちの娘が友達になってるわ」
「ねぇ、ちょっとその偶然は怖くなるくらいなんだけど?」
「そんなのはこっちが聞きたいくらいよ。このタイミングでユーノが私に話を持ちかけてきた。何かが起ころうとしているのね?」
「先ほど融資が一つ打ち切られたと言ったじゃない?」
「ええ」
「実は同じタイミングで莫大な融資を提案提案してきた会社があって」
「それは、私も知ってる会社?」
ユーノは密室だというのに周囲を確認し、耳打ちするようにいった。
「アルプ社って言うの。知ってる?」
「そこ、確か最近WBOの運営を乗っ取ったところよ?」
「えっ」
そしてその首謀者はナイアルラトテップ。
お爺ちゃんだけじゃなく、他のプレイヤーまで巻き込もうというのかしら。
「乗っ取ったってどういうこと? シグレちゃんの会社が今運営を任されてるって話をさっき」
「文字通り。今や違う仕事とクレーム対応に追われているらしいの。だからもし、ケンタ君がその融資の話を受けちゃったらまずいことになるわ」
「そんな、どうしよう。うちの人、結構乗り気なのよ? みんなうちのゲームに理解がない、見る目がないって憤慨してるところに来たものだから」
救いの神に見えちゃったんだね。
実質邪神だけど、それを感じさせない素振りは本当に上手なのよね。
お爺ちゃん以外の人に限定されるけど。
「そうなんだ。本当に人の心の隙間に入り込むのが上手な人」
「……何か言った?」
「ううん、なんでもないよ。でもそっか、アルプ社か」
「まだ何か思い至ることがあるの?」
「ううん、なんでもないよ。ただWBOの運営が乗っ取られた後にね、偶然なんだけどAWOでフレンド召喚システムが実装されたの。それと同じタイミングでね、WBOのキャラも召喚できるって話が持ち上がって、文字通り祭りになったわ」
「どうしてAWOと? なんの脈絡もないじゃない」
「これはまだ机上の空論なんだけどね、そのアルプ社。AWOの運営が関わってる可能性があるわ。だって急にコラボをするなんて言い出したのよ。そしてAWOでは急に抜けた第一世代の穴埋めすらできていない状況だった。それが実装されたことによって、事態は急速に回復。世界に平和が戻ったかに見えた。けど、それは全く異なる災いを招き寄せた。世界の修復をするには一人のプレイヤーを呼び寄せるだけでは至らなかったみたい」
「なんの話をしているの?」
「先に白状するけど。今回のコラボの実装、お爺ちゃんをこの世界に呼び戻すための博打みたいなものだったんだよね」
「え、アキカゼさんが復帰? もう何年も前にお亡くなりになったと聞いたけど?」
「うん、でも輪廻した魂を捕捉して縋ってきた。ドリームランドの神様は、私たちの世代では対処できないとしてお爺ちゃんに縋った」
「無茶苦茶じゃない? プレイヤーの生き死にまで関与してくるなんて。やっぱりこのゲーム普通じゃないよ。あの人がこのゲームから離れたがっていた理由もわかるというものだわ」
それは本当にそう思う。
それくらい好かれちゃったお爺ちゃんにも何割か責任はあるかもだけど。
だから頑なに関与したがらなかったんだねぇ。
で、解決しちゃうんだから。
本当に生まれ変わっても無茶苦茶だ。
その無茶苦茶さが今の世代にはないんだって見抜かれちゃってるんだ。
第一世代がこぞって亡くなって、ドリームランドの神様達は私達の世界に見切りをつけたんだ。
まだ遊んでるっていうのに酷い話だと思う。
「うん。でもここが面白くて抜け出せないプレイヤーがいるってのも本当だよ。実質ここだけじゃない? 時間加速とかいう出鱈目な技術で無理のない時間にログインできるゲームって。今やリアルタイムと同じように流れる課金圧の強いゲームばかりよ?」
「それは否定できないね。昔は隙間時間を推奨するゲームが多かったのも事実だけど。本当に見かけなくなったよね」
「その運営に深く関わっていたのが第一世代だったらしいわよ? だから後を引き継げなくなったとか」
「ちょっとだけわかる気がするな。あの世代って仕事に向ける情熱がすごかったもの」
「うん。ちょっと眩しく思っちゃうくらいの情熱があったよね。お父さん達だって頑張ってる。けど、今では再現不可能と呼ばれてる。だから、昔を懐かしみにくるプレイヤーがほとんど。私もそのうちの一人かな?」
「でもそういう意味ではなぜ今もそれが続いているのか謎よね? それとアルプ社か。急にごめんね、こんな時間に押しかけて。また娘をこちらに寄越すけど、その時は頼めるかな?」
「お母さん同伴で来てもいいのよー?」
「またあの頃のように楽しみたいところだけど、ごめんなさい」
ユーノの瞳には決意が漲っていた。
もう今はあの頃の何も知らなかった子供じゃない。
そして今、大きな決断を迫られていると。
「いいのよ。私だっていつまでもログインできると思ってないから。娘がAWOにデビューするって聞いた時は耳を疑ったほどだもの。若い子がこれにハマる要素って、悪いけどあまりないじゃない?」
「既存プレイヤーがそれを言っちゃうんだ?」
宇宙的恐怖がそこかしらに闊歩してるファンタジーの皮を被った何か。
既存のモブからして異形。
でも、私が始めた時はその偽装にすっかり騙されてたっけ。
ちょっと珍しいけど、それだけ。
でもお爺ちゃんがその正体を暴いて、世界の真実を知らしめてしまった。
そこからプレイヤーは嫌でも目が離せない現実を見ることになった。
未知が解明されて既知になってもまだ、プレイヤーは謎を求めた。
このゲームにはあまりにも多くの謎が眠っていて。
運営はその謎そのものだった。
飽きもせず、エンドコンテンツはいまだに更新され続けている。
私が死ぬまであるかもしれない。
この膨大な謎を内包したゲームは、それこそこのゲームに存在する神様達によって運営されているのかもしれないのだから。
「言っちゃうわよー。むしろ既存プレイヤーだからこそ言わせてもらうわ。私たちは運営の玩具じゃないって。でもね、今回実装された召喚システムについてクレームは一つもないそうよ? 唯一あるのはAIの質の低さくらいかしら?」
「その程度のクレームでいいなんて楽でいいわね」
問題のゲームはそれこそ拾い上げたらキリがないほどのクレームが届くのだそう。
「もっとうちの運営ぐらい傲慢でいいと思うわよ? ユーノのことだから拾わなくていい無理難題まで拾っちゃうんでしょうけど?」
「耳が痛い話だわ」
苦い顔をして昔話を含めた密談は終わった。
私はその足でシズラちゃんの店に向かい。
そこでちょうどよく店の客に管を巻いていたひよりちゃん夫妻にその話を持ちかけた。
話を振られたモーバさんはとても嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。
「まじか。EPOまで取り込むのか? あそこは手広くやりすぎて破綻一歩手前だったろ? 回収するほど貴重なデータがあるとは思えんのだが」
「今回と同じく、第一世代の点整体の取り込みの可能性もあるわ」
「爺さんと同じってことか」
「そう言うことね。そしてそれが叶った後、この世界はまた大型アップデートをするわ。ますます目を離せないわね?」
「引退してる場合じゃねーな」
串焼きを噛み締め、ひっきに串を引き抜く。
なんだかんだとAWOが気になって仕方がないのだ。
お爺ちゃんに感化された世代は。
「爺さんは出張ってくるのか?」
「さぁ、どうかしら。当人は関わりたくないと言いつつもまた無自覚に事件を解決しちゃうんじゃないかしら?」
「あり得るな。まぁ情報だけは探ってみるわ。それとうちの娘の書いたブログは見たか?」
「いえ、まだ目を通してないわ」
そういえば、ハヤテちゃんの真似をしてブログを書いていたのよね。
そっか、お爺ちゃんがいなくても続けてるんだ。
いい趣味を見つけたね。
「見なきゃ損だぞ? 正直あそこまで文才があるとは思えなかった。うちの娘だけがあの中の常識枠だってことが証明されたな。シズラちゃん、ビールお代わり!」
「ここは喫茶店なんだけど?」
もちろんメニューにはビールなんてない。
モーバさんが独自に持ち込んだ商品だった。
周囲からの視線が痛い。
こよりさんは席を移して他人の振りを決め込んでいる。
私もそれに倣って席を変えた。
同類だと思われたら看板に傷がつく。
「いやいやいや、娘の晴れ姿だぞ? あの奇抜なメンツの中でこの晴れやかな文才を見ろって。嫌なことが全て浄化されてくみたいだぜ」
「親バカってここまで酷くなるものなの?」
私も自覚はあるけど、ここまでではない。
多分ね。
「最近、本当にこの世の終わりみたいな労働してたから……」
「御愁傷様です」
「慰めてくれなくてもいいわ。でも娘のブログひとつで回復するなら安いものでしょ?」
「それもそうね」
その後ひよりさんと他愛のない話でお茶を濁してログアウトする。
今日もハヤテちゃんは帰ってきてなかった。




