98話 教育方針の違い
「なんですって? もう戻れない? それは困ります!」
戻れないと知り、慌てふためくモミジちゃん……もといモミジキンさん。
面倒だな、ジキンさんでいいか。
「ちなみに、さっき勝負で勝った彼も戻る理由があると言っていたね」
「ハヤテさんはその理由がない?」
「そんなわけないじゃないの。ゲームの中だけでしか会えない状態は喜ばしくない。私だって早急に帰れるものなら帰りたいよ」
「いやいや、そんな理由なら帰らなくても十分でしょう! 僕の場合は違いますよ? モミジは人前で緊張する子なのです。容姿こそは優れていますし、勉強なども得意ですが人の前に立つのは苦手。私が矢面に立って、うまく誤魔化してましたが。あの子は緊張で頭が真っ白になってしまう。学園でクラスのみんなの前で発表するくらいならいいですが、それが数百万人からなるプレイヤーの前で同じように振る舞うというのは無理があります。特にあの子はミスを恥だと考える子ですからね。私が守ってあげないと!」
熱弁を振るうジキンさん。
とはいえね、ずっとそれで守ると彼女は成長しない。
お姉ちゃんがそうだった。
私がミスをカバーするからすっかりそれ頼りになった。
この状態になって、私がいないことによる焦りや不安。
そしてちょうどいいタイミングで実装されたAI召喚機能で、お姉ちゃんは姉としての自覚を持った。
一度離れたのがよかったか。
それとも何かの事実に直面したか。
私にはわからないが、あの一件で確かにお姉ちゃんは成長した。
頼られないのは少し寂しくもあるけどね。
お姉ちゃんの成長を私は喜ばしく思うんだ。
けどこの人は、そうじゃない。
ずっと守るのに躍起になって傷つけないのを優先したがる。
超過保護なおじいちゃんのまま、彼女のそばにいる。
地縛霊か何かかな?
彼女のため、と言いながら自分の欲望を優先しているのに気がついてないんだよ。
「そうやって、彼女の成長機会を奪い続けるのは彼女のためにならないと思うけど?」
「そうは言いますけどね。彼女は責任感が強いんだ。その上で会社の成績もあまりよろしくない。うちに頼れば金狼なんかが手助けしてくれるんだけど、頑なに融資を受け取らないんだ」
「聞いてるよ。ケンタくん、寺井家を離れたって。君たちがいじめすぎたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう? ただ孫は孫。仕事は仕事と切り離して接してましたが」
それが原因じゃないの。
「それですよ」
「どれです?」
「孫に接するように仕事でもサポートに回ればよかった」
「仕事はそんな甘いもんじゃありませんよ。多少の厳しさも必要だ。馬の目を抜くほどの戦場で勝ち抜かなければいけないんです。僕の立ち上げた会社ですが、孫のケンタにだって引き継いでほしい。そのための教育をですね」
「無理強いしたわけだ?」
「人聞きの悪いことを言いますね、あなたは」
「事実だよ。失敗した後のケアや、違う道に進んでもいいという寛容な心を持つべきだった」
「それでは僕の築き上げた会社が」
「守れない?」
「そうです」
「それを孫に押し付けるから逃げたんじゃない?」
「あなたはそう思うでしょうね。会社を運営したことのない人間にはわからない境地ですよ。従業員は家族だ。そして家族を守るために同業他社を追い落とす。日々そればかり考えてきましたよ、僕は」
「やってることがヤクザと同じだと気づきなさいよ。ケンタくんはそんなあなたの背中をずっと見てきたわけだ。その結果が離脱なんだよ。それをいつまでも引きずって、いつでも融資をしてあげる? あなたは何も見えてないですよ。ケンタくんがなぜ寺井を離れたか」
「まるであなたは見抜いてるみたいに言うじゃないですか」
「そりゃわかりますよ。あなたと違って私はまともな感性をしてますから」
「どの口が言うんですか?」
すごい真顔で見てくるじゃない。
「この口がですよ。可愛らしい女子学生ですよ? 有料でもいいくらいだ」
「誰が信じるんでしょうね。こんな胡散臭さの集合体が人間のふりをしている存在を。ナイアルラトテップの方がまだ人間味がありますよ」
「言うじゃないですか。あんなのと比べられる私の身にもなってくださいよ。そもそも女の子に言うことじゃないでしょう? あなた、外なる神に劣ってますよって。喧嘩売ってるんですか?」
「この話もうやめましょう。ずっと平行線で話の決着が見えません」
「ははは。昔に比べて堪え性がなくなりましたか?」
「時間の無駄だと言ってるんです。それよりも早く戻らないと……」
とかなんとか言いながら脱獄の手段を考えるジキンさん。
どうすれば脱出できるかも知らないくせに、多少強引な手法でも行こうと思ってるのが彼らしくはあるが。
「一度ここでゆっくり頭を冷やしなさいな。モミジちゃんは確かにあなたから見たらか弱くて守ってあげたくなる存在かもしれない。けどね、それじゃあダメなんです。ずっと誰かに守られて、それが当たり前になったら、あなたは最後までその責任を取れますか?」
「猫可愛がりしすぎて娘から見放されたあなたにだけは言われたくありませんね」
ほら、これだ。
図星で何も言えなくて皮肉を返してくる。
言葉に詰まるのも弱さだと思って生きてきた人間の行き着く形が彼なのだ。
もう時代も変わったって言うのに、いつまでもたたき上げの性根でこれからもやっていくって言うんだから周りは疲れるだけだよね。
「話をすり替えないでくださいよ。私の話はもうとっくに終わって、リカバリーした。今のあなたはどうなのかって話です。私はできたけど、あなたはやれるんですか? 孫の教育を失敗して今に至るあなたが。関係修復できるんですか?」
「だって……僕はこのやり方しか知らないんです。モミジは優秀な子だ。育て方を間違えなければ将来大物にだってなれる。私はその道を用意したい。彼女には道を選べるほどの資質があるんだ」
この人のこう言うところ、本当に悪びれもなく言うんだから言われた方はたまったものじゃないよ。
「本質が見えてない人は本当にタチが悪いですね。そもそも、モミジちゃんがその道に進みたいと自ら願ったんですか? そのための手助けなら私が出る幕などありません。けど、その才能だけ見て、勝手に道を用意してるだけだったらナイアルラトテップと変わりませんよ、あなたは」
その人が望んでない道を自分の都合で決めて誘導してる。
まんまナイアルラトテップそのものじゃないの。
「やめてくださいよ。あんなのと比べるのは。僕はそこまで外道じゃない」
「それは自分がそう思っているだけでしょう」
「あなたもそうですもんね」
「さぁね。私はこれでもお姉ちゃんからは好かれてるから。それよりあなた、なんでその格好なんです?」
ここにきて、どうしてモミジちゃんのアバターに入っているのかを尋ねる。
ジキンさんとして誰にも呼ばれてないのではないか?
そんな懸念とともに、もう一つの予測が立つ。
「何と言われても、私はモミジの作り出した強い人格ですから仕方ありませんよ。そこに魂が宿ったと言えばいいんですかね」
「二重人格? 姉妹として生まれてきたわけじゃなく、最初から一つの体に二つの魂で生まれてきたんですか?」
「そういうことです。そもそもあなたはどうなんです?」
「私は男の子として生まれる予定だったんですよ。けど、生まれてこなかった。そのまま消えるはずだった魂をお姉ちゃんによって引き寄せられ、それから一緒に共同生活をしているんです」
「あなたも人のこと言えないじゃないですか!」
「そう。だから解決策を知っている」
私の知っている解決策。
私は私のままで、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままで。
今を生きる方法。
それが……
「何を知ってるんです?」
「今の世界には、有機生命体のように魂を入れる器があるのを知ってるかな?」
「レムリアの器みたいなものですか?」
「そうだね。人ではないけど、人形の中に魂を封じ込めて、生活できる。そこでは生体データの取得も可能で、それこそ家族のように住めるらしいよ。君は一度彼女の中から出て、全く他人として彼女のサポートに回った方がいい」
「余計なお世話……と言いたいところですが、モミジがそれで成長できるというのならその手に乗るのもいいことでしょう。それで、それはどうやれば手に入るんですか?」
「さぁ? お母さんが概要を知ってるけど、実際に私が体験してないから教えられないな」
「一度、ログアウトする必要があると」
「そういうことになるね」
「条件は判明してるんですか?」
「ここの街に直接ログインできる存在が最低2名駐在していること」
「今は?」
「私の他に探偵さん、そして今の私が持つ幻影のレイちゃんを合わせて4名だ」
「でも今はログアウトできない」
「うん。レイちゃんが一抜けして、そして新しい人が入ってきたタイミングでどっちが先にログアウトするかで探偵さんと競争していたわけなんだ」
「あれ、僕を生贄にしてたのか。本当にあなた達ときたら……」
「で、次にどっちか入ってきたら全員にログアウト権が回ってくる」
「ログイン権ですらないの?」
「私たちの魂はここに束縛されてるからね。新しい住民が増えてくれない限りは、私たちに自由はないんだ」
レイちゃんも探偵さんも、束縛されるって知ってるからすぐにはログインしたがらないだろうし。
他に来るにしたって、ここに縛られる条件が何かもわからないし。
「世知辛いね」
「本当に。誰かここに残ってくれそうな有望株がいればいいんだけど」
「そう言えば、ここってどこなの? 異空間なのはわかるけど」
「私だってわからないよ。ただ……」
「それはだいたい答えに当たりをつけてる人の態度ですよ?」
「そう答えを急かさないで。ここはお姉ちゃんが一度囚われていたところなんだ。そして、その件にはナイアルラトテップが関わっていた」
「GMが直接手を出すほど危険な存在なの?」
「さてね。私を誘き寄せるための人質か。はたまたお姉ちゃんの資質を読み取った上での行動か。実際のところは本人に聞かなければわからない。けど、案外後者なんじゃないかって思ってる」
「その心は?」
「お姉ちゃん、私のいないところでナイアルラトテップの正気度ロールを無視して一緒にバンド組んでたんだよね。強制的に」
「はい? その、失礼だけどあなたのお姉さんは前世の記憶持ちだったりするの?」
「そんなわけないじゃない。正真正銘今の世代の子供だよ。でも、私と行動を共にするうちに胆力が鍛えられたみたいだね」
「また無自覚に振り回したんだ」
「失敬な。料理を作っていただけだよ?」
その結果、次元渡航とかドリームランドとかいくハメになったけど。
「料理、あなたがねぇ?」
「何さ、その含み笑いは」
「いや、前世では奥さんに頼り切ってたあなたが、どういう風の吹き回しかなと思って」
「せっかく女の子になったんだし、前世と同じ趣味に拘らなくていいと思って。それに、私には肉体がないからね。フォローのつもりだったんだ。言ってはなんだけど、お姉ちゃんはガサツでね。スキンケアの一つもしやしない。レディとしての自覚がまるでないんだ。フォローも大変でね」
「うわっ、よくも私にあんなこと言えましたね。あなたも私のこと言えないくらいに甘やかしてるじゃないですか!」
「ははは、甘やかす方向性が違いますね。私はお姉ちゃんの自主性を尊ぶ。だがあなたは自分の意思を押し付ける。その差がわからないようではダメですよ?」
「出た、自分はまともだという異常な感性が。これは閉じ込められて正解なやつですね。あなたはもっと自分が害悪な存在だと理解した方がいいですよ!」
「はー、それはお互い様ってやつですね!」
その後数時間にわたって罵り合いは続いた。
でも、その甲斐あってか彼も少しだけモミジちゃんに対する態度を改めた。
やっぱりずっと近い場所にいるだけじゃ見えてこないこともあるんだよ。
実際私もそうだったしね。




