97話 ログアウト椅子取りゲーム
召喚主のお姉ちゃんがログアウトしたことによって、私のアバターもその場にとどまる効力を失った。
周囲の景色が歪み、そして見覚えのある景色で目覚める。
「やぁ、おかえり」
「ただいま」
「なんだい、人の顔見てため息吐いて」
失礼だよ、と探偵さん。
「いやさ、寝起きで君の顔を見る人の立場にもなってほしいって思ってね」
「イケメンだろう? コミックでも彼はイケメンだった。キャラクタークリエイトには時間をかけたからね。会心の出来だよね、惚れ惚れする」
探偵さんは快活に笑う。
そのナルシストっぷりも相まって何も変わらないのはすごく安心する。
どこからどこまでがロールプレイなのかもわからない。
今の彼は、前世と同じく暑苦しい熱血漢だ。
そういうのが好まれていた時代だが、それはもう通用しなくなっていることを知った方がいいとジト目で返す。
「暑苦しいんだよ、世代が違うの。今の世代はクールで知的なのが好まれるんだから。お呼びじゃないんだよ」
「おっと、君の好みはそれかい?」
「違うよ?」
私は女の子としてやってきているけど、別に好きな男子がいる訳ではない。
せいぜいがお姉ちゃんの代わり、サポート程度で自分が表に出ることなんて……ゲームの中くらいだ。
「恋なんてしなくてもいいって顔だね?」
「必要ない迄は言わないけど、私は肉体を持たずに生まれたからね」
「あのお魚さんから聞いたよ」
「そういえばレイちゃんは?」
「なんでも用事ができたと急に消えたよね。君によろしく言っておいてって、僕は伝言を受けたわけだけど」
「伝言?」
「ああ『そういえば一人来たんなら誰か抜けられますね。マスターがいないなら僕が抜けます』って、これは一体なんの話なんだい?」
「そういうことか!」
私は急に消えたレイちゃんが何をしたのかを理解して頭部を掻きむしった。
なんでもっと早く気づかなかったんだ!
探偵さんが来たのなら、3/2。
一人だけ余っていたのに私ときたら呑気におしゃべりをする始末だ。
「君、一人だけわかったつもりで僕をおいていくのをやめてくれ。一体彼女は何をしでかしたんだい?」
「ログアウトだよ、ログアウト」
「ほう……僕の表示は相変わらずグレーだけど?」
私の発言に、そのことを今さっき思い出したかのように振る舞う。
しかしログアウトは不可能。
すぐに確認して見せてくれるのが実に彼らしい。
その上で文句を言うのも忘れない。
「この空間には二人残らなくちゃいけないらしいんだ」
「でも君が召喚に応じたときは僕と彼女がいたんだ。そこからログアウトできるのは違くないかな?」
「多分、ログアウトできる前提条件をそもそも勘違いしている可能性がある」
「と、言うのは?」
「その条件を知ってるのは彼女だけなんだ」
「あー、ルリーエと一緒で秘密主義なんだ?」
「なんでも今は記憶喪失というイベント中でね」
「胡散臭いなぁ」
「本当に。まぁそれ含めて楽しんでるのが私たちだ」
「きっと最高に楽しいだろう。私も楽しめると思う」
「君はミルモちゃんの中の人でよろしかったかな?」
「さてね。僕は彼女の姉として接しているよ」
ふむ。
この人もナチュラルに嘘をつくからなぁ。
どこまで本当かもわからない。
「君が女の子だなんて、失礼だけど笑っちゃうよね」
「ブーメランという言葉を知っているかな?」
「あいにくと、私の辞書には記載されてないね」
「奇遇だね、僕もだよ。必要になったら記載させてもらおうかな?」
ワハハと笑い合う。
ああ、やっぱり彼は魂まで腐れ縁の関係のようだ。
皮肉を言い合える相手って、失って初めて貴重なんだとわかるよね。
「そういえば、ジキンさんが入ってそうな子と接触したよ」
「モミジ嬢だね。どうだった?」
「すっごい堅物で、苦労性だった。一人きりで全部抱えてて、見てて苦しくなったよ」
「あの人も変わんないよねぇ。もうちょっと他人を頼ればいいのに」
「君は任せっぱなしなんだよ」
「ははは、君にだけは言われたくないぞ、少年。いや、今は少女か」
「そうそう、レディなのであんまり不躾には扱わないように」
「いうじゃないか。僕だって女子として十六年慎みを持って生きてきたんだぞ?」
「妄想?」
「ははは、君の口の悪さは肉体を持たずに生まれてこなくて正解だな」
「これでも妹適性は高い方だよ?」
「嘘を言うなよ。あんなに姉より仕事できますアピールしておいて。トキちゃんは姉の立場がなくて不貞腐れていたぞ? 妹失格だな、レディ」
「よく見ているね」
「私は姉としてミルモを見ているからね」
「でもミルちゃんが度を越してバカになってる時は中身君だよね?」
「あの子は根が真面目すぎるからね。息抜きを教えてあげてるのさ。ちなみに、あの子も大概バカだぞ? 表面上は繕っているのさ。そこは教育の賜物だな」
「君のご両親はどうやら教育を失敗したようだ」
「ワハハ。子供のうちは皆そうだったろう? 男と女。体の作り以外は何も変わらないものさ」
「それもそうか」
多少の好みの違いや趣味嗜好の違いはあれど。
ゲームにハマる、好きな音楽を聴くそこに性別の差異などはない。
そしてVR空間において、肉体の差などほとんどないのが今のリアル。
「とはいえ、僕たちはこの空間に囚われたまま。次にどこで誰に召喚されるかもわからない。あのお魚さんの期間を待つかい?」
「君だったら、一度ログアウトできたとして、好んでこの空間に戻ってくるかい?」
「ごめん被りたいね。今の僕には帰る家がある」
「私もだよ」
「肉体がないと言ってたくせに言うじゃないか」
私には帰る家がある。
お母さんやお父さん。
そしてお姉ちゃん。
みんなが私の帰りを待ってくれているのに、どうしてここで足踏みできようか。
そんなふうに葛藤をしていると。
「あれ、見知った顔がある。おかしいな、三途の川を渡った記憶はないのに」
「「あ」」
なぜか、ここに居ないはずのモミジちゃんが困り顔で現れた。
いや、この切れ味の鋭い皮肉はモミジちゃんのではない。
ジキンさんのものだ。
だがアバターはモミジちゃんのでなおさら混乱する。
街のプレイヤー人数は3/2。
私は手元を見ずにコンソールを操作してログアウトボタンを連打した。
探偵さんも私と同様に連打する。
モミジちゃんのことは思考の隅にすらおいていない。
ここに、仁義なきログアウト椅子取りゲームが唐突に始まった。
モミジちゃんだけが一人、困惑している。
だが気を取り直して向き直った。
「ハヤテちゃん……いや、あなたハヤテさんですよね。人を小汚い犬だなんて呼んで、すごく胸の奥がざわつきましたよ?」
「ワハハ、そう言うあなたこそ。女の子にクソガキは酷い心外だ。出るとこ出てもいいんですよ?」
「今はそれどころじゃないんですよ。ここはどこです? 私はあの子のそばについてやらないと。全部自分一人で抱え込もうとして……そういえば、あなたたち。そこで何をしてるんです?」
「「ログアウト」」
声がハモる。
そして連打勝負は探偵さんの勝利だった。
「あぁ、くそ! 負けた!」
「ワハハ! トキちゃんにはよろしく言っておいてあげるさ」
「でも君、帰ったらご両親の顔色伺いからのEPOに強制参加だよ?」
「あっ」
そこで探偵さんの反応は途切れた。
これは忘れてたな。
「さっきからなんの勝負です?」
「これは非常に言いたくない話なんだけど」
「はい」
「私たち、ここから出られないんだよね」
「えっ」
今度はモミジ(キン)さんが絶句する番だった。




