95話 綺麗なモミジちゃん
お互いにバトルで背中合わせに共闘したのもあり、リノちゃんは金狼おじいちゃんにすっかり気を許していた。
モミジちゃんにされた数々の嫌がらせ(だと思い込んでいるあれこれ)も、水に流してやることにした。
仲良くしてやってくれ。そうしてくれたらいくらでも戦い方を教えてやると言う約束を結んだので、リノちゃんなりにモミジを許すつもりでいる。
何せこの中にまともにAWOで戦えるプレイヤーがいない!
親族から教わるのは恥ずかしいけど、他人なら?
そう言う意味でも金狼おじいちゃんは都合が良かった。
けど、そのおまけでモミジちゃんがついてくる。
名義上、モミジちゃんの専属秘書を偽ってるからだ。
ただの心配性なお爺ちゃんでしかないのにね。
そしてモミジちゃんが気絶から復帰する。
通常プレイなら強制的にログアウトしそうなものだけど、ここは本来のフィールドと隔絶された世界『異界農園ド・マリーニ』。
正気度ロールによる気絶ぐらいじゃ返してくれない魔境である。
「あら、わたくし……?」
「お嬢」
「あら、あなたは……いえ、覚えておりますよ。ジョンさんですわよね。いつもわたくしのわがままを聞いてくださりありがとうございます。でもどうしてわたくしは気を失っていたのかしら?」
「覚えてないの?」
「ずっと、思考に靄がかかっていたのです。なぜここに赴いたのかも、曖昧で。確かお父様が携わっているゲームにお友達を招待するんだ、と意気込んでいたところまでは覚えてますのよ。そこから先の記憶はひどく曖昧でして」
なんだか様子がおかしいね。
まるで憑き物が落ちたみたいに口調が随分と穏やかになった。
さっきまではナチュラルに毒を吐いてたのに。
もしかして二重人格? と疑うほどだ。
「モミっち、大丈夫?」
「? え、それわたくしのことですか? 恥ずかしいです。そのような呼ばれ方。撤回、できませんか?」
あ、これ別人だ。
前までは甘んじて受け入れるって感じだったのに。
今は年相応に恥ずかしがってる。
そりゃ嫌だよね。
私だって嫌だよ。
「はい、みんな。ここからあだ名禁止」
「|◉〻◉)何か気づいたんですか?」
「なんだよー、ハヤテも賛成してくれてたじゃんかー」
「そうだそうだ」
「まずは自己紹介からだよね?」
「そうしてくれると助かります」
私の提案に、モミジちゃんは柔らかく微笑む。
そのか細さときたら深窓の令嬢だ。
今までの苛烈さは嘘のように吹き飛んでしまった。
このモミジちゃんなら、リノちゃんも仲良くできるんじゃないかな?
「多分今のモミジちゃんは本来のモミジちゃんなんだよ。そのモミジちゃんとは今日初めてここで会う。そんな感じでよかったかな?」
「はい、その通りです。よく分かりましたね」
「え、あたし達クラスメイトだよ? なのに覚えてないの?」
「VRを通すと、よく何かに思考を乗っ取られることが多かったのです」
「そんなことってあるの?」
ミルちゃんが信じられないとばかりに驚き。
お姉ちゃんはじっと私を見た。
何さ?
「じゃあ、今のモミジちゃんは今までのモミジとは違うの?」
「今までどのように皆さんと関わっていたかは存じ上げませんが。今のわたくしは初めてみなさまとお会いします。ご紹介が遅れました。わたくし、天上院家が末席。紅葉と申します。よろしければみなさん仲良くしてやってくださいまし。趣味は音楽鑑賞と読書を楽しんでいますのよ?」
「あの、モミジちゃん。悪いんだけどリアルの紹介はゲームの中では御法度になってるんだ」
「あら、そうでしたの? わたくし世間知らずを晒してしまったんですわね。少し、恥ずかしいです」
「大丈夫大丈夫、ここは初めてなんだもんね? 私たちがいろいろ教えてあげるよ。ね、お姉ちゃん?」
「よくわからないけど、今のモミジちゃんは別人ってことでいいんだよね?」
「うん。多分私とおんなじだ」
「ハヤちゃんにも似たような覚えが?」
「実はハヤテ、あたしが召喚して今一緒に遊べてる状態なんだよね」
「へ?」
「どゆこと?」
お姉ちゃんは言うべきか迷ったが、どうせバレるなら早い方がいいと意を決してみんなに話した。
私はいまだにログアウトできないまま、ゲームの中で彷徨っている。
けど、そこで私を捕まえる唯一の方法が傭兵召喚。
私が持ってる幻想装備がお姉ちゃんと私を強く引き結ぶのだと説明した。
「だから、今のモミジちゃんを呼びたいときは、私たちがモミジちゃんに呼びかける必要があるのかなって」
「じゃあ、スキルパーツ渡すんだ?」
「今回(赤)がいっぱい手に入ったからね。でも、召喚された私はプレイヤーとしての機能が全く使えないんだ。だから今まで通り、私からトレードすることもできなくて。隠しててごめんね?」
「そこでみんなに提案。あたし達からハヤテにトレードして、引き取れるかの検証をしたいと思うの」
「そう言うことなら」
「私もトキちゃんの検証に協力するよ!」
「あの、何かはまだよく分かりませんが……わたくしでお手伝いできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね?」
「ありがとう、みんな」
結果、トレードは相手側から申請してくれたら可能だった。
私はスキルパーツの青と赤をそれぞれ手渡す。
お姉ちゃんがやり方を教える。
みんながそれを手の中で卵に変えていった。
モミジちゃんも恐る恐る幻想武器を作り出す。
「わぁ、私にも作れましたわ。みなさま、見てくださいまし」
「うんうん、綺麗にできてるよー」
「初めてにしては上手だよ」
「やるじゃん」
「会ったばかりのみなさまに、こうして褒めてもらえるのは嬉しいものですわね」
普段ならできて当然だと言わんばかりで気にも留めてなかったのが、こうまで変われるのはすごい。
やっぱりこれ別人だよ。
「それでこちらはどう使われるのですか?」
「それはねー……念じるんだよ」
「念じるのですか?」
「そうだね。例えば今一番物足りないと思うもの。私だとちょっと休憩したいなーと感じたら椅子にしちゃう」
「わっ、椅子になってしまいました」
私は幻想装備(装飾)を握りしめて椅子に変化させた。
背中を預けるとゆっくり沈み込む、人をダメにするチェアである。
「ハヤテ、気持ち良すぎて溶けてる! あたし達も作るよ!」
私の変化にお姉ちゃん達が「ずるい」とみんなで椅子を作った。
なんだよー、真似しなくたっていいじゃない。
それからみんなで椅子を作って、セットできるスキルのお話をする。
「また新しくスキルをセットできちゃうわけだけど、どうする?」
「今まで覚えたのもセットできるみたいだね。じゃあ、テーブルセット」
「わっ、テーブルが出来上がってしまいました!」
モミジちゃんは素直に驚く。
初々しいね。
私たちが忘れて久しい感動だよ。
「そこにー、作り置きのお料理を出していく。みんなバトル続きで疲れたでしょう? ブレイクタイムと行こうか」
「賛成ー」
「お腹ぺこぺこだった」
「ハヤちゃんの料理は美味しいからね! モミジちゃんも期待していいよ」
「リノさんも期待していますのね?」
「リノちゃんは私の料理に惚れ込んで婚姻を結んでくるほどのガチ勢だからね」
「あら、まぁ」
「ちょっハヤちゃん、それは言わない約束だって」
「ふふ、二人は仲がよろしいんですのね」
以前も彼女の口から聞いた言葉だが。
あの時はどこか突き放した感じに受け取れた。
けど今は、本当に仲がいいのだなと言う感じに聞こえてくるから不思議である。
「たまに変な材料まで使うのに目を瞑ればハヤテはうちの中では間違いなくトップシェフだよ」
「お姉ちゃん、余計なこと言わない」
「変な材料ですの? きっと、中身は聞かない方がいいのですわよね」
「もー、変なふうに思われちゃってるじゃん。みんなの味覚に合わせて作ってるんだからね」
「はいはい」
そんな風景を、遠巻きに見守る金狼おじいちゃんとレッドシャーク。
「おい、魚」
「|◉〻◉)なんです」
「お前ルリーエなのか? 爺さんのとこの幻影の」
「|◉〻◉)違います。我が名はレッドシャーク! 魔導書『お爺ちゃんのAWO散策日誌』の幻影です。そこ、間違えないように」
「あのブログ、魔導書化してたのか。いや、納得だわ」
「|◉〻◉)詳しいんですか?」
「俺らの時代の英雄だよ。英雄で、誰も手がつけられなかった神々のご意見番だった。引退が早すぎたんだ。俺たちはもっとあの人から習うことはたくさんあった。時代の移り変わりってやつだから甘んじて受けるしかなかったけどよ、うちの親父が倒れた時は……会社が一瞬傾いた」
「|ー〻ー)なんの話かは分かりませんが、どんまい」
「昔の話さ。息子はその時から俺から離れちまってよ。今の俺なら超えられるとでも思っちまったんだろうな。俺はこのゲームを引退して会社の立て直しに奔走した。会社は建て直したが、息子は離れていきっぱなしだよ」
「|◉〻◉)大変だーね(ズズッ)」
「このクソ魚! 炙って食ってやろうか!」
まるで話を聞いていない。
なんだったら他人事みたいにどこからか取り出したこたつの上でお茶を飲む始末。
怒り心頭になる金狼おじいちゃんだったが、すぐになんの幻影か思い出して溜飲を下げた。
「やっぱりお前ルリーエだろ?」
「|◉〻◉)はて、なんのことやら。僕はレッドシャーク。今はレイと名乗っていますよ」
「イはどこから来たんだよ?」
「|///〻///)乙女の秘密です」
「魚じゃねーか」
「|◉〻◉)決めたのは僕じゃなくてあのリノちゃんですからね。同じノリで仲間から突っ込まれて顔真っ赤にしてました」
「それは悪かったな。ほらよ」
「|◉〻◉)?」
「記憶のかけらだよ。お前集めてるんだろ?」
「|ー〻ー)これ単体じゃどうしようもないんですよね」
「何かコツがあるのか?」
「|ー〻ー)こう、頭に叩きつける感じで」
「俺が今のお前にやったら事案だろうよ」
「|◉〻◉)なので、その素材はマスター達にトレードしてあげてください。この素材は僕由来のものなので、僕が使うことはできないんですよね」
「やっぱりお前記憶あるだろ。試練、か?」
「|◉〻◉)ピープピーぷふー」
「口笛吹けてないぞ?」
だなんて雑談を繰り広げている。
その間に私たちはすっかり仲良しになって「お友達から始めましょう」と言うことになった。
私はフレンド申請してもらって、そこで絆を結んだ。
召喚された傭兵でも、一度獲得した幻想装備は使えることは確認済み。
問題があるとすれば、次くるモミジちゃんがどっちかと言う点であった。
またあの苛烈なモミジちゃんだったら、少し遠慮願いたいところだ。




