93話 モミっち
「これでフレンドだね。では新しくフレンドになったモミジちゃんにはこれからあだ名継承の儀を始めたいと思いまーす」
「わー」
ぱちぱちぱち!
お姉ちゃんが仕切り、私が拍手を鳴らす。
リノちゃんは真顔。まだ仲間に入れるのを納得いってないって感じ。
そしてリーダーのミルちゃんは、ずっと青い顔をしている。
モミジちゃんに覚えをよくしてもらおうという願いが、つい先ほどブログの拝見で瓦解したばかりだ。
その上で、今からあだ名をつけるという。
お姉ちゃんが仕切っているが、これから率先してミルちゃんが名前を述べる。
その渾名の決定権を任された形だ。
「まだ少ない回数で、どうして過去改竄を当たり前のように。少し詳しいわたくしでも、この遊びが異端であることは証明できましてよ?」
「へー」
「ちょっと物知りなくらいで私たちの遊びを理解したつもりになっても困るよ。ね、トキちゃん?」
「その通り。だいたいやらかすのがハヤテだからね」
「違うよ? なんでナチュラルに私が悪いことになってるの?」
思わず反論する。
むしろこの中で一番まともであることを自負してるよ?
「|◉〻◉)どんまいマスター」
「レイちゃんは仲間だと思ってたのに。いいもん、私はこの中で一番まともだって見せつけるんだもん」
「ではお手並み拝見とさせていただきましょうか」
モミジちゃんことモミジキンさんは鉄扇で口元を隠してカールを巻いた犬耳をたくし上げた。
「その前にあだ名だよ。まずはあたしから。今まで通りならば、モミっちだけど……」
お姉ちゃんの提案にミルちゃんは首をちぎれる勢いで横に振っている。
流石にそれは失礼だろうと精一杯の否定だ。
今まで通りバカをやれる相手ではないのだろうね。
だがここにはモミジちゃんの仲間は少ない。
「私もモミっちに一票」
邪悪な笑みを湛えたリノちゃんがお姉ちゃんのあだ名に一票入れる。
「私もそれでいいかな?」
モミジキンさんに一票入れたい気持ちもあるが、なんでそれを知っているのかを指摘されたら反論できない。
なのでここはお姉ちゃんに迎合した。
「ここにいるのは5人。賛成が3人だと、残り2人が否定しても可決でいいかな?」
ジョンは執事。その上サポートAIという話だ。
「モミっちですか。いいでしょう。ここでフレンドになるための通過儀礼のようなものですわね?」
「およ、意外と乗り気?」
これにはお姉ちゃんも驚いた。
「お嬢様。私が否定することもできますが?」
「あら、ジョンにその参加権はありまして?」
確かにそれが可能なら判決は覆るが……
「|◉〻◉)ノその場合は僕が賛成するので無効です」
「そう見たいですわよ?」
どこか状況を面白がるように、モミジちゃんが目線を流して肩を揺らす。
ジョンはAIの割に表情豊かに恨めしがっていた。
「この魚、いつか煮付けて食べてやりたいですね」
「|◉〻◉)ぶえー」
このジョンのAI随分と賢いな?
まだ実装されて二日目だよね?
だというのにまるで私くらいの表現力で悔しがって見せた。
レイちゃんを初見で魚類と見抜くのもそうだが。
いや、ちょっと待てよ?
これ本当にAIなのか?
ハヤテ:お母さん、ちょっといい?
マリン:どうかしたの?
ハヤテ:うん。今金狼おじいちゃんてログインしてる?
マリン:お母さんに聞いてみるわね
:お母さんフレンド登録してないから
ハヤテ:お願い
お母さんと繋ぎっぱなしのフレンドチャット。
今の私はプレイヤーの権限である個人チャットもパーティチャットも自分から開くことができない。
お母さんから誘われてようやく、チャットが可能になる。
そこで気がついた情報をまとめて尋ねた。
今ここにいるのは果たしてAIなのか?
あまりに賢い、まるでプレイヤーであるかのような振る舞い。
そんな私の考えは、どうやらビンゴであるようだった。
話はお母さんからおばあちゃん。おじいちゃんに伝わり。
そこで引退したはずのアバターのログインを確認したという。
つまり今ここにいるのは本人だそうだ。
あの人何をやってるんだか。
ついでに保護者会にお誘いする旨をするらしいけど、あんまり振り回さないでね?
まだ私がアキカゼ・ハヤテだってことは内緒なんだから(ブログ見られた時点で手遅れ)
「レイちゃんはお魚さんじゃないもんねー?」
「|◉〻◉)そうですよ。誇り高きサハギンですもんねー」
「サハギンも魚だろ」
「ジョン、口調が乱れてますよ」
「失礼、お嬢様」
だめだこの人。演技が下手くそすぎる。
レイちゃん相手に素が漏れすぎでしょ。
やっぱり知り合い相手だと気が緩むのかな?
「それでは行くよ、モミっち」
「ええ、リノっち。わたくし達。心の距離が近づいたような気がしませんこと?」
「うぇ~、あんたにその呼び方許可してないんだけどー!?」
「そんな。これから仲良くしてくださるんでしょう?」
「よきかな、よきかな」
お姉ちゃんが「全て丸く治った!」みたいな顔で話を締める。
ことはそこまで単純じゃないが、これぐらい横暴な方が多分話は早い。
それを経験から知ってるんだろうな。
「じゃ、ミルっち。あとお願い」
「ここからわたくしが引き継ぎますの!?」
「あ、その喋り方もやめてね? なんだか虫唾が走るから。いつもの感じで頼むよミルっち~」
「はーーーー(クソデカため息)、トキっちも後で付き合ってよ。マジで一家離散の危機なんだから」
「なはは~、それとこれとは話が別なのだ」
よかった。ミルちゃんもいつもの調子を取り戻した。
やぶれかぶれになったとも言えるけど。
これでいつも通り遊べるね!
「それで、ご飯食べたし戦闘いっとく?」
「そだね」
「あたしらのバトルにモミっちはついてこれるかなー?」
「お手柔らかに頼みますね?」
「お嬢には手出しさせませんぜ」
「ジョン、口調」
「なんだかもうバレちまったぽいですし、崩して良くないか?」
呆れた口調でこっちを見守る金狼おじいちゃん。
きっとうちのおじいちゃんから連絡もらったことですでに演技であることが露見したと勘付いたらしい。
まぁあんだけ派手に動けばね。
当然、保護者会から私のこともバレた、と。
その割にはそこまで驚いてないんだよなぁ。
つまりこれ、モミジちゃんの中身も知ってるって感じか?
まさかなぁ。
その割にもやたら上からの命令に従ってるし。
お互いに知ってる感じで見ておこう。
「だめですよ。ジョン。今日はわたくしに付き合ってくださるというお話でしたでしょ?」
「はー、やれやれ。ここから変なことに巻き込まれるのだけは勘弁してもらいたいもんだがね」
「まず無理でしょう。すでに何件もやらかしておきながら、本人は無自覚。昔のままです」
「だな」
失礼な。
私は自ら首は突っ込んでないもんね。
「早速変なのが出たぞ? 水色のボール? お嬢、知ってるか?」
「初見です」
「30ヒットで確定で命のかけらをドロップするけど、めっちゃ弱い!」
リノちゃんが憤慨する。
ただでさえ戦闘職が二発で討伐できる相手に、ここに来て戦闘職が二人追加。
コンボが成立しないと言いたげだ。
「まずは一回お手本見せるね?」
リノちゃんが腕に巻いていた手拭いを真っ黒な刀に変貌させる。
幻想装備だ。
それをみるのも初めてだった二人は、目を見張る。
「瞬歩ッ」
大地を蹴り上げながら水色のボールに迫り、そのまま蹴り上げた。
「イエーイ、ロックンロール!」
空中に浮き上がった水色のボールに向けて、私とミルちゃん、お姉ちゃんがサウンドを叩き込む。
「どうなってんだ? 音楽でチェインが重なってるぞ?」
「ちょうど29ヒット」
「トドメ!」
リノちゃんがもう一本の刀を抜刀しながら二刀流でX字に切り裂いた。
そのままバトルリザルト。
一緒のパーティメンバーである彼女達はその高すぎる獲得ポイントにもう一度瞠目する。
命のかけらの確定ドロップよりも、すぐにランクアップ可能なその量があまりに異端だった。
突っ込みたいところはたくさんある。
だがそれよりも、あまりに見事な手際に拍手が鳴る。
嫌味など一つもないしょうさんがそこにあった。
「皆様、素晴らしいバトルでした。確かにポッと出のわたくし達がいきなり参加するのは難しいと思います。ですが、何も見せないままにお荷物扱いは寂しいので、次はわたくし達だけに任せていただけませんか?」
「あ、命のかけらは個人的に欲しいので、確定でドロップさせてください」
「目標チェインは30ね?」
リノちゃんが意地の悪い顔で言う。
私たちにとってチェインはいくらでも増やせるが、戦闘職だからこそ、弱すぎる敵相手にチェインを重ねる難しさを知っているのだ。
これこそ無理難題。
「難しい挑戦ですが、やってやれないことはないことをお見せましょう。そう、エレガントにね」
「お嬢、霊装の許可を」
「許可しますわ。全力でおやりなさい」
こうして、ジキンさんと金狼おじいちゃんタッグの命のかけらを獲得するまで帰れま10が始まった。
戦闘終了までの時間はあまりにも短いが、やはり懸念点は耐久が低すぎてワンパンで倒せてしまうと言う本質にあった。
そりゃフル武装して鍛えたアバターじゃ無理でしょ。
始めたての子が二発で倒せる弱さなんだから。