89話 姉妹の在り方(sideトキ)
「疾子ちゃん、お帰りなさい。ハヤテちゃんは見つかった?」
「え、んー?」
ログアウトして、お母さんから声をかけられる。
今日は先にログアウトしちゃったんだよね。
だからあたしたちがそのあと何をしたか知らないんだ。
実際、フレンド召喚したハヤテが可愛くて、一緒に普通に遊んだだけで本物の捜索はほとんどやっていない感じだ。
なんならミルっちはリノっちを呼んで適当なことを教えていた。
お金を貸してるとか、普段はお姉様と呼ばれてる、とか。
本人に聞かれたら絶交されかねないやつ。
まぁ本人がいない時しか呼べないからね。
あたしに弱みを握られてるというのに、ミルっちってば全然へこたれないんだー。
というか、お昼のミルっちって少しだらしないような気がするのは気のせいかな?
普段はお嬢様お嬢様してる子だけど。
ゲームの時はハメを外してる、そう思ってたんだけどなー?
「心ここに在らずね。探し回ったけど見つからなかったのね?」
「うん」
「そう……でもお母さんの方は進展があったわよ」
「そうなんだ? 何かわかったの?」
「これ、掲示板の噂の真相」
「ハヤテっぽい子が召喚されるって話?」
掲示板では、面白おかしく『あのアキカゼ・ハヤテを呼び出せる!』という噂で盛り上がっている。
そこに『ハヤテ』の噂はなく、お母さんが言う、昔のひいおじいちゃんの噂だけが一人歩きしている。
「そう、それ。それでね、シェリルおばちゃんから連絡があって」
「それってAWOで有名な?」
「そ、おじいちゃんの傘下クランでね、そこで得た情報によると、中に入ってる『タイプ_ハヤテ』はハヤテちゃんであることが確認されたわ」
「見つかったの!」
「ええ。けど見つけたはいいけどおばちゃんをしても手ぐすねを引くにとどまってるらしいの」
「まさかログアウトできない?」
「ええ、けど確定で召喚する術も見つかった、と」
「それは?」
「アンカー。お母さんがドリームランドという特別なフィールドを行き来するアイテムに同じようなものがあるんだけど、どうやらハヤテちゃんはそれをそっくりそのまま模倣して再現しちゃったの」
「それって……」
「疾子ちゃんの考えている通りよ」
「幻想武器? でもハヤテ、元の肉体を失ったんじゃ?」
「それはお母さんにもわからないけど。おじいちゃんの姿でも使えたと言う話よ」
「謎だね」
「ええ、でもこれが手掛かりになればいいじゃない?」
「うん」
お昼のログインでは、結局ハヤテの手がかりは見つからなかった。
それはそれとして、私は偽物のハヤテと接して色々気がつくことがあった。
「あ、宿題」
「やっておきなさいねー?」
「わかってるって」
今まではハヤテに頼り切っていた。
けど今は。
「このままじゃハヤテに笑われちゃうもんね」
自分で行動を起こす。
もし本物が戻らなかったときに、偽物に物を教えるときに無知だと恥ずかしいもんね。
そこまで思って。
「あれ、これって本末転倒のような?」
まぁいいか。
どちらにせよ、私のやる気につながってるからいいのだ。
こうやって前向きに宿題に向き合うのって、よく考えたら初めての気がする。
いつもはそう、どこか面倒くさそうに向かって……あれ?
ページを捲る。
けどそのどれもが理解できることに驚いた。
まるでハヤテの知識があたしに宿ったみたいな感覚すらある。
「すごい。これがハヤテの見ていた世界なんだ」
理解したら、どんどん頭に入ってくる。
まるで自分が天才になったみたいに。
「なんだ、勉強も面白いじゃない。なんだか楽しくなってきた」
今までの不理解が理解できなくなっていく。
そこで、
「あ、疾子さん。少し宜しいですか?」
ミルっちから連絡が来る。
ゲームの時とは違い、リアルなのでお嬢様モードだ。
普段のあのアホっぽさが嘘のように今日は落ち着いている。
「美流ちゃんは相変わらず堅っ苦しいねぇ」
ゲームの時みたく軽いノリでいいのにさ。
「今まではその、何かに乗っ取られていたようなものです。あまり、学園では言いふらさないでくださいね? お父様やお母様から遊ぶ時間を減らされてしまうのです」
「わかったよ。たまにはゲームで息抜きする感じでいいよね? それで夜の予定なんだけど」
「ごめんなさい。これから夜のログインは……」
「ダメそう?」
「はい。今回はその断りのコールを」
「じゃあ、しょうがないか」
「今日の疾子さんは、一皮剥けたみたいに落ち着きがありますね」
「それって普段はそうじゃないって言いたいわけ?」
「そうではありません。成長したのですね? 早く妹さんが見つかればいいですが」
「ありがとね。進展あったら伝える。じゃあまた明日」
「ええ、また」
ミルっちこと長井美流はお淑やかにコールを切った。
お家がお金持ちだと、大変だね。
特にゲーム中の彼女はマナーがよろしくなかった。
それがリアルに反映したことはなかったけど。
ハヤテを通じていろんな人に触れてしまった。
ブログのおかげで。
でも、そのおかげであたしたちにかけがえのない思い出ができたのも確かだ。
「お母さん、夜のログインだけど」
「宿題終わったのならお母さんは関与しないわよ。晩御飯食べてからなら許可します」
「やった」
「ハヤテちゃんの代わりに頑張れそう?」
「満点は期待しないで欲しいけど。今までやってくれた代わりは目指すつもり!」
「そう、変わったわね。なんかお姉ちゃんになったみたい」
「ちょ、何それー」
お母さんまで、ミルっちと同じこと言うじゃん。
そんなにあたしは信用ないか。
いや、なくて当たり前だ。
ハヤテにずっと頼りっぱなしだったし。
そして、今朝も。
ハヤテに頼るために探してた。
それじゃ見つかるわけもない。
「スキンケアは、これでいいのかな?」
洗面所にて、見慣れぬ美容液を風呂上がりに塗りたくる。
これ、塗るだけでいいんだっけ?
変に顔中ぬるぬるするんだけど。
「疾子ー?」
「なあにー?」
「そういえばあなた、フレンド召喚はしたけど、サブキャラ召喚は試した?」
「え? あっ」
お母さんに言われて気がつく。
そういえばそれは試してない。
「まだしてないのね?」
「ごめーん。でもサブキャラ召喚をしても変わらないって掲示板で」
「実際に扱って見なきゃわからないじゃない。おじいちゃんも言ってたわ。情報のみに惑わされないで、自分の目で見て判断しなさいって」
「ハヤテはもしかして、ずっと待っててくれてた?」
「その可能性もあるかもねって……って言うかあなた。そのパック」
「あ、これ使っちゃダメだった?」
「ダメじゃないけど、お肌プルプルのあなたが使うには高級すぎるわね。洗顔だけにしておきなさい。アクネケアならこれだけで十分だから」
「後で色々教えてね?」
「いーわよー」
お母さんはニンマリと笑い、あたしもノリノリで答える。
こう言うスキンシップ。あたしは遠ざけていたかもしれない。
ハヤテが間に入って繋げてくれたから。
だから取り戻さなくちゃ。
夜のログイン。
お母さんも一緒にログインして、そして呼び出す。
「ハヤテ、きて!」
召喚する。
そして、やってきたハヤテは周りを見回し、そして述べる。
「あれ、お姉ちゃん?」
「ハヤテなの?」
「やっと見つけてくれたんだ。よかったぁ」
「あたしも見つけるの遅くなっちゃってごめんね」
「いいよ。お母さんは、あれから何かあった?」
「本当にハヤテちゃんなの? その、アンカーは結べる?」
「え? うん。シェリルおばあちゃんから聞いたんだ。お姉ちゃんも結んどく?」
「そのアンカーと言うのを結ぶと、毎回遊べるの?」
「夜は他の人との約束入れちゃったから、朝とお昼だけだね」
「そうなんだ……お家には帰ってこれないの?」
「まだ。ギミックはわかってるんだけどね。お姉ちゃんたちと会ったあの空間。私たち以外の魂が入ってる状態じゃないとログアウトできないみたいで」
「そんなことになっているのね」
「今、一人だけ来てくれたの。後もう一人来てくれたら」
「来たって誰が?」
「お母さんなら知ってる人。そう、名前以外で言うのなら『探偵さん』」
「え、あの人が? でも待って。第一世代はおじいちゃんと同時期に亡くなった筈……まさかハヤテちゃんと同じように?」
「その可能性があるって、ナイアルラトテップが」
「またあの人!」
お母さんは何か知ってる感じだ。
あたしだけ、話についていけない。
これがちょっとだけ悔しい。
偽物のハヤテだったら頼れるお姉ちゃんになれるんだけど。
本物はあたしを置いていっちゃうから。
ちょっとだけ不満が募る。
もっと頼ってくれてもいいのにってさ。
「その、ナイアル……なんとかって人は?」
「いたずらっ子だね。また何か企んでるって感じの」
「そんな子いるんだ?」
「いるんだよ。そしてこれからもちょっかいをかけてくるって宣言されちゃった。まぁ無視するけどね」
「そうね、それでいいと思うわ」
「それはそれとして、お姉ちゃん」
「な、何?」
「これからもよろしくね!」
「え、うん。どうしたの急に」
「なんでもない。ただ……もしこのままログアウトできなかったらって考える時があまりにも多くのしかかったから。このスキルが生えたのは、きっと私の不安からくるものだと思うの」
「【アンカー】ね。ハヤテちゃんはそれだけうちに帰りたがっていたってことでいいのかな?」
「うん、お姉ちゃんが心配で」
「ちょっと、それどう言う意味よー?」
そうだ、この感じだ。
この油断ならない妹であるからこそ、バカをやれた。
自分がバカをしても全部カバーしてくれると言う信頼があるからこそ。
「でもハヤテちゃん、お姉ちゃんも変わったのよ。なんと自分から進んで宿題をやり始めたの」
「えっ?」
「ちょっと、なんでそんなに驚くのよ。あたしだって本気出せば宿題の一つや二つ」
「ウソウソ冗談。ちょっ、くるし」
あんまりにも失礼なことを言うもんだから、少し首に手を回したのだけど、大げさなくらいに苦しまれた。
いつもなら軽い冗談で流されちゃうのにさ。
「なんで泣いてるのよ?」
「なんかこう言うのも懐かしくて……」
「ハヤテちゃん、あなた……あの空間に一体どれだけの時間囚われて」
お母さんが驚愕して言った。
えっと、どう言うこと?
「時間の概念がない空間だからね。何回も呼ばれて、帰ってきても毎日お昼。変わり映えのない世界で、話しかけられる相手もいない。レイちゃんだけが唯一の話相手で。だから、こう言うやりとりが本当に懐かしくて」
「そう、じゃあ。何回も呼んであげなきゃね、トキ」
「もちろんだよ。それよりこれからどうする?」
「んー? リノちゃんや美流ちゃんがいないとなると、遊びの幅は限られてくるんだよね」
「ハヤテは何をして遊びたいの?」
「料理、したいかな」
「ヨシ、いいよ! 今日は料理の日! あたしにも教えてね?」
「およ、お姉ちゃんらしくないね。ここは自分のやり方を貫くところじゃ?」
「あたしも成長してるからね!」
その日はハヤテを一日連れ回した。
そしてあたしも料理についての知識を得る。
お母さんに簡単な料理を教わったり、一緒に新作りょ理に取り掛かったり。
失敗の責任を押し付けあったり。
そう言う普通の日常があった。
やっぱり本物がいい。
その日から、ハヤテがいつ帰ってきてもいいようにリアルのお部屋掃除も始める。
お母さんも、ハヤテ用のボディを用意するって意気込んでいたし。
早く帰ってきてよね、ハヤテ。




