83話 魂の寄る辺
「ここも随分と人が増えたねぇ」
「|◉〻◉)増えはしましたけど、カウントは増えてないんですよね」
「世界は謎に満ちている、か」
「|ー〻ー)どうしたらここから出れるんでしょうか?」
あれから私は、何度抜け出してもこの場所に戻ってくるという体験をした。
妖精誘引によって現れた歪んだ空間の先は、知らない体の中だった。
最初こそ困惑の連続。
すっかり女子中学生のつもりでいたからね。
返事をそれに合わせていたら変な子を見るような目で見られて、自分の肉体が『ハヤテ』とは異なることに気がついたのだ。
それからは『謎の老紳士』や『花の妖精』稀に『レイちゃん』になりながらプレイヤーと一緒に冒険した。
日に何度も呼び出されて、おおよそ50回呼び出された頃だろうか。
何度も見た景色が少しづつ形作られたのは。
最初の変化は町並みだ。
演じたプレイヤーの数に合わせて街に家が立つ。
店ができる。
そして、演じたプレイヤーが闊歩する。
最初こそは小さな町。
しかしそれが街になり、都市になった。
人はいるのに、会話をできる人がいない。
レイちゃんの言うカウントが増えていないと言うのは『会話』できる前提なのかもしれないと思った。
「あの人たちが会話できるほどに成長すれば、私たちも脱出できる?」
「|◉〻◉)可能性としてはあり得ますね」
まだ何もわからないことばかり。
そんな時、意識を引っ張られる感覚があった。
「どうやらまたお呼ばれされたみたいだ」
歪んだ空間突破も十回目以降、それをせずとも体がそれを受け入れる素養が出来たのだと思う。
「|◉〻◉)じゃあ僕はそれまでに散策しておきますね」
「頼むよ。私も何か情報を手に入れるように動いてみるから」
そういって、意識が途切れる。
そして次に目を覚ました時に、目の前にいたのは……
「あら本当に来たのね。父さん、でいいのかしら?」
前世で娘だったシェリルだった。
彼女とはコンセでフレンド契約していない。
だから私がまず最初に行うのは。
ステータスのチェックである。
彼女が呼んだのは果たして誰か。
「シェリル。義父さんの中にはAIが」
「いいえあなた。当たりを引いたわ。AIを見て」
「タイプ_ハヤテ。では本当に?」
「こんにちは、父さん。いいお日柄ね」
「こんにちは、シェリル。呼んで早々藪から棒に何? 私はアキカゼ・ハヤテはとっくに引退したんだけど」
「これは本物ね。父さん、少しだけお付き合いいただいていいかしら」
「私にできるものでよければ。ああ、そうだ。今の私の魂はゲームのシステムにとらわれていてね。お母さん、マリンに一報伝えておいて欲しいんだ」
「そうね。噂のAIが父さんであることは伝えてもいいわ」
「よかった」
「その代わり。夜には確定で私のところに来て欲しいの」
「強引がすぎる。私は言ってはなんだけど引退した身だよ?」
確約はできないと言い含める。
そもそもこの引っ張られる感覚に抗うことはできないのだ。
どこの誰のところに行くか予約できる身分ではないのである。
「そうね。20年も前に引退したプレイヤー。でもね、アザトースとヨグ=ソトースの大喧嘩を諌められるプレイヤーはこの時代にいないのよ。20年前でもいなかった。父さんはそうならないように立ち回ってくれたじゃない?」
「そうだね。みんな仲良くすればいいのにっていつも思ってるよ。しかしヨグ=ソトースさんがねぇ。ウィルバー君は?」
「ナイアルラトテップに唆されてアザトースの陣営に入ってしまったわ。それが原因でお冠に」
「あの人の仕業じゃないの! なんで私があの人の尻拭いをしなきゃいけないのさ」
ナイアルラトテップめ、何が面倒ごとだ。
自分のやらかしを他人に押し付けるんじゃないよ!
「私も詳しくは知らないけど、どうもウィルバー・ウェイトリーが新たな種族進化を果たしたらしいの。弟さんが正式にヨグ=ソトースの臣下となったのを皮切りに」
「なるほど。彼の立場が宙ぶらりんになって、その進化をあの人が放っておくのは勿体無いと手をつけた」
「で、息子に手を出すとはどう言う了見だとヨグ=ソトースがアザトースに宣戦布告をした感じね」
「まぁね。別にくれてやるつもりはなかったって言う話でしょ。確かに宙ぶらりんであったとはいえ、敵対してる神格の軍勢に取られるのは癪だ。わかるよ。たくさん買い置きしていたお高いプリンが、知らないうちに誰かに奪われていたら私でも怒ると思う」
「そう言う程度の低い話じゃないのよ。私たちは聖典陣営だからこの件に深く関与できないの。むしろ戦争を仕掛ける立場よ。そんな感じだから魔導書陣営もすっかりお通夜モードで、この場所に父さんがいればって神頼みをする始末なの」
「どざえもんさんは?」
「あの人が不定期ログイン勢だと言うことを忘れてないかしら? 今は孫ができて、そっちと一緒に遊んでるそうよ。WBOだっけ? あっちにアカウント作ったらしいわ」
「なるほど、もりもりハンバーグ君は?」
「頑張って宥めてるけど、焼け石に水って感じね。父さんほど信頼は築けてないわ。ウェイトリー家の取りまとめ役までね。その上のヨグ=ソトースまで行くとイエスマンにならざるを得ないわ」
「あちゃー」
当時はナイアルラトテップを顎でつかう同志ではあったが、上のアザトースには謁見時に一瞥されただけで萎縮しちゃうか。
こればかりは慣れだものなぁ。
「私たちも不甲斐ないとは思ってるのよ。明らかに世代が変わって効率が落ちたわ。だからお願い」
「もうプレイヤーじゃないのに平気かなぁ?」
「ダメ元で。好きな言葉でしょ?」
「君も言うようになったね。まぁ、任せなさい。次に会う時は孫娘としてよろしく頼むね?」
貸しひとつだからね、とウィンクして受領する。
さて、今の状態でどこまでやれることやら。
「そういえばこの状態って、フレンドメッセージできるの?」
「知らないわ」
「できないと思っておいた方がよさそうだ。事情通としてはもりもりハンバーグ君。あと存命かは知らないがぽかーん氏などに報告して欲しいかな」
タッチパネルを操作する。
私のフレンド欄はほとんどがグレー。
わかっていたことだが、ほとんどが第一世代だ。
そして、第二世代、第三世代のホワイトの名前をタッチしても。
<権限が足りません>
と出てくる。
今はまだ、AIがプレイヤーを操作する状態までしか関与できないのだろう。
当然、フレンドチャットも開かない。
過去のブログの閲覧は……可能だった。
面白いね。
これくらいなら権限は必要ないのか。
そしてこれが肝心だ。
「ルリーエ、いるかい?」
<権限が足りません>
無理か。
これではクトゥルフさんに呼びかけることもできない。
けれど、不思議とパスがつながっている感覚があった。
フレンド欄に新たな文字が刻まれる。
『レッドシャーク』の文字。
どうしてここに?
まさか、と思う。
そして私は呼び出した。
ハヤテによって刻まれた幻影。レイちゃんを。
彼女は、私のブログの幻影だから。
アキカゼ・ハヤテのブログが閲覧可能なら、呼び出せるのだろう。
同時に予感する。
彼女の正体について。
「|◉〻◉)マスター、呼びました?」
「君、ルリーエの分け身だったりしない?」
「|◉〻◉)えっと、どう言うことですか?」
「わからないならいいよ。実はこれからドリームランドに行く事になったんだ」
「|◉〻◉)なるほどぉ」
「それでお願いがあるんだけど」
「|>〻<)僕でよければなんでも手伝いますよ」
「じゃあ……」
私は彼女に晴れ舞台を用意した。
ルリーエに比べたら全然足りない。
けどその容姿はヨグ=ソトースさんの息子さんに効果覿面だ。
もし彼が、その姿に興味をひいてくれれば御の字だ。
アザトースさんはどうだかなぁ?
絶対に出てくるナイアルラトテップが虚言を並べて自分の地位を確立しようとあれこれ手を打ってくるに違いない。
そしてこれが肝心要だけど。
シェリルの発言をどこまで信じていいか、だ。
言っちゃ悪いけど彼女は聖典陣営。
この『お願い』が聖典陣営にとって作られた都合のいい戦いの可能性すらある。
いや、生真面目な彼女がそんなお願いをしてくる可能性の方が低くはあるが。魔導書陣営側の意見を聞かないことにはな。
というか、今の私は昔ほどの権限が使えないのだ。
ナイアルラトテップの威圧には耐えれた。
けどその上となったら?
正直に言って『わからない』と言わざるを得ない。
「そのお魚さんは?」
「孫娘のハヤテの幻影さ。魔導書は、なんと私のブログ。今の時代ではネクロノミコンと称されているらしい」
「確かに冒涜的な内容でしたもんね」
「そうね。良くも悪くを人身を惑わすわ」
「本人を目の前にして酷くない?」
好き勝手言われて不貞腐れる。
急に行く気無くなってきた。
前世ではそれでも興味の方が優ったけど。
どうも今の私は女子中学生の『ハヤテ』の存在を逸脱しないようだった。
薄まりつつある前世の記憶が果たしてどこまで通じるやら。