81話 似て非なるもの(sideトキ)
「それじゃあ召喚、行くよ」
「うん」
「これで出てきてくれたら御の字だけど」
結局あれからあたしたちは、WBOで関連イベントをこなすも、結局残された時間だけでは召喚システム解放にまでは漕ぎ着けなかった。
だからAWOですぐに使える『召喚』に一縷の望みをかけたわけだけど。
「やった、きた。ハヤテ、心配させて! お姉ちゃんがいっぱい遊んであげるからね。もうどこにも行っちゃダメだよ?」
「…………」
「どしたん、ハヤっち、元気ないぞー?」
「…………」
「ハヤテちゃん、大丈夫?」
「…………」
あたしやミルっち、お母さんが声をかけても無反応。
アバターは確かにハヤテのものなのに、まるで別人みたいな対応をされて悲しくなった。
「やっぱりここには中身は宿ってないみたいね」
「そんなはずない! じゃあどこにいるって言うの?」
「トキっち、落ち着いて」
お母さんが「わかっていたことだけど、実際に見るときついわね」と感情を吐露する。
あたしはそんなので我慢できない。
絶対にハヤテを連れて帰るんだって気持ちだけが強くなっていく。
ハヤテは少し沈黙した後、
「設定を登録してください」
と言った。
設定を登録ときた。
「設定って?」
「掲示板を見る限り、呼び出した対象が選択権を得るみたいね」
「うーん」
「たとえば呼び名。ハヤテちゃんになんて呼んで欲しいの?」
「お姉ちゃん?」
「じゃあそう登録してみなさい」
「言わせてるのは違くない?」
「今はこれで我慢するしかないわ。もちろん、本人に戻ってきてもらうのが一番大事よ」
「うん」
説得され、設定する。
「設定登録……認証中。呼んでくれてありがとう、お姉ちゃん」
「わっ、ちょっとハヤテちゃんぽくなったんじゃない?」
「そうかなー?」
「まだどこか恥じらいがある。ハヤっちはもっとこう、突っ込んでくる感じだった」
「それはトキちゃんがあまりにも無茶振りするから呆れてるんじゃないの?」
「そんなことないよ」
ちょっとそんな気もしてきたけど、拒否しておく。
時折ハヤテからお母さんをパーティチャットに誘う感じの話が上がったりするけど、裏で見てたりするのかな?
ちょっと気まずくなってきたな。
「そうかしら? お母さんあなたがゲーム内でどんな行動をしてるか知らないから。憶測でしかないけど」
「気のせいだって! 普通に遊んでるって。ね? ミルっち!」
「どうだったかなー?」
「ちょ、ミルっち!?」
梯子を外すつもりか!?
「うそうそ。トキっちはちょっとドジっ子だけど誰にも迷惑かけずに遊んでるよー」
「どっちかといえばミルっちの方が迷惑かけてるもんね」
「あ、そういうこと言うんだ? 今度から助けてあげないよ?」
「ふふふミルモ君。君とは仲良くやっていきたいと思っていたところだよ」
スッと賄賂を渡す。
命のかけらだ。締めて10個。
ハヤテ以外で売り捌けばそれなりの値段になる。
ミルっちはそれを一瞥するとこう述べた。
「もう一声」
この! 駆け引き上手さんめ。
なけなしのミスリル鋼を一つトレードで渡し、交渉成立。
「トキっちは素直でいい子ですよ、お母さん!」
この変わりようよ。
さっきまでのやりとりがうそみたいな晴れやかな笑みだ。
駆け引き全部見てるのに、心臓に毛が生えてるのかな?
「そう、よかったわ。あなたは少しおっちょこちょいなところが目立つけど、普通にあの人の血筋ね」
「およ?」
「あなたのお母さん、私のクラスメイトなの。そのおじいちゃんは今のミルモちゃんと似たような取引をよくしていたのよ。それを思い出しちゃって」
「ひいおじいちゃん? 実はあまり見たことないんだよね」
お母さんがよく話してくれる、あたしのひいおじいちゃんの話。
まさかそのライバルがミルっちのひいおじいちゃんだったとか。因縁? まさかね。
「ふふ、そうね。あなたのおじいちゃんが接触を極力避けていたらしいから。おかげであなたのお母さんは影響を受けずに済んだそうよ?」
お母さん曰く、相当な変わり者だったらしい。
今のミルっちよりも悪徳で、時にスマートに物事を解決する。
騒ぎの中心には必ず存在し、そこにはあたしのひいおじいちゃんもいたとか。
いまだにこのゲームでその名を語り継がれるほどには有名人。
「私のおじいちゃんと共にAWOで暴れ回ってたのよ。秋風疾風って名前で」
「あたしの名前と似てるよね?」
「とあるコミックの主人公だったらしいわ。同級生だった二人は、そのコミックに傾倒した。奇しくも同じ名前でゲームを始めたの。それを知った時、罵り合ったらしいわ」
そんな話をする。
おかしそうに。
「なんだか不思議。あたしとミルっちが出会ったのも偶然じゃないみたい」
「波長があったのかもしれないわね。トキちゃんはおじいちゃんとは似ても似つかないけどね。きっとお母さんに似たのよ」
「ハヤテは?」
「びっくりするくらいそっくりで。本人の生き写しなんじゃないかって。確かにそうなるように名付けたけど……健康な姿で産んであげられなかった」
「あ……」
「ずっとベッドの上って聞いてます」
「ええ。それが目を覚まさなくなってね。お母さんにとってはおじいちゃんは特別だった。人生経験の師匠であり、迷ったときの道標だった。目標であり、追いつくべき背中だった。もうずっと昔の話だけどね」
お母さんは、遠くを見ながら言った。
それだけ、ハヤテのことを大切に思ってたんだ。
あたし以上に、くやしい思いをしてるんだ。
「それで話の続きだけど。ハヤテちゃんのAIのことね」
「あ、はい」
「うん」
「AIのレベルが低い時はこんなもの見たいよ?」
「レベル?」
「そ。掲示板では使い続けることで熟練度? 経験値? みたいなのが上がっていって、それをあげていけば本人と見紛うほどに成長するんじゃないかって希望論を挙げているプレイヤーがいてね」
「おぉ!」
「でも机上の空論なんだよね?」
「だったらいいなって言う話は多いわね」
お母さんは掲示板の様子をあたしたちに見せてくれる。
そこには画像で最初はそっけないけど、一緒に行動させることでAI
「うーん。でも。もう遊ばなくなったフレンドさんを呼び戻すのが難しいから、AIでいいやってはならなくない?」
「物理的に遊べなくなった人もいるから」
「あ、そこでひいおじいちゃんが出てくるんだ?」
「そうね、呼んでみて大丈夫かしら?」
「いいよ。どんな人か見てみたい」
「あたしも拝見していいですか?」
「いいわよー。召喚! アキカゼ・ハヤテ」
お母さんはスーツを纏った少年を呼び出した。
これが、ひいおじいちゃん?
「若ーい」
「これでひいおじいちゃんて言われてもわからないね」
「ねー」
あたしはミルっちと共に感想を言い合う。
「やっぱりここにも魂は入ってないみたいね。登録完了っと」
「呼んでくれてありがとうね、マリン」
「うん。おじいちゃん、今日は少しお手伝いして欲しいんだけど」
「何かな?」
その対応はスムーズに見えた。
「お母さん、どうしてひいおじいちゃんはお母さんとそんなにスムーズに話せるの?」
「その秘密は、これよ!」
お母さんが見せてくれたのは、詳細な設定内容だった。
あたしが適当に記入した設定欄より細やかに書き込んである。
これが会話のスムーズさにつながる?
「召喚主がどこまで召喚した存在のことを知っているかが重要なようね。この情報はまだ書き込まれてないみたいのなので書き込んでおこうかしら」
お母さんはウキウキに書き込んでいく。
あたしもその掲示板を覗き込むと、どうやらすごい反応があるようだった。
スレッド名は【おじいちゃん】召喚について語るスレ【呼んでみた】だったか。
「わ、すごい食いつき。やっぱりおじいちゃんは今でも有名だなぁ」
「反応にその手がったかって多くついてるのは?」
「みんな壁に行き詰まってる時、おじいちゃんにアドバイスをもらってたりしたんだよ。戦闘スキルは一切持ってなかったけど」
「戦闘スキルなしなのに、アドバイスできると?」
「戦うのは得意じゃないって言ってるけど、多分一番的に回したくないスペックしてるわね。スタミナ無視して動くし、空も飛べるし水の中でも普通に歩く。あとはマグマの海もものともしないわ」
「超人!?」
「と言うか、その手の耐性を全て網羅してるのよ。人生経験が豊富だから成し得たんじゃないかって話を聞くわ」
「へぇ」
「ではトキちゃん、ミルモちゃん」
「なに?」
「はい」
「今日はこの二人と一緒に遊んでみましょうか」
え?
お母さんが当たり前みたいに提案してくる。
「え、お母さんも来るの?」
「ダメだった?」
「どうする、トキっち? アキルちゃんに協力を仰ぐにもおばさんに頼るしかないけど」
あたしもミルっちもフレンド登録してないのが仇になった。
「先にアキルちゃんを呼んでもらう感じで」
「あー、急にルリちゃんに連絡取るの億劫になってきちゃったわ。あー、どこかにお母さん思いな娘とその友達はいないものかしら?」
「これは無理そうだね、トキっち」
「これもハヤテのためと思えば。その代わり、宿題が終わらなくても怒らないでね?」
「仕方ないわね。目を瞑りましょう」
「やった!」
そんなこんなであたしはお母さんをお供に、ハヤテとアキカゼ・ハヤテのAIレベルを上げるたびに出る。
本当はこんなことをしてる場合じゃないんだけど、お母さんはいつかこれが必要になるかもしれないからと言い含めた。