75話 うっかりハヤテちゃん
「ナイアルラトテップが、今更なんの目的で動く?」
「わからないけど……お姉ちゃんに接触しに行ったのかも」
「トキちゃんに? いや、そういえば心当たりがあるわ」
「何か知ってるの、マリンちゃん」
モーバおじちゃんの質問に、私は応じる。
その中でお母さんがお姉ちゃんにされた相談を語りだす。
私の話だ。
お姉ちゃんの中に私がいる。
そのきっかけをくれたのが『無鉄虎有歩』によるものだ。
当然、顔も名前も思い出せない存在。
だが“アレ”は……記憶を操作できる。
出会ったことがなくても、記憶の片隅に足を踏み入れ、知り合いのように寄り添うことができる。
お母さんは可能性の一つとして、私の産まれた秘密を語った。
一応、保護者会の方では公開済みらしいけど。
「いや、それは爺さんをAWOに導くためだろ。嬢ちゃんはもう用済みだ。だからわざわざ誘い出す理由がないと思ってるが。まさか違うのか? 本命は嬢ちゃんの方だった?」
「わからないわ。私もトキちゃんにわざわざ狙いをつける理由は考えられない。だっていうほどお爺ちゃん的な動きはしてないの。本当に普通な女の子でしかないから」
お母さん的にはそう思うか。
「だよね。私も普通の女の子だしね」
なのでこう返す。
お姉ちゃんが許されるのなら、私もセーフに違いない。
あの中では一番落ち着きがあるのが私だし。
異論は認めない。
「爺さん……自分のやらかしを自覚してないのか」
「えっ」
「ハヤテちゃんはトキちゃんと比べられないほど暴れてるでしょ?」
「暴れてなんかないもん!」
私は必死に駄々をこねた。
誰も私の弁明を聞いちゃくれなかった。
解せぬ。
「しかしそうか、接触は初めてではないと」
「まだ接触してるかどうかはわからないよ? 裏で動いてて、お姉ちゃんがそのゲームで遊んでるってだけ」
まだ接触している可能性は低い。
可能性はかなり高いけど。
と、そこへ。
「ハヤちゃん! 大変! トキちゃんがログアウトできなくなっちゃったの!」
リノちゃんが血相を変えた様子で現れた。
おかしいな。今頃は夕飯後の勉強をしておる彼女が、なぜゲームの話をしているんだろう。
「どうしたの、リノ。お勉強をしてたんじゃないの?」
「あ、お母さん。ごめんなさい、ミルちゃんが強引に誘ってきて。それでトキちゃんと一緒にWBOで遊ぶことになって」
「困った子ね。でもその話は後。トキちゃんがどうしたの?」
「言ってる側からか? リノ、トキちゃんは誰かに会った。それから身動きができなくなったんじゃないか?」
「お父さん? こっちにいるの珍しいね」
「今はそんなことはいい。WBOで何があった?」
「えっとね」
モーバおじちゃんに詰められるようにリノちゃんは要点を詳しく話してくれた。
良かった。ここにきたのがミルちゃんじゃなくて。
要点バラバラになった挙句、空中分解する気がするもん。
「やっぱり接触してたか!」
お姉ちゃんがログアウトできなくなった原因はナイアルラトテップで確定した。
しかし今更接触してくる意味。
私はお望み通りログインしたというのに。
まだ何かさせたいのかな?
「あ、リノっち! 説明ご苦労!」
そこへ、今一番望んでない相手がしたり顔でやってきた。
まるで重役出勤だ。
こういう太々しさ、探偵さんよりジキンさんポイんだよなぁ。
血の繋がりがないとはわかってるんだけど、どうも勘繰ってしまう。
「ミルちゃんも来たんだ?」
「トキっちがログアウト不可になった説明をするのにリノっちだけじゃ不安だったしね
「むしろミルちゃんに任せる方が不安だよ」
「何をー?」
早速話が脱線したね。
だから合流させたくなかったんだ。
「はいはい。それでミルちゃんは私たちに何を伝えてくれるの?」
「そうそう、それがね、WBOでレイっちに会ったの」
「レイちゃんに?」
それは確かにおかしいね。
「それって?」
「レッドシャーク。以前そんな名前で私たちに同行していたNPCがいたよね?」
「うん、あの子ね。幻影の」
「幻影って?」
お母さんの言う幻影について知らないミルちゃん。
疑問に思うのは仕方ない。
「とある条件を満たすことでプレイヤーに力を貸してくれる存在よ。先生」
「|◉〻◉)ノ呼びましたかな?」
「あれ、レイちゃん?」
「着ぐるみバージョンだ! 懐かしい!」
ミルちゃんもリノちゃんも、レイちゃん以外の魚人を見たことがないので、同一人物(?)と思ってしまった。
でもここにきたのはレイちゃんよりおちゃらけた存在、先生である。
「彼女は先生。私の幻影なのよ」
「|◉〻◉)どうも、先生です。レッドシャークとは別人なのでお気をつけを」
「え、違う個体なの?」
「色も形もそっくりだったので。ごめんなさい」
「|ー〻ー)気にしてません。ですが不思議ですね。あの子がこことは違う世界に渡った。僕にはそんな機能ついてません」
「それでね、もっと特ダネがあって。これ!」
ミルちゃんが見せてきたのは幻想装備だった。
「うん、これが?」
私には見慣れたもの。
けどお母さんたちから見たら、見慣れぬ造形のものである。
「ハヤテちゃん、もしかしてあなたがこの間言っていたのってこれ?」
「うん、これのことだよ。スキルパーツの入手は私だけ。でもレイちゃんがいる時だけ、トレードができる」
「今不在ということはできないのね?」
「そうなの? ハヤっち。これってレイっちが何かをして具現化してたんだ?」
「そうみたい。実際レイちゃんが見てない段階でお母さんにトレードで渡したの」
「結果は?」
「アイテム欄に何も入っておらず、トレード失敗だったって」
「なるほど」
「でも、私たちは変わらず使えるよ?」
リノちゃんはその場で刀に変えて装備する。
ミルちゃんは楽器だ。
私も楽器に変化させる。
一度形を変えてしまえば、あとはこちらの思うがまま。
そこにレイちゃんが居る、いないに関わらず自在に扱えた。
まるで一度固定化して仕舞えば問題ないかと言わんばかりに。
「この装備、向こうでレイちゃんに配ってもらったの」
「いや、これAWOの限定武器じゃないの?」
流石に意味がわからない。
発言がミルちゃんだけだったら確実に信じていない。
けど、ここにリノちゃんの発言が入ってくれば話は変わってくる。
ホラではない、思いつきを語っているわけではない。
実際にお姉ちゃんがゲーム内に閉じ込められていると言う状況で嘘をつくわけがないから。
だからそれは現実なのだ。
でもだからと言って納得はできない。
だってコラボでもしていない限り、別のゲームのアイテムが他のゲームで扱えるわけがない。
特にこんなチート武器。
誰しもが欲しがると思う。
「それは私も思ってて。でもそのレイちゃんは私たちが出会った100年後のレイちゃんだとも言っていて」
「えっ?」
時間経過をしている?
なんでまた。
何かイベントを踏んだかな?
身に覚えしかない。
直近で20年前に飛んだイベントとか。
いや、まさかね。
私は悪くない。
あんな食材をよこしてきたイースさんが悪いんだ。
私は悪くない。
食べたら意外と美味しかったあの野菜が悪いんだ。
なんだよ、美味しく料理したらタイムトラベルするって。
罠じゃん!
なので私が悪いわけじゃない。
ヨシ、このスタンスでいこう。
「ハヤテちゃあん?」
「な、なぁに、お母さん」
心の中でそんな意思を固めていた矢先のことである。
ブログを確認したと思われるお母さんが、目の奥が全く笑ってない笑顔を向けてきた。
どこか怖い。
肩に回した手が、非常に力強く感じる。
ナイアルラトテップを直視しても恐怖を感じなかったのに。
今のお母さんは神格より怖いかもしれない。
「何か心当たりがあるのね? 隠さず話してちょうだい」
「な、何もないよ。ちょっとキモイ野菜を使った料理を食べたらタイムトラベルしたとか、そんなことないもんね」
「早速ゲロったぞ。心当たりしかないヤツじゃないか」
「随分と早く自白したね。やっぱり情報を秘匿してたのね」
「ち、違うもん! 私はただ料理をしただけ。実際に美味しかったし、効果は後から知ったから! 私は悪くないから!」
「リノちゃん、それは本当なの?」
「私は知らない奴なんだよね」
「ミルモちゃんは正直に教えてくれるわよね?」
お昼にログインしてなかったリノちゃんはうまく逃げ仰たが、ミルちゃんは完全にどん詰まりだ。
ここにアキルちゃんがいれば自供してくれたんだけど、今は普通にお勉強タイムだろうし。
それに関して言えば本来ならお勉強タイムのはずなのに。
なんで二人してゲームで遊んでるのさ。
お姉ちゃんもそうだけど、自らトラブルに首を突っ込みにいってるんだよね。
肝心のお姉ちゃんがログアウト不可な状況。
まんまと誘い出されたミルちゃんがパッパラパーな頭をこねくり回して回答を導いた。
つまり、野菜の入手場所に問題があったと。
「イ=スの民の運営するド・マリー二農園か。厄ネタでしかないな」
「ハヤテちゃんはそういうの探すの得意ねー」
「だって! 特別な肥料のレシピくれるっていうから! ちょうどその時農園で効率的な収穫方法探っててさ」
「普通に初級肥料から中級肥料に変えるだけよ?」
ひよりさんのアドバイスが今になって身に沁みる。
「それ、まだ私のレシピに出てきてないから」
「だから特別に覚えられる肥料のレシピを求めたのね? その結果がこうと? マーケットで多少出費を覚悟すれば手に入る品を飛び越えてでも欲しかったと?」
「ちなみにお母さんたちに振る舞った料理にも入れたよ」
「「「「は?」」」」
威圧のこもった声がハモった。
その瞬間か、空間がわずかに歪んだ気がしたのは。
きっと全員が自覚する必要があったのだろう。
その場にいた全員は、リノちゃんとミルちゃんを残して別次元へと誘われてしまった。
「ハヤっち!」
「ハヤちゃぁああん」
叫ぶ二人に見送られて、私たちは見知らぬ空間で目を覚ます。
おっと、これは失敬。
レイちゃんがいなければ時間跳躍はしないだろうという当てがまんまと外れてしまった形だ。
あとで二人には謝っておこうか。
「それはさておき、ここはどこだろうね。先生、わかる?」
「ハヤテちゃん、お母さんの幻影を便利に使わないでちょうだい」
「あ、ハヤテちゃんもきた」
「え、ほんと?」
なんと、そこにいたのはレイちゃんとお姉ちゃん。
なぜか正体を表したナイアルラトテップとセッションを組んでステージを開催していた。
なぁにこれぇ。




