72話 冒涜的ランチタイム
「この返し、アキカゼさんですねー」
「今の私はハヤテ。アキカゼ・ハヤテの時の記憶は曖昧なんだ。かろうじて覚えてはいるけどね、モーバ君もそこんところは覚えておいてね」
「やっぱり爺さんなんだよなぁ。まぁいいや。それよりも爺さん、うちの会社が運営をしているゲームを知ってるか?」
「ワンダーブリンクオンライン、通称ワンブリのことかな? うちのお姉ちゃんがどっぷりハマってさっきも晩飯も食べずにログインしたけど。そのワンブリがどうかしたの?」
「実はモーバさんの会社が運営から突如外されちゃって、今は全く違う運営会社が担当してるのよ」
「なにそれ。だからここで飲んだくれてるの?」
事実を指摘してやれば、明らかに機嫌の悪そうな顔をした。
そういうところだよ?
「誰が暇を持て余してるって話だよ。問題は新しく担当してる運営会社の実績が不明だって点だ。なんで開発はその会社に頼んだのかも含めて全く不明でさ」
「それは確かにおかしな話だね。今回の長期メンテと何か関係が?」
「それは絶対に無い。今回のアップデートは細々とした動作不良の改善とかだ。ストーリー更新とかのメジャーアップデートじゃねぇ。だから不自然なんだよ、このタイミングで運営を切り替えるってのは」
「わかりやすいミスをしたとか? データ流出とか」
お父さんがニュースで取り上げられていた話題を振る。
モーバおじちゃんは首を横に振って否定した。
「それはない。なんだったらデータ流出させた疑惑があるのは新体制になった別会社の運営からだ。そのニュースが流れたのは今日だよな?」
「ええ」
「俺たちが解雇されたのはメンテナンス作業中だ。明けてからじゃねぇ」
「そんなことありうるの?」
「実際にあったことだ。俺も何が何だかわからねぇ、こっちの実績を掠め取りやがってよ。クソムカつくぜ!」
よくわからないことがあった、自分でもなにを言ってるかさっぱりわからないし、聞いてる方もさっぱりだ。
だがモーバおじちゃんはこう話をまとめる。
あのゲームは全く別の何かをするために作られた可能性がある。人数を集めるためにおじちゃんたちの運営会社を頼り、人数が揃ったから本来のゲームを展開させると。
情報をまとめるとそうなるが、別にログイン規制が入るわけじゃない。
異様なまでにゲームに固執するようになるというだけで。
「なんだかデスゲームみたいな様相ですね」
「似たようなことは思ったが、別にログアウトはできるっぽいんだよ。GM用のアカウントは奪われたが、動作確認用にアカウント持ってるからな。俺たちは普通にログインもログアウトもできる。けど、明らかに動作のおかしいプレイヤーも散見されてな」
「それが不正ログインされたプレイヤーであると?」
「可能性は高いが、推測の領域を出ないってだけだ」
「じゃあ板挟みのモーバおじちゃんは夜も眠れないんだ?」
「だからってAWOに顔出して愚痴を聞かされるこっちの身にもなってほしいわ」
シズラさんは営業妨害もいいところだと苦言を呈した。
「ご苦労様です」
「ハヤテちゃんだけよー、あたしを労ってくれるのは」
シズラさんの癒し枠でありたい。
私はそんなふうに思った。
「なんにせよ、心配ではあるけど、現状私たちにはなにもできないってことが判明したわけだけど」
「そうだよなぁ、これは愚痴以外の何者でもない。なので酒の肴にもってこいってわけだ」
「普通に機密漏洩で訴えられると思うのは僕だけかな?」
お父さんの鋭い指摘に、モーバおじちゃんは凍りついた。
震え出し、テーブルに突っ伏す。
あとは得意の泣き落としだ。
堂に入ってるなぁ。
毎回これで取り入ってるのがよく分かる姿だった。
「頼むひより。俺の会社が失敗したらリノの世話を」
「はいはい。モーバさんごと引き受けて育ててあげますねぇ」
「流石俺の嫁」
惚気乙。
仲が良いことはともかく、彼の場合は口の軽さだけが心配だ。
今回の乗っ取り作戦の被害者であるのは確かだけど、だからって機密漏洩は擁護できない。
「と、いうわけで茶番も片付いたことだし、シズラさん、調理台お借りしてもよろしいですか?」
「いいけど、何か珍しい食材手に入った?」
「ブログに書かれてる食材の引き渡しができるか怪しいですが」
「あ、あれは必要ないわ。グロいの苦手なの」
「じゃ、しないでおきますねー」
「ちょっとだけ気になるのよね。味はいいって話だし」
「それで過去に飛ぶほうが問題じゃないですか?」
「それはうちの幻影次第な気がするんです。今は合流してないので多分大丈夫だと思いますが」
……ここにいる全員、あの時出会った過去メンバーよりは戦闘に特化している。
お母さん :近接ファイター
お父さん :中衛魔法使い
シズラさん :料理人
ひよりさん :元近接ファイターの農家
モーバおじちゃん:中衛ファイター
私 :元風景写真家の料理人
これで赴くほうがどうかしている。
え、私の自己分析がおかしい?
写真撮影が趣味のエンジョイ系おじいちゃんとは私のことを指すよね?
実際にブログだって風景撮影ばかりだった記憶がある。
そして今はそっちの趣味から足を洗い、料理に専念している。
どこも間違いはないはずだ。
「|◉〻◉)……」
「わ、先生いつの間に来たの?」
「|ー〻ー)ちょっとブーメラン遊びをしに来ました。えいや」
投げたブーメランが私の後頭部にポコンと当たった。
「痛っ」
拾い上げたブーメランには「|◉〻◉)ダウト!」と書かれていた。
痛烈な批判をどうも。
私は写真撮影家でいたかったのに、どこかの誰かが私を何かにさせようとした結果でしかないんだよなぁ。
なので私は悪くない。
それはさておき料理である。
前回読んでないメンツの顔があるから、深海料理を披露してしまうのもいいだろう。
「シズラさん、またパッキングしてしまっても大丈夫ですか?」
「あー、ちょっと待ってね。いいわよ」
シズラさんは注意喚起をしてくれる。
これよりこの屋台は異空間に誘致される。
途中で他の街に用事がある人は離れてくれ、などのものだ。
そんな大それたことはしないけど、まぁ注意してくれるというのならお言葉に甘えようか。
「なにが起きるんだ?」
「|◉〻◉)第三次世界大戦だ」
「先生はあっち行ってましょうねー?」
「|◎〻◎)ああん、押し込めないでー。あ、力すごい。あー~ー」
「マリンちゃんもその子の扱いも手慣れたものね」
「|◉〻◉)ノ いよっ」
「マリンちゃんマリンちゃん、街中でクトゥルフの鷲掴みはまずいよ」
「えー、だって今日の先生しつこいんだもーん」
そこからひたすらパッキングを繰り返す。
メガロドンの蒲焼きに、ド・マリーニの奇形野菜のおしんこだ。目玉部分は丁寧に取り除いて下処理し、蒲焼のタレにひそませた。
どろっとした甘みのほかに鼻をつく山椒の香りがたまらない。
濃口醤油の中にもひそませて、前回以上に味の複雑さを堪能できる一品だ。
「お待たせー、メガロ丼でーす。お吸い物と一緒にどうぞー」
「聞いたことのない魚だね」
「見上げるほどの巨体らしいわよ?」
「でかいのか。あれ、でもそれって本当にこの世界の食糧? どこか冒涜的な食材使ってない?」
「変な勘繰り入れないで食べましょ」
「うん、まぁそうだね」
アイディアロールをかろうじて失敗したお父さんがなにも気づかないままに頬張る。
「うわっ、フワトロ。このタレもまた香ばしい。やばいな、ご飯が足りない。結構な大盛りなのに食欲が進む進む」
「旦那、このお吸い物もやべーぞ? なんの食材を使ってるかさっぱりわからねぇが。この肉がまた丼の食欲を加速させる」
一見カエルの足っぽいそれは『ムーンビースト』を乾燥させたお肉だね。びっくりするほど縮まるんだよ、あれの肉。
そのお出汁もまたいい旨みが取れるので重宝してる。
うちのメンバーはこういう和風をあまり好まないから、総じて油物中心になっちゃうけど。
和料理を作るのならやっぱり大人の方がウケがいい。
「よかったわね、ハヤテちゃん。お父さんたち美味しいって」
「愛情たっぷり込めましたから」
「そうねー、料理には愛情が何よりも大事よ。あとはそれを高い技術で調理する腕前と、素材の品質ね」
「愛情以外への当たり前に求められる能力水準が高すぎる!」
ひよりさんが嘆いた。
そういえば料理は全然なんだっけ?
作ってくれる人が身近にいてくれるからこその役割分担である。
実際作る側からしたら高品質素材の提供者ほどありがたいものはない。
とはいえ……一児の母がこれからも料理をしなくていいというのはまた違うような?
いや、時代と環境によってはそれが許される。
ひよりさんはお金持ちのお嬢様という話だし。
あれ、じゃあシズラさんは?
あっちはそっちに道を見出したというだけか。
普段口にしてる料理以外に興味が向いた、と。
そのおかげで独身時代が続いている。
そこは私から特になにもいえないけどね。
だって、もし私が当事者なら同じくらい傾倒すると思うし。