71話 こそこそレイちゃん
「お母さん!」
「あ、いたいた。あなた、こっちよ」
「ここもずいぶん見違えたなぁ。なんだか懐かしくなってきちゃってね」
「ねー」
お父さんの言葉に同意する。
「ハヤテちゃん、本来あなたの口から出てくるべきフレーズではないわよ?」
「なんかそんな気がしちゃって。はい、先にフレンド申請しとくね」
「了解」
フレンド先に『サクラ:猛獣の牙』と記載された。
本当にびっくりだよね、当時かまってちゃんだったあの子が、見事お母さんを射止めるだなんてさ。
もしかして名字が秋野だったから? アキカゼ・ハヤテになんとなく似てるから?
だとしたら涙拭けよ案件でしかないけど。
そんなことはないよと信じつつ、話を戻す。
「フレンド受領したよ」
「こっちもOK」
「それじゃあさっそく」
「度肝抜かさないでよ?」
「可愛さに?」
「そこはまぁ認めますけどー」
ブログの内容に、と釘を指すだけ無駄だろう。
だって彼とは前世でフレンドになった記憶がない。
当然、前のブログの閲覧権もなかったわけで。
しかしお父さんはそのことごとくをスルー。
まるで何も見えなかったみたいに、私のアイドル姿を絶賛した。
このスルー力の高さがお母さんと結婚できた秘訣かな?
「マリンちゃんの子だねぇ。すっかりアイドル姿も様になっちゃって」
「お姉ちゃんがね? お姉ちゃんがだよね?」
「ハヤテも似合ってるぞー?」
「それはどうも」
「それじゃあさっそく、ハヤテちゃんのお料理を堪能しましょうか、と言いたいところだけど」
「セカンドルナに調理台はないよ?」
「そうなのよねー」
これは料理をするものなら知って当たり前の情報である。
そして今日の今日で、前約束も何もしてないので持ち合わせの料理も、なんだったら素材すら持ってないのが通常である。
ならどうするか?
調理台があって、食材の流通がある場所に向かうのが正解。
「なのでここから徒歩でファストリアにレッツゴーだよ!」
「待ち合わせ場所、ファストリアでよくなかった?」
お父さんが困ったように述べた。
まぁ普通はそう考えるよね?
「お父さん、まさかとは思うけど非戦闘員である私を一人でファストリアに行かせるつもりだった?」
「いや、普通にファストトラベルで」
各町の入り口に置かれる転移台。
一度訪れた街から街にワープするのに用いられるが、当然タダじゃない。
こればかりは手持ちのゲーム内マネーが持っていかれる仕様で、稼ぐ手段を持たない(主に素材相場に頼って生きてる)私たちには痛手だった。
その上これ、距離が遠ければ遠いほど所持金が差っ引かれる。
ただでさえお金の使い道に困窮している料理人が安易に頼る代物ではないのだ。
それと、自分で稼いだお金は自分の予想しないところで持っていかれたくない。
この執着はお姉ちゃんに憑依してからより強く感じるようになった。
前世では逆に使い道がなくて困ってたというのにね。
境遇が変われば考え方もまた変わるものだ。
それに、ここからファストリアなら徒歩圏内だろう。
問題はモンスターが出てきた時に攻撃力のない私が討伐するのにものすごく時間を必要とするくらいか。
どうせならドロップアイテムも狙いたいという欲目もあるし。
なのでお母さんとお父さんには、今回セカンドルナにわざわざきてもらったのである。
そんな経緯を説明すれば、非常に困り果てた顔をされた。
どんまい。
可愛い娘のお願いを聞くのも親の勤めでしょ?
「要するに、ハヤテはお父さんたちの戦力を当てにしていると?」
「そうだね」
「計算高くなっちゃって」
「先行投資だよ。その分、お料理の方は頑張らせてもらうから。どうかな?」
「こういう打算的なところはマリンちゃんにそっくりだね」
「それほどでもー」
お母さんも流石の謙遜力でこれをカバー。
これが夫婦円満の秘訣なのかもね。
そして道中で、緑色のスワンプマンと水色のボールに遭遇する。しかししっかりチェインを重ねた討伐でドロップ品にスキルパーツの姿は見えなくて……私は頭が混乱した。
レイちゃんが関与してなくても、出るんだーと感心していたのに、この肩透かしである。
これでこの現象が私にもたらされる怪異であるということは決定。
ただ、スキルパーツという存在は私一人では実体化してくれないところに違和感がある。
やっぱりあれはレイちゃんが何かしてたんだね。
そういえば今日、彼女の姿を見かけない。
昨日は呼ばなくてもきたのに。
おかしいな。
「そういえばお母さん、先生は?」
「あらハヤテちゃん、うちの先生に何かご用?」
「|◉〻◉)呼びました?」
「あ、別に用はないんだけど……幻影って呼んでなくてもくるよね。なのに今日は見かけないというか」
「ああ、噂のレイちゃんね」
「|◉〻◉)あの子なら来れませんね」
「何か知ってるの?」
「|◉〻◉)普通に聖典陣営のプレイヤーがぴったりくっついてる場合は無理でしょうねー。まぁ、僕くらいになればへっちゃらですけど?」
ここで正式幻影であるアピールをしてくる先生。
この不遜な顔、ムカつくなぁ。
顔はレイちゃんとそっくりなのに、なんでこんなにイライラするんだろう?
やっぱり性格?
「あ、その子が来れない原因僕だったんだ?」
と、ここで原因判明。
「お父さん、聖典陣営だったんだ?」
「なんかそういうことになってるね。僕としてはマリンちゃんと一緒にドリームランドを回れればくらいにしか考えてなかったけど」
「お父さんの魅力ってこういうところよ。行動に善悪がないの。お爺ちゃんそっくりで、そこに惚れ込みました」
「惚れ込まれました」
惚気乙。
しっかし聖典陣営だとブログそのものが見れないという特典があったか。
じゃあどうやってシェリルおばあちゃんは干渉できたんだ?
魔導書陣営のクラメンに情報を精査してもらったとかが妥当か。あの子は周りに恵まれてるからね。
で、お父さんは情報そのものに興味を持っていないと。
「でも前回、昨日はミルちゃんのお母さんも来てたよね?」
「シグレちゃん?」
「うん」
「よくあの子が聖典だって気がついたねー」
「実は過去に戻った時にあの子の撮影した範囲だけ未来のアイテムが使用可能になったの。それで晴天が関わってるんじゃないかなーって。魔導書に時間逆光に関する記述ってなかったし」
「ド・マリーニの掛け時計とか有名だけど?」
「その時計が理由で逆行した世界を貫通して未来のアイテムを使用できる異能に心当たりがないって意味でね?」
「あー、あの子の聖典は結構特殊でね。聖典でありながら、魔導書に位置する中立みたいな『精霊の職務の書』っていうやつね。神格は妖精王オーベロン。結構な気分屋らしいわ」
「その力なら、過去に飛んでも未来のアイテムに干渉できる?」
「できる時とできない時があるって感じで、あんまり当てにしちゃダメよ?」
「そこはミルちゃんと一緒なんだね」
「ひどいわ、ハヤテちゃん。ミルモちゃんをそんなふうに思ってたなんて」
「実際、明日も遊ぼうねって約束したのに、やっぱり用事ができたから今度ねって後回しにされたらそう思っちゃうよ」
「うーん、そこは否定できないわ」
「あはは。何はともあれ、ハヤテの幻影が出てこれない原因は僕で、シグレちゃんは中立の存在だから姿を現すことができたってことでいいかな?」
「うん、ごめんね。お父さんにも紹介したかったのに」
「仕方ないよ。こればかりはね」
「ちなみにどの聖典なの?」
「スッタニパータというやつだよ」
「お父さんは当たりを引いたの。けど仕事が忙しくて聖魔大戦ではあまり活躍ができてないのよ?」
「子供が生まれたばかりでゲームに依存してたらやばいでしょ。社会での信用失うって」
それはそう。
赤ん坊は勝手に育たないからね。
「でも私はこっそり潜ってました!」
「あー、お母さん悪いんだー」
「4時間だけ、4時間だけね?」
だいぶガッツリ放置されたんだね、お姉ちゃん。
かわいそう。
「その間は流石に僕が面倒見てたけどね? ほら、お母さんはアイドル活動で忙しかったから」
「ゲームと家庭、どっちが大事なの?」
そこ、大事なところじゃない?
若者の現実離れが加速度的におこなわれつつあるのってVRが身近にありすぎるからだと思うんだよね。
「そういう意味じゃ、時間制限のあるAWOっていいよね」
「そうねー、子供とか勉強する時間を多く確保できるし」
「でもワンブリは……」
「リアルと同じ時間が流れてるらしいわね。だから一分一秒の遅れが致命的になる、とかだったかしら?」
「なんかやることが多くて、リアルに帰る時間が足りないって」
「急かされるのは嫌ねー」
「今の子はむしろマルチタスクに向いてるからちょうどいいとか?」
「今の子代表のハヤテちゃんはそう捉える感じなんだ?」
「お母さんの時はどうだったの?」
「やれなくはない、けどあまりにもクエストがとっ散らかっちゃっているのは苦手。ほら、お母さんは頭で考えるよろ行動で示すほうが得意だから」
「リノちゃんタイプだ」
「ひよりさんのところのお子さんだったよね」
「そ、村正さんね」
「あー、あの子。個性が強すぎて周囲を薙ぎ払ってたね」
ファン諸共ね。
それが今や一時の母親ですよ。
お父さんはモーバさんていうじゃない。
あの堅物のリーガルさんがよく許したよね。
話してる間にファストリアへ。
シズラさんの屋台まで一直線で進むと、そこには今話題の二人が対面で座って百面相をしているところだった。
「ひよりさん!」
「あらー、マリンさんじゃない」
「おっす! 若旦那」
「モーバさんも久しぶりです。相席よろしいですか?」
「初めましてー」
「初めてじゃねーだろうよ、爺さん。すっかり女子の擬態が上手になったよな。うちの純情なリノをたぶらかしやがって」
「はっはっは。なんのことかな」
むしろ誑かされてるのは私の方だよ?
なんてったってご飯を奢っただけで求婚されたからね。