70話 緊急家族会議
『|◎〻◎)お母さん、お姉ちゃんワンブリにログインしに行っちゃった』
『え、ご飯は食べないとダメよ? あの子、ここまで抑えの利かない子だったかしら?』
『|ー〻ー)メンテが明けたって聞いただけで目の色が変わったんだけど、やっぱりこれって』
『依存、ていうにしたって異常ね。わかったわ。お母さんの方でも調べてみるからハヤテちゃんは』
『|ー〻ー)お姉ちゃんの代わりにお食事とお風呂入っちゃうね』
『そうしてもらえる? 本当はこうなるのを恐れて人間タイプの素体も用意してるんだけど、納入は来週くらいになるってお話なのね』
『|◎〻◎)そうだったの?』
『あの子のことだから、きっと他のゲームにもあなたを連れて行きたいと言い出すことを見越してね』
『|ー〻ー)私は、AWOだけでもいいよ? それに』
『それに?』
『|◉〻◉)私が実体を持つことで起きるイベントが容易に想像できるというか』
『たとえば?』
『|ー〻ー)まぁ、純粋に私を頼った毎日になるよねって。今はモーニングコールによる間接的なものも、フライングドロップキックみたいなものになったり』
『喧嘩はやめてね?』
『|◉〻◉)それはお姉ちゃん次第だよ』
通信を切り、ログインしてぐったりしたお姉ちゃんの体にIN。
「わー、ご飯おいしそー」
「無理にトキっぽく振るわなくったっていいわよ?」
「じゃあ、いつも通りで」
「ただいま。みんな揃ってるな?」
「あらあなた、おかえりなさい」
「おかえりー、お父さん」
「二人ともただいま。ハヤテは?」
あ、普段お姉ちゃんが近くに持ってきてるのを忘れてた。
けどここでお母さんがナイスセーブ。
「ハヤテはトキの中よ。あの子、WBOのメンテナンスが明けたって知ってすぐにログインしたみたいなの」
「相変わらずか。そういえばWBOでおかしな噂を聞いたんだが、トキは平気かね?」
「おかしな噂?」
「流石に夕食前にする話じゃないな。お父さんお腹ぺこぺこでね」
話は食事ごということになった。
お夕飯はクリームコロッケ。
お姉ちゃん好きなんだよね。
代わりに私がしっかり堪能しておく。
「ハヤテは本当に美味しそうに食べるね」
「でしょー? トキの場合は「これ好きー」になってきてて、ハヤテの表情が逆に新鮮に感じちゃって」
「いや、だってこれ手作りでしょ? 合成肉とは思えない味覚。あ、だめだAWOでの味の感覚基準で話しちゃってる」
「あはは、AWOの食事も美味しいには美味しいからねぇ」
お父さんが柔和に微笑む。
「今の子的にはあっちでも全然問題はないって感覚みたいね。せっかく手料理を披露しても、ありがたみは薄れられてるみたい」
「私は美味しいと思ってるよ?」
「ありがとね」
これこそが団らんというものだろう。
そういえば確かにお姉ちゃんの食事は早い。
よく噛んで食べてるかも怪しいくらいだ。
いっそ、味のしないゼリー飲料でも食せば変わるかな?
そのくせ、味だけは一丁前に語るんだよなぁ。
そんなこんなで食後。
お父さんはネットニュースを開いて私たちに見るように促した。
そこに書かれていたのはゲーム開発者側のデータ流出。
その一部のデータにハッキングが仕掛けられているという噂だった。
「ハッキング? 物騒ねぇ」
「ハッキングされたらどうなっちゃうの?」
「昨日まで友達だと思ってた子が別人になりかわっちゃう感じかな?」
「お姉ちゃんたちは大丈夫かな?」
「ログインできたというのなら大丈夫だろう。ハッキング被害者はログインすらさせてもらえないようだったからね。そのことでクレーム対応がひっきりなし。課金してたアカウントから返金を求められてるよ」
あちゃー。
リノちゃんのお父さんはまた徹夜か。
ひよりさんは帰ってくると思ったけど、これじゃあ畑の管理はまた私がしなくちゃかな?
「それじゃあゲーム運営側も事後処理に追われてるんだ?」
「そうだね、もしかしたらまた長いメンテナンスに入るかも」
「でもログインできる子もいるのでしょう? トキたちはずっとログインしっぱなしなのではない? あの子はほら、ハヤテがいるから。リアルのこと全部任せる気でいるわよ?」
「それはあんまりよろしくないなぁ」
「あえてやらない選択肢もあるんですよ、私には」
「!」
ふふんと胸を張る。
お父さんは驚愕に目を見開き、お母さんは恐る恐る尋ねてきた。
「ハヤテちゃん……スパルタしすぎるとあの子は逃げるわよ?」
「週に一度だけ、やらない日を設けます」
「それくらいなら、あの子でも巻き返せる?」
「あなた、多少のイメージダウンは目を瞑りましょう! なんなら一生ハヤテに入ってもらっても」
「それはどうなんだ?」
「私はお姉ちゃんの便利な予備パーツじゃないからね?」
「ちぇー」
この夫婦、どこまでが本気かわからない。
今は私の中身を知っているからこその冗談であると信じようか。
「それで、午後からの予定なんだけど」
「入浴、宿題、自由研究を終わらせたのならお母さんが関与することはないわね。ブログに関しては、お母さんの出る幕はないと思ったもの」
「なるほど」
「そういえばお父さんはそのブログについて知らないな」
「フレンドになっておく?」
「一応ね。あまりログインの方はしてないけど」
「じゃあ、あとでね。先に宿題終わらせちゃってくる。その時はいつもの人形で連絡入れる」
「はーい」
そういうことになった。
手洗い、洗顔、歯磨きを終了。
自室に戻り、宿題に手をつける。
パッパと終わらせるかー、と意気込んだところで気がつく。
「お姉ちゃん、昨日の宿題やってないじゃん!」
やってるフリだけは得意なんだから。
しかも手をつけてるとこの解答は間違えてるし。
「もー、しょうがないお姉ちゃんだなぁ」
消しゴムで消して、答を再度入力するところで気がつく。
「は、まさか私がこうやって直すところまで見越して適当に答えを埋めている?」
その可能性はなきにしもあらず。
ならば次は見つけてもあえて直さず放置も検討しておこう。
私の性格上、それは無理だけど。
あとでお母さんに聞いておこう。
なお自由研究に至ってはテーマすら考えていなかった。
仕方ないか。
ここは私が適当に考えておこう。
適当にネットをチェック。
昔はアサガオの成長記録とかつけておくだけで良かったんだけど、今の子は全部電子的な記録をつける傾向にあるか。
中にはゲームの料理についての検証なんかもあった。
そんなのでもいいの?
データを提出するだけだし、楽なのかな?
なんにせよ、それならば私の得意分野だ。
私は古のゲーム『AWO』での料理検証データを打ち込むことにした。
まずは素材の入手方法。
通常エンカウントで遭遇できるモブから低確率で入手できるアイテム『命のかけら』を【錬金術】スキルで変化させたあと、それを【料理】スキルでアイテム化させたのがこのゲームにおける料理の分野である。
【錬金術】はプレイヤーが生活していく上で、ありとあらゆる分野に根付いており、生産の礎ともなっている。
【料理】をやる上で【錬金術】は切っても切り離せない。
野菜を作る畑や肥料、野菜の種なんかも【錬金術】に深く関わっている。
なんなら農家は【錬金術】を持っていることが前提のプレイスタイルだ。
よし、1日目はこれくらいでいいだろう。
料理のりの字にも触れてないけど、素材は重要だからね!
決して異空間に誘拐されるド・マリーニ農園の話は出してはいけない。
あの素材を使った料理は、今後お披露目するつもりはない。
いや、逆にもりもりハンバーグおじいちゃんなら有効的に使ってくれるのかな?
お母さんは必要ないと言っていたけど、欲しい人は欲しがるかも。いや、そもそも前提が異なるか。
トレードで渡そうとしても渡せなかったスキルパーツの件もある。フレーバーアイテムをその場で、消費することに意味があるのなら、多分これもその場で披露しない限りアイテム効果が乗らない?
迂闊に検証できないのだけがいただけないな。
なにさ、時間が巻き戻るっていうのは。
そんなのはあの列車だけで十分だよ。
課題を終え、入浴を済ませる。
お姉ちゃんは肌が弱いので弱酸性のシャンプーとボディソープを使う。
トリートメントは使わない。
普段は寝たきりなのもあって、髪が全然傷まないためだ。
特にヘアセットもしないしね。
それでもサラサラのツヤツヤをキープしている。
ただし洗顔にはこだわる。
メイクをするわけではないけど、毎日の肌艶を気にしてしまうのが女子という生き物だ。
ニキビが一個できるだけで気分が最悪になってしまう。
肌が荒れてるだけで人の目が異様に気になる。
目にクマができるだけでその日1日鬱だ。
そのくせ油っぽいものが大好き、夜更かしが大好き。
暗い部屋で明るい画面を見るのが大好き! という矛盾具合。
なのでそのケアをしていくうちに私はそこら辺の知識がお姉ちゃんよりあるのだ。
一般的女子に比べたら取るに足らないレベルのものだろう。
けど、前世男であることを加味したら頑張っている方ではあると思うよ?
まぁ、今は前世の知識の方が乏しくはあるけども。
今日1日のやることを終わらせて、お姉ちゃんをベッドに寝かせる。
そして私はスズキさん人形に乗り移り、お父さんに連絡を入れる。帰ってきた言葉は「ずいぶん早いね」だった。
普段お姉ちゃんがどれだけサボり癖があるのか如実に表している言葉だった。
『集合場所は、ファストリアかな?』
『今日はセカンドルナまで行ったよ。最寄り町はセカンドルナだね』
『わかった。向かおう。母さん、付き合ってくれ』
『はーい、久しぶりにハヤテちゃんのお料理いただいちゃおうかしら』
お父さんだけじゃなく、お母さんも来るらしい。
素材はろくなもんがないので、一緒に買い物でもして、それから作ろうか。
私たちはログインし、偽りの家族団欒を始めた。




