64話 成否の境界線
「面白いことになってきた」
ふと、口をついて出てきた言葉は今のハヤテではなく。
過去の自分だった頃のもの。
どうにもこの性分ばかりは女の子になろうとも変わらぬものらしい。
「面白い?」
お姉ちゃんの問いかけに、私は笑って誤魔化した。
「いや、だってさ。ミルちゃんの撮影によって未来が今に反映される。多分これってスキル骨子から派生したスキルによるものじゃないよね?」
「うん? ハヤテが何を言いたいかわからないよ」
ああ、ここに探偵さんがいたらな。
ロマンある彼なら「つまり君はこう言いたいんだな?」と読み取ってくれるのに。
女の子にそんなことを求めるのも間違っているか。
しかしここでアキルちゃんが、私の話題に食いついてくる。
「ハヤテちゃんは何か気付いたんだね? 私たちにもわかるように説明してくれる?」
「うん、多分だけど」
私は憶測を並べ立てる。
幻想武器によって得られたスキル。
それが時を超えても反映されている。
未来で手に入れたアイテムやスキルは反映されないのに。
これは一度料理スキルを使おうとして失敗したので判明した。
たまたまそこにミルちゃんがいて、撮影をしてくれたおかげで【料理】が成功した。
今まで失敗すること自体が珍しいと言われた【料理】そして【錬金術】。
これらが失敗するのは、今の私がスキル骨子という存在に支えられていないからだろう。
だが調理台さえあれば【料理】スキルがなくたってある程度の料理は可能。
対してスキルを使わないジュースだからこそ、成功した。
見た目の気持ち悪さによって『撮れ高』があるとされるド・マリーニの野菜ジュース。
これが一般の料理だった場合、ミルちゃんの食指が向いていたかは怪しいだろう。
「なるほど」
「よく気がついたね」
「単純に私、スキルを使えば高確率で成功するんだよね。これが立て続けに失敗することってあまりないの」
「それは嫌味かな?」
【精錬】で多くの失敗を出したアキルちゃんがジト目で私を見てくる。
ごめんて。
「だから私はここでなら失敗できる。普段なら入手するのにめちゃくちゃ苦労する『骨粉』、めっちゃ量産したもんね!」
笑って答える。
「ハヤテ、めげない子!」
「羨ましい。クズ石のプレゼント攻撃してやろうかな」
アキルちゃんは普段見せない毒を私たちに見せ始めた。
それだけ、失敗は日常茶飯事らしい。
ストレージにはこれでもか! と市場に流しても無価値なクズ石が溜まってるらしい。
「なんでもちょうだい。ちょうど【錬金術】のレシピに【砥石】が生えたとこ。普段使わないけど、包丁の耐久を回復するには【砥石】が必須だから」
「じゃあ、トレードよろ」
「999個、確かに受け取ったよ。そんなアキルちゃんには【砥石】をプレゼントしちゃう」
「わー、これでハンマーの耐久を回復できるぞー」
「【砥石】で?」
「そこら辺は武器の耐久アイテムとしてのくくりかな? そういえばこの卵で変形する武器って耐久ないよね?」
【鍛治】使いだからこその気づきである。
普段武器とか使わないので、当然そんな理屈は知らない。
「武器って耐久があるんだ?」
「WBOにはないの?」
「武器の攻撃力はランダムだから。上限が決まってて、【精錬】によって攻撃力を上昇させられる。失敗すると下がっちゃう。大体は新しい武器が出て乗り換えちゃうんだけど」
だから耐久とかはないらしい。
AWOは見た目武器だからね。
精錬に対する見識が違うようだ。
「AWOにはあるんだなー。品質によって耐久上限が低くなるっていう縛りが。扱う【砥石】にもグレードがあってね。それを売りつけることで稼げちゃう。まぁその域に私もハヤテちゃんも至れてないんだけど」
「うん、私が作れるのは【低級砥石】だねー」
「低級だと何が違うの?」
「回復できるポイントが違うみたい。同ランクの低級なら100%。けど中級、上級になってくると50%、30%と下がっちゃう」
「下がるけど回復はできる?」
「できるけど、毎回成否判定が出るね」
「失敗もあるんだ?」
「でもそこにあたしが参加するならー?」
ミルちゃんが撮影モードで参戦。
「成功率上がりそう」
「いよ! 祝福の女神」
「もっと褒めていいよ」
ドヤ顔で周囲を飛び回る。
自分が注目されているのにも関わらず、この欲しがりさんめ。
やっぱり知らない誰かから注目されるより、仲間内から称賛される方が嬉しいらしい。
「って話は一旦置いといて」
「もうちょっと、賞賛を浴びたかった」
これみよがしにミルちゃんが嘆いてる。
今はこの話は重要じゃないので、また後でね?
「これ、私たちは知らなかったで済むけど。リノちゃんの武器って幻想武器以外は耐久があるってことだよね?」
「あっ」
そう、リノちゃんは初めてパーティを組んだ時には一張羅含めて装備が整っていた。
おじいちゃんにおねだりして揃えたであろう、装備一式。
当然そこには耐久がある。
あまり戦闘してない、日に一回しか遊んでないので、今はまだ壊れてないだけだが。
遠くない未来にそれが壊れる日は来るのだ。
「ちなみに、耐久って幻想武器にはないんだよね?」
「ないみたいだね。【鍛治】による調整がされてないから、ゲームシステムが働いてないのかも」
その場でツルハシに変化させたアキルちゃんが、普段使ってるツルハシと並べてテーブルに置いた。
詳細鑑定はスクリーンショットで行うらしい。
このゲーム、ほとんどの鑑定はスクリーンショット由来なんだよね。
過去の私が発見したものか、それともとっくに発掘されていたものか。
わからないけど便利なのでこれからも使い倒していくと思う。
「じゃあいっそ、リノっちには幻想武器二刀流がいいのかも」
「あー」
「もう一個のスキルパーツがあったよね」
「赤いやつだね」
フレーバー、アイテムなのでトレード以外で譲渡できないやつである。
「その、スキルパーツというのをくっつけると卵になるんだ?」
「そうだね」
「実際どんな原理でそれは作用してるの? ちょっと新しい武器の参考にしようかなって」
アキルちゃんの提案に、私たちは顔を見合わせる。
「原理?」
「そういえば、あたしたちはよく理解しないで使ってるね」
「レイちゃんが使い方を知ってるから、それに倣って」
「|◉〻◉)僕は詳しいですよ」
ついさっきまでそこにいなかったレイちゃんが、私が話題に出した途端に存在力を上げてくる。
この子も不思議なんだよね。
まるで存在が定ってないようにゆらめいている。
「なら説明お願い!」
アキルちゃんの発言に、レイちゃんはこくりと頷いて言葉を発した。
「|◉〻◉)これは昔から海底にある知恵の輪なんです」
「知恵の輪?」
「|ー〻ー)はい。最近それの使い方が判明して。地元には『黄』と『緑』があったのでそれをこねくり回してたら、なんとアイドル衣装に!」
「アイドル衣装に!」
「|◉〻◉)僕は常々アイドルになりたいと思ってましたので、もしかしたら僕の願望を叶えてくれたのかなって」
実際に卵は念じれば元に戻った。
そこで試行錯誤した結果、セットできるスキル(願望)は5つまでセットできて。
セットしない時は取り外し可能。最大10個の願望を叶えてくれることが判明した。
レイちゃんはアイドルになりたい願望が強いのか、アイドル衣装の他にステージなどで全部使い切ってしまったらしい。
そこで新たに私たちが提供した『青』と『緑』の卵でマイク兼三又の槍を創造したのだとか。
「アイドルかー」
「でもレイちゃん可愛いからきっと人気出ると思うよ」
「|◉〻◉)ありがとうございます! がんばります!」
「アキルちゃんはレイちゃんの本当の姿を知らないからなー」
「だね、着ぐるみモードのレイちゃんはなかなかショッキングだよ?」
「本当の姿? 着ぐるみモード?」
「|◉〻◉)僕からはお口チャックしときますねー」
あ、混乱してる。
まさかレイちゃんの本来の姿がサハギンで、今の姿がそれを脱いだ状態だなんて。
初見じゃ分かりっこないよなぁ。
何はともあれ、私たちはこの冒涜的な知恵の輪が過去世界から脱出するキーになると理解し、行動を開始する。




