62話 時の流れに身を任せ
「ハヤテ、何かわかった?」
お姉ちゃんが心配そうな顔で訪ねてくる。
「どうやらここ、元の世界より20年遡っているみたい」
「20年前!? なんで?」
「それは私にもわからないけど、イースさんの農園で採れたお野菜が原因かもとはレイちゃんの指摘通りだった。そして帰る手段も提示されてる」
「どうやって帰るの?」
「この時代にのみ栽培されてるお野菜を収穫して、お料理して食べればいいらしいよ」
「アテは?」
「あるわけないじゃない。この時代の人だって、20年後に何が潰えるかなんてわかるわけないだろうし」
「しらみ潰しにしていくしかないかー」
「だね」
あえて『ティンダロスの猟犬』の話は出さなかった。
ただでさえ時間に囚われているという不安が押し寄せる中、さらなる不安を掻き立てる必要はないからだ。
それとは別にもう一件。
情報を表に出さない理由はレイちゃんの態度にある。
私が気づかなかった食事の詳細看破。
みんなは食事の詳細を看破できない。
何せそれは作り手にのみ開示される情報だからである。
私は味優先でバフにあまり拘らない性質だったのもあり、効果は無視していた。
けどそれにいち早く気がついたレイちゃん。
なぜ気がついたか?
そんなのはすぐに思い当たる。
まるでこうなるのを知っていたかのような立ち回りをしていたからだ。
偶然が重なってこうなったわけではあるまい。
確実にこの状況はレイちゃんが作り出している。
なのでここはカマをかけてみる。
「レイちゃんはこの年代にも生きてたりする?」
「|◉〻◉)! よく分かりましたね。僕はこの年代に生まれました。皆さんより少しは詳しいですよ」
「ってことは?」
「レイちゃん、私たちより年上!?」
食いつくところ、そこなんだ?
いや、そういう見解もあるけど、この状況で気にするところじゃないでしょうに。
「これからはレイさんって呼ぶ?」
「|ー〻ー)どっちでも」
呼び方は自由に決めていいことになった。
私はいつも通り呼ぶけど、お姉ちゃんとミルちゃんはレイさん呼びで固定していた。
「|◉〻◉)この時代、ここにダンジョンはなかったんだよね。これはとあるプレイヤーが起こした崩落事故で発生した場所なんだ」
「傍迷惑な人がいるもんだね」
なぜか、ジッと私に視線を投げかけるレイちゃん。
「……レイちゃん?」
「|ー〻ー)なんでもありません」
ダンジョン、もとい崩落事故現場から抜け出た私たちは、そのままセカンドルナへと赴く。
そこには空に向かう大勢の飛空艇の姿があった。
「わー、空にでっかいお魚が泳いでるよ!」
「|◉〻◉)あれは飛空艇ですね」
「なんでお魚?」
「|ー〻ー)開発者がお魚好きだったんでしょうか?」
「レイちゃんの着ぐるみバージョンに似たお魚もあるー」
「|◉〻◉)あれは有名クラン『桜町町内会AWO部』のものですね」
「変な名前ー」
「ウケるww」
ミルちゃんは撮影モード。
何気ない風景を記録に残そうと必死だ。
その刹那、空間がひしゃげる。
あたり一面にガラスが砕け散る描写が入った。
どうやら記念撮影は罠らしい。
<warning>
ティンダロスの猟犬Aが現れた!
ティンダロスの猟犬Bが現れた!
ティンダロスの猟犬Cが現れた!
一気に三匹も現れたか!
対処法はわかる。
けどそれをなぜ知っているか咎められたら反論はできない。
レイちゃんはそれを静観している。
さてはこうなることを知っていて放置してたな?
「なんか犬っぽいのきた!」
「ミルちゃん、撮影よろ!」
「おっしゃー! ステータス看破ぁ! 耐久100万!? ちょwww」
「シャドウハンドより強くない?」
「弱点、弱点は?」
「時の巻き戻るアイテムだって!」
「それだ! ハヤテ、さっきのジュースを被せてあげなさい!」
「うーん、食べ物を粗末にするのはちょっと」
「ピンチだよ? 四の五の言わないで投げる!」
「動き素早いよ?」
「|◉〻◉)僕が足止めしまぁす!」
「頑張れーレイちゃん!【組曲:フェアリーソング】」
「頑張れーレイちゃん【統率:神々への挑戦】」
「私も実践は初めてだけど、いくよ【ノッキング】!」
勇猛果敢に飛び出すレイちゃん。
ミルちゃんが身体強化の歌を流し、お姉ちゃんが攻撃力上昇の曲を流す。
そこにアキルちゃんが飛び込んで、ティンダロスの猟犬に強力な一撃を叩き込んだ。
「キャウン!」
怯んだ相手に向けて、私はド・マリーニの野菜ジュースを投擲!
そして脱出不可能な丸い空間にパッキングした!
相手が普通の一般的モブなら出てこられちゃうかもだけど、ティンダロスにはこれが効く!
【確定的クリティカル!】ティンダロスの猟犬Aを退散した!
ヨシ! 思った通り。
在庫はまだまだあるのでそのまま二匹を返して戦闘終了!
倒してないのでバトルリザルトはない。
ドロップアイテムもないのは痛いところだ。
「びっくりしたー」
「結局倒せなかったね」
「あいつ倒せたら今日の目玉になることは間違いないよ!」
「それー」
「目玉?」
「あ、あたしたちはゲーム内容をブログに残す活動をしてるんだー」
「一緒に遊んでる子が、お昼に参加できなくて」
「そうだったんだ」
「よかったら参加してみる?」
「えっと、いいの?」
今日出会ったばかりで急すぎない? みたいな感じだったので、もちろんと返しておく。
「私たち、出会ったの昨日なんだよね」
「昨日」
「なので今日出会ったアキルちゃんにも当然みる権利も書き込む権利もあるよ!」
「そうなんだね」
「その代わり、ブログのネタは自分で率先して確保することになるよ。ミルちゃんは撮影が得意なので事前にオファーしておくことも可能だよ」
「おー」
「あたしはBGM担当だよ。ブログに曲を流したいときはあたしにお話頂戴ね」
「わかった!」
だなんてお話で盛り上がる。
待って、お姉ちゃん。いつの間にそんなことできるようになったの?
あ、最近の話なんだ。
じゃあ、今回から使お。
そういう大事な情報は今度から私にも伝えてよね。
それはともかく、ド・マリーニの野菜ジュースは大量生産した。
あの野菜、フレーバーアイテムだから消費しても無くならないんだよね。
他の野菜もそうだったらいいのにね。
なんて思いながらティンダロスの猟犬を撃退しつつ、セカンドルナに到着、この時代の野菜を集めて色々料理した。
この時代も、当たり前のように調理台は存在しなかった。




