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Atlantis World Re:Diverーバグから始めるVRMMOー  作者: 双葉鳴
『VR初めてのお使い』<10日目・昼>
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61話 賑やかな食卓

 「こんなにミスリルが取れるなんて思わなかったよー、あー錬成楽しー」



 採掘が終われば、あとは鍛治の時間。

 普通であればダンジョンから街へ蜻蛉返り。

 街に帰るまでが採掘の嗜み。


 最悪死ぬと入手アイテムは失われるというリスクが常に孕む。

 これがAWOのアイテム入手におけるデメリットだ。



「そんなに喜ぶことなの?」



 お姉ちゃんからしたらアキルちゃんの喜びようは理解ができないのかもしれない。

 と、いうのは単純にこのゲームのアイテムの扱いを理解しきれていないからだ。



「AWOってLPを全損すると普通にログアウトしちゃうんだ。当然それまでに入手したアイテムも全てロスしちゃう」


「えっ」


「そんなリスク背負ってたの、あたし達!?」


「でもこれには救済措置があって、一度街などのコミュニティに立ち寄れば自分のものとして帰属するの」


「じゃあ、街に帰る時も気が抜けないんだ?」


「何ならそこからが本番みたいな?」


「だからアキっちがこんなに喜んでるんだねー」


「どの生産者でもそうだけど、一度は考えるのが生産台の持ち出しだからね」


「じゃあ、フィールドでそれができちゃうのって結構ズルいんだ?」


「ズルいねー」



 鍛治小屋の中、精錬に勤しむアキルちゃんを横目に、私たちはテーブルセットを生成する。

 そこで座り込んでおしゃべりと洒落込んだ。


 今回のブログのテーマ決め、今日のバトルのハイライトなどをメモに記載しておく。

 こうやって落ち着ける場所があるのは地味にありがたい。


 

「ハヤテ、それは何の写真?」


「ブログのやつ。戦利品をね、証拠に残そうかと」


「あー、大事」


「人によって入手アイテムにばらつきが出るからね」


「ハヤっちだけだもんね、その何たらパーツを入手できるの」


「そこなんだよねー。便利だからもっといっぱい集めたいんだけど」


「戦力の確保は最優先事項だよね」



 ぽりぽり、と何かをつまみながらミルちゃん。



「何を食べてるの?」


「これ? さっきマーケットで買ったの」



 パッキングされた紙袋には『野菜チップス』と書かれている。

 アベレージ80で10個ほど購入したらしい。


 野菜チップスで思い出した。

 私はストレージの中からド・マリーニ農園から回収した野菜を取り出した。

 奇形な目がギョロリとこちらを向いた気がした。



「キモッ」


「気持ち悪いけど、これの味が純粋に気になるんだよね。料理してみても良いかな?」



 『ド・マリーニの奇形野菜』

 イ=スの魂が思念として入り込んだ野菜。

 濃厚な甘さの中に抗いがたい中毒性を持つ。


 <非売品:これを売ってしまうなんてとんでもない>


 【料理】【錬金術】の素材となる。

 そのまま食べると時間を巻き戻す効果を持つ。



「味見はパスしたいなーって」


「またまたー」



 普段なら真っ先に味見をしたがるお姉ちゃんが、流石にこの食材は遠慮したいのか私から距離を取る。



「あたしは興味あるな」


「あ、先にアキルちゃんに食べさせよう! そうしよう」


「人に毒味させないの。大丈夫、ちゃんと私も味見するから」



 確かにこの見た目は悪いものなぁ。

 ピーラーで薄皮を剥く。

 すると何かがつぶれるような感触と、甘い香りが室内に漂った。


 潰れたのは目のような形のコブだった。

 ここに蜜がたっぷり含まれていた。


 香りは合格点。

 鍛治小屋特有の鉄臭さが一気に華やかになる。


 潰れた場所に齧り付く。

 何とも香ばしい。

 まるで生のはちみつを口に入れたみたいな味わい。

 濃すぎるので薄めるか、ソースのアクセントにしてみても良いかもしれない。

 

 ある分だけ剥いてしまうか、はたまた違う料理に使おうか考えながら刻んでいく。

 なんかくり抜いてたら楽しくなってきちゃった。



「ハヤテ、おかしくなっちゃったよ。目玉をくり抜いて笑ってる」


「魔女だよ、魔女」



 外野がうるさい。


 気を取り直して、蜜を取り除いたニンジンをいろんな形に切っていく。

 薄切り。

 これは野菜チップス用に。これだけ甘いのなら軽く熱するだけで美味しくいただけるだろう。

 いっそ生のジュースでも良いのではないか?


 思いついたら吉日。

 私は薄く切ったチップス用のにんじん以外の切れ端を全てジューサーに放り込んで一気に撹拌した。



「ぎゃぁあああ」

「おごっ」

「助けてぇええ」

「あばー」



 何か聞こえた気がするけど、きっと気のせいだよね。

 人参が喋るわけないし。

 ジューサーの中にはなぜだか赤いソースが沁みていて、人参の色味を濃くしていた。

 そこに目玉みたいなコブを数個浮かせて、完成!


 ハヤテ特製野菜ジュース!

 レシピはなんか<error>になって登録できなかったけど、そういうこともあるんだ?



「できたよー」


「笑顔でとんでもなブツ持ってきた!」


「ミルっち飲みなよ、興味あるって言ってたでしょ?」


「流石にあれは無理! さっきなんか悲鳴聞こえたもん」


「背筋寒くなるようなこと言わないで」


「レイちゃんはどう?」


「|◉〻◉)僕にもくれるんですか? いただきます」



 レイちゃんは物怖じせずにコップを掴んでゴッゴッとラッパ飲み。

 これだけ飲みっぷりが良いと作り手としては嬉しいよね。



「どう?」


「お腹痛くならない?」


「何で体調の心配してるかなー。味見はしたって言ったでしょ? みんなもきっと好きになる味だって確信して持ってきてるんだから」


「いや、これは見た目がね」


「人が口にするタイプの飲み物じゃないって」


「|◉〻◉)すっごい爽やかで美味しいですね! 僕こんなに美味しいジュース飲んだことないです! おかわりいいですか?」


「よかったー」



 レイちゃんはいい子。

 飲みっぷりも最高だしね。

 平均より多めに注いで目玉もタピオカみたいに沈み込ませた。

 こうなってくるとぶっといストローも欲しいよね。



「そんなに言うんならあげませんよーだ。アキルちゃーん、ジュースできたけどいるー?」


「今いいところだから、そこ置いといて」


「はーい」



 アキルちゃんは一瞬も気を抜けないって感じで、ミスリルから目を離さないまま、感覚でコップを手にして口に入れた。

 数度咀嚼して、また数杯飲んだ。

 その間、一切コップの中身は見ていない。

 何も知らないって幸せだね。



「すっごい喉が潤った! あの、おかわりもらっていいかな? こんなに美味しいだなんて思わなくて一瞬で飲み切っちゃった」


「もちろん。在庫はたっぷりあるからどんどん飲んじゃってー」


「助かるー」



 アキルちゃんからの味の評価は合格点。

 あとはお姉ちゃん達だけなんだよね。



「………………ッ」


「……………ゴクリ」



 二人はコップの中身を睨みつけ、どちらが先に口をつけるのかのチキンレースを開催していた。

 確かに見た目は気になるけど、味は美味しいんだから。

 そこは信用してくれてもいいのにね。

 ムッとしたのでその光景を撮影する。


 先に手をつけたのは、ミルちゃんだ。

 お姉ちゃんが「正気か?」みたいな目で見てるのが面白い。

 なんて顔してるのさ。

 その瞬間もしっかりスクリーンショットに写しておいた。


 こういうイベントはなかなか起きないから貴重だよ。

 絶対ミルちゃん撮影してないし。



「あ、美味しい」


「嘘!」


「目を瞑れば飲めなくもない」


「それだ!」



 お姉ちゃんはミルちゃんの言葉を鵜呑みにし、目をつぶって飲み込んだ。

 何だったら目玉模様のコブをよく噛んでさえいる。



「美味しい! え、この見た目でこんな味なの!?」


「めっちゃ美味しいよね? 見た目こんなだけど」


「見た目はこれなのにねー」



 パシャパシャ。

 味を理解してから、ミルちゃんは撮影意欲が湧いてきたのか食レポのようなものを始めていた。



「一度飲んだらなんか慣れた」


「そんなお姉ちゃんに、グロさは一切ない野菜チップスの試食をさせてあげまーす」


「おー、どれどれ? うんま!」



 グロさのかけらもない、しかし材料は一緒の人参チップスを口に入れてては小躍りするお姉ちゃん。

 最初は恐る恐るだったのに、二口目は鷲掴みでチップスを握り込んで行ってたよね。

 遠慮はないのかな?



「えーあたしも食べたい」


「どうぞどうぞ」



 【料理】スキルからは【乾燥】も派生する。

 これは食材を日もちさせるジャーキーや干物を製作するときに必要不可欠。

 しかし野菜に使えば天日干ししたチップスに、果実に使えばドライフルーツにと有用性は高い。


 その日はド・マリーニ農園の野菜を使った料理を堪能した。

 アキルちゃんの精錬が落ち着いたら、一旦街に帰ろうかと話がまとまる。

 ここでログアウトしちゃうと、仕入れたミスリル鉱石も、インゴットも全部パーになっちゃうからだ。

 なので一度街に帰って帰属させる必要があるのだが……


 鍛治小屋の外に出たとき、そこは私たちが足を踏み入れたダンジョンとは大きく様相を変えていた。



「あれ、ここどこ?」


「確かミスリルを採掘した場所だったよね?」


「お母さんに聞いてみるね」


「まだログインしてるかな? 私も聞いてみるね」



 マッピングを怠っていたのは確かに悪い。

 しかしこのダンジョンはアキルちゃんにとっては庭のような場所。

 お母さんからの追跡もあるからとすっかり油断してしまっていた。


 だから、怪異の腹の中に収まっているという自覚がすっかり抜けていた。

 レイちゃんがずっと何かを伝えたそうにこちらを見つめている。



「だめ、お母さんに連絡つかない!」


「ログアウトしちゃった?」


「違うの、確かにフレンド欄にいたのに、フレンド欄から消えてるの!」


「どういうこと?」


「ハヤテも?」


「うん、というか私たち全員フレンド解除されてる。まるでまだ誰とも一度も出会ってないみたいに」


「意味がわからないよ」



 お姉ちゃんが途方に暮れるような表情で呟いた。



「|◉〻◉)多分ですけど、原因はこれな気がします」



 レイちゃんが、私の調理した野菜チップスを指差した。



「え、野菜チップス?」


「|ー〻ー)食事効果、見てください」



 言われた通り、効果を見る。

 そこに書いてあったのは……



 『ド・マリーニの野菜チップス』

 熟練の料理人ハヤテの手によって生み出された高品質チップス。

 食べたプレイヤーの時間を20年逆行させる。


 <warning>

 歴史を軽率に変えると、ティンダロスの猟犬の捕捉されやすくなります。

 元の時間に戻るには、別ベクトルの属性を持つ野菜を用いた食事をする必要がある。

 その食材はこの時代にのみ存在する。



 とんでもない詳細説明だった。

特急呪物みてーな料理出してきたけど大丈夫、まだ救いはある

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