57話 ブチギレミルちゃん
「ここだよ。あ、今更だけどスワンプマンは倒せる?」
「本当に今更だね。レイちゃん行ける?」
「|ー〻ー)まぁ、あんなやつ僕の幻想武器があれば……あ、貸してもらっていいですか?」
なぜか本来の装備は記憶に起因するらしく、現在召喚できるのはステージだけのようだった。
本来ならアイドル衣装とかそういうのも含めてアイドルとして本体が出てくる算段。
なのに段階をすっ飛ばして本来が出てきてしまったので、当然幻想武具が揃ってないのである。
「お姉ちゃん、レイちゃんにスキルパーツ渡していい?」
「赤はダメ。あれは今後増やしていく予定のだからリノっちに持たせたい」
「そうだねー、あたしら非戦闘員より戦闘員をパワーアップさせるのに使いたいかな?」
「それは私も賛成。ということで悪いけどレイちゃんにはこの黄緑色の卵を贈呈します」
「|⌒〻⌒)わーい」
レイちゃんはその場で貰った卵を三又の槍の形にした。
あ、その前に。
「ではここでテーブルセットと調理台のスキルを覚えてもらって」
「それって今やる必要あるの?」
「これからダンジョンに入って採掘するんだよね? しかもそんなことするって前もって聞いてないので準備ができてないんだよね。それで、私たちはいったいどれくらいアキルちゃんのやりたいことのお手伝いをすればいいんだろう。それって前もって教えてくれたりしたかな?」
「してないけど、察して」
アキルちゃんの反応は顕著だった。
本当に面倒ごとが嫌いなのだろう。
これじゃあ損な役回りばかり引き受けてしまって誰も彼女と遊びたがらなくなってしまっても仕方ない。
どうしてここまでぬになってしまったのか、心配なのもあった。
なのでここは少し強引にでも私たちに合わせてもらう。
「報告、連絡、相談を怠ったのはアキルちゃんの方だからね? 人に自分の要求を飲んでもらうなら、そこまで見越さないといけないんだよ。というわけでレイちゃんお願い」
「|ー〻ー)覚えられるスキルが少なくなっちゃいます」
「普段はセットから外しておけばいいから」
「|◉〻◉)なら安心ですね!」
こうして私たちは武器を組み合わせて調理台、テーブルセットを制作した。
それを目の前で見ていたアキルちゃんが、羨ましそうにこちらを見ているのが印象的だった。
「ねぇ」
「なぁに?」
「それって鍛治台も作れたりするの?」
「作りたい人のイメージに起因するけど、可能だよ?」
「私も自分専用の鍛治台が欲しかったんだよね、作ってもらうことは可能?」
「うーん」
私はわかりやすいくらいに渋った。
なぜか?
いつ遊べるかわからない、最悪今日以降ずっとお別れする可能性のある子のためにスキル枠を一つ潰してそれを仕込む理由があるかという疑問である。
私はいい。けどお姉ちゃんやミルちゃんは現段階で不満が溜まっている。
そこにタダ乗りしてきた彼女に対していい顔をするかという話である。
確かにこれらは昨日、割と楽して手に入れたアイテムだ。
しかし、今はここにいないリノちゃんの功績が非常に高く、彼女に無断で譲っていいのか? という問題も孕んでいる。
そんな悩みを抱える私のすぐ横では、ミルちゃんがわかりやすく不満を口にしていた。
「ねぇ、さっきからあなたなんなの?」
「え?」
「ちょっと、ミルっち」
「抑えて、ミルちゃん」
「いいや、ここは言わせてもらうわ! これはあたし達が苦労して手に入れたアイテムなの、それを便利だからって理由でタダ乗りして、当たり前に使おうとしているあなたの厚顔無恥さが我慢ならないわ! 年上だからなんなのよ! ちょっと早く生まれただけで威張られたらたまらないわ! あたし達は今日ここに遊びにきてるのよ! 楽しく遊びたいの! それを楽しくさせてくれないのはあなたの存在なの! おわかり?」
あー、言っちゃった。
そういうこと言う感じの子だとは思ってたけど、ここまでストレートに言っちゃったか。
お姉ちゃんも慌てながら、内心は『良くぞ言ってくれた』って感じだし。
ここは私がサポートしないと。
裏でお母さん達が見守ってるってのもあって、ここで引き返すと言うパターンは許されないのだ。
マリン :まぁこうなるわよね
ルリ :ごめんなさい、ごめんなさい
ママ友チャットも謝罪の嵐。
さすがのお母さんでも擁護は難しい感じだ。
こう言う子は、本当に一定数いる。
家族に愛されていないわけじゃない。
友達が構ってくれないわけじゃない。
ただ、誰かと遊ぶより一人が楽な子。
彼女はそれが特に顕著なだけで有る。
ダグラスさん気質というか。
女の子でそれだと人生厳しそうだな。
「ご、ごめ」
「謝らなくていいわ! でもこれだけは覚えていてちょうだい! 人に物を頼むときは頼み方ってものがあるのよ。特に今日顔を合わせたばかりのあたしとあなたとでは頼み方に工夫をしなきゃいけないの!」
「う、うん」
「そして自分の特技を聞くの! 自分は何ができる、何が得意! 今日はこう言うことがしたい! でもこのメンバーでならこう言うことができる! そこで初めて自分の特技が役に立つかもしれない! お話をして、自分を知ってもらって、そこから始めて何をするか決めるのよ! それを踏まえてあなたは今日何をした? 挨拶はそこそこに、自分の要求ばっかり! あなた、あたしが何を得意か決める前に種族で戦えないって判断したそうね?」
「ご、ごめ」
「謝らなくたっていいから。でもそれは相手にとって失礼だってことを覚えておいてちょうだい!」
「う、うん」
「そして名前! これが重要。 あたし達はろくに自己紹介もせずにパーティを組んで、リーダーしか知らない情報を共有もされずにここまできたの。リーダーなら説明責任があってもおかしくないはずなのに、それも『面倒、察して』で済まされて。あたし達はどう楽しめばいいわけ?」
「う、うん……そうだよね。私は昔から自分のことばかり夢中で、他の子の事情を後回しにしてしまいがちで。ずっと治したいと思ってるのに、いざ対面したら頭が真っ白になって何もわからなくなっちゃう。今こうして私のこと心配してくれてるのに、一気に捲し立てられて、感謝よりも怖さの方が上回っちゃって」
完全なパニックであるという。
これは心の病も災いしてるかもなぁ。
リアルでもそう言う病があった。
現代において、そう言う病の発見は難しいのかもしれない。
特にVRでなんでも済ませてしまうこの社会じゃ。
「はいはい。ミルちゃんはここでストップ。パッキングの中で反省してて」
ミルモ :横暴だー
「要するに、アキルちゃんは対人恐怖症を患ってて、みんなでいるより一人でいる方が得意なんだね?」
「す、すごい。よくわかったね」
「本でそう言う人がいるって読んだことがあるんだよ」
「あれ、うちにそんな本あったっけ?」
「ネットの海は広大だよ」
「ネットかー」
「そして、それは周囲が急かすからアキルちゃんのような人をテンパらせてしまう。本来の自分を紹介しきれずに、置いてけぼりになってしまって。今みたいに他人にそこまで期待しなくなってしまった。違うかな?」
「そう。私は説明が苦手で、でも体を動かすのは得意。ものづくりが得意で、その時だけが心が救われて。でも、欲しい素材はなかなかマーケットで売ってなくて」
「うん、そうだね」
骨粉も売ってなかったからね。
気持ちはすごくわかる。
「そこでどうだろう。先に自分の得意なことを皆に披露するというのは」
「だって、素材の生産台も」
「それはこっちで用意するから。出来る?」
「用意してもらえるなら」
「じゃあ、はい」
私はレイちゃんに渡した黄緑色の卵をアキルちゃんに渡す。
「これ、私が受け取って良いの?」
「だってこれがなきゃ生産台作れないよ? そして私は鍛治のことはさっぱり分からない。分からない人がイメージしたって必要なものは揃わない。私たちが協力してあげられるのはその土台になる幻想武器の提供だけ。そしてそれを借りると言うのは自分のわがままで相手を振り回す覚悟を持った時だよ」
「ハヤテみたいにね」
「お姉ちゃんうるさい」
「ハヤテが反抗期になっちゃった!」
なってないよ。
普段から散々世話になっておいて、人が振り回してるみたいな発言をするからいけないんだよ。
「これを使えば鍛治がその場で出来る。でも全員に戦いを強要することもできなくなるってこと?」
「そう言うこと。だからそのわがままをどこで使うかを考えて欲しいの。気が向いた時にいつでもってわけにはいかないからね」
「そう言う面倒な制約があるんだ」
「今日だけの付き合いだったら絶対にこんなお話をしないってことはわかるよね?」
「う、うん」
「だから、それを受け取ったら。私たちの仲間になる。途中退場はできない。なので引き受けなくても全然良いよ。アキルちゃん次第」
グイグイ行ってから、ここで逃げ道を示す。
手に取るか取らないかの選択権を与えるのだ。
今まで通り、面倒臭がればこの関係はここでおしまい。
変わりたいと言う願いも所詮はその程度の願望でしかない。
けどアキルちゃんは。
「私は変わりたいの。だから、このパーティに入れてください」
「はい、じゃあ最初はミルちゃんと仲直りしようか」
私はパッキングから解放して、二人だけの時間を作った。お互いまだギクシャクしてるけど、パーティに参加する事は認めてもらった。
あとはここからちょっとづつお互いを知っておけば良い。私だって、ミルちゃんとは昨日会ったばかりなんだしね。