51話 ハヤテ流交渉術
NPCとのやりとりをイベント発生トリガーとして受け取った私たち。主にノリノリのミルちゃんの先導により私たちはその騒ぎの中心にやってきていた。
「私たち以外は本当に見向きもしないね」
リノちゃんが「これが限定イベントかぁ」とイベント初体験らしい台詞。
そういえばレイちゃん遭遇イベントも未体験だったね、と思い出す。
「そういえばそうじゃん」
「レイちゃんと会った時も他の人たち見向きもしなかったよ?」
「えっ」
そんなの知らない、とミルちゃん。
そうだよね、君はお姉ちゃんの頭に齧り付いて惰眠を貪っていたもの。
そしてお姉ちゃんはうるさく付きまとうミルちゃんを振り解いている間に巻き込まれた。
私の積み上げた功績によって導かれたイベントに。
私にとってはどこか懐かしい顔だった。
だから不快感より先に感動すら覚えてしまっていた。
こんなところで来る?
こっちから遠ざけてたのに、と。
そんな与太話はともかく、イベントの発生地点に赴けばそこは他のプレーヤーが入ってこれない別空間になっていた。
「大丈夫ですかー?」
「さっきの人ひどいですね」
「立てますか?」
「えっと?」
話が見えない、と少女が近寄ってきた私たちを見回して戸惑った。
「ごめんなさい。お話が聞こえてまして。もしよければご相談くらいは乗りますよ?」
「それは構いませんが、冒険者ランクはいかほどかお聞きしても?」
あ、これランクで成否が出る系統か。
当分はいらないと思ってあげてない。
つまり駆け出しのFなんだよね。
開始2日目でランクを上げられるのもおかしな話だけど。
「Fです」
「あ、そうですか」
明らかに興味を失った顔。
これはイベント発生しないかなー、と思いつつ少女を起こして話を聞いた。
向こうからしてもどうしても手に入れなければならないアイテムらしく誰でもいい。猫の手も借りたい。
でもランクはC以上は欲しいとわがままの限りを尽くしてきた。
まるで社員は欲しいけど、新卒は求めてないと言われた時の対応っぷりだ。
だがどうしてそんなフレッシュもいいところの私たちにそんなイベントが舞い込んできたのかと思えば。
それは単純に該当アイテムを複数所持しているからだろう。
話は続き、彼女は身の内を話してくれた。
「私はイース。この街で果樹園を営んでおります」
「果樹園! いいですねぇ。私も農園を預かってまして」
「へぇ、そうなんですね」
お、ちょっとだけ会話が柔らかくなったぞ?
やはりここはセールスマンをしていた時の経験則が生きてきたか。
もう随分と前の。それも前世の話だが。
「まだまだ駆け出しなんですが、肥料関係で悩んでましてね」
「わかります。私も祖父から引き継いで、最初こそは祖父の残した肥料でなんとかやっていけてたんです」
「つまりその肥料の元となる素材を求めておいでなのですね?」
初級肥料の素材である骨粉は【錬金】の『食肉加工』の失敗品。
ならば異なる肥料の素材が、そのアイテムなのだろうとすぐに当たりがついた。
「はい。ですがストアではどこにも出回ってなくて」
ここでストアが出てくる時点で相手がNPCであることが確定。
このゲームの住民はこのゲームに住んでいて、買い物といえばストアに頼らざるを得ない。
プレイヤーはコマンドからマーケットに飛べるからね。
しかし『命のかけら』なるアイテムの取引情報は一つも載っていなかった。
まさかのこのイベントを引き起こすためだけのフレーバーアイテムだったか?
「心中お察しします。かくいう私も下級肥料の素材である『骨粉』の入手に難航しまして」
「へ、骨粉を?」
「お恥ずかしい話ですが、私【錬金】の成功率が99%なんですよね」
「それは大変優秀である証拠では? あ、だから素材の入手が困難と?」
「そうなんです。他の皆さんは持て余すほど所持していて、市場価格も『買取不可』それこそ捨てるほどあるのに、私だけ入手困難な状況で」
「それは私にはわからない悩みですね。でも、どうしてあなた達が私に声をかけてきたか理解しました。それほどまでに【錬金】に精通しているお方がいるのであれば、お話ししてもいいでしょう。もし可能ならば伝手を総動員してなんとかそのアイテムをかき集めて欲しいところです」
ピコン!
<シークレットクエスト:イースからの願いが発生しました>
セカンドルナに住む少女はとあるアイテムを求めている。
それは祖父から引き継いだ果樹園に必要不可欠な肥料だった。
依頼品 :命のかけら×10個
成功報酬:NPC信頼度+10%
:アイテム【中級肥料・魔】
:アイテム【黄金の葡萄】
制限時間:クエスト受注からゲーム内時間で3日以内
失敗 :このクエストは二度と発生しなくなります
故にシークレットといったところか。
ゲーム内時間で3日って、ほぼ今日中ってことじゃないか。
しかし発生条件はなんだ?
確実に命のかけら所持、あるいはそれ相応の冒険者ランク。
またはそのランクに到達するほどのポイント所持者だろうか?
難しい話はわからないが、何はともあれ発生したのだ。
ならば解決する他あるまい。
「命のかけら、ですか」
「はい、この近辺に現れる特殊なスワンプマンが落とす素材なのですが。誰も難易度が高すぎて引き受けてくれず」
「なるほど。ちなみにですがおいくつほど必要で?」
シークレットクエストには必要数が出ていた。
お姉ちゃんが「ハヤテ、さっきの納品数が見えなかったの?」 みたいな顔で見てくるが、まだそこまでボケてないよ。
私はクエストそのものが納品だけで収まらない。
むしろ繰り返し引き受けられる可能性を見越しての質問だ。
「10個あれば、ううん。それじゃあ肥料を一つ作っておしまいだわ」
「これから果樹園を運営して行くのであれば、それは流石に心許なさすぎます」
「でも入手困難な素材でしょう? 今は一つあるだけでも嬉しいわ」
「なるほど。ではこうしましょう」
私はストレージから命のかけらを10個取り出す。
「えっ」
「実は私たち。これを後200個持っています。もしよろしければこの10個を手付金として色々果樹園のお手伝いをさせていただきたいのですが」
「いいの? これ、本当に貴重品よ?」
「私たちが持っていてもそこまでの価値は見出せないでしょう。だから最も欲しがる人に渡したい。あいにくと普通の農園では使えないアイテムなので」
「そうでしょうね、このアイテムは特別な野菜と果物を育てるための肥料素材」
「私はまだ畑しか預かってませんが、ゆくゆくは果樹園にも手を広めたいのです。なのでこれを手付金として、イースさんの果樹園を見学、または手伝いとして、なんなら色々教えてください」
物欲が目覚ましい私にリノちゃんが「グイグイ行くなぁ」と感嘆を漏らす。
「教えなかったらどうなるの?」
「その10個は差し上げます。そしてクエストの報酬をいただいたら、私たちはもうこの街には寄りません。たまたま通りかかっても、昔そんなイベントあったなーくらいのものでしょう。きっとすぐに記憶の片隅に追いやられます。ですが引き受けてくれるなら……」
私は全員からトレードで集めた『命のかけら』をテーブルに置く。
「これは今からイースさんのものです。報酬は果樹園の立ち入り。そして肥料作成の立ち会い。果樹の育て方などを認めてくれたら定期的にこの素材を持ち込むことを約束しますよ。いかがでしょう?」
実は緑色のスワンプマンはもうそこまで強敵ではない。
食事後の運動としてちょうどいいくらいの難易度まで落ちていた。
幻想武器が強すぎるのでね。
「背に腹は変えられないわね。私が祖父から請け負った農園は私の代で潰えることは許されない。いいわ、でも首を突っ込むなら最後まで巻き込まれなさい」
ピコン!
<シークレットクエスト:イースの願いが変更されました>
ピコン!
<真・シークレットクエスト:イ=スの祈願が開始されます>
※このイベントは途中離脱できません。
※イベント発生は固定メンバーがログイン時のみ開始されます。
イースの祖父はとある人物の帰還を願うようにその身を木に変えた。
百年、千年。いつしかその肉体には黄金の果実をつけるようになった。
千年樹木:ド・マリー二
あなたたちはイースと共にその果樹の成長を見守る義務が発生する。
<warning>
次元の門が形成されます!
千年樹木ド・マリーニが顕現しました。
正気度ロール!
ハヤテ :確定的成功
トキ :成功
ミルモ :成功
リノ :成功
「やるわね。この現象を乗り越えられる人たちなら私の果樹園にも案内できるわ。来なさい、こっちよ」
<warning>
次元渡航が開始されます……Now loading……
ピコン!
<幻想武器が【異界侵入】のスキルを獲得しました>
セットしますか?
セット(4/5)
『演奏』『自動演奏』『調理台1/4』『テーブルセット1/4』
未セット(♾️)
『異界侵入1/4』
予期せぬドリームランドへの再訪問。
当たり前のように全員で飛ぶやつだし!
私は慌てて自分以外の全員をパッキングした。