205話 EPO配信!_ミルアの手記
結局外回りでの石油入手はできなかった。
なのでごま油を乳化させてクリーム状にできたまでは良かったものの……
「これはクリームで軟膏じゃないね」
「せめて評価をください!」
「薬師から言わせてもらえれば、少ないヒントでクリームにまでこぎつけたのは良かったが、もっと動物性オイルでしっかり固めてみても良かったんじゃないかい? 流石に石油まで求めちゃいないからさ」
やはりひっかけ問題だったか!
というか、歴史書をまじまじ読んでた時点でなんとなく察していたけど『石油』を知ってるかどうかカマをかけてきたな?
そしてこの時代には存在しない『軟膏』すら、知ってて当然みたいな顔をする。
この時代で唯一、話の通じる相手として。
「だって必要素材には」
「ひっかけ問題というやつだよ…さて、納品査定と行こうかね、これの薬効は……傷薬だね? クリームは塗りやすくて肌への吸収性が良い。だが逆にいえばそれは体内への侵入を許すということだ。傷薬の性質上、その場にとどまって肌に侵入しない方が都合がいい。ここまではわかるね?」
反論しようもないので頷いておく。
「まぁ、先に軟膏の作り方から教えてやるべきだったけど……これはうちの極秘レシピなんだ。その理由はわかるね?」
「この時代にはないものだからですか?」
「ああ、そうだよ。お嬢ちゃんの持っている本を見てピンときた。このこは未来を知っている。これから起きる出来事を知っている。知性の目を感じた。今の時代に生きてる、者の目じゃないと」
やはり認識していたか。
「どう言うこと?」
「多分こっちのステータスを見抜いたのかもね?」
「NPCがそんなことをしてくるのですか? お父様はNPCにそこまでの権限を持たせるなど……」
ありえない、とその目が物語っている。
「多分これはAIの成長かもしれないよ? 教えたことだけ喋ってるだけじゃ、見向きもされない。VR市場において、人間と同じように喋って受け答えする技術は出来上がっている。けど、全てのNPCにそれを実装することはできない」
「はい。費用がとてもかかりますから」
ただでさえ毎月お金を払っているのだ。
そんな費用がどこから出てくるのか。
ただでさえ金食い虫のゲームだ。
余計な費用はかけられないと企画段階では思っていたかもしれない。
企業から言われた通りに作ったゲーム。
それがEPO。
しかし、プログラマの遊び心が、今確かにこのゲームの根幹を作り替えようとしていた。
一つのことをきっかけに、芋蔓式にサブクエストは引き上げられるゲームシステム。
それは開発からの最後の抵抗のように思えて仕方がなかった。
このゲームはこんなチープなものじゃない。
もっといろんな仕掛けがある。
それを見つけられないままサービス終了だなんてごめんだ。
そんな気持ちが、目の前のNPCから伝わってくるようだった。
これが、ただのサブクエストであるわけがない。
「なので上位存在に置き換える。統括AIが、上位NPCの指令塔になれば、それは難しくない。俗に言うマザーコンピューターだ。ある程度の権限を持てば、情報をダウンロードすらできる」
「そんな技術がうちのゲームにも?」
紅ちゃんはどこまでゲームの本質を知らないでいたんだろう?
渡された情報を鵜呑みにして、本気でゲームで遊んだことがないんじゃないか?
そんな気配すらしている。
「だから、ここに来て急に芽生えたかもしれないよ? さぁ、攻略を始めよう。エクストラクリアを通じて隠されていたクエストが目の前に現れた。モミジちゃんならどうする? バグとして運営に通報する? サービス終了直前のゲームだよ? きっと修正している暇もない。だって数日後に撤退するだけなんだから。だから、これがバグかどうか見極められるのは、今ログインしている私たちだけなんだよ」
「ええ、はい。そうですわね」
紅ちゃんが頬をピシャリと叩く。
気合を入れた瞳になった。
反動で顔全体を覆っている。
強く行きすぎたらしい。
「クリーム、塗る?」
「必要ありませんわ」
まだほっぺがジンジンしてるのか、ちょっと泣きそうなのもまた可愛い感じだ。
リノちゃんは「無理しちゃってー」と揶揄っている。
でも、だからこそ。
本気でこのゲームに向き合える。
私たちは、今、本気でこのゲームから出題されたお題に向き合っていた。
遊ぶ前は、粗探しに準じていたけど。
今はもう、そんな気すらない。
敬意を払って、全力で受けて立っている。
さぁ、攻略を始めよう。
私は今、このゲームを本気で面白いと思っているんだから。
AWO、WBOにも面白いと思える場所はあった。
けど、どこかでぬるさを感じていた。
AWOに至っては触らぬ神に祟りなしの気持ちで。
WBOに至っては額縁通りにそのまま。
けどEPOは、AWOの謎に触れている時のようなワクワクを感じられている。
全てが謎に満ちている。
全50ステージという膨大なミニゲームの数々。
しかしその裏に込められたバックボーンの膨大さは、まさに歴史を網羅した体験型シミュレーションだった。
これを知らずにサービス終了するだなんて、あまりにも勿体なさすぎる。
だからこそ、できる限り導こうと思った。
リノちゃんや紅ちゃんも同じ気持ちを持ってくれたら嬉しいけど。流石に察しろは難しいか。
「ジーナさん、あなたは何者ですか?」
「それはあたしも知りたいね。全てはこの本によって導かれたものさね」
それは一冊の手記だった。
過去に生まれ、未来に生きた一人の女性の記したものだった。
疫病によって生まれ故郷が崩壊した日、気がつけば文明が発達した未来にいた。
ワクワクする出だし。
絵本の導入のような驚きの展開。
古物商から仕入れた本はジーナさんに驚きの連続を与えた。
ただの町娘だったジーナさんは、その本に出会って眠れぬ夜を過ごしたらしい。
その本を解読し、読み進めていくとそこには今の世界では再現不可能な薬の発展系が描かれていた。
ただの絵本ではない、これは検証と記録のメモ帳であるとすぐに理解した。
好奇心旺盛だったジーナさんは早速実験を開始した。
傷薬から胃腸薬。
様々な薬は両親や村の人にたちまち効果を発揮した。
本物だ、と思ったらしい。
いつからか夢はお嫁さんになることから薬師になることに置き換わっていた。その長年の積み重ねが今この港町で人気を誇っているらしい。
「そうだったんですか、ミルアちゃんが」
「やはり、この著者を知っているんだね? どんな人なんだい?
この手記からは執念みたいなものを感じていた。絶対に生まれ故郷に戻るんだと」
戦争に巻き込まれたか、あるいは悪魔に取り憑かれてしまったか。
当たらずも遠からずな推論を立てるジーナさん。
私たちは顔を見合わせながら、語る。
一人の少女の生い立ちを。
エクストラステージのムービーを、自分の言葉に置き換えて語った。
「そう、そうなのね。あたしはてっきり偉大な医者のご両親から大切に育てられたお嬢さんだと思っていたわ。けど違うのね、これまでの技術を独学で……」
「拾ってもらった方が医者の家系で、知識はそこからもらったそうですわ」
「だとしても、ただの村娘。その上足が不自由の子がここまで研究熱心にされることは珍しいのよ?」
「ジーナさんもそうだったからですか?」
「そうさね。親は嘆いたもんだよ。年頃になっても結婚に興味一つ持たなかったんだから」
親としては不安か。
確かにね、思うところがある。
結婚がゴールのところがあった。
娘が結婚して、子供を育む。
それまで見守っていよう、それまでは生きてなくちゃいけないという気持ちはあった。
医者になるというのは今でも難しいことだ。
人から頼られる仕事は誇りに思うかもしれない。
けど、それは女性の幸せを奪いかねない。
家が断絶することを嫌う親は多くいる。
ジーナさんの気持ちが痛いほどわかるようだった。
いや、まだまだ私はこれからなんだけども。
前世の記憶がね?
だからわかるとは言わず、理解を示すように頷くばかりだ。
「私も、親の後を継ぐように教育されてきました」
「あら、あなたも苦労してるのね」
その引き継ぐべき会社が、三日後に倒産するかもしれない最大級の爆弾付きだ。
苦労の数は数えきれないほどある。
これに関しては私もリノちゃんもノーコメントを貫く。
さして、ジーナさんは口を開く。
「そう、ならばこの手記はあなたに預けるわ。きっと何かの役に立つと思うから。女が一人で生きていくのは大変だけど、これがきっと心の支えになると思うわ」
「ありがとうございます」
紅ちゃんは、先の見えない未来に光明がさす姿を幻視する。
真っ直ぐに前を見た紅ちゃんを見て、ジーナさんは意を決したように手記を紅ちゃんに手渡した。
<アイテム:ミルアの手記を獲得しました>
医学14世紀~19世紀への理解が深まりました。
レシピ理解度が深まりました。
軟膏精製の理解を得ました。
クリーム精製の理解を得ました。
ジェル精製の理解を得ました。
飲み薬精製の理解を得ました。
粉薬精製の理解を得ました。
<ジョブ:薬師の機能が拡張されます>
固有技能『調合』『精製』が解放されました。
<ワールドアナウンス:プレイヤーが初めて固有技能を獲得しました>
<実績解除:固有技能>
固有技能はジョブをセットすることでいつでも使用可能です。
また、複数ジョブを獲得することで、基礎固有技能を一つだけ持ち出すことが可能です。
多くのジョブを獲得し、立ちはだかる厄災を打ち払いましょう!
「何か来てしまいました」
「実績解除おめでとう」
「モミジ、やるじゃん」
:ハヤテちゃん以外も実績解除しただと?
:やっぱこの子達すごいわ
:リノちゃんもエクストラクリアの後見者だし
:あれ、そうだっけ?
:テストでお嬢様の贈り物を引いたのはリノちゃんだし
:そうだったそうだった
:やらかしは全部ハヤテちゃんだと思ってるところがあったわ
「それはそれでひどくないですか?」
「まぁまぁ」
「みんなハヤテさんの懐の大きさに甘えてしまうのでしょうね」
「そういう意味ではないと思うよ?」
「そでした?」
ちょっと天然の入っている紅ちゃんはリスナーの意見を拡大解釈しがちだ。
でも、まぁ。そこが彼女のいいところでもあるんだけどね。




