146話 配信へのお誘い
「と、自己紹介も済んだわけだけど。ここで私から提案があります」
「提案ですか?」
モミジちゃんは「また唐突に何を言い出すんですか、この人は」みたいな顔をする。
そう疑わないでほしいなぁ。
こっちはそれこそあなたのための企画をご用意してるんだから。
「今回の提案は、みんなでEarth Project Onlineの良さを探してみましょう、というものです。モミジちゃんの宣伝では箸にも棒にも引っかからない。大前提として面白くないというのもあるでしょう。しかし、果たしてそんなにつまらないのかという洗い出しを私たちでしてみませんか? という提案です」
「えっ、みんなEPOを遊んでくれるんですか?」
「遊んだ上で評価を出し合うという企画です。どうですか?」
モミジちゃんが手のひらを返して乗り気になった。
やっぱりこの子単純だな。
中身がジキンサンだから少し心配してたけど。
これならなんとかまとめられそうだ。
「あ、サーラちゃんは強制参加で」
「なんで!?」
君は体験済みでしょ?
宣伝担当でなんでもいい方向に捉えるモミジちゃんの言い分を鵜呑みにはできない。
なら、実際に遊んだ彼女の評価は絶対に欲しい。
「先ほども言ったとおり、私たちは純粋な評価を欲している。ここをこうすればもっと遊びやすくなるのになー、みたいな感想って実際に運営にいくつも届いてるわけだけど、それを実装する目処はまるで立ってないって話だよね?」
「それは、提案があっても先立つものはありませんし」
「そこ! まずは課金でもなんでもさせてお金を回収するところから始めてみるっていうのは?」
WBOがまさにそういうゲーム性だった。
プレイヤーが伸び伸び遊ぶための課金だ。
もちろん、課金しなくても遊べる設計にはしてあるだろう。
だが、課金することを惜しまない層からしてみたら窮屈で。
結果、課金圧がそこかしこに存在するゲームになってしまった。
それによって自由度は一見ないように思われた。
実際には何をしたって良い、程よい自由度が約束されているのにも関わらず、なぜプレイヤーはこぞって課金をするのか?
それは純粋に楽をしたいからだ。
その楽をするためならば、少額の課金すら飲み込める。
今の子はそういう土壌の上にいる。
それをEPOの運営はまるで理解していないのである。
「それでは皆様に負担がかかってしまうのでは?」
「モミジちゃんのそれは綺麗事だと思うな。話を聞いた限り、プレイヤーに一切負担をかけさせないことでログインを持続させるのが狙いという話だったけど」
「そう、そこです! 我が社ではプレイヤーに負担をかけないことを目的としていて」
「一切ゲームに愛着のない時間を作ってしまったと?」
「そんなつもりはなかったんですよー」
泣いちゃった。
完全に予想外という顔。
この人は自分の考えが一般的じゃないってそろそろ自覚したほうがいいな。
「それは確かに思った。誰にでもなれるってことは、誰でもいいってことだ。ゲームっていうのは本来誰にでもなれるのを目的としているが、自分なりの道筋を歩ませるオリジナリティを大切にしているところがある。君たちはそのオリジナリティを奪って、与えるだけで満足しろと押し付けているんだよ」
そこでサーラちゃんからツッコミが入る。
「いや、だってとっつきやすさは必要でしょう?」
「ゲームの思想そのものがとっつきにくいという話。そもそもなんで世界の歴史をなぞろうなんて壮大なコンセプトにしちゃったのさ。ポイント獲得で現金を配るのなんて悪手中の悪手。集まるのなんて素行の悪い連中ばかりでしょ?」
その通り。
みんな金に群がるバッタの大群の如く。
ゲームシステムが単純な反面、普通に遊びたい層を遠ざけてしまっているのだ。
「まぁまぁ、探偵さん。そこらへんで」
「いやしかしレディ。僕としてはもっと彼女には筋を通してもらわないとさ。巻き込まれた妹があまりにも可哀想だ」
家族を捨ててここに逃げ出した癖に、ここで姉妹愛を持ち出すのか。
「現実問題、よくそれで人が集まると思ったよね。社運をかけてるって話だけど、なんでまたそんな大掛かりなプロジェクトを掲げちゃったのさ」
「話せば長くなるのですが」
「あ、じゃあ話さなくて大丈夫です」
どうせそれ、あなたの内情を吐露するだけで本題には少しも触れないんでしょう?
「ワハハ」
ディノちゃんは快活に笑い。
「お話くらい聞いてあげてはどうですか?」
リョウ君はモミジちゃんに同情している。
「なんかこのままでは私が悪者になりそうなので話を聞いてあげます。あ、なるべく手短にお願いします。余計な感情論とかお気持ちは要りませんので」
「なんかボクに対する扱い悪くないです?」
なんのことやら。
先に失礼な態度を取ったのはどっちだったんですかね?
自分に都合の悪いことはすぐ消去しちゃう性格、直したほうがいいですよ?
モミジちゃんは語る。
全校集会の校長先生の挨拶の如く。
今どこまで話してましたっけ? と何度も確認するように。
最初は親身になって話を聞いていたリョウ君も、途中から「余計な言葉をかけた僕が悪かったです、勘弁してください」などと後悔しているぐらいの話の長さだ。
手短にって言ったよね?
その上で感情論マシマシ、お気持ちマシマシで訴えかけてきた。
この人話を何も聞いちゃいない。
だから話を聞くのは嫌だったんだ。
前世を引きずりすぎなんだよ、彼女。
話を掻い摘めば。
優秀すぎる祖父と親を持ったケンタ君は会社を出奔。
独立して会社を経営したわけど赤字続きで、出資の打ち切りが続出した。
そこで得意だったゲーム体験を活かしてゲームの企画を担当。
どうせならAWOに負けない広大さ、他ゲームでは追随しようもない盛大なスケールで企画立案したらしい。
赤字経営の時にそんな博打打っちゃダメでしょう。
しかしモミジちゃん的には『よくやった』的な評価。
そこから先は積み上げた山を坂から転がり落ちるように、ダメな実績を伸ばして行ったみたいでね。
もう目も当てられない結果になっていた。
そこで本題に入る。
先ほども話したように、そのゲームを実際に遊んで評価しようという話。
「評価って何をすれば?」
「実際に遊んで、他のゲームと比べる」
「それは一番やっちゃダメでしょう!」
モミジちゃんは憤る。
ケンタ君が逆上しかねないと恐れている。
「けど、もう梃入れしたってダメなところまで来ている自覚はあるでしょう?」
「だったら尚更手遅れじゃないですか」
「手遅れじゃないよ。そうならないために私が動いた」
「ハヤテさん……あなた、いったい何を?」
モミジちゃんはいくつもの感情を宿した瞳を向けてくる。
「先ほども言ったように、私最近配信を始めたんですよ。そこで、AWOとWBOの両方を遊びました。AWOだけでは見えてこなかった、プレイヤーが今一番何を求めているか。それを検証しています。今度そこにEPOも入れる予定でして」
「まさか、最初からそれを前提に動いていた?」
「生体アンドロイドの手配は近日中に。そこで私はEPOにログインするつもりです」
「そこまでして、どうして? ボクたちを徹底的に追い詰めるような真似を!」
「追い詰める? 違いますね。あなたのゲームに徹底的にメスを入れるんですよ。友達じゃないですか。いくらでも相談に乗りますって」
「ハヤテさん……あなたって人は」
涙ぐむモミジちゃんの背中をさすってやる。
「モミジのお嬢ちゃんは良い友人に恵まれたな」
お嬢ちゃんなのはディノちゃんも一緒だよね?
みたいな顔でリョウ君がモミジちゃんとディノちゃんを見比べてるのが面白い。
私以外はみんな前世に魂が引っ張られてるみたいだね。
これから苦労するよ?
もうしてるかもだけど。
そんなこんなで舞台は整った。
来る決戦の日は翌々日。
明日は明日で普通に収録がある。
「で、この話の流れで誘うんだけど、明日の収録に参加しない?」
「AWOとWBOを遊ぶんだっけ?」
僕は両方のアカウントを持っているけど、家族がEPOに縛られてるからな、と探偵さん。
「AWOでは私が二人をフレンド召喚で呼ぶので大丈夫ですよ。どうせ料理しかしないので、大した冒険はしません」
「本当かなぁ?」
その大した冒険じゃない範囲内でドリームランドの行き来と過去改竄をしでかした張本人の言葉をもっと信じて!
「とはいえ、ここで釣りをしているのももう飽きたし、僕はいいよ。レディはどうする?」
「参加と言ってもどの姿で?」
「一応探偵さんはミルモちゃん、モミジちゃんはその姿のままね」
「それでしたら」
「妹のアバターかー」
知ってるんですよ、好き勝手そのアバターで暴れてること。
中身と人格が違いすぎてお姉ちゃんが心配してたんだからね?
こうして、翌日のメンバーは二人増えることになった。
「拙者たちはどうしようかの」
「僕、そろそろログアウトしなきゃです」
そして、それ以外はログアウトする。
私もお暇して、リアルでお母さんに通達する。
獲物は罠にかかった、と。