134話 配信準備
一度配信を切り、集まってくれたリスナーさんへとお礼の品を配る。
さっき私とお姉ちゃんで作った鉄屑一歩手前のアイテム群だ。
リノちゃんが微妙にデザインにこだわったのもあり、出来上がった品は味のある……粗悪品のような仕上がり。
これだけ手渡すのは心苦しいので【錬金】を用いて装備に使える耐久回復アイテムをおまけでつけた。
素材の石ころはいっぱい手に入ったからね。
しかし、今まで上手くやれていたのに【彫金】だけこうも失敗したのはどこか納得がいかない。
ただのリズムゲームは得意だった方だけど、完成図は大きくぼやけた。
もしかしてこれ、美的センスみたいなの求められてる?
正直に言えば、私はそこそこのファッションセンスや料理センスはある方だ。
お世辞でもなんでもなく、お嬢様学校でそういうマナーを納めてきた。
だが【彫金】に関する技術についてはまるで門外漢。
着飾る技術はあっても、それを作ることは苦手もいいところだった。
お料理なんかは授業で習うし、卒なくできるんだけどなぁ。
「ハヤテ、すごい苦戦してたね」
「そりゃ、誰だって苦手な分野はあるよ」
「ハヤちゃん、なんでも得意だと思ってた」
お姉ちゃんとリノちゃんが、慰めかどうかもわからないことなをかけてくる。
そんなに私が失敗したのが嬉しいか。
「細かいのは好きだけど、流石にやりつけてもないことはね」
「そうなんだね」
「それよりもリノっちの美的センスの方が驚き!」
お姉ちゃんが興奮冷めやらぬと言った感じに身を乗り出した。
それは本当にね。
隠れた才能とでもいうべきか。
普段はそんな感じを一切見せないのに、アイテムに対して妙なこだわりがあるのだ。
「彫金とか美的センスが一番必要なものじゃないかな?」
「ハヤテ、もしかして美的センスなかった?」
「そんなことないもん」
「拗ねちゃった」
拗ねてはいない。
けど、美的センスが全くないと言われるのは妙に癪だ。
お姉ちゃんには言われたくない。
なんというか、この分野で負けたくはないかな。
「それで、お昼の配信だけど。リノちゃんはお休みだよね?」
この時間、いつもお休みだ。
とは言え、これから一緒にやっていくという矢先。
いない前提で話を進めてはリノちゃんだって嫌だろう。
「それなんだけど、さっきお話ししたらお父さんが今日と明日だけは特別に休んでいいって」
「え、いいんですか?」
他のリスナーが撤収しても、まだ残っていた身内の一角。
いつもはこっちが誘ってもリノちゃんは塾を優先させてたのに。だからきっと厳しい家庭環境なんだろうなって思ってたのだけど、どうやら事情が変わったらしい。
「今までと比べて明らかにやる気を見せてるんだ。親としちゃ、子供がやる気見せてるのを応援しないわけにもいかんだろ」
との事。
元々感情は薄い方で、声をかけてもあまり返事をしない子だった。自分の趣味には没頭するが、没頭しすぎて他がおざなりになるのは少し危うい。
だから塾に通わせたら、だいぶ安定した。
塾は高すぎる集中力を分散させるためのものでしかなかったらしい。
じゃあどうしてお姉ちゃんやミルちゃんからの誘いを断っていたのかといえば。
正直AWOに飽き始めていたのではないか? という懸念。
モーバおじちゃん曰く。
飛んで回って切った張ったするアクションプレイが好きという話は聞いていた。
なので私たちに付き合うというのは、それができないことを意味する。
なので午前中までは付き合うが、午後から付き合えないのは塾という口実を作って他のことをしていたそうだ。
塾の日もあるが、それは毎日ではなかったらしい。
それが今日、本来求めていた遊び以上にみんなと一緒に何かをやることに挑戦し始めた。
今までは借りてきた猫みたいに、居心地悪そうにしていたのに。今日の配信ではやれないならやれないなりに、一緒に悩んで乗り越えることに参加してくれた。
その成長を喜んだという。
何を言っても響かなかったリノちゃんがこうも変わったのは、私の企画のおかげであると、そういうことらしい。
なんだか照れるね。
それはさておき、WBOの件である。
私のログイン方法が少しだけ特殊なので、双方に説明しておく必要があるのだ。
今回はリノちゃんが来ない前提で企画を組んでいたのもあり、通常ログインできないことを事前に話しておく。
「えっ、ハヤテちゃん通常ログインできないの? だってさっき」
「まだ通常ログインするには色々安定しないんだ」
「お父さんに頼んで……」
「悪いな、リノ。父ちゃんはもうWBOの運営に関われないんだ」
モーバおじちゃんはどこか悔しそうに言った。
もう少し前ならなんとかしてやれたのに。
今の自分には何もしてやれない。
それが歯痒くて仕方ないと言いたげだ。
まぁね、何事もタイミング次第である。
「そんな、ひどいよ、せっかくこれからだって時に!」
「まぁまぁリノっち。何も通常ログインするだけが正しい遊び方じゃないから」
「どういうこと?」
それ以外にどうやって遊ぶかなんて、まぁ普通は思いつきもしないよね?
けれど私にはその特別な方法があるのでーす。
「なんと私は、フレンドログインでも私のまま呼び出すことが可能でーす」
わー、ぱちぱちと勢いで乗り越えようとするが。
「えっと、それはWBOのフレンド召喚にも関わらずに呼べちゃうってこと?」
「うん」
「ちなみに、リノっちがいない時はあたしが召喚してました」
「そういうことなら……配信前に少し調整してみる?」
「賛成!」
「よーし、ならWBOでの情報統制はまかしとけ」
「俺はWBOではなんの役にも立たない。モーバ、あとは頼むぞ?」
「まかしてくれよ」
だなんてやり取りを交えつつ。
今度はうちの親戚たち。
「おばあちゃん、WBOで遊んでみようと思うのよ」
パープルおばあちゃんが、いきなりそんなことを言い出した。
「えっと、おじいちゃんのお手伝いは?」
「あの人はあの人のツケを払うので精一杯だから、おばあちゃん暇してるの。本当はマリンを誘おうかと思ってたんだけどね」
「お母さん?」
「ええ、AWOに長居しすぎると、背負わなくてもいい責任ばかり背負っちゃうって愚痴を聞いてるのよ?」
あー、なんかわかる気がする。
有名勢と言ってしまえばそれまでだけど。
言われる側の負担はねぇ。
「じゃあ、お母さんたちもWBOに来るの?」
「まだ始める予定というだけよ。だからあなたたちの配信を参考にしようかなって思ったの。楽しみにしているわね?」
「うわっ、プレッシャー」
「頑張ろうね、トキちゃん」
「リノっちも協力してね?」
「できることだけね。WBOのスキルって、AWOほど自由度ないから」
「WBOはなー、スキル以外の自由度が高いから」
「へー、楽しみ」
それじゃあとお姉ちゃんたちと別れる。
一度リアルに戻ってお昼ご飯を食べてから、再会ということになった。
「ハヤテはそのままAWOにログインしてれば召喚される感じなの?」
「|◉〻◉)多分」
まだ何もわからないことばかりだ。
そして同時にログインして、お姉ちゃんがWBOで私を呼び出したらしいんだけど、どうも中身が入ってないらしかった。
「ハヤテー、トキちゃん困ってたわよ? ハヤテが返事しないって」
「え、もしかして、あっちにいく必要があるのかな?」
想像だにしていなかったトラブル。
私はログアウトしてすぐさま魂の寄るべに直行。
そこでお姉ちゃんからの呼び出しコールを確認して飛んだ。
「ごめーん、トラブった」
「だと思った。でも無事合流できてよかった。ようこそ、ワンダーブリンクオンラインへ!」
「ようこそー」
お姉ちゃんとリノちゃんに迎えられ、私は初めて違うゲームに身を寄せた。
とはいえ。
AWOと全く同じアバターなのは少々気がかりというか。
「外見は課金で変更できるよ!」
お姉ちゃんが妙案を思いついたみたいな顔で言う。
「出た、課金!」
「このゲームの自由度は、ほとんど課金だから」
「お姉ちゃんがお小遣いがいくらあっても足りないと言っていたのもやっぱり?」
「トキちゃん……」
「ちょっ、そんな目で見るなよー。リノっちだっていっぱい課金してるじゃん!」
「私のはお小遣いの範囲だもん」
「私のお小遣いが少なすぎるからだよー」
家庭格差はあんまり言いふらさない方がいいよ?
「それはさておき、フレンド傭兵枠って課金できるの?」
「あー、どうだっけ?」
「わかんない」
「ちなみに、AWOではプレイヤー権限のほとんどが使用できなかったね。コールとか、パーティを組むのとか。誘われたら参加できるんだけど」
「あー、じゃあ課金自体が?」
「今のところグレーになってるよ」
「じゃあ、今日はこのゲームで何ができるかの散策をして、それから配信かな?」
「お父さんに連絡しておく?」
「おねがーい」
そう言うことになった。




