122話 奇妙な共同生活(sideリョウ)
「おや、こんな場所に迷子……というわけもないか。初めましてだねお客人。僕はサーラ」
ツンツンの赤い髪をかきあげて、探偵風の装いをした少年が話しかけてくる。
「僕はリョウ。ここはどこですか? 遊んでいたらここに迷い込んでしまって」
「どこか? と聞かれても困ってしまうけどね」
そう言いながら苦笑し。サーラと名乗った少年は釣竿を川に投げ込んでいた。
「よかったら君もどうだい? ここは時間の流れがリアルとは異なる。僕はもう長い事この空間にいるよ」
「元の世界には帰れないんですか?」
「帰る手立てはあるけどね。それには守らなくてはいけない制約がある」
「制約ですか」
サーラは勢いよくリールを巻き取るが、水面から上がった糸の先には何もついていなかった。
今までのバトルはなんだったのかと言うほど、あたりには静寂が広がっている。
もう何度も同じことを繰り返しているのだろう。
すぐ横のバケツには水が張られているばかり。
成果は見込めないようだった。
「おや、知らない人がいる」
「お帰りなさい、レディ」
「あなたは帰ってきたんですね。逃げるようにさっていたと聞いたのに。一体どんな風のふきまわしで?」
次に現れたのは絵本から飛び出したようなお姫様だった。
僕はドキリとしてしまう。
そして親しむような会話を交わす二人の関係が気になってしまった。
「あの、お二人は知り合って長いんですか?」
「うーん、どうだろ?」
「ここは時間の流れが少し違うからね。割と最近だよ。共通の知り合いがいるんです。ね?」
「ええ、そうです」
「へぇ、そうなんですね。横、いいですか? 釣りというのはしたことがないんですけど」
ただ何気ない会話をしているだけではすぐに話のネタがつきそうだった。
そういう意味では、何かに没頭できる趣味は必要かもしれない。
メニューの左上には<ログインメンバー4/2>と書かれている。
「釣り餌は結構好き嫌いが分かれるけど。何もつけなくても釣れるよ」
サーラは餌箱の中身を一瞬開けるが、すぐに閉めて横に置いた。
釣り針の先には何もかかっていない。
それを川に向かって投擲し、また話しかけてくる。
「それで、釣れないとかじゃなく?」
「さて、食いつきはするんだよ。全く釣れてくれないけど」
「少しお貸しください。釣りの見本を見せてあげましょう」
お姫様はドレスをたくしあげて前足を出す。
大股を開き、えいや! と勢いよく釣竿を振るう。
見た目と行動に大きくギャップがあり、僕は目を大きくして驚く。
「レディ、はしたないよ」
「誰も見ていないではないですか」
「あの、僕が見てます」
「そうでした。このことは内緒にしていただけます?」
僕は首がもげそうになる程振った。
お姫様は自分の名前を教えてくれた。
モミジと言うのだそうだ。
お姫様らしい、お淑やかな名前だと思った。
「頼もう! それがしの名はディノR2。故あって機械の身に身を投じた侍であーる。アールちゃんと呼んでも良いぞ?」
背中から声をかけられて、振り向けばまた変なのが現れた。
「えっと」
「初めましてだね、機械のレディ。僕はサーラ。この場所ではもっぱら釣りをしているよ」
「よろしく頼む、サーラ殿」
一人ずつ、懇切丁寧に挨拶を交わしていく。
なんていうか、僕以外全員キャラが濃い。
気にしたら負けなんだろうけど。
「アールさんと言いましたか。私はモミジ。以後よろしくお願いします」
「モミジ殿、よろしく頼む」
「ええ、こちらもあなたのような頼もしい方とお友達になれて光栄です。困ったことがあったら頼っても大丈夫ですか?」
「もちろん任されよ」
モミジさんとアールちゃんは何かを品定めするように見つめ合い、納得したのか握手を交わす。
そして最後に僕だ。
「僕はリョウです。タンクをしています」
「タンクであるか。某は見ての通り素浪人。連んでの行動は得意ではない。何かあれば頼むこともあるだろう。その時は頼むぞ?」
「ええ、その時はぜひよろしくお願いします」
もう追加メンバーはいないかな?
周囲を見渡す。
僕とアールちゃん以外のメンバーは釣りに興じている。
知り合ったばかりだと言うのに、随分と仲睦まじい。
別に僕だけ仲間はずれにされているとかじゃないよね?
「アールちゃんは、釣りはしないの?」
ルアーを振る動作を交えて話しかける。
「せぬな。某の趣味は概ねこちらよ」
アールちゃんは何かを振り上げ、そして叩きつける動作をした。僕はつい最近この行動を見たことがある。
「もしかして、採掘?」
「知っておるか」
「偶然知るきっかけになった子がいてね。ハヤテちゃんて言うんだけど」
「ほう、ハヤテ殿。某も興味を抱いている御仁なのだ。一度試合ってみたいと思っていたことだ」
「試合う? ハヤテちゃんは料理人だよ?」
「でも、戦えぬわけではあるまい? パッキングという奇妙な術を使うと聞いた。その上でハーフマーメイド。空も泳げる。珍妙なる魚のお供を提げて、料理という珍妙なスタイルで武勲を挙げていると聞いた。レムリア陣営はその噂で持ちきりであるぞ?」
えっと、なんのお話をしているのかな?
始めて二週間も経たない子のお話ではないよね?
もっと歴戦の猛者とか、そう言う人に向けての気迫を感じる。
僕の知ってるちょっとずるいあの子とはまるで違う。
他の誰かの話を聞いているみたいだった。
「よくわからないけど、アールちゃんは採掘をして、ハヤテちゃんと試合がしたいと?」
「可能であればな。某の鍛治技術では熟練度が低くての。未だ鉄。ゆくゆくはオリハルコンを鍛えて刀にしたいものだ」
「夢は大きく! いいね。応援するよ」
「ふむ、そうだろう? あの人もきっとそう応援してくれた。だから認めさせてやりたいのだ」
「あの人?」
「今はもうここにはいない英雄じゃよ。アキカゼ・ハヤテという」
「僕たちが生まれる前に活躍していた人って話だよね?」
えっと、そんな人と知り合いってことは。
アールちゃんて見た目以上にお年を召しているのかな?
「しかし、噂は噂。最近実装された傭兵召喚で当人と喧嘩をしたくとも、召喚主がそれを認めてくれなんだ」
「アールちゃんが召喚したらいいんじゃない? その、知り合いなんでしょ?」
「噂で、掲示板で知っただけよ。某もまだ生まれる前の話であるからな」
あ、よかった。
見た目通りの年齢かもしれないぞ。
「何やら気になるお話をしているね」
「サーラさん。成果は?」
「ボウズだよ。岸を変えようとお思って」
「この人、まるで魚と向き合わないんですよ。あれでは時間の無駄です」
モミジさんが怒り肩でやってくる。
本当に見た目と行動が一致しない人だ。
「ははは、実際に趣味以外の何者でもないからね。魚を釣っても、料理できる人がいないんだ」
「ハヤテちゃんがいたら、何か仕上げてくれそうな安心感がありますね」
「だろうね、あの子はそれが得意だ」
「そこは認めねばなりませんね」
話を聞けば、二人とも颯ちゃんを知っているようだった。
実際にフレンドと言われてびっくりする。
僕はまだ、フレンドすら結んでいない。
アキルちゃんとは、結んだけど。
あれはいつでも頼りになる鉱石回収屋的な意味合い以上のものはないだろうし。
「お互いに共通の相手がいるというのも不思議な縁ですね」
「確かにのう」
「彼は不思議な魅力がある人だから」
「今は彼女ですよ、レディ。あなただってそうでしょう?」
サーラさんとモミジさんは不思議な言い回しをする。
何を言いたいのか僕にはわからない。
「そしてあなたはダグラスさん」
「然り」
「第一世代の集会場だとばかり思っていました」
三人で語り合う。
あ、これは完全に仲間はずれにされてるやつだと直感した。
「あの、やはりみなさんお知り合いなのですか?」
「うん、前世の記憶があるんだ。でも君は違うようだ」
「前世の?」
「はい。あなたの知るハヤテさんも同様に、共通の情報を持っていた」
「それが第一世代?」
モミジさんは頷いた。
だから僕もてっきりそのうちの一人なんだと思っていたそうで。
けど、あいにくと僕には僕以外の記憶がない。
ではどうしてこんなことになっているのかの説明もできなくて。
「あ、そうだ。リョウ。はい、これ包丁」
「えっ えっ」
「私はまな板と調理台をご用いたしますね」
「えっと、僕? 料理はやったことなくて」
「いいからいいから」
「もしかしたらそっちのパターンもあるのかと」
何をやらせるつもりかはわからないけど、なぜか僕はこれから釣れるかどうかわからない魚の調理を任されてしまった。
今までは誰も調理できないから、ヒットしても逃していたそうだ。
本当に時間を無駄に使っていたんだなと知る。
「みてよ、リョウ。見事なハゼだ」
「あの、これどうすれば食べられるんですか?」
「なんか思い出せない?」
包丁を無理やり握らされ、触ったこともない魚に包丁を入れる。ただただ、苦痛な作業。
だというのに、なぜか回数をこなすと不思議と嫌悪感は消えていき。
「あれ? あんなに苦労したキモ抜きがあっさり」
まるで熟練の料理人のように片手間で終わらせられてしまった。
みんなが何かを見定めるように僕をみてくる。
目の前には調味料。
僕は塩に手を伸ばし、表面に振りかけるようにして散布した。
持ち寄られた木の枝を頭から胴体を支えるように突き刺し、焚かれたキャンプファイヤの上で焼き上げる。
表面は焦げてお世辞にも料理とは言えないものが出来上がった。颯ちゃんのと比べたら、あまりにも無骨。
けれど味は、食卓に並ぶものよりも美味しく感じて。
「うん、美味しいよ」
「これは料理係が決まりましたね」
「ダメ、採掘を一緒にする約束をした」
サーラが勝手に僕の役割を決め、なぜかその横でアールちゃんが膨れている。
ねぇ、君たち。
何勝手に僕の役割を決めてるのかな?
その日から、この四人での奇妙な共同生活が始まった。
今から気苦労待ったなしである。