117話 久々の現実
<秋風疾風さんがログインしました>
おや、あんなに急いでログアウトしたというのに。
一体どんな心変わりがあったのか。
うなぎの大量取得を求めての釣りの手を止め、街に帰還する。
「やぁ、レディ。お待たせしてしまったかな?」
「あんなに急いで帰ったのに、もうおかえり?」
探偵さんはとても胡散臭い顔で挨拶を交わしてきた。
その様子だとリアルは随分と不都合が多かったみたいだ。
「いや、酷い目にあった。モミジちゃんのご両親のやられてるゲームね、言っちゃあなんだがクソゲーだよ?」
「事前にそうだって言ってたじゃない。それわかっててログアウトしたんじゃないの?」
探偵さんは肩を竦めて手のひらを上にあげた。
「僕の目論見は大きく外れてしまったわけさ」
「そういえば、綺麗な紅葉ちゃんはあれから?」
「綺麗なって……まぁ中身がサブマスならば卑怯な紅葉ちゃんもいただろうけど。あれから彼女はリアルにこもってご両親に直談判しに行ってるよ。こっちの要件を聞く耳は……持ってない感じだね」
「まぁそうだろうね。広告塔以外の仕事なんてさせないでしょ。家の事業とはいえ、子供まで巻き込むようになったらおしまいだよ」
「ウチの家族は子供まで巻き込んでますが」
「育て方を間違えたんじゃない?」
「はっはっは。君にだけは言われたくないよ」
事実じゃないの。
表情引き攣ってるよ?
「それじゃあ、次のログアウト権は私でいいのかな?」
「紅葉ちゃんは?」
「お出かけ中。きっとご家族に呼び出されでもしたんじゃない?」
知らないけど、多分そう。
「あー? 金狼君はわかってる風だったもんね」
「それそれ。あ、その前に」
私は思い出したようにテーブルの上にうなぎを置いた。
「うなぎ? これがどうしたの」
「街の外にあった川で釣れたんだよね」
「この街の他に外が?」
探偵さんが驚くのも無理はない。
だってその前に散策した時にはそんなもの無かったものね。
一体どこからそんなリソース獲得してきたのかと。
「もしかしたら、ここにログインできる人が増えるたびに街の機能が増えるとか?」
「ああ、そういう機能はありそうだね。紅葉ちゃんが増えたことによる機能か」
「多分ね」
「で、このうなぎを見せて僕に何をやらせるのかな?」
「話が早くて助かるよ」
私がログアウトしている間に、検証を進めてもらいたかった。
紅葉ちゃんはあまりにも知的好奇心が削がれている状態。
傭兵として召喚されて何か心変わりがあればいいけど、一回死んでもあのままだったからなぁ。
「実はそれで彼に鰻丼を食べさせてあげたんだ」
「うん」
「そうしたら鰻重が良かったって」
「あぁ、言いそう」
もとよりお金を持ってる社長さんなので食の好みが凝り固まっているなんてことは想定して然るべきだった。
「だから私は言ったんだよ」
「なんて?」
「じゃあ先に重箱を持ってきてくれと。そこにご飯詰めて鰻乗せれば鰻重になるでしょ?」
「まぁね」
「でもあの人。なければないでいいです。鰻重食べたかったんだけど、ここは僕が押さえましょう、だって」
「あははははは!」
その姿を想像して探偵さんは笑い出した。
お腹を抱えて笑ってる。
料理作る人から言わせて貰えば「勝手言って」ぐらいのものだけど、作らない人からすれば通じるところがあるのかもしれない。
「いや、君。思考がすっかり女の子だね。ウチの孫そっくりだ」
「怒るとこ違くない? ないものはねだるくせに最後まで責任を私に求めてるのは違うよねって言ってるの!」
欲しいのは紅葉ちゃんで私じゃないのに、用意してないほうが悪いって理論を押し付けないで欲しいよねって話だよ。
「いやぁ、はは。耳が痛い限りだよ。だが言い分はわかる。私もなんだかんだ16年間女の子として生きてきてるからね」
料理はからっきしだけど、と言葉を添える。
君もこれから女子として生きていくんならお料理くらいできたほうがいいよ?
「と、いうわけで探偵さんには拡張されたエリアの探索と木工細工とかを極めて欲しいかなって」
「重箱、漆。それに関する木材入手の伝手は?」
川があったからと、木材で欲しいものが集まる可能性は低いだろう、と案に言ってくる。
「ちなみにその川、釣りたいと思ったものが釣れる。最初はイワナ。焼き魚にして食べたら美味しかった。で、次は味変で濃い物を食べたいなと竿を振るったら鰻がね。ちょうど調理素材が揃ってたんで都合が良かったね。多分求めればカニとかも釣れると思う」
川なのに? と突っ込みたいところだろうけど。
求めたものが確定で釣れるというのはそういうことだ。
ここは川であって川じゃない。
思い描くだけで概念を覆し得る。
ここはそういう、まだ何も定まっていない世界なのだ。
「ヨシ、引き受けた! いいね、そういうのは面白そうだ。紅葉ちゃんのご両親が推し進めてるゲームよりよっぽど」
「それは流石に紅葉ちゃんが可哀想だよ」
紅葉ちゃんだって好きでそんなゲームの広告塔になってるわけじゃないないのにね。
「まぁ、それは置かれてる環境によるものじゃない? あなただってそのゲーム強制参加枠でしょ?」
「まぁね。だから僕は帰ってきた。そして君はリアルに帰る。あの理不尽ゲームを味わうといいよ」
その話だけど、彼は私の境遇をそこまで理解してないようだ。
「残念だけど、私はAWOしかログインできないから、そっちには行けないよ」
「えっなん……!?」
会話が紡がれるよりも早くログアウト判定。
じゃあ、頑張って。
それだけ念じて私は久しぶりのリアルに戻ってきた。
「|◉〻◉)……あれ、誰もいない?」
まいったな。この体は自由が効かないんだ。
お姉ちゃんがいないのはわかってたけど、まさかお母さんもお父さんもいないとは思わなかった。
「じゃあ、ログインという話だけど。また蜻蛉返りかぁ」
せっかく上手に撒けたと思ったのに。
すぐに帰ってきたら絶対に指差して笑ってくるぞ、あの人。
それは嫌だなぁと思いつつ。
でも暇なのは事実なので。
「|ー〻ー)仕方ない。お母さんに書き置きだけしてログインしよ」
一時的に帰れるようになったので、今までお世話かけました。
またAWOに通常ログインしますので、ご用があればAWOの方に連絡ください。
「|◉〻◉)これでよし!」
私はログインする。
そしてエントランスにて選択肢が出た。
<ログインスポットの変更が行われました>
<以前まで遊んでいたプレイヤー『ハヤテ』でログインしますか?>
<魂魄隔離街・ドリームシェアにログインしますか?>
なんんだこれ。
多分ドリームシェアってさっきまでいたところだよね?
そこに戻れる選択肢か。
「|◉〻◉)ごめんだね。私は通常ログインするぞー!」
こうして本当に久しぶりに『ハヤテ』としてログインする。
AWOよ、私は帰ってきた!
フレンドが誰もいない街の中を散策しながら、途中で放置していた畑に寄った。
「あら、ハヤテちゃん」
「お久しぶりでーす」
「ログアウトできたのね」
「おかげさまで。それで家族に一言かけようと思ってたんですけど、不在で」
「AWOに来ちゃったんだ?」
「リアルに帰っても実際やることないので」
「あー、じゃあ一緒に畑のお世話してくれる?」
「喜んで!」
私はそれからその後体験したいろんなことを話し合った。
お姉ちゃんと出会って、リノちゃんやミルモちゃんと出会って。
いろんなことがあった。
そのどれもかけがえのないものだけど。
なんだかんだと私には眩しすぎる光景でもあった。
「私、冒険よりも畑のお世話してるほうが落ち着くのかも」
「もう一生分冒険しちゃった感じかしら?」
「どうかなー? でも当分はいいかな?」
「そうね。遊びたいもの同士で遊んでて欲しいわ」
「ひよりさんも懲り懲り?」
「誘われたら行くけど、こっちのアバターじゃ無理ね」
「それはそう。私も料理だけしていたいなと痛感しちゃった」
大冒険はたまにならいいけど、毎日は少しお腹いっぱいだ。




