114話 借し借り
「またここに戻ってきてしまったか」
帰ってくる言葉もなく
ただ風景を眺める。
愛も変わらず、魂の抜けたような住民が行き交うばかりの変わり映えしない風景ではあるが。
レイちゃんと一緒に練り歩いていた頃に比べれば随分と栄えた。
つい雑踏の中にレイちゃんの姿を探すが。
あれきり、その姿を見ることはなかった。
「あら、おかえりになられていたんですね」
そこへ、風景に溶け込むように金髪縦ロールお嬢様が読書を嗜んでいた。
絵になる人だ。
中身がジキンさんじゃなきゃモテていただろう。
「今、何か良からぬ考えをしていませんでした?」
本を閉じ、穿った視線を投げかけてくる。
相変わらず、人を疑ってかかる人だ。
虚しい人生だね。
「あなたのそれは直感ではなく、ただの思い込みですよ。それよりも、新たな住人は来られませんか?」
話をバッサリ切り、そして切り替える。
視点を切り替え、周囲を見渡す。
接続数は2/2。
一抜けしたレイちゃんと探偵さんが帰ってこない限り、私たちはここでずっと待ちぼうけだ。
新しい住人が来れば、チャンスはあるが。
「来たらわかりますよ。私は読書をしながら、いつでもログアウトする気満々でした」
「ひどい人だ。私を置き去りに知る気満々だよ、この人」
「どの口が言うんですか。私を犠牲にログアウトしようとした人が」
「この口ですけど何か?」
悲しい事件だったね。
それはそれとして、こうやって上から責められるのも違うよね?
煽りには煽りで返せとは前世の教訓だ。
なので散々煽って返す。
モミジちゃんにはここまでしないが、ジキンさんにだったらいくらでもやっていいみたいな風潮がある。
「ああ、そういえばあなたはそう言う人だった。記憶が曖昧でどうにもいけない」
「ああ、やっぱり。過去の記憶曖昧なんだ?」
「あなたと同じと言うだけで眩暈がしますが。そうですね。癖の強い人の思い出ばかりあります」
「じゃあ、うちのクラメンは大丈夫だ。癖強しかいませんでしたから」
「癖強の代表は言うことが違いますね!」
すごい笑顔で言うじゃない。
「そう言うあなたは癖強No.2ですよね」
「「はははははははは」」
お互いに笑い合い、武器に手をかけた。
ほら、こうなる。
「ああ、本当に。なんでこんなに憎たらしいのやら」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますよ?」
私の中で卵がブーメランに変わる。
しっくりくるこの掴みごたえ。
軽く神性を感じる。ロイガーと言ったっけなぁ?
軽く振るう。
それだけで今の私の見た目は『ハヤテ』でありながら装いは『アキカゼ・ハヤテ』になりかわる。
「おや、コスプレですか?」
目敏いモミ『ジキン』さん。
垂れ下がった犬耳ロールをかき上げながら、その顔を嘲笑で滲ませる。
悪役令嬢かな?
堂に入っている。
「あなたも持ってるその卵は、イメージ通りの装いができる代物です。羨ましいのならやってみては?」
「誰も羨ましいだなんて言ってませんが」
「ははは。カマかけですよ。反応したってことは図星ですね?」
「本当に面倒な人だ。こちらが多少強気に出てもまるで堪えない。で、これはどうやって使うんです?」
「少し離れてください」
私は不意に近づいてきたモミ『ジキン』さんを押し退けた。
「なんですか、人を野蛮人みたいに」
いや、だって棍棒を握る手に力入ってるじゃないですか。
いつでも振り下ろすつもり満々でしょう?
なんでそんな人の近くで懇切丁寧に教えないといけないのか。
私は手元でもう一つの卵『幻想装備』を木の棒に変えて、足元に線を引いた。
「はい、じゃあ同じようにやってみてください」
「遠いです。もっと近くで」
「まさか視力が?」
「いちいち癪に触る人ですね、純粋に手元が見えないだけですよ」
「おかわいそうに。その歳で視力が悪いだなんて。どうせ暗闇でゲームばかりしていたんでしょう?」
「いつの時代の話をしているのやら。私たち第四世代では、そのようなゲームは存在しないことになっています」
「なんだい、張り合いのない」
昔の話をふれば、今の自分ではよく思い出せないと手を振った。本当に過去の記憶はあまり覚えてなさそうだ。
「とりあえず、その武器没収ね? 【パッキング】」
「あっ ずるいですよ!」
攻撃をしないと言っておきながら、取り上げれば声を上げるんですから。
やっぱり隙あらば攻撃しようとしてたね、この人。
「近くに行ったら殴られるかもしれないのに、なんでそれを没収しないと思うんでしょうね、この人は。自衛ですよ、自衛」
「あなたが殴られるような煽りをするからでしょう」
「いつまでも昔の頃のような気概では困りますよ。今のあなたはモミジちゃん。もうジキンさんではない」
「そんなもの、知っていますよ」
「知ってはいる。けど、どこかでどうしても踏ん切れないところある。どうです? ここから先は一緒に進みませんか? どうせ私もお姉ちゃんのお友達の中では浮きまくっているし」
「でしょうね」
この人ってば、自分のことは棚上げして私のことを責めるんですから。
「あなたもめちゃくちゃ浮いてましたよ?」
紅葉ちゃんは悪役令嬢に似つかわしくない。
けど、この人が中に入っている時は相当に無理をしていた。
「そう判断した人はきっと目が腐っていたんでしょうね」
「腐っているのはあなたですよ。はい」
私は紅葉ちゃんに手鏡を持たせる。
そこに写っているのは周囲を穿った視線で見遣る少女の顔。
清い心を持つ紅葉ちゃんとはあまりにもかけ離れている。
まるで悪魔憑きだ。
「もう少し、楽しそうな顔をしなさいよ。元はいいんですから」
「あなたこそ、おとなしい顔立ちがまるで老獪だ」
「こう見えてお姉さんキャラで通ってますから」
「うっそだー」
ここでようやく笑顔。
笑みというよりは嘲笑に近いが。
それでも先ほどよりは険が取れている。
「はい、はい、その調子で頑張りますよ。その本は……過去のものですか? それとも今のものですか?」
さっきまで読み込んでいた本を指さす。
「過去のものなど持ち込めないでしょう?」
「確かに。じゃあ、これから散策をしますよ」
「本当にあなたはいきなりですね。散策をしたところで何か進展があるわけでもないでしょう」
「でも、暇つぶしにはなる。あなたのその本だって読んでいれば終わりが来る。何回も何回も同じ本を読むのは飽きるでしょう?」
「あなたの顔を見るよりはマシですよ。文句は言ってきませんし」
「ははは」
その言葉はそっくりそのままお返しするよ。
私だって紅葉ちゃんと一緒にいるよりお姉ちゃんの元に帰りたいよ。
「それでも、何か少し進展があるかもしれない」
手を差し伸べる。
その手を一瞥しながら、紅葉ちゃんは手を握り返した。
「まぁ、今は暇ですしいいですよ」
「素直じゃありませんね」
ブロックに腰掛けてる彼女を引き上げるようにしながら、歩きながら駄弁る。
「そういえば」
「わっ、急に振り向かないでください」
前を行く私が振り返れば、紅葉ちゃんは衣装を男性用のものに置き換えていた。
「あれー? どうして着替えちゃうのー?」
「落ち着かないんですよ」
「ははーん?」
「なんです、そのむかつく目は」
「いや、なんでも。たまにその『幻想装備』借してね」
「貸す? これは衣装を変更する以外の役割があるんですか?」
「衣装にも変更できるだけで、本質は何にでもなる、だよ。暇になったら音楽を奏でるでもいいし、願えばその本の続きにもなるかもしれない」
「それ、誘い出す前に言うもんですよ?」
「可能性の話だからね。もしそれがなされなかった場合、あなたは私を責めるじゃないですか」
「そりゃ、そうですよ。余計な期待をもたせるなって」
「ほら、やっぱり。だから教えたくなかった」
「でもなんで今はそれを教えてくれたんです?」
「さっきも言いましたが。これら『幻想装備』はスキルがセットできる。求めるものが豪華であればあるほど、『幻想装備』一つじゃ賄えない場合がある。私は今二つ持っていますが、二つじゃ賄えない場合は頼みますよって意味です」
「そう言うことですか。いいですよ、一つ借しですね」
「はいはい。今のうちにたくさん借しを作っておきましょうか。どうせいつか返すことが来るでしょうから」
「まずはリアルへの帰還。その前に生体ロボットの入手ですか」
「私から呼びかけないとだから、そこは先にログインさせてね?」
「仕方ないですね、それも借しで」
「はいはい。いくらでも借し出しますよ。その代わり、これから返しきれない程の恩を売りまくりますから。それはしっかり返してくださいね?」
「昔みたいなことをするつもりですか?」
「さぁ。私は普通に振る舞っているんですけどね?」
「そういえば昔も似たようなことを言っていましたね」
そうだったかな?
そこら辺はあまり覚えてない。
今はまだ、何者でもない私は。
何者でもない彼女へ借しを作る。
ただそれだけなのに、彼女は今からそれが高くつくと踏んでいる。
因果なものだね。
そんなつもりは一切ないのに。