110話 男の矜持
「はいはい、説明する前に食べきらないの。ENどれだけ切羽詰まってたの?」
「いや、匂いに釣られて」
「すっごいうまそうだったから、つい」
「これは仕方ないよ」
「うん、これはあまりにも罪な味すぎる」
「そんなに急いで書き込まなくてもね。ドリンクもあるから一旦落ち着こ?」
「助かる」
いちいちリアクションが面白いよね。
「まずはこちら、バトル組専用のホットサンド。お肉は鶏肉の竜田揚げにレタス、トマト、ドレッシングを合わせたホットサンドになってるよ」
「好物の見本市か?」
「鳥料理にハズレなし」
「うん、僕はこれぐらいがちょうどいいかな。今ちょっとお腹いっぱいだけど」
「効果は食後一時間、LP微回復にST消費軽減。EN回復30%。これは前衛のタツ君用に仕上げました」
「えっ」
「もしかして、俺たち全員のバトルスタイルに合わせて作ってくれた?」
「そのまさかだよ。お礼は食材を買い込むのに奮発してくれたリョウ君に言ってね。お肉は私の持ち出しだけど。そしてマジックキャスターのカイ君向けはこちら。炙りサーモンのライスバーガー。レモン風味のタルタルソースと一緒に召し上がれ」
「なんで俺がサーモン好きだって?」
「お姉ちゃんもお魚好きなんだ。サーモンとか大好きでよく食べてるんだよ」
「あ、こら余計なこと言うな」
お姉ちゃんが憤慨してる。
先に情報を売り払ったのはどちらだったかな?
カイ君が「お前もそうなのかよ、俺と一緒じゃん」みたいな顔でお姉ちゃんを見る。
お姉ちゃんは「そんなわけないでしょ! 妄想逞しすぎ」と否定していた。
「と、言うわけでお姉ちゃんの分も用意してます」
「まぁ仕方ないかな」
「味の感想教えてね?」
「もちろん」
「いただきまーす」
もぐもぐ。もしゃもしゃ。ごくん。
手渡したドリンクは烏龍茶。
程よい脂身もすっきりさっぱり洗い流してくれるよね。
「うまっ、え?」
「さすがハヤテ。あたしの好みを理解してくれている」
「まずは効果の説明ね。さっきも言ったように名前は炙りサーモンのライスバーガー(レモンタルタル和え)。効果は食後一時間、命中率上昇。SP微回復、ヘイト分散かな。とにかくSPをたくさん使う魔法使い向けのお食事を心がけました。頻繁に食べるのを見越して回復ENは25%と押さえておいたよ」
「バフ3つ!?」
「それってそんなにすごいの?」
「ものによっては単価でアベレージ100万は行くけど、上昇するのが求められているものじゃなきゃ一万いくかどうかじゃない?」
「ちなみにカイの見立てでこれはどのくらいのグレードに位置するの?」
お姉ちゃんの見立てでは【うまい・口に合わない】以外の選択肢がないところ、当事者のマジックキャスターはどうか答えが気になる様子だった。
「単価5000だったらダースで買うぐらいずっと欲しい」
「相場的には?」
「俺たちの懐事情でも5000は大金だ。でも実際正規の相場だと単価で三万以上するだろうな。それぐらいマジックキャスター向きすぎる」
上昇する効果が前衛向けだったら俺が欲しいくらいだとタツ君がこぼした。
さっき上げたので満足してくれなかったのは、単純に欲しい効果がついていたからだろう。
なんだよー、2個でもバフがつくだけありがたいんだからね?
「で、ハヤテはこれをいくらで卸すの?」
「え? 作った分はタダであげるけど? 先も言った通りこれはリョウ君におねだりして買い付けた食材だからね。そりゃ全て1から私がかき集めて作ったものなら正当な代金はいただきますけどー」
「よかったじゃない、うちの妹の懐が大きくて」
「ちなみに在庫は?」
「今食べたの抜けば残り3個だね」
「足りな……いや、ありがたくいただかせてもらうよ」
「感謝しながら食べなさいよー?」
「うっせ、お前は作ってねーだろうが」
「はー? あたしがこのお野菜みじん切りしたんですけどー?」
「微差じゃねーか!」
カイ君はお姉ちゃんとなんだかんだ楽しそうにいがみあっている。
こう言う仲って案外早くくっつくんだよね。
私は詳しいんだ。
「それではお待ちかね。タンク用の食事をご披露いたします。食材は豚。じっくりぐつぐつ煮込んだ角煮を甘辛いソースに皮で包んだ本格角煮まんとなります。効果は食後一時間LP微回復、ヘイト上昇、ST消費なし。回復ENは30%となってます」
「またバフ3つ?」
「ハヤテはワシが育てた」
瞠目する男性陣の前に、お姉ちゃんがドヤ顔で胸を張る。
その自信、どこから湧いてくるの?
「うわ、ありがとう。正直ここら辺からタウンとでもヘイトを漏らすことが多くて。これでカイ君にダメージ負わせずにモブのヘイトを回収できるよ。地味にST消費しないのが助かりすぎる」
「それ、ずるいよなぁ」
「STは何したって減るから、みんな欲しがる」
「多分これ、買えば高いだろうな」
「ちょ、みんなして怖いこと言わないでよ」
さっきのカイ君もそうだが、欲しいバフはスキルビルドによって異なるのがこのゲームの面白いところ。
同じ前衛でも、スキル構成でこれぐらい変わるのだ。
早速相場を調べて怖がらせているのは、その価値を知らせることでトラブルに巻き込まれないためのものかもしれない。
多分、きっとそう。
「それじゃあ、今はお腹いっぱいなのでリョウ君にはそのまま贈呈しまーす」
「うん、ありがとうね」
豚角煮まんを5個贈呈。
そしてこれはアキルちゃんに。
「え、あたしのも?」
「うん。今日は色々鍛治のこと教えてくれたお礼に」
「あー、これくらい頼ってくれたら普通に教えるのに」
「私が頻繁にここに来れないからね。だからお礼」
「あ、そうだね。じゃあ受け取りましょう」
「ありがとうございます」
渡したのはドリンクだ。
いつも鉄火場で作業するアキルちゃん。
喉の渇きもさることながら、高い集中力を要する。
それをサポートするバフをつけておいたのだ。
「え、めっちゃ欲しいバフついてる。すごい、また欲しくなったら連絡したい」
「その時はどうぞお姉ちゃん経由で」
「ぐぬぬ。仕方ないか、トキちゃんよろしくね」
「はっはっは、頼まれた。まぁあたしは朝と昼しかインしないから」
「りょうかーい」
だなんてやり取りを終えて。
「待ってくれ、これ俺たちもらいすぎなんじゃ?」
男子三人組が正気に戻った。
確かに身銭を切ってプレゼントをした。
けどお返しの額がとんでもない。
赤鉄鉱と細工セットをプレゼントしたカイ君は私の料理。
ミスリルをおねだりされて、却下するもなんだかんだ鉄の購入で妥協したタツ君はバスタードソードの制御装置と私の料理。
パフェを奢ってくれた上に私の買い物に付き合ってくれたリョウ君はアキルちゃんのアイアンプレートに私の魔道具『発光』をつけた盾、それと私のお料理だ。
確かに振り返ると投資に対する見返りじゃない。
けど勘違いしないで欲しいのは、ずっとこの投資に対して好みけりをすると言うわけではないこと。
「別に、ずっとこの値段でおろすとかじゃないからね。たまーに買ってくれたらいいなって。その時は戦力を期待させてもらいますよってお話だよ。ね、お姉ちゃん?」
「そうそう。また困ってる時に助けてくれたら嬉しいなーって感じでね」
「トキはなんもやってねーじゃん」
「はぁ? あたしがいるからハヤテがついてくるんだが?」
その通り。今の私は自分の自由意志でゲームを遊べないからね。とはいえそんなことを行ったところでなかなか理解してもらえないが。
「まぁ、とにかくだ。もらいすぎなのでこれから返していきたいんだが、お前らまだ時間平気か?」
タツ君がメインメニューからゲーム内時刻を確認。
リアルで何か予定はないかを聞いてから、今の自分たちでミスリル採掘にリベンジしたいとそう言ってきた。
こちらとしては願ってもない状況。
「もちろん大丈夫だよ」
「よし、なら俺たちはあの採掘ポイントにリベンジを果たしに行く。数は保証できねーけど。ミスリル取れたらそれをプレゼントしたい。と言うか、それくらいはさせてくれ。これをもらいっぱなしって言うのは男の矜持が廃る」
と、言うことになった。
第一印象はあんまりにもガサツで将来性は見込めなかったタツ君だったが、なんだい君もなかなか男を見せるじゃないか。
そんな横顔を見つめるアキルちゃんもどこか楽しげだった。




