105話 欲しい時にない
トンテンカンとトンカチの音が鍛治小屋から響く。
掘ってすぐ加工できるのはやはり『幻想装備』のなせる技。
本当ならこれ、一度街に持ち帰った上で有料の生産台を借りる必要があるのだけど……時間こそかかるが断然コスパが良い。
行って帰ってくる手間が省けるだけで大助かりだ。
「ふぃー、ちょっと休憩」
「そこにドリンク置いてあるよ」
「助かるー」
なんにせよ、鍛治小屋はすこぶる熱い。
クーラーでも入れたいが、その熱で金属を溶かすのだ。
プレイヤーは自ずと【熱耐性】を獲得するまでがデフォルトだったりする。
「冷たくっておいしー。あとお口の中リフレッシュする! レモンとか入ってるの?」
「ただのお水だよー。あとはレモンバームっていう種類のミントを浮かべたくらい」
レモンバームはセカンドルナの採掘ポイントに向かう前に採取した。
採掘に限らず、採取ポイントもスキルをセットしないと見えない仕掛けになっている。
スキルばかりとっても使い道がないとはならないのがAWOの面白いところだね。
過去に移動系スキルが全部死んだプレイヤーがいたけど。
あんなことはそうそう怒らないんだよ。
普通に遊んでいる限りは。
「ようやくここから鍛治が始まるんだね」
「長かった【精錬】もようやく終わりか」
テーブルの上には鉄のインゴットが並べられている。
インゴットって聞き慣れないけど、要は延べ棒だ。
金の延べ棒を想像して貰えば早い。
目の前に並んでいるのは鉄のそれだ。
その中の何本かを使って、アキルちゃんが鋼を作ってくれている。
ストレージに炭が余っていたらしいので、ついでということらしい。
「成功したらリノちゃんように刀を打ってあげてもいいよ」
「リノっちめっちゃ尻尾振ってる」
「欲に素直だよね」
「ムスー」
「あ、ムカムカリノっちに戻った」
「お姉ちゃん揶揄いすぎだよ」
「だってー」
リノちゃんは言葉少なめにいるか入らないかを取り捨て選択していく。
【石】は論外。
【銅】は加工しだい。
【鉄】も細工が可愛ければつけてやらなくもない。
といった感じで判断してきた。
「!」
そして私の作った肉球髪留めに反応する。
猫の髪留めに肉球は捻りがないかなとも思ったけど。
【強化錬成】で【速度+2】がついたのでとても喜んでいる。
「おー、ハヤテって意外と器用だよね」
「お料理やってますから」
「細かい作業多いからか、納得。でもそれはあたしの力作を見てから判断してもらおうかな?」
お姉ちゃんがドヤ顔で取り出したのは鈴だった。
猫に鈴。これまた安直ではあるが。
それを刀の鞘につけてやると、思いの外リノちゃんは喜んだ。
「素敵。見直した。評価+1」
「これは高反応ですな。ハヤテのとどっちがポイント高い?」
やめときなって。
私より高い場合はいいけど、低い場合は絶対聞かなきゃよかったと思うよ?
「同じくらい。どっちもよし。この音にヘイトが宿る。敵は私を一瞬見失う。グッド」
おぉ、意外な【強化精錬】がついたようだ。
鈴の音に幻聴効果でもつけたのかな?
「なんで君たち鍛治やり始めで当たり前のように【強化精錬】成功してるんだか」
「ビギナーズラックかな?」
「多分ね。私はハヤテの真似したらできたよ」
「……とりあえず、私からはこれかな?」
アキルちゃんのプレゼントは刀の鍔だった。
細工も見事で、猫と楽器が記されている。
私たちとリノちゃんの関係を描いてるようだった。
今さっき鞘に鈴をつけたばかりで、鞘ごと交換するのはやめたんだね。後ろの方に鞘をさっと隠していたのを和茶氏は見逃さなかったよ。
「すごい。欲しい場所に重心が傾いてくれる。こんなにすごい鍔は初めて。どこまででも走っていけそう」
私たちに比べて随分と流暢に喋るじゃないの、リノちゃん。
それだけプレゼントを気に入ったってことなのだろう。
私たちも褒めてくれたとはいえ、この評価の差は少しだけしっくりこない。
「お姉ちゃん」
「わかるよ。リノっちがさらに評価したくなるアイテムを作ろうって心の炉に火がついたよね?」
「やっぱり姉妹だね。最後まで言わなくたって心が通じ合ってる」
「火がつくのには関与しないけど、あなたたち、鉱石やインゴットの予備はあるの?」
「「あっ」」
アキルちゃんに言われて現状を思い出す。
そうだ、ついさっき全て使い切ってしまったのだ。
「採掘からかぁ」
「しんどいね。マーケットで売ってるんならすぐ買っちゃいたいぐらい」
「買うと高いよぉ?」
「鉄ならまだ安いですよね?」
「銅ならワンチャン!」
「青銅石は50、インゴットは1000。赤鉄鉱は100、インゴットは5000」
なお、単価でこの値段らしい。
「お昼の時間は一番【鍛治】の人がログインする時間帯でもあるからね、夜にログインする人は大体がバトルメイン。朝は、素材集めがメインの人が多いかな?」
「私たち、そこらへん何も考えてないよね?」
「やりたいことを好きなようにやる! でやってるところあるよね?」
「別に遊び方なんて誰かに言われて決めるものでもないからねー。ログインする人の傾向がそれだから、朝に素材集めて、お昼に作業する人が多いんだよ。そして作業中、素材が尽きたら職人は何をすると思う?」
「素材を買い占める?」
「正解! 普通に素材を集める人もいるにいるけど、鍛治プレイヤーの需要を満たすほどの数はマーケットでは出回らないんだー」
「世知辛いね」
生産プレイヤーにとってマーケットが生命線。
バトルプレイヤーが一攫千金で二束三文のものを高値で捌くのには見向きもしないが、正当な価値の商品は秒で売れるとかなんとか。
「なので、こうやって採掘に同行してくれるフレンドさんは貴重! 可能であればミスリルを入手したかったけど」
「まだ出回らないんですか?」
「鉱石すら見ないんだよ。誰か買い占めてるのかなってくらいにないの」
「今の時間に同じ熟練度帯の人が多いのかな?」
「または合金で手当たり次第交ぜてるプレイヤーがいるかだね」
「そんな変人いるんだ?」
「いるんだなー、これが。昔のトップ4みたいな人が今の世代にも出てきてるみたいでね」
「トップ4って何?」
「トキちゃんは知らないか。確か私のおじいちゃんよりも上の世代がね。今のAWOを根幹から塗り替えた時に活躍吹田四人のプレイヤーをいまではそう呼ぶの」
「あー、もしかしてうちのひいおじいちゃんがそうかも?」
「まるで記憶にないけどね、そうなんじゃないの?」
昔の記憶を持ち上げられても、今の私は困ってしまうよね。
「なんでハヤテが謙遜してるのよ。ハヤテは関係ないよね?」
「もしかしてあれじゃない? ハヤテちゃんはこの時代のトップ4入りを目指してるとか?」
「あー、それはなんとなくそんな気がしてる」
「料理のトップ4、ハヤテか。今のうちから古参面しておこうかな?」
「それはあたしの専売特許だからだーめ」
「私が料理のトップになるのは流石に無理じゃないかな?」
「そんなことないと思うけど。それともハヤテはそういう目立つことはやりたくない?」
それを言われたら困ってしまう。
今の私は料理が好きだ。
大きな大会にでたいかと言われたら反応に困るが、フレンドに振る舞うくらいなら人数は何人いても問題ないとは思ってる。
大人に今の自分の料理を振る舞うのも好きだ。
自分の成長を感じられるから。
でもだからって、この道一本で世界のトップに立ちたいかと言われたら話が変わってくる。
私は料理を見せ物にしたいんじゃない。
ただこの能力でお姉ちゃんたちの笑顔を見たいんだ。
それ以上の感情は一切湧いてこなかった。
「うん、どっちかといえば身内向けかな。私の料理は」
「なら私が音楽のトップになってあげる!」
「お、自信ありげだね」
「その時は、あたしの音楽を支えてくれたのは妹がいたからですって宣伝してあげる」
「やめて」
それはそれで恥ずかしいもんだ。
しかしトップ4ね。
一体どんな人物を指してそんな固有名詞で呼ぶのだろうね。
やっぱりうちのお母さんみたいな存在を言うのだろうか?
キワモノばかりのAWOに新しい風が舞い込んできたのなら、私はそれを歓迎しよう。
全員知り合いだったら、なんというか運命的なものを感じてしまうよね。
腐れ縁、世に憚るというやつだ。