103話 着せ替えリノちゃん
それから私たちは錬成したインゴットで色々なアクセサリーを作ってはリノちゃんに装備させる。
さっきは気のせいだと思い込んでいた表情が、明らかにムッとしてきている。
「リノっちー、だいぶオシャレになって来てない?」
「なんか口が曲がってるけど、普段からこんな感じなのかな?」
アキルちゃんが初対面のリノちゃんの表情を観察する。
確かにちょっと口が曲がってる気がするけど。
「普段からこんな感じだよ?」とはお姉ちゃん談。
でも私が思うに……
「うーん? 出会った当初は自己表現が苦手みたいな感じだったけど。今のこれは明らかに不機嫌」
「ハヤテはいつの間にリノっちマスターになったのかな?」
「いや、私の前だとこれでもか! ってくらいに喋るし」
「そういえばそうじゃん。ハヤテの前だと普段無口なリノっちもいっぱい喋るもんね」
「多分ハヤテちゃんは相手の話を聞くペースを熟知してるから話しやすいんだよ。話を聞いたら自分の意見を後回しにして、全部お話しさせてくれるから」
「つまり、聞き上手ってことか!」
「そんなことはないと思うんだけど」
惚けてみるけどお姉ちゃんからは「なんか怪しいなー」って顔をされた。姉妹なのに疑うんだ?
「それはさておき、不満そうにしてる原因はなんだろうね」
「普段のリノっちなら聞けば教えてくれるけど……」
「お姉ちゃんが召喚主なんだから、設定したら?」
「あ!」
あ、これは完全に忘れてたやつだな?
「その『あっ』で全て察したよね」
「多分ハヤテちゃんみたいに何も設定しなくても受け答えしてくれる状況があるから今迄忘れてたみたいな?」
「あー」
それを言われてみたらそうかもしれない。
と言うか、今の私のこの状況がバグみたいなものか。
これはお姉ちゃんを責められないな。
「と、言うわけで設定しよっか」
「普段のリノっちにしちゃうと何も受け答えしなくなっちゃうよ?」
「じゃあ、ここは本音駄々漏らしリノっちに設定して。バトルはそこまでしたがらない感じで」
「そんな感じでー」
と言うわけで設定完了した後の彼女の発言がこちら。
「重い。可愛くない。周囲の視線が痛い」
「はい、なんで怒ってるか分かりましたね」
「完全にマネキン感覚で装備させすぎてたか」
「と、いうか。装備枠無視してつけすぎちゃってた可能性も」
「あちゃー」
そういえばプレイヤーには装備枠があったね。
なまじ『幻想装備』なんてものに触れてるせいですっかり失念していた。
その上で装備は買ってない。
いまだに初心者装備に何かしら羽織ってるだけの状態だったりする。
「やっぱりもっとリノちゃんの侍装備に付随するようなものを作った方がいいんじゃないかな?」
「おー」
「そうだね。彼女は侍をやりたがっていると言うなら、重いアクセサリーよりも軽い装飾品の方がいいかもしれない」
「そうなの?」
「【鍛治】をやってると【目利き】なんて派生スキルも出てくる。これらのスキルは装備者適正を見抜く効果もあるんだよ。どのようなプレイスタイルで、今求めてる装備は『これ』だって」
「アキルちゃん的最適解は?」
「ミスリルかなー」
「あー、やっぱりそこに行き着くんだ?」
「軽く、加工しやすく、耐刃性能に優れていて、魔力の通りも良い。これ以上ないくらいに優れている代わり……お値段が鉱石でもアベレージ10万!」
「一個で?」
「一個で」
「だから【中堅鍛治】はそこに至るまでに安定した入手ルートを確立しなくちゃいけない。スキル骨子の半分を生産に次ウコン出るプレイヤーって戦闘であんまり役に立てなくてね。その代わり武器の提供でうまいこと立ち回るんだよ」
「アキルちゃんにとっては私たちがそれだったと?」
「だったらいいなぐらいには思ってるよ。ちょっとトラブルも多過ぎだけど」
「そこはごめん」
「というか、あたしたちも非戦闘員だけど?」
「そうなんだよね。でもモブを倒してきてる。ずっと役立たずだって思い込んできてたけど、実はそうでもなかった?」
「それは多分、戦闘メインのプレイヤーより討伐効率が悪いだけで、全く戦えないってわけではないと思うよ。リノちゃんなんてほぼ一人で戦ってるけど、私たちは応援することによってその潜在能力を引き上げて、状況を有利に進めさせてるからね」
「ハヤテちゃんの料理バフにトキちゃんの音楽バフか。確かに戦闘効率を上げるならこの上ない存在なんだよね」
「武器だって立派なバフだと思うけど?」
お姉ちゃんの他ゲーで培った情報。
でも実際はそうじゃないんだよね。
特にAWOでは、武器よりもスキルの方が重要だ。
「それがAWOに至ってはそうでもないんだな。これ、完全に見た目優先装備なんだよ。攻撃ってスキルで行うものだから、戦闘スタイルはこうですよと言うアピールでしかないの」
「へっ?」
擁護するように声をかけたお姉ちゃん。
しかし帰ってきた返事はあまりにも予想外だった。
目を丸くして大口を開けていた。
「見た目装備?」
「そう。パーティに参加するときに、一目で戦闘スタイルを教えるための装備。速度重視のプレイングなら重装備は持たないとか。リノちゃんは布増備で構築されていて、唯一重いのは刀。これは刀を中心に戦うプレイスタイルだって一目でわかるよね」
「あー、確かにそう言われてみれば」
「服装も『侍アピール』が激しいもんね。やっぱりこれもプレイスタイルを一目でわかるような工夫だったり?」
「そうだねー。でも【鍛治】ならではの工夫もある。それが【精錬】だったり【属性付与】だったり。見た目装備だからこそ、プレイスタイルに合った《《得意なスキルの補助》》ができる。だからこそ、職人一本でやる人は可能な限り戦闘を度外視する傾向にある。装備全般を扱えた方が需要あるし」
アキルちゃんは戦闘を全て捨てて生産にかけてるようだ。
すごい執念。
「だとしたら『石装備』って最悪なんじゃ?」
「安い、すぐ壊れる、重い、ダサいの四重苦だよね。鍛治熟練度を上げるためのもので、売るのもプレゼントするのも最悪の部類」
「もうやだ」
「あっリノちゃんが石装備を外し始めた!」
「まぁ重いもんね。アクセサリーはトータル4部位つけることになるけど、せいぜい一個あたり重量50は切っていきたいところ」
アキルちゃんが装備のノウハウを教えてくれた。
鍛治は作るだけにとどまらず。
実際にプレイヤーが装備するところまで見越して作らなければならない。
高級な素材を入れればいいと言うわけではなく、最終的には重さの比重が求められるんだって。
武器なら重く、装飾品なら軽く。
けどそれらを『属性付与』で解決する熟練もいなくはない。
ただ、こんな最初の街に屯するプレイヤーにそれが支払えるかと言えばまた別の話だが。
だからダグラスさんの娘さんたちは11番目の街に滞在していたんだな。趣味装備専門店と聞いていたけど、拘れば拘るほどお金がかかると聞けば、それが一番理にかなってるもんね。
「ちなみに石は?」
「ストレートに重さが乗るから一個100だよ。その上細工も加工もできない。好んでつけるもんじゃないよね」
「重さってあんまり気にしたことないけど、それが上がりすぎるとどうなるの?」
「純粋に行動系スキルにマイナス補正がかかる。ダッシュ、瞬間移動なら一度の発動で伸ばす飛距離が半分になるとか」
「あー」
「それは確かにマイナスかも。リノっちは速度で戦う戦士だから」
「でも逆に重さがメリットになる場合もあるんだよ?」
「そうなの?」
「それが重装備によるダメージカット割合の向上。この場合は完全にスピードを捨てて防御を高めるやつだね」
「盾で戦うタンクだね」
「不人気ジョブの代表だ」
「重戦士みたいに重い武器で戦ってスキルを加速させる人もいるけど。全部が全部デメリットというわけでもないんだよ。ただプレイングによっては不利に働くかもだね」
「リノっちには不釣り合い、と」
「スピードファイターが一番求める装備がミスリルなんだけど、まぁ素材の値段が高ければ売値も高くなるから、入手が非常に困難でもあるんだ。ある程度稼げるようになってから購入するんだけど、その頃には派生スキルも揃ってきててミスリルはお払い箱になってる」
「あちゃー」
「本当に空気が読めない素材なんだけども……インゴット化するだけで美味しいのも事実。大体が合金の素材として買われていくよ」
「アキルちゃんはインゴット化してお金稼ぎがしたいんだ?」
「それもあるけど、純粋に熟練度上げるのに、ちょうどいいのがミスリルなんだ。その分失敗も多いから、金銭のやり取り関係なく入手しやすいこのパーティが気に入ってるの。その代わり装備は作るからさ、一回だけ採掘行かない?」
とのこと。
リノちゃん的には石装備じゃ不満。
ミスリルの加工はアキルちゃんしかできない。
それならば戦闘もやむなしという感じで行くことになった。
私たちは音楽や料理でサポートしつつ、頃合いを見計らってインゴット化を進める。
石ころはハズレと言われていたが、駆け出し【鍛治】職人にとっては程よい熟練度上げ素材として有用だった。
そう言えば今日、レイちゃん来ないな。
誰かがこっちをのぞいてるから出てこれない?
まさかね。