21. 対峙、クリフニー老侯
「何騎か来ますね。……クリフニー邸の方面から」
女性文官の低い声には、警戒が込められていた。
果たして、いまだ薄暗さの残る松林の向こうから、速足で駆けてくる数騎の姿がカヘルにも見える。
小道の真ん中に黄土色外套のカヘル、やや外れて後方にファイーが立っているのを目にしたのだろう、彼らは足並みを緩める。カヘルは先頭騎の男をすぐに識別した。
「どちらへ行かれますか。クリフニー老侯」
「そこをどかぬか。通してもらおう」
横柄に言ってよこした老人の声は、ひきつれて聞き取りにくかった。赤くただれた双眸が、もはや正気を欠いているようにも見える。
「儂の倅を殺した女に、制裁を加えにゆくのだ」
吐き捨てるかのような老人の答えに、カヘルは目を細める。
――自宅軟禁中のコードル夫人を、襲撃するつもりか。
「裁くのは貴侯ではありません。デリアド宮廷の司法記部です」
「だから市に連れてゆかれる前に、この儂が死罪にしてくれる。法のもとに、のうのうと生きながらえることは許さん」
デリアドに極刑はなかった。情状酌量をかんがみても、コードル夫人の長期投獄、貴族籍の剥奪や家の取りつぶしは避けようがない。
しかしクリフニー老侯は、それ以上の私刑を求めているらしかった。
「老侯、どうぞ考え直して下さい。今ならまだ間に合う。私は何も見なかったことにできます」
カヘルは退かず、馬上の老人を冷たく見据えた。
「コードル夫人に対して私刑を加えたと知られれば、クリフニー家にも懲戒断絶のとがめがあります。もう一人のご子息の継ぐ家が、なくなっては困るでしょう」
平らかに言って聞かせるカヘルに、老人は荒々しく鼻息をついた。
「儂の倅はタードレだけ。後妻のこしらえた方は、どこの種だか知れたものではないわ……。おい!」
老人の呼びかけに、後続の二騎から男たちが降りた。
暗色外套を跳ね上げて、腰からすばやく中型剣を引き抜く。カヘルに向かい、左右から同時に切りつけてきた!
刀身を派手にぎらつかせ、見せつけるような振りかぶり方……相手が退くとしか思っていない、ごろつき特有の所作である!
もちろんカヘルは退かなかった。
逆にするりと二人の前に迫る、わずかに早く到達しかけた左側の男の一撃を半身にひらりとかわし、右側の男のむこうずねに、騎士長靴仕様のするどい足刀蹴りを入れる。
「うっっ……、」
がっつん。
右側の男のうめき声は、続いてとんできた戦棍の一撃に抹殺された!
あごと鉄球では、ぶつかったって勝負にならない。右側の男は視界いっぱいに明星の輝きを見て、脳震盪に倒れた。 ずさり。
その返す棍棒を大きく下から振りかぶって、……
ばこぉぉぉぉん!
カヘルは思い切り、左側につんのめりかけていたもう一人の男の背中、腰の上あたりを強打した。
「ぎゃああッッ」
男はそのまま地面にすべり込んで場外、……ちがった、小道の外へと這ってゆく。
「何と言う、いやしき得物! デリアド副騎士団長が、剣技に劣るという倅の話はやはり本当であったな……。しかも背後から打って出るとは、おぞましき非道! 貴様に騎士道を語る資格はないッ」
「別に語っておりませんが」
下馬して自らも長剣を引き抜き、ずかずかと向かってくる老人を冷たく見ながら、カヘルは言った。
「私用のごろつき傭兵を率いて、女性一人を討ちに行く方の言葉とは思えませんね」
言いつつ、いやな対手と見切っていた。カヘルよりもずっと上背のある老人の手は異様に長く、しかも長剣を握っている。怒りにのまれ、ほとんど我を失っているような老害など問題にもならないが、さてどこにどう当てて気絶させるべきか?
春の戦役時のように、人ならぬ敵の頭をぶしゃっと粉砕して一丁あがり、と言うのならことは簡単なのだが……。クリフニー老侯の頭は、まだまだ胴体にくっついていてもらわねば、今後の展開がよけいにややこしくなってしまう。
「うおおおお」
聞いても痛いばかりの雄叫びをあげつつ、クリフニー老侯はカヘルめがけて大きく長剣を振り上げた。
踏み込む間合いに、まだ余裕が大ありなのに……。
とりあえず、緩慢な第一撃をかわそうと跳びすさったその瞬間、黄土色の背中が自分と老人の間にひょいと入ってきたのを見て、カヘルはぎょっとした。
たーんっ!!
いきなり自分の懐に跳び入ってきた、大柄な女性の出現に驚いたのは、老人も同じだったらしい。
まっすぐに伸びたファイーの右手から、さらに一本にのびた木の棒の先端が、クリフニー老侯の鎖骨の間を正確に突いた。
肥りじしの老人は、信じられないという表情を一瞬、顔いっぱいに浮かべた。
「かはッ」
赤くただれた眼球をくるッと白くまわして、膝を折り尻をつき、からりと長剣を地に落とす……。ぱたん。やたら行儀よく、手順を追うようにして、クリフニー老侯はくずおれた。
すちゃッ!
地図上を示すあの木の棒を、下方向に振りかまえて、ファイーが振り返る。
「失礼、カヘル侯。差し出がましいことをしました」
「……今のは」
「は、若いころに突剣をたしなみまして。つぼに入れば、相手の身体にさほど損傷を与えることなく、戦闘不能にできるのです」
息も乱さずにファイーは言って、ちろりとカヘルの戦棍を見る。
「……カヘル侯にかっ飛ばされては、ご老体もただでは済まないと思いまして。申し訳ありません」
「いいえ、 ……ありがとう」
目を伏せ軽く頭を下げるファイーの前で、カヘルは戦棍を握る右手に力を込めた。わなわなと震えそうになるのを、どうにかこうにか抑えつけている。
――使える! 使える、有能なこの女性は、実に使えるッッ。素晴らしいッ!
感激ついでに、普通に恋をして欲しいのですけれども、……副団長。




