13. 冷えひえ捜査会議ふたたび
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ローディアの書き上げた拘束命令書がクリフニー家へともたらされ、カヘル直属部下のバンクラーナ、および第五分団警邏部長シウラーンが、いまや捜査本部となったエルメン村の集会所に戻ってきた。
バンクラーナはカヘルの命を受け、さっそく首邑デリアドへ向かう。
やがて、村内で聞き込み調査を行っていた第五分団の巡回騎士らが、ぽつぽつと戻り始める。彼らはアシュリーンと交流のあった住民らに、死の直前の娘がどんな様子であったかと広く話を聞いたが、 ……自死につながるような悩みや、問題を抱えた風はまったくなかった、と全員が口をそろえたらしい。
むしろアシュリーンは、幸せの絶頂にいた。優しく朗らかなクリフニー若侯のことを心から気に入っていて、誰かに結婚の話を振られれば、嬉しそうに頬を紅く染めていたという。
巡回騎士達の持ち帰った話を聞くうち、カヘルはふと歴代妻たちのことを思い出した。
どちらも、自分と結婚する前はそのように幸せ絶頂の微笑みをまとっていたものである。
「……素直で、まじめ。ひたむきで賢明な、善いお嬢さんだったのですね」
腹の底に響くような、びしびし低音……! 卓子について報告の要所筆記をするローディアには、自分の脇に座しているファイーの言葉が聞こえる。
――あなた様にも、そういう時代がおありでしたかー!?
もちろん内心で問うたローディアであった。ファイーは独り言のように続ける。
「……皆に好かれるような、人気者の娘さんです。他の誰かが、横恋慕していた可能性はなかったのでしょうか?」
若い巡回騎士の一人が、その線は恐らくないと答える。
彼は特にアシュリーンと仲の良かったらしい、のっぽの農家娘に詳しい話を聞いていた。そう、母親と一緒に巨立石を引き倒しに来ていた、あの娘だ。
アシュリーンは顔は広いが、恋に関してはおくてであり、本気で添うことを考えたのはクリフニー若侯だけだったという。
また、近隣の若者たちはアシュリーンに親しみを持ってはいたものの、村随一の貴族家跡取り娘とあって、それ以上を望むものはいなかった。高嶺の花、というやつである。
「あのう~~……」
カヘル達に向かって、後ろの方にいた中年の巡回騎士が、渋面で声を上げた。何故だか、ものすごく居心地の悪そうな様子をしている。
「自分と同僚は、アシュリーン嬢が最後に寄ったという家に、聴き取りに行ったのですけれども」
カヘルとファイーはうなづいた。アシュリーンの母親は妹と表現していたが、これは平民の家へ嫁いで寡婦となった人で、アシュリーンにとっては叔母にあたる。貴族籍からは外れていた。
「そこの奥様に、珍妙な話を聞きまして」
もじもじとして、巡回おじさんは言いにくそうだ。
しびれを切らしたらしい。隣のにきび面のごく若い巡回騎士が、その言葉をついだ。
「お嬢さんは小っちゃい頃、あの巨立石と婚約してたんだそうです」
全員が、……カヘルとファイーをのぞくその場の一同が、かくんと口を四角く開けた。
「アシュリーンお嬢さんは、石になった傭兵の伝説とかを、村の人からよく聞いていて。それで一人ぽっちで荒野にいるのは悲しいだろうから、自分が大人になったらお嫁になってやろう、そいでこの村を一緒に守って行こうねと、三つだか四つの頃に石に言ってたらしいんですよ。そのまんまずうっと忘れていたことを、結婚するちょっと前に思い出してうっすら心配になったもんだから、叔母ちゃんにこっそり打ち明けて相談したのだそうです!!」
「なぜまたそれを……。叔母さんに聞いたのだろうか……??」
絞り出すように問うた警邏部長シウラーン侯の言葉に、若い巡回騎士はぺらぺらと答えた。
いわくアシュリーンの叔母は≪ちょっとだけ視える人≫、常人の目にはうつらない精霊たちとの付き合い方を知っている(らしい)。よって、巨立石を精霊のたぐいと考えている村人同然、アシュリーンも彼女に問うたのだ。
昔の約束を反故にして、他の男のもとへ嫁ぐ自分を、はたして巨立石は許してくれるだろうか……と。
叔母は、石は皆が言うような悪いものでは決してない、と答えた。
たいがいのことは許してくれよう。だから何かおいしいもの、大事なものを少しお供えし、自分も一緒にお相伴して、正直な挨拶をしてからお嫁にお行きと忠告したらしいのだ。
「そのー……。話していましても、何と言いますか……。夢見るような奥様でしたので。どこまで本当なのか、定かではないのですが……」
中年騎士は、その夢みる叔母の前でもさぞや辟易していたのであろう。後輩のぺらぺら報告に救われたような安堵の顔で、そう締めくくった。
「そうでしたか」
カヘルは静かに答えて、ちらりとローディア横のファイーを見る。女性文官は目を細め、全く笑わない顔でうなづき返してきた……。
――巨立石の前に飴を置いたのは、間違いなくアシュリーン本人。婚約者からの贈り物、大切な蜂蜜飴を≪エルメンの傭兵≫に供えた。そうして自らも同じものを口にして、毒入りの飴を食べ死んだ……。
カヘルの脳内に流れ浮かんだ筋書きと風景とは、アシュリーンがなぜあの場所……巨立石の前で死んでいたのかを、あきらかにするものだった。
「皆さん、本日はお疲れさまでした。じきに第三分団の巡回騎士が来ますので、以降は交代での村内警備をお願いします」
クリフニーを拘束する見えない縄が、じわじわと引き絞られてゆく。
いまだクリフニーを真犯人として考えられないカヘルの思惑をあざけるように、扉から集会所の室内へさしこむ陽光が、赤く翳ってゆくのであった……。




