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超越の恋呼  作者: 葵尉
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変化の兆し

7話 変化の兆し


 俺たちは再び3階に戻ってきた。さっきと同様、おじいさん達に囲まれて席につく。俺は狼王ロボを手に、遥はウサギが表紙のシートン動物記を読む。自分でもウサギに似ている自覚があるのか、それともさっきの俺の言葉を気にしているのか。目の前のページ──カランポーの牧場よりも、すぐ隣にいるウサギの方が気になってしまう。

 ──今日の俺、文字よりも遥を見ている気がする。図書館に来て数時間、うすうす気がついていた。ひょっとすると自分は、読書がそこまで好きじゃないんだってことに。当たり前だけど、ここに来ている人はみんな集中して本を読んでいる。本の世界に夢中になっている。その姿勢は、今までの俺が全く本気じゃなかったんだって、見て分かるもの。でも別にそれは良いんだ。読書がそこまで好きじゃないってことは重要じゃない。重要なのは、その姿勢が俺の場合、遥に対して向けられているかもしれない。って、ことだ。俺は読書がそこそこ好き。けれど俺はそれを利用して今も遥と、一緒にいさせてもらっている──だけなのかもしれない。

 

 ──元々、独りだった俺は暇つぶしとして、学校の図書室に通うようになった。本を読むのはそこで覚えた。物語を見るのは昔から好きだった。読むページが増えるごとに、俺は本が好きなんだって、なんとなく感じていた。でも、家に帰ってもそれをするかと言えば、しないことの方が多かった。本よりもゲームや漫画で物語を読んでいた。それでも同学年の人より本を読んできたとは思う。だけど結局、こうやって浮気する程度──俺は、本より遥なんだ。

 

 遥に夢中になってしまう、この感情はなんだろう。気がつけば、つい顔を見てしまう。こいつが気になって仕方がない。ひょっとして、俺は遥が好きなのか? いったいそれはどんな好き? 友達として? 人として? それともそれ以外? けどそれ以外の好きってなんだ?だって、友達としてでも、人としてでもないなら残るのは──恋人じゃないか。でもそんなの違うよ。俺は別に遥のことを()()()だと思ったことはない。()()()()()()じゃないはずだ。


 「はぁ・・・」深く考え過ぎた。もっと単純に考えよう。そうだ、俺は本を読む遥の姿に、見とれているだけ。こうして遥がいるだけで退屈しない。ただ一緒にいるだけなのに、それが幸せだと感じる。

いわゆる友達ってこんな感じなのかな。ゲームしたりサッカーしたり、虫をとったりしていたあいつらも、こんな気持ちになっていたのか。友達と呼べる存在は遥が初めてだから俺にはよくわからな──

《拓馬? 体調悪いの?》

遥が見て分かるほど考え込んでいたかな。ちゃんと背中を伸ばしてロボを読まないと。

《全然大丈夫! ちょっと眠くなっただけ!》

《これ読んだら帰る?》

《気にしないで。今日は遥にとことん付き合うよ》

《ありがとう》


 もしも、もしもこの筆談の相手が遥じゃなかったら、俺は今みたいに気を使えるのだろうか。笑って誤魔化そうとするのだろうか。それとも友達なら例え相手が誰でも、自分の気持ちを遠慮するのだろうか。隣のうさぎは本のページを次々飛び越えていく。なのに俺はまだ、カランポーの牧場にいた。


 遥が何冊目か分からない本を読み終えた時、ちょうどロボの最期を見届けた。さすが有名なシートン動物記。面白いストーリーだった。それなのに、ページを進むのが遅かったのは途中途中で、よそ見をしていたから。ロボよりも気になるうさぎが視界にいたんだ。しょうがないだろう。


 伸びをしながら席を立ったところで、ちょうど図書館内に音楽が流れる。このなぜか安らぐメロディ。なんだっけな。


「ねえ遥、この曲さ・・・」遥がきょとんと、こちらを見つめている。それを見てハッとした。俺は話しかけるのをやめた。忘れていたわけじゃないけど、無意識というか無神経というか、そうだった。遥にはこの『家路』が聞こえていないんだ。


 悔しいな。俺のどうでも良い言葉は聞こえなくても良いけど。いや、良くはないけど。せめてこういう美しい音楽は聞かせてあげたい。

《帰る時間ってこと?》

《そうだよ! よく分かったね!》あれ? もしかして少しなら聞こえているのか?

《あそこの時計が16時50分だったからだよ》

「ははっ・・・」乾いた笑い声が出る。それは少しでも期待した自分に対しての笑い。やっぱり聞こえるわけないよな。 急に耳が聞こえるようになったら良いなって、何度も夢を見てしまう。


 帰る前に遥は何冊か本を借りていた。俺も借りたかったが、図書カードがないのでその申請書をもらった。来る前よりも紙が1枚増えただけなのに、なんでか荷物が重くなった気分。どうせここを出れば徐々に軽くなるだろうか。

 

 外へ出ると夕陽が俺たちを迎えた。帰り道でも遥は再び俺をリードする。夕陽に照らされる君の髪を見ていたら、まだ家路が聞こえてきそうだった。


 電車に乗った遥は朝と違ってどこか寂し気。大好きな図書館から離れていくから当たり前か。それにただ離れるだけじゃなくて、嫌なところに近づいているんだろうし。

 遥が学校をどう思っているかは分からない。けどそういう質問はしたくない。俺は今、学校が楽しい。だって遥がいるから。学校は遥と必ず会える場所だから。だから!遥にもそう思ってもらいたい。学校の全てが楽しくはならないと思う。それは俺だってそう。でも、その中に俺という存在が楽しみとして加わってほしい。


 また1週間頑張って欲しいと思い、遥に1つ提案をしてみた。

《来週も行こうよ図書館》これはどちらかと言えば俺のためでもあった。こんなにも早く言ったのは、遥に予定が入らないうちに約束をしたかったから。遥の返事は《絶対だよ! 絶対に!》と、贅沢にも1つのページに大きな字で書かれていた。これは期待以上の反応。電車の中でなかったら、遥はこの字の通り大喜びだっただろう。

 これで1週間、俺も頑張れる。電車を降りてからは遥も家に向かう道を、上を向いて歩いていた。


《それじゃあ、また月曜な!》

「ま! た! ね!」

「うん。またね!」


 一瞬で1人になった帰り道。また月曜日に会えるのに、今さっきまで会っていたのに俺はもう、遥のことを考え始めている。


 家に帰ると、母さん達が冷蔵庫前で荷物を整理していた。玄関や部屋の散らかり具合を見るに、ちょうど買い物から帰ったところだったのだろう。


「おかえり拓馬。どこへ行ってたんだ?」

「図書館。赤葉図書館知ってる?なんかお城みたいな」

「もちろん知ってるけど、たっくん本読むの?」

「母さんよりは読むよ」

「拓馬1人で行ったのか?」

「いや、友達と──」ガシャンと落下音。2人が手に持っていた物を落とした。そのまま俺を見つめて石像のように固まる。まあ、予想通りの反応ではあったけど、失礼だな。俺の口から友達ってワードが出るのがそんな衝撃かよ。


「──良かったじゃないか拓馬」

「友達って男の子? それとも女の子?そうだ今度家に──」

「ねえ、早く冷蔵庫閉めなよ。それと足元、タマゴ割れてるよ」


 両親はやっとそれに今気がついた。ホラー映画ばりの2人の悲鳴が響く。俺はそれから逃げるように、自分の部屋へ避難した。 


 俺の部屋にある本のほとんどは参考書とか、塾で使うものばかり。数少ない小説を読もうと思ったけど、リア王とか、舞姫とかそんな気分じゃない。なんで父さんはこんな本を読んでいたんだろう。こんなの読むなんて、絶対カッコつけたかったとしか思えない。


 「あーあ」俺も来週は何か借りよう。

 今頃、遥は何の本を読んでいるのかな。明日は日曜日だけど、遥は何をするんだろう。ひょっとして明日も図書館に行くのかな。出来る限り遥と一緒にいたいと思う反面、遥のプライベートに近づくのは怖かった。これ以上何か、遥にとって嫌なことを知りたくなかったんだ。



 「いってきます」と家を出て、ジェットコースター並みの坂を走って下る。俺は今、チーターよりも速い。曲がり角を左に曲がれば、横断歩道と信号機が見えてくる。遥はこの坂の下で待っていて・・・あ、ちょうど来た。ここまで全ていつも通り。だけど遥におはようと挨拶をした時に感じた違和感。つい2日前の土曜日の遥との明るさに、差を感じた。本来の遥はこれ以上に元気なんだってことを知っていると、気になってしまう。だからと言って俺に出来ることは限られている。なるべくポジティブになれるように、話題に気をつけながら遥と登校した。


 あの日以来、遥の靴は俺の下駄箱に入れている。俺の下駄箱ならよっぽど度胸があるやつじゃないと手を出せない。もっともこの学校にそんな奴はいないだろうけど。──それでも、学校のいたるところから陰口は聞こえてくる。メモ帳をバカにするような言葉はまだマシ。大抵は遥を見て下品に笑うんだ。そして聞こえていないのを良いことに、遥を見下す。この時ばかりは遥の耳が聞こえていなくて良かったと思える。人の心を傷つける暴力的な言葉なんて聞く必要ない。俺は別に言われ慣れているから構わない。むしろこれを聞くと、学校に来たなって感じがするよ。

 

 以前の俺は独りだったから耐えられなくて、それに暴力で反抗していた。でも今は遥という存在がいる。だから挑発にも陰口にも耐えられるんだ。それにどうせこいつらとは6年生の間だけの関係。俺は中学受験をするから、1年後には全く新しい環境に行く。このバカたちともたった1年間だ。


 ──遥とは一緒にいたいな。せっかく出会えたんだ。たった1年間だけじゃ嫌だよ。お互いの家だってそんなに遠くないし、中学になっても高校になっても、その先でも会いたい。

 

「じゃあまた昼休みな!」

「と しょ し つ!」

「そうそう! またね~」


 遥は特別学級のクラスで個別に授業を受けているという。とは言っても授業の内容は俺らとほぼ変わらないとか。そりゃそうだろうね。耳が聞こえないだけで、学力には問題がないんだから。普通のクラスよりは守ってもらえるだろうし安心だ。俺はこれから独りに──


「お、おはよう天辻くん」──驚いた。遥とノリ先生以外で俺に挨拶をするやつがいるなんて。それも、因縁のある奴が。

「おはよう。お前はたしか・・・相沢か」


 こいつはあの時、遥の靴を隠していた奴らの1人。確か〝だいちゃん〟とかいう奴らと一緒にいた。見るからにコバンザメって感じのタイプ。俺が殴った、真斗ってやつの友達でもあるはず。言ってしまえば完全に敵なわけだけど、なんで俺に挨拶なんて。親分からの命令? 何かの罰ゲーム? それとも嫌がらせ?


「あ、天辻くん僕のこと覚えてくれてたんだ」

「前の席だから嫌でもな。それよりなんだよ急に。まさか1人で俺に──」

「僕も本当は君のことを覚えていたんだ。でもあの時は・・・そう言えなくて」

「あっそう。それで?」


 もじもじしてる奴を見ると基本イライラするんだけど、こいつは何かを隠して、抱えているように見えた。


「き、君はどうしてあいつと、月先遥と、まだ一緒にいるの?」

 頑張って絞り出した質問がそんなことかよ。これぞ愚問だな。ぶん殴ってやりたい。冗談だけど。

 

「決まってんだろ。お前が真斗とかと一緒にいるように、俺にとっては遥が友達なんだよ」

「でもそのせいで、君はいじめられているじゃないか」

「別にいじめられることは悪いことじゃねえよ。悪いのはいじめをする方だろ?」

「・・・す、すごいな君は」

「そりゃどうも」


 相沢は普通に驚いていた。皮肉を言っているとは思わない。彼の目に敵意はなかった。ただ、何が目的だったのか分からない。もう用が済んだのか、相沢は俺から逃げるように下駄箱を去り、階段を上った。クラスにつけば強制的に前後の関係なのに、変なやつ。


 教室に入ると前の席は空いていた。あいつの荷物はあるけど・・・なんだ、廊下にいた。相沢は早速、だいちゃんたちと廊下にいた。前まではどうしてみんな一緒にいたがるのか分からなかった。でも今はわかる。あれもあれで友達っていう大切な関係なんだろうな。

 結局相沢は下駄箱で挨拶をして以降、今まで通り俺と言葉を交わすことも、目を見ることもなかった。

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