居場所
11話 居場所
上木が不登校であることを 遥はもちろん文字で知った。けれどあまりにも、彼女が笑っているもんだから、反応に困っている。声で知った俺もだ。元気な声で不登校なんて言葉が出てきたら、なんて言ったら良いのか言葉が見つか──
「あ、別に気を遣わなくて良いから」
そう言われると余計言葉に困る。
「正直、驚いたよ。だって上木、全然不登校に見えないから。もっとこう、学校でハジけているのかと」
「別に私は元々明るいよ。今はその場所が中学じゃなくて、図書館になってるってだけ」
上木が話すことを遥に伝えるために、メモを取りつつ彼女の話を聞く。まるで通訳だ。文字にしながら、改めて彼女が中学生らしくない──大人っぽいことを言っている気がした。不登校という現状をありのまま受け入れて、なおかつそれを活かしているように俺は感じる。そんなこと普通できるか?
《どうして不登校に?》と、遥が再びメモ帳を見せる。またしてもメモ帳の言葉は直球勝負だった。それを受け止めた上木も、流石に唇を噛み締める。彼女は気を使われる方が嫌なタイプなんだと思う。だから俺は「質問に答えなくても良いよ」と、フォローはしない。メモとペンを握って彼女が口を開くのを待つ。今度は記者になったみたい。あまり良い気分じゃないな。
どんな言葉が出て来るのか、息をのんだ時、上木はが遥のペンを借りメモ帳に自分で答えを書いた。
《私ね、いじめられてるの》
どうして彼女がそれを声に出さず文字を選んだのか、分かってしまう気持ちが辛い。文字で書いても辛いだろう。ただ見ている俺ですら辛いんだから。そして、覚悟をしていたけどやっぱりここでも、いじめなんだな。
「でも今は不登校で良かったと思ってる。あのまま通っていても、私はもっと傷ついていた」
「嫌な質問するけどさ」
「良いよ。どんどんして」
「先生はどうだったの?なにか、対策とか」
「してたら私は学校に行ってるよ」
「だ、だよな。ごめん」
「でも私はね、逃げるのは悪いことじゃないと思う」
俺はすかさずその一言をメモした。何かピンとくるものがあった。遥にもすぐに共有する。
「だって悪いのは私じゃない。悪いのはいじめをする方、それを見て見ぬ振りをしたり放置したりする方。だから逃げるのは自然なことよね」
「そう、だな。確かにそう思うよ」
「私も最近そう思えてきただけだからさ。ぶっちゃけ不安だらけだよ」
なんだよ……上木のやつ、無理して笑ってるじゃん。そうやって笑わないと、気持ちを保つのが難しいのかよ。──強がるやつ、嫌なやつ。
「高校受験とかあるもんね。休んだらやばいんじゃ・・・」
「だから遅刻で行ったりしてるけど、授業受けても2時間とかだね〜。もはや受けてないかも〜」ハハハと、彼女は笑ってみせたがそれが追い込まれている証拠にしか見えない。もう話題を変えようと思ったが、遥はまだ何か言いたそうにしている。機を見てもう一度、メモ帳を出そうとしていたようだ。俺が目で合図をすると遥はすぐにそれを出した。
《僕も、学校にあんまり行きたくないんだ》
すっかり見慣れてしまった、学校に行きたくないという遥の想い。目にする度に俺は、何も力になれないことを悔しく思う。対する上木は、遥が先ほどから直球勝負をしかけてきていたことの理由を察したようだ。仲間を見つけた──そう言って良いかのか分からないが、彼女の表情が少しだけ楽になった。
「ねえ、天辻。遥くんって──」
「そうだよ。多分、いじめられてる」
「多分?」
「あ、いや、遥にあんまりそういうことを聞きたくなくて」
「そっか。そうだよね」
《拓馬とは一緒にいたい。けど学校はあんまりなんだ。図書室とか、好きな先生はいるんだけど》
遥は何か答えを求めていた。焦っていた。自分の参考になるような人物と話せて必死なんだ。
「私なりの答えを遥くんに言っちゃうけど、良い?」
「頼む! ぜひ遥に何か言ってあげてくれ!」
遥のメモ帳に、上木はその答えとやらを書いていく。初めて見る彼女の表情。迷いのないペン。ペンが止まると、上木はメモ帳を中央に置いた。それを恐る恐る、隙間から覗くように確認した。
《学校に行かなくて済むなら、行かなくて良いと思う。居場所は学校だけじゃない。図書館だって、家だって、どこにでもある。学校以外にも世界って、意外とあるんだよ》
これが、上木の答え。答えを受け取った遥は、宝物を手にしたように目を輝かせていた。せっかく手に入れたその宝物。いつでも思い出せるように、俺は自分のメモ帳にも書き写した。
「上木にとっては図書館がその居場所なんだな」
「そうだよ。勉強なんて学校以外でも出来るからね」
「それにしても、いい言葉だね、これ。辛い人は救われると思う」
「──これ、私が言われたことなの」
「へ? へえ〜。誰に?」
「小学校の担任の先生。去年、中学が嫌だったから、好きだった小学校に行ったの。そしたらたまたま先生に出会ってその時に」
「いい先生もいるんだな」
「あんた達にはいる?」
そう言われてまず1人が浮かんだ。林先生。俺にとっては魔女みたいな印象だけど、遥はその魔女をとても信頼していた。
「いるよ。ん〜と・・・2人だけ」一応カウントしてあげたぞノリ先生。
「遥くんからしたら、天辻を人数に入れても良いかもね」
「お、俺が3人目ってこと?」
「彼、君のおかげでとても助かっていると思うよ」
遥を見ると、今も上木からもらった宝の言葉を見ていた。まるで自分の未来を、覗き込んでいる様だ。
「いいや。むしろ逆。俺が遥に助けられてる」
「それも、ちゃんと伝えれば?」
「・・・うん。いつかね」
俺が遥の助けになっているのだとしたら、俺がこれからすべきことは、今まで通り何も変わらない。
『彼、君のおかげでとても助かっていると思うよ』俺も良い言葉もらっちゃった。こっそりメモしておこう。
「それじゃあそろそろ、勉強しましょうか」
「そだねー」
今まで女子と会話すらしたことなかった俺が、こうして上木と親しくなれた。彼女は話していて男子と大差ない。本人には言わないけど、友達って感じがする。もし友達にしても良いのなら、俺にとって2人目の友達。遥も友達。上木も友達。同じ友達だけど、2人は俺にとってそれぞれ少し違う。遥も上木も仲良く出来る。楽しく話せる。楽しく遊べる。だけど遥には、それ以上を望んでいるような俺がいる。そう思う。上木には望まないものを俺は、遥に対しては求めているような。
今でも遥の空色の髪が綺麗に見える。とっくに見飽きていてもおかしくはないのに。上木の長い黒髪も綺麗だけど、視線を奪われるような感覚は最初からなかった。このモヤモヤした気持ちも、上木なら先輩らしく教えてくれるだろうか。聞く勇気が出来たらその時は、俺も彼女にこのことを相談してみたい。
上木から答えをもらった遥に変化があった。あれから自分なりに考えて何かが見えてきたようで、胸を張って校内を歩いている。遥の中のすべての問題が、解決したわけではないと思う。それでも前を向いて、胸を張ってと生きていこう──という気持ちになれたなら、俺は遥を応援したい。
遥は完全な不登校にもならず、基本的には学校に来ている。少し気が乗らなかった日は、一緒に図書館へ行ってあの時のように上木と勉強だ。ただ、そんな日も徐々に減っている。学校に行くのは良いことだけど、俺は少し寂しい。もちろん、土曜日には図書館に行っているんだけどね。
────遥と出会って、気がつけば2ヶ月と少し。毎年恒例となった、季節外れの暑さとやらが今年もやってきて、図書室や図書館は更にオアシスになった。だって、エアコンがあるからだ。
そのせいで普段来ないようなやつが、図書室へ来たりするのはいい迷惑。図書館なら人が増えるだけだからまだいい。でも学校は違う。本を読まないで、遥をからかいに来るやつもいる。ノリ先生がいればそいつらも大人しいが、ちょっとでもあの人が席を外すと──噂をすれば来た。俺をバカにして殴られた真斗ってやつのグループ。クラスメイトかつ、俺の前の席の相沢を合わせて4人。後の2人は、知らないけど顔は知ってる。遥の靴を隠していたやつらだ。
「おっ、いたいた月先だ」
「相変わらず図書館のヌシだね〜」
「よ! 図書館のヌーシ!」
「や、やめなよだいちゃん。どんなに大声でも月先には聞こえてないし、こんなこと無意味だよ」
そう、意味がない。何を言われても遥には聞こえていない。無駄だ。だから俺もいちいち、ああいうやつらを相手にしないことにした。無視することが一番あいつらに効くって、分かったんだ。
──にしても相沢は自分で言った通り、無意味だと思っているんだよな。なら、なんであんなやつらと。
「相沢お前、月先のことかばってんの?」
「まさか! そんなことないよ」
「だよなー。あんなやつと一緒にいると頭イカれてんべ」
「だ、だいちゃん。それは言い過ぎじゃない?」
「相沢、今度はイカれ野郎のことを庇うの?」
「そういや相沢って、そのイカれ野郎と同じクラスじゃーん?」
「あ、天辻くんのこと? 関係ないよ! 話したこともないし!」
「まーまー。あんま相沢いじめんなよまさと。あのイカれ野郎──」
ターゲットが俺になったなら上等だ。そう思いやつらの話を聞いていた。このまま我慢すれば良かったのか。悪口に撃たれ続ければ良かったのか。でも俺、イカれ野郎だからそういうの、無理っぽい。ただ、遥の後ろ姿──空色の髪を見たら少し冷静になれた。今度は、手を使わないよ。使うフリ。図書館のヌシのイカれガードマンとして、ちょっと注意してくるわ。
「おいお前ら。本を読まないなら図書室から出てけ」
「げっ、イカれ──」
「本を読まないなら出てけ」
「お前まだリュックで通学して──」
「本を読まないなら出てけ」
「こいつやべーよ。まさと、行こ──」
「本を読まないなら出てけ」
怒りを込めて威圧しながらも、ロボットのように機械的に言葉を繰り返した。それでも最後、相沢に「今出ていくよ! だから君も向こう行って!」と、怒鳴られた時は我に返った。
あの相沢が、自分よりもデカい3人を連れて帰った。ありがたいことだけど、あいつ大丈夫かな。って言っても、あいつと俺は関係ないんだっけか。残念ながら話したこともないらしいしな。
「おや、天辻くん? 入り口に立ってどうしました。まさか私を待っていて──」
「んなわけねーだろばーか!」
「──エアコンの権限が私にあることをお忘れなく」
やけにキメ顔をしたノリ先生。かっこいい大人をイメージしたんだろうが、大学生みたいな童顔じゃ迫力もくそもねえよ。
「あま、天辻くん? 無視ですか? 無視!?」
「図書室だぞ。静かにしろ」
「なんというド正論・・・ぐうの音も出ません」
「もう黙れよ」
たく、こいつはこいつで来るの遅いし、タイミング悪いし・・・でも憎めない。若いくせに全てを悟った仏のような顔しやがって。あーあ、さっきの訂正。こいつの顔見てると、やっぱり腹立つ。




