不登校
10話 不登校
遥は学校を休んで図書館に行くと言った。でも、不登校明けの木曜と金曜日は学校に来てくれた。次の週になっても月、火、水と来ていた。もう大丈夫なのかと思った朝の通学路の途中、遥は《図書館に行きたい》と俺にメモ帳を見せた。
坂を上ったら学校というところ。あと少しで学校に着く。校舎の一角が見える距離。ふつうなら「頑張って学校に行こう」と、言うんだろう。でも俺にはわかる。だからこそだ。あと少し、だからこそ学校に行きたくないんだろう。遥のその重い足取りからも、そう感じた。
それに今日の遥はランドセルではなく、リュックを背負っている。もともと休む気もあったのだろう。俺は別に学校に行かなくても問題ない。もし問題があっても、針千本を飲む約束したから図書館に行くけどね。
結局田んぼ道を引き返して、約束通り図書館へ向かうことになった。みんなが学校に行く平日に、堂々とサボるのは何回やってもワクワクする。不真面目な俺だからそう思うのかな。遥にも聞いてみたけど、気持ちは俺と同じようだ。土曜日に行く時よりも遥は楽しそう。
やっぱり、たまにはサボるってことが大事なんだ。特に遥みたいに真面目なやつは、サボることに強い罪悪感を抱くだろう。だからこうして、俺みたいなのが誘ってあげないと。
平日の図書館は、土日より人が少ないせいか静か。相変わらず高齢者は多い。というか下手したら彼らしかいない。こないだのこともあったし、本を読むのは2階が良いよな。でもここ子供しかいないしやっぱり3階が──
「あれ?天辻じゃん。遥くんもいる。どうしたの?」
階段に足をかけた時、上から声がした。見上げると、階段を下りながら黒髪を揺らすあいつと目があった。
「上木!?」
今日も辞書を持っている上木は「やっほー」と手を振りながら、やたらフレンドリーに近づいてくる。なんだこいつ、こんなに仲良いっけ?
「か、上木こそ、どうしたんだよ」
「私はいつも図書館で勉強してるけど? あんたらはサボり?」
「俺たちも勉強しに来たんだよ。なあ遥?」
察しが良い遥は強く頷く。でも勉強をする予定は本当のこと。その証拠にと、リュックから教科書を取り出した。
「ならその勉強、見てあげるよ」拒否する間すら与えない上木は、俺の腕を掴んで2階のどこかへ連れて行く。着いたのは2階にある読書席。木製の机や椅子は、いかにも小学生向けのサイズ。こんな場所もあったのか。
「2人とも早く座りなよ。勉強見てあげる」
「でも良いのか? ここも本を読むところだろ?」
「見ての通り平日は空いてるから問題ないよ。それに私、職員さんと顔見知りだから黙認されてる的な」
「・・・じゃあ、せっかくだしそうするよ」
俺は上木の前の席。遥は俺の隣に座る。それぞれ教科書とノート。息抜き用の本を机に置く。遥はいつも俺の隣にいるはずなのに、こうして並んで教科書を出すのは初めてだ。学校で隣の席同士になった気がして新鮮な気持ち。
「さてさて、お姉さんが勉強を教えてあげますか」
「お姉さんって、上木は俺たちと同じ6年だろ?」
「え? 違う違う」
笑いながら、彼女は自分の教科書を見せつける。見たことないその表紙を遥と凝視する。その教科書には『中学』の文字が見えた。思わず遥と顔を見合わせてしまう。上木って、まさか・・・
「上木って、中学生なの!?」
「そうだよ?中学2年生。いわゆる先輩だよ」
「制服って大事だ」
「なにそれ。私服だと小学生に見えるって?」
つい漏れた俺の本音に、上木が声を低くして反応する。しかしどこか迫力がない。
「いや、言われてみれば、お姉さんかもしれないけど仕方ないよ」その時、遥が自分からメモ帳を上木に見せた。今度は上木と一緒になってそっちを見つめる。
《学校に行かなくても大丈夫なの?》
真剣な遥の眼差し。まるで自分自身にそれを尋ねているようにも見える。そういえば、上木はいつもここにいると言っていた。まさか本当に平日にもいるだなんて。でも中学2年生ってことは、俺の塾の先輩たちのように、進路に向けて猛勉強の頃のはず。だから学校に行かなくて、大丈夫なわけがない。
上木も痛いところを突かれたのか表情が硬い。唐突だから尚更か。それでも先輩らしく答えてくれるようで、まずは遥のメモ帳に返事を書いた。遥にそれを渡すと、彼女は俺にも答える。
「私さ、不登校なんだ。学校行ってないんだよ」
不登校──俺のイメージとは違う、明るい雰囲気で彼女はそれを言った。堂々と、自分が不登校であることに誇りを持っているかのように。
ああ、俺はまた、人の知らなくて良いところを知ってしまった。




