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呼びたい名前(Side颯太)

まだ恋人になる前のふたり。

ふたりそれぞれの視点で描き進めたいのですが、しばらくは颯太サイドだけになりそうな予感がしています。


颯太は、自身の想いに気づいてからも美愛とは変わらない関係を続けようと努めている。

最初、彼女が恋人の存在を隠していたのは、憎からず自分のことを想ってくれているからではと期待したが、それは自惚れであった。


颯太が今まで触れなかった恋愛の話題を出した時、美愛は驚いた表情を見せ、そして、どんな心境の変化かと前のめり気味に質問してきた。

颯太が恋愛話を避けていたように見えたから、話題に出さなかったから、その話題を出さずとも会話に困ることなどなかったから、話をしなかった。ただそれだけのことだった。


再会後の彼女との時間を振り返ってみても、彼女は友人として適切な距離を保っていた。

夜遅い時間まで遊ぶことはなかったし、触れ合うことももちろんなかった。自転車を二人乗りする時は、颯太の腰に手を置くが、それは万が一落ちそうになった時につかまれるように最低限の触れ合いだ。

颯太の過去の恋人たちは、自転車に二人乗りする時も道を歩く時ももっともっと距離が近かったことを思い出す。そして、美愛の気持ちが自分に向かっていないことをはっきりと突きつけられているような気がした。




(…気づきたくなかった…)



それでも、それに気づけたから、颯太は、自分の抱く気持ちが伝わって、彼女から距離を置かれるのを避けたくて、気持ちを隠した。

その反動か、彼女への想いはさらに募ることになり、彼女に恋人の存在をはっきりと確認することもできていない。





颯太と美愛は、お互いの大学のほぼ中間地点に位置する駅で、待ち合わせをしている。

時間割の関係で、たいてい彼女のほうが先に待ち合わせ場所へきている。

颯太はそれがなんとなく悔しくて、今日は急いだのだけれど、やはり彼女が先に着いていた。

遠くから、小柄な彼女の姿を見つけ、足を急がせる。

すると、彼女が動き出した。

颯太の存在に気づいたわけではなさそうだ。

改札へ向かう女の人を追いかけていって何かを手渡している。


(あぁ、…落とし物か。)



周りを観察する癖がついているのか、彼女は、いろいろなことによく気が付く。

他人が何を彼女に望んでいるのかを自然と感じ取って、求められるものを返す。

悪しざまに八方美人だと揶揄する人もいるだろうが、それはひとつの遁世術だと思うし、それは彼女の美点のひとつで、颯太が彼女と一緒にいて心地よく思うのは、その性格ゆえだと感じている。


そんなことを考えながら近づけば、颯太に気づいた彼女はにこやかに手を振る。




(…本当、かわいい。)



恋心のなせる業で、美愛の仕草のなにもかもを颯太はかわいらしく感じるようになっていた。隠したいと思いながらも、どんどん湧いてくる愛しい想いに困りつつ、その状況を楽しんでいる。



「美愛ってさ、よく気がつくよな。」


そう、先ほどの落とし物のことについて話せば、彼女は目をまるくする。


「どうしたの?急に名前で呼ぶなんて?」


なるべく、なんてことない会話の中で、何気なく彼女の名前を呼ぶことを意識して、その名前を初めて口にした。さらっと流してほしいと願っていた颯太は、その願いが叶わなかった時のことも予想していて、答えるための素直な理由も用意していた。


「俺がそう呼びたいって思ったから。だめ?」


そう聞けば、彼女は絶対にダメとは言わない。

それもわかっていて、そう聞くが、了承の返事をもらえると、思っていたよりも心が浮つくのを感じた。


颯太は、彼女への想いが募るにつれて、名字ではなく、彼女のその名前を呼びたくなっていた。美愛という、たった二文字の彼女の名前をひどく愛おしく感じて、何回でも呼びたいと思っていた。

こっそりその名前を繰り返し呼んで練習したことは、彼女には絶対に言えない。

そして、彼女にも他とは違う特別な呼び方で自身のことを呼んでもらいたいとも思っている。





「颯太!探していたコミックの新刊見つけたよ。」


今日の目的地の本屋で、一足早く美愛が目当てのコミックを探しだしてきた。

振り返れば、彼女は誇らしげな表情で笑っている。


「さすが!美愛。」


颯太は、想いを込めて彼女の名前を呼ぶ。


(…大切に、その名前を呼びたい。)


彼女に抱く気持ちを伝える代わりに、何より大切に、その名前を呼ぶ。

これからも、呼び続けたいと願いながら、彼女の笑顔を瞳に焼きつけた。




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