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アイドルの弟  作者: 京 高
第2章 突然の競演
8/20

第8話 仮CM撮影

 新曲お披露目はトラブルが発生することもなく無事に終わった。

 それどころかミュージックビデオの変更から振り付けの変更に至るまでの展開が面白おかしく語られた上、全員で合わせた通しの動きができたのが直前のリハーサルの時だけというエピソードも加わって、グループの実力の高さを大いに喧伝することになったのだった。


 そんなある日、駆は学校が終わるや否や子島の運転する車の後部座席に放り込まれることになった。


「CMの撮影?宏美さんが?……あれ?今日ってそんな予定でしたっけ?」

「違うけど、色々あったのよ……」


 駆の問いに答える子島の顔には困惑やら疲労やらが渦巻いていた。

 事の経緯はこうだ。本日宏美は一日オフであり、それを利用して日頃から可愛がってくれている先輩女優の仕事先へ差し入れを行っていた。というのは名目で、本当は役者業に興味を持っていた彼女に現場の空気を体験させようと、件の先輩と事務所が計画したことであった。


 それはさておき、職場体験を行っていた隣のスタジオでトラブルが勃発する。今人気急上昇中の男女を起用したCM撮影を予定していたのだが、なんと女性の方がドタキャンしてきたというのだ。


「あちらの言い分によれば、とある番組で向かった収録先が悪天候でそこから移動できなくなった、ということらしいわ」


 実際そちらの地方では梅雨入り開始直後から大雨が続いているようではあるのだが、移動できないくらい酷いものなのかと問われればはなはだ疑問が付きまとう。

 一応予備日としてもう一日スタジオ等は確保しており、その日には間違いなく参上するという話だったようだが、仕事をすっぽかされた現場は険悪そのものの空気となっていて、特に相方となる男性は怒り心頭でさっさと帰ってしまうほどだったとか。


「監督やスタッフ陣としては詰められるところだけでも詰めておきたいという気持ちだったみたいなのだけど、演者がいないので話にならないから今日のところは解散となるところだったらしいわ」


 そこへ運良くというか、はたまた折り悪くというか宏美たちが通りかかることになった。


「で、あちらの監督やスタッフさんたちが顔見知りだったと」

「正解。まあ、広いようで狭い業界だからそれはよくあることなんだけど」


 それからなんやかんやあって職場体験先のスタッフや出演者たちとも意気投合した結果、宏美でそのCMを撮影してみようという話になったのだとか。


「いやいや、おかしくないですか!?意気投合するに至ったなんやかんやが物凄く気になる……」

「そこは気にするだけ無駄よ。宏美を連れて行っているのはあの人だし」


 子島が挙げた名前を聞いて「ああ……」と納得する駆。今回の件からも分かるように、面倒見がよく姉御肌で頼れる事務所の先輩女優ではあるのだが、仲の良い者からは「適当が服を着て歩いている」と言われるくらい大雑把な一面を持ち合わせている人物だった。

 もっとも、彼女たちのような癖の強いの者たち(オンリーワン)がいるからこそ駆たちの芸能事務所は中堅ながらもしっかりとした存在感を業界に示していられるのだともいえる。


 話を戻そう。撮影するとはいえこちらは表に出されることなく、監督のイメージする映像として本来の出演者に見せつけるためのものとして使用するらしい。もしかすると依頼元にも見せる機会があるかもしれないという話であるそうだ。


「見せつけるっていう言い方に、そこはかとない不安を感じるのはおれだけですかねえ」

「まあ、監督たちとしてはそれだけ出演者の二人やその事務所に思うところがあるってことなんでしょう。うちのグループとしてはまだ縁遠い話だけど、教訓という点ではいい題材になりそうだわ」


 片やドタキャン。片や挨拶もなしの無言の退出だ。いかに人気というバロメーターが優先される世界だとは言っても、周囲に対する基本的な礼儀や敬意を持ち合わせていなければ嫌われていくのは道理というものだ。


「宏美の芸の幅を広げるいい機会だし、上手くいけば依頼元とも繋がりを持てるかもしれないということで、うちとしても本気でやることになったの」

「つまりおれが連れてこられたのは、その仮CMで宏美さんの相手役をさせるためってことですか」

「そういうこと。正式な仕事じゃないから申し訳ないんだけど、ね」


 事務所としては宏美だけでなくグループそのものや、果ては山口ツトムこと駆の売込みにも繋がる可能性があるので乗り気なのだが、当の本人は関心が薄いのが難点だった。


「今度新しく出るスイーツ向けスパイスセットで手を打ちましょう」

「け、経費で落ちないか経理に相談しておくわ……」


 答える子島の声が震えていたとかいかなったとか。



  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~   



 駆が現場に到着した時には、既に緊張感や高揚感といったものが混じりあった特有の熱気が渦巻いていた。どうやら先に宏美の演技の練習が始まっていたらしい。


「おー、いらっしゃい駆君」

「あ、ども」


 場の空気に気圧されていた駆を見つけて近寄ってきたのは、ある意味今回の首謀者ともいえる先輩女優だった。


「ごめんよー。正式な仕事でもないのにいきなり呼び出しちゃったりしてさー。でも、宏美ちゃんの初めて(・・・)だしねー。せっかくなら成功体験で初めて(・・・)を良い思い出にしてあげたいでしょー」


 言っていることはまともなのだが、間延びした独特の口調にやたら「初めて」を強調していたりと、面白がっているのは間違いなさそうである。


「驚きはしましたけど、呼ばれたからにはできる限りのことはしますよ。それに、ギャラの代わりにスイーツ用のスパイスセットを強請るつもりですから」

「あっはっは。駆君も抜け目ないなあ」


 そう言ってポンポンと頭を軽く叩いてくる。年齢一桁の頃から構われていた相手なので仕方がないとはいえ、こういう時もっと身長が欲しいと心の底から思ってしまう。


「ところで、こっちに居て大丈夫なんですか?確かドラマの撮影があったんですよね?」


 母親の湊が事務職員兼マネージャーのような状態であるためなのか、駆は歩や宏美たちグループのメンバーだけでなく、事務所に所属するタレントの大半のスケジュールを記憶していた。


「それならもう終わらせたー。だからこんなに人が居るんだよー」


 言われてみればスタジオ内でのCM撮影の割に人が多い気がする。


「半分以上どころか七割方はうちらの方の人たちだよねー」

「意気投合したって聞いてたけど、マジだったんですか……」

「このご時世だし、すれ違って挨拶することはあっても話をする機会はなかったんだってさー。同業でも他社同士だと飲みに行くのも難しいみたいよー。ほら、あっちで監督と演出家の人たちが集まって盛り上がってる」

「うわー、あそこに挨拶に行かなくちゃいけないのか……」


 仮CMとはいえそこに出演させてもらうのだから挨拶は必須だ。が、やはりお偉いさんたちが集まる場所へ行くのは脚が重くなってしまう。


「駆君の場合は撮影が終わった後の方がいいかな。その方がインパクトがあるだろうしー」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。まあ、そっちは私が段取りしてあげるから任せておきなさい」


 茶目っ気ある表情でニヤリと微笑まれると、ついついそういうものかと思ってしまう。幼い頃からの刷り込みもあるのだろうが、彼女はそういう不思議な魅力を持つ人だった。


「了解です。……ところで監督とか演出家の人が集まってるってことは、今、宏美さんの指導してくれてるのは誰なんですか?」

「あー、あれは私の共演者の方たちだよー」

「まさかの他所のタレントさんたちだった!?」


 所属する事務所の人間に対しては大半のスケジュールすら把握している駆だが、芸能業界自体にはさほど関心がないため他所のタレントや俳優の顔や名前はほとんど知らなかったりするのだ。


「いいんですかね?」

「いいんじゃない。というか向こうから手伝わせて欲しいって言ってきたからねー。……にしし。お子さんたちが宏美ちゃんたちのグループのファンなんだって。サインをもらえたら自慢できるって張り切ってたよー」


 これもまた宏美や歩たちが努力し続けてきた成果と言えるのかもしれない。そう思うと、なにやら感慨深くなってしまう駆だった。


「あ、そろそろ準備できたかな」


 そして、仮CMの撮影が始まる。



  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~   



 事務所の先輩女優の手配通り駆の正式な挨拶と紹介は後回しになり、仮CMの撮影が始まった。それと同時に現場の空気が変わったことを子島は感じていた。


「いやー、やっぱり驚くよなあ。うちの推薦とはいえ、いきなりやって来て台本を一読しただけで発声練習の一つもしないまま本番を始めたのに、監督の指示通り、演出家のイメージ通りの動きをやって見せるんだから」


 そう漏らしたのは隣に立っていた先輩女優のマネージャーである。


「……というか、宏美ちゃん大丈夫なのか?下手をしたら駆君の演技にのまれるぞ?」

「その時はその時です。表に出さないものなら、最悪箝口令も敷けますから」


 仲間マネージャーからの問いかけに子島は難しい顔で答える。

 まあ、スタッフだけではなく他所の事務所の人間もいるので、果たしてどこまで効果があるのかは不明なところがあるので、できるならそうした事態にはならないで欲しいというのが本音のところだ。


 駆の全力に宏美が食らい付いていけるかどうかは、正直賭けの部分が大きいと考えられていた。そもそも駆の演技力は指示されたものをそのまま再現するというものなので、加減ができるようなものではないのだ。

 しかし、役者業へと本気で足を踏み入れるつもりであるなら、そうした才能の差や能力の壁には何度となく激突することになるだろう。これはそれだけの覚悟があるのかを宏美に問いかける、ある種の試練でもあるのだった。


「どんなに格好悪かろうが無様だろうが意地でも縋り付く気概を見せられるのか……。そこがあなたのターニングポイントよ、宏美」


 願うような祈るような子島の呟きは、スタジオに充満する熱気に巻き込まれて消えていくのだった。


一方、先輩女優たち役者たちはさすが本職というべきか、いの一番に駆の異常性に勘付いていた。


「んー。久しぶりに演技してるとこ見たけど、さすがだねー」

「いやいや、さすがとか言うレベルじゃないでしょう!?一発で監督の指示通り動けるなんておかしいわよ!?」


 あくまでそれに似通ったこと(・・・・・・)であれば、経験を積んだ役者であればさほど難しいことではない。が、駆ほど指示通り、イメージ通りの動きを再現できる者となると、国内トップレベルの実力者でも難しいだろう。

 人はぞれぞれ自分の意識や考えをもって活動しているのだから、当然と言えば当然の話だ。他者からの指示や他者の抱くイメージとはどうしても齟齬(そご)が生まれてしまうのである。


「どうしてあんな子が今の今まで無名なのよ……」

「それは本人にやる気がないからだねー」

「なんで!?」


 予想だにしなかった答えに、複数の驚きの声が重なる。

 事務所の方針で一定の年齢になるまで隠していた、ということなら理解できる。言い方は悪いが駆は金の生る木だ。その能力を喉から手が出るほどに欲しがる者はいくらでもいるはずなのだから。


「指示された通りにしか動けないから」

「え?」

「山口ツトムはね、指示された通りの演技しかできないの。それがあの子の限界であり、役者を目指さない理由だねー」


 要するに、演技に関してはアドリブを入れたりアレンジを加えたりといった発展させる能力が極めて弱いのだ。

 九十九点から百点を取ることは得意でも、その先にある百二十点には絶対に届くことはない。綺羅星の如き人材が次から次へと現れる芸能業界において、凡庸の枠から飛び出すことができなければ遅かれ早かれ消えていくしかない。


 極めつけは駆自身の自己評価の低さだ。彼は指示されたことしかできない自分の演技力を機械やロボットと同じと捉えていた。AI技術の発展が著しい昨今そうしたものに取って代わられそうなものでしかないと、自分に価値を見出せていなかったのである。


「ま、本気になったらそんな壁なんてあっさりと乗り越えちゃう、ううん、粉砕しちゃいそうではあるんだけどさー」


 今回の件が密かにその契機となればいい。試されているのは宏美だけではなかったのだった。


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