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アイドルの弟  作者: 京 高
第1章 仲直りはお弁当で
4/20

第4話 おかしな信頼度

 それから数日、歩は落ち込み気味になる。

 もちろんメディアに露出している時などは完璧にアイドルを演じきっているのだが、家に帰ってくるとぼんやりしていたりため息を吐いたりすることが多く、血を分けた弟の駆から見れば無理をしているのが一目瞭然だった。


 そもそも彼女は普段の言動とアイドルとしての態度との間に乖離が少ないタイプだ。

 まあ、なし崩し的にしかも知らない間に巻き込まれてしまうことになるので、外でブラコン発言をするのはできれば止めてもらいたいところであるが、それはさておきそんな歩がアイドルの自分を演じようとしていること自体が只事ではなかったのである。


 原因に(おおむ)ね予想はついている。怪我をした縁と会えていないことが気掛かりになっているのだろう。


 幸いにも彼女の怪我は数日間安静にしていれば治る程度の悪化で済んでいた。ファンへの報告も大事にならないようにSNSを通じて本人から行われ、それに追随する形で事務所からも正式な発表が行われたくらいだ。

 ただ、これを機に少し休息を取らせてはどうかという話が、子島たちマネージャー陣と縁の両親との両方から持ち上がっていた。


「……今さらですけど、おれが聞いていい話じゃないですよね」


 いつもの飛び込みで入ってきた仕事を無事に終えて事務所へと変える最中の車内で、秘密にされるべき事情を聴かされた駆が助手席で呻くように言う。


「あっはっは。本当に今さらだね」


 しかし、そんな苦悩を気にすることなく、運転手であり諸悪の根源であり、さらには歩たちアイドルグループのマネージャーの一人でもある板尾はからからと笑った。

 どうしてそんな相手と車内でしかも一対一で話しているのかというと、山口ツトムとしての仕事は不定期となるため、送迎などについては手の空いた者が行うのが常となっていたからだ。


「まあ、でも問題ないよ。駆君に事情を伝えることは社長を始め上の人たちからの許可が出ているし、ぼくたちマネージャー陣の総意でもあるから。それに……」


 そこで言葉を一旦区切ると彼はニヤリと笑みを浮かべた。今は目元が見えているのでそうでもないが、サングラスをかけていればヤの付く職業の人が悪巧みをしているようにしか見えなかったことだろう。


「駆君は二期以降のメンバー選定者の一人でもあるからね」


 下手な冗談だと言いたくなる内容だが、これがまた事実だったりする。しかもその意見の大半が取り入れられていた。

 三期生のオーディションが二年前、二期生に至っては五年前のことで当時の駆はまだ小学生だった。とても正気の沙汰とは思えず事務所内でも当然反対意見が多数あったのだが、加入後に大きな諍いもなくメンバー同士の仲もすこぶる良いという実績ができている以上、現在では駆の起用は英断だったと判断するしかない状況となっていた。


 ちなみに、後日撮影したものを見た形で面接には参加しておらず、本人たちどころか歩たち一期生ですら知らないも極秘中の極秘でもある。


「後、最近はリーダーの弟ってこと以上に信頼されているようだしねえ。ぼくたちの若い頃は胃袋を掴むって言えば女性の常とう手段にして最終奥義みたいなものだったけど、いやはや時代は変わったもんだ」


 板尾が言っているのは歩に強請られて時々持たせている弁当並びにクッキーなどの簡単だが日持ちのする菓子類のことだろう。特に菓子類は自慢したところを集られたりねだられたりして、それを拒否できずに結局皆で分けて食べる、という展開が常態化しているらしい。

 時には弁当でも似たことが起きているようで、やけに凹んで帰って来たかと思えば「楽しみにしてた卵焼きを取られた……」だの「マイ唐揚げが強奪された……」といった報告を受けることがあるのだった。


 なお、意外に思われるかもしれないが歩も料理は得意な部類である。それどころかアイドルを始めるより前は忙しい母親に代わって彼女が家事の大半を行っていた。そして駆に料理の基礎を教え込んだのも彼女だ。

 もっとも、アイドルグループを結成してから忙しくなった姉に代わって本格的に家の中の仕事をし始めた弟は、わずか半年足らずで姉の腕前を抜き去ることになってしまったのであるが。


 一時は「駆君のご飯が日に日に美味しくなっていくのは愛情が感じられてとっても嬉しいんだけど、師匠としての威厳とかお姉ちゃんとしてのプライドとかがなくなっちゃいそう……」と一期生の仲間にこぼしていたのだとか。


「志摩さんたち一期生のみんなからは時々「ごちそうさま」って言われたことがありましたけど、他のメンバーにまで回ってたのか。今度からもっと多めに作った方がいいのかな?」

「割と本気で言うけど、それだけは止めてくれ。駆君の作ったお菓子に慣れたら、差し入れされる市販品の菓子が有り余ることになる」


 頭の中では冗談か世辞だろうと思っていたものの、マジトーンな板尾の言葉に駆は「アッハイ」としか返すことができなかったのだった。

 と、ついつい横道にそれたりしながらも、二人は話を続けていく。


「縁ちゃんの休養の件ですけど、姉さんたちメンバーのみんなは知ってるんですか?それと、縁ちゃん本人はどう思ってるんでしょう?」

「まだ正式に決まったことじゃないから他の子たちには伏せてある。縁本人は……、休みたくないと言ってる」


 歯切れの悪い様子に何かあると直感的に感じる。


「板尾さんも休むべきだと思っているんですか?」


 その問いに、車に乗り込んでから初めて板尾が黙り込む。

 いつの間にかカーラジオからは先日リリースされたばかりの新曲が流れていた。新生活を迎えての不安とそれを上回る期待と希望を歌ったアップテンポで前向きな曲だ。歩を始めとした進学等で環境が変わったタイムリーなメンバーが中心となっているが、それ以外の面々にもしっかりパートと見せ場が用意されており、縁もまた伸びやかな歌声を披露していた。


「……はじめは反対だったんだ。だけど縁の言い分を聞いて休養するべきだと思っている」


 運転のためもあって真っ直ぐ前を向いたその横顔は、それまでの冗談めかしていた時とは打って変わって真剣かつ陰りを帯びた表情になっていた。


「みんなより遅れてしまうから休みたくない」


 縁に希望を聞いた際に、彼女はこう答えたのだという。


「責任感が強いと知ってはいたんだ。だけどそれを周りの子に押し付けるようなこともなく、同期や他のメンバーとも上手くやっていけていると思っていた」


 しかし、だからと言って胸の内に抱えているものは消えることはなかった。それどころか出口を探して彷徨い、ついには暴れ出してしまった。その矛先を自分自身へと向けて。


「年が明けた頃からだったかな。縁にミスが目立つようになり始めたのは。と言っても練習中に難しいステップだとか、これまで出せていない音域に挑戦してというものばかりだったから、ぼくたちは新しいことへ意欲的にチャレンジしているものだとばかり思っていたんだがね」


 実際そうした側面もあったのだろう。しかし、これまでとは違って失敗した際に苛立つようになっていた。彼女にしては珍しく舌打ちをしたり床を蹴り飛ばす真似をしたりといった行為が見られることもあったのだとか。

 改めて考えればそれが予兆だったのだろう。だが、縁は巧妙に本心を隠し続けていた。周囲から声を掛けられた瞬間にそうした雰囲気は霧散していたというのだから、実は相当な筋金入りではなかろうか。


「縁本人はそんなつもりはないのだろうけど、はたからは自分を追い詰めているようにしか見えない。このまま続ければ間違いなくあの時の二の舞になるだろう。あの子には落ち着く時間が必要だ」


 数年前に起きたある二期生の怪我による引退。歩たち当時からいたメンバーにとって大きなトラウマとなった事故だが、板尾たちマネージャー陣にも同様に心の傷としてこびりついているようだ。


「そうぼくたち大人は考えているのだけどね」

「縁ちゃんは続行を望んでいるのに無理にでも止めていいものか悩んでいる、とか?」

「……駆君、察しが良過ぎじゃないか?本当に高一?実はぼくよりも年上だったりしないかい?」

「そんな訳ないじゃないですか。見た目通りの十代ですよ」


 低身長かつ童顔――しかも可愛い系――のため、言葉通りに受け取ってしまうと高一ではなく、暗黒の歴史が生み出されてしまうお年頃に見えてしまうのであるが。

 板尾はそのことが駆の数少ないコンプレックスとなっていることを知っているので、触れるつもりはなかい。「駆、山口ツトムとは良好な関係を築いておけ」というのが、事務所の隠れた鉄則となっているのだからして。


「それで、駆君ならどうする?」

「え?そこでこっちに投げてくるとか無茶振りが酷くないですか?……はあ。まあ、いいですけど。休養するかどうかは最終的には縁ちゃんと家族に決めてもらうしかないでしょうね。ただ、全てが決まってしまうよりも先にメンバーには説明するなり会って話をする機会をつくるなりはした方がいいと思います。個人の問題ですけど同時にグループの問題でもありますから」


 大人たちの目はどうしても縁にばかりに向けられがちになっているが、その影響は彼女一人だけにとどまるものではない。フォローの仕方を誤れば再度のグループ解散の危機ともなりかねないのだ。


「蚊帳の外にされちゃったら少なくとも姉さんは荒れると思いますよ。この間のことをまだ引きずっているみたいですし」

「あの大泣きしながら二人で謝り合ってたってやつか。あー……、確かに歩ならちゃんと仲直りするまで気にするよなあ」


 的確に姉の性格を言い当てる板尾に、駆は少しばかり安堵する。しっかりと見守ってくれている大人の存在があるというだけでも安心できるというものだ。

 もちろん子島もこれくらいはお見通しなのだが、あちらは幼い頃からの知り合いでありプライベートでも付き合いがあった。そのため、どうしても親戚のおばさ、もとい親戚のお姉さんという印象が定着してしまっているのだ。


「縁個人の問題として対応するのではなく、グループ全体の問題として考えるように提案してみるよ。駆君からの意見だってことはちゃんと言っておくから安心しておいて」

「いや、そこは別におれの名前を出さなくても……」

「その方が早く話がまとまるんだよ」


 大人たちからの謎の信頼の高さに、一度本気で過去を振り返ってみるべきなのだろうか?と悩む駆なのだった。


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