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アイドルの弟  作者: 京 高
第1章 仲直りはお弁当で
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第3話 トラブルの原因

「すっかり遅くなっちゃったわね」


 警察への通報とともに事務所へ連絡を入れたところ、駆たちの所へやって来たのは子島だった。事情聴取というか詳しい経緯を知り合いのいる前で説明することになり、二人は羞恥に悶える羽目になる。

 歩などは虚ろな目で「いっそ殺せえ……。でもでも、駆君を残して死ぬわけにはいかない」などと小声で呟いていたくらいだ。


「お手数おかけしました」

「ごめんなさい」


 チーフマネージャーが運転する車の中で二人揃って頭を下げる。いくら大した距離ではないとはいえ、もうすぐ日付が変わるという時間に未成年二人を歩いて帰らせるなど論外だ。関係各位の安心のためにも大人しく送られることになったのだった。


「いやいや、二人が謝ることじゃないから。でも……、ぷっ。くくく……!」


 謝る駆たちをなだめようとしたのだろうが、途中で噴き出してしまっては説得力の欠片もない。

 どうやら彼女的には盗撮犯が駆のことを知らなかったことによる会話のすれ違いがツボだったらしい。


「むぅ……。笑うなんて酷いですよ!」


 隣で歩がふくれていたが、それ以前に危険なので運転中に思い出し笑いをするのは止めて欲しいと密かに思う駆。

 盗撮犯の方はというと、今回以外にもいくつもの余罪がありそうだと早々に警察署へとご招待されることになっていた。そして後日、家宅捜索で押収された機器からどう見ても不法侵入をしているとしか思えない画像や、性犯罪方面での盗撮画像が発見され、改めて逮捕されることになるのだった。


「ごめんごめん。まあ、迷惑な話だったけれど、まだまだあなたたちのことを知らない人がいる、と分かったことだけ収穫だったのかもね」


 真面目な声音に変化したことを感じ取り、歩が背筋を伸ばす。

 常人であれば面食らうところだが、結成以来七年に渡ってマネージャーとして公私の両面に渡って支えてきてくれた相手だ。その素早い切り替えには慣れている。


「そうですね。もっともっと頑張って駆君のことをみんなに広めないと!」

「いや待て。何でおれなのさ?有名になるのは姉さんたちでしょ」

「そうでもないわ。歩たちはもうアイドルグループとしてはトップクラスの知名度になっているもの。伸びしろという面では駆君、山口ツトムの方が大きいのよ」

「そう言われても、今のところそっちの道に進むつもりはありませんよ」


 人気アイドルグループの、しかもリーダーを務める歩の弟ということで今ならば確実に話題性がある。事務所としては本格的にデビューをさせたいと目論んでいるのだが、当の駆がこの通り乗り気ではないことから保留のままとなっているのだった。


「……嫌々やらせたところで続かないのは目に見えているから、無理強いするつもりはないから安心してちょうだい」

「そこは信用してますよ」


 デビューがきっかけで問題行動を起こすようになっては元も子もない。中堅規模だが歴史だけは長い事務所であるため、そうしたノウハウはしっかりと蓄積されているのだった。

 もっとも、そうした及び腰にも見える方針であるから、大手には届かないという面がないとは言い切れないのだが。


「とりあえず、これまで通り緊急の代役とかには出るようにしますから」


 これ以上続くのは不味い、特に歩が本気で参加してきては勢いで押し切られてしまう危険性があった。弟大好きを公言しているこの姉は、メディアに揃って出演するだとかサプライズで共演するといったことを夢見ているからだ。

 最終的には彼の意思を尊重してくれるとは思うが、拒否した場合には確実にがっかりさせてしまうので、これまた確実に罪悪感に苛まれることになるだろう。

 そんな訳で話題を打ち切り、早々に撤退を計った駆だったのだが、


「それだけでも方々に恩を売れるから、うちとしては十分以上の戦力ではあるのよねえ。ただ、毎回のように「次回もあの子でお願いします」って言われてるそうだけど」

「駆君、すごい!さすがは私の弟!」


 どうやら回り込まれてしまったらしい。

 真横から羨望のキラキラ視線が照射され、とてもとても居心地が悪くなる。しかもその発生源が実姉とはいえ、知らない人の方が少ないほどの有名人なのだから反応に困る。

 駆本人は「指示された通りに動いただけ」だと思っていることも、二人の温度差を広げる要因の一つになっていた。


 しかし、仮にこのことを口に出そうものなら、子島からこんこんと説教される――実際にされたことがある――のは分かっている。

 歌手に役者、芸人やタレントと分類はあるが、芸能界で生きていくためには顔と名前を売ることが必要不可欠となる。良くも悪くも「指示された通りに動く」人間などごくわずかであり、それゆえに重宝がられることも多々あるのだ。


「代役だし、しかも急に手配されて来た相手だから、スタッフさんたちの要求値も低くなってただけじゃないかなあ」


 この推測もまたは間違ってはいない。売り込む気がない駆にまで回ってくる仕事となると、基本的に何らかのトラブルで時間が押している現場ばかりとなる。

 撮り直している余裕すらなく「それなりに形にさえなっていれば我慢する」と直接言われたこともあるほどだ。


 ところが、そうしたひっ迫した状況がクリアするべき条件を明確にすることに繋がった。そして「指示された通りに動く」ことができる駆は、見事に課題を達成できてしまう。吊り橋効果ではないが、窮状から救われたことでスタッフたちからは好感を持たれているのだった。


 結局、主に歩から褒め称えられ続けることになり、家に到着するまでの数分間が何十倍もの時間に感じられた駆であった。


 山口姉弟を送り届けると、子島は「戸締りはちゃんとするのよ。後、火の元にも気をつけて」とオカンのような台詞を残してすぐに去って行った。

 それに従った訳ではないが、玄関の鍵をさっさと閉めてしまう。母親の湊は駆の予想通りやはり帰ってこられないようで、泣き顔の顔文字付きで事務所に泊まるむねがメッセージで送られてきていた。


「つーかーれーたー!」


 数時間前の弟よろしく、リビングのソファへとダイブして横になる歩。「ふへへ。駆君のにおいがするー」と言って、スンスンと鼻をうごめかしながら顔をうずめている姿は、とてもではないがアイドルとは思えない。

 もしも外部に州出することにでもなったら、「歩ちゃんのファン辞めます」の書き込みで埋め尽くされること請け合いだろう。

 コアなファン、いわゆるよく訓練された連中であれば、「それでこそ歩たん!」とか「一生ついていきます!」と正反対の反応を示すかもしれないが。


 余談だが、彼女の顔があるのは駆の足が置かれていた場所である。世の中には知らない方が良いことがたくさんあるのだ。


「姉さん、風呂はどうする?」

「駆君が一緒に入ってくれ――」

「明日の朝シャワーを浴びるよ。今からだと目が冴えて眠れなくなりそうだし」


 がばっと勢いよく上半身を持ち上げて興奮気味に言う姉の言葉を最後まで聞くことなく自身の予定をさっさと告げる。既に日付は変わる直前だ。アイドル業優先の歩はともかく、駆は朝から学校があるのだ。早く寝なければ明日に差し障ってしまう。


「私ももう寝るかな。収録の時から色々あって疲れちゃったし」

「誰か怪我しちゃったんだっけ?」

「あれ?何で知ってるの、って迎えに来てくれてたんだし子島さんから聞いたのか。駆君はそんなことしないって信じてるけど、誰にも言わないでね。症状を見て本人がSNSで報告するか、事務所からの発表にするか決めるって言ってたから」

「了解。ところで、誰が怪我したのか聞いても大丈夫?」

「それくらいならいいかな。縁ちゃんだよ」

「ゆかり?三期リーダーの山岡縁(やまおか ゆかり)ちゃん?」


 歩たちのアイドルグループは現在一期生六人、二期生五人、三期生六人の合計十七人で構成されているのだが、年齢に幅があるため同期のメンバーごとに分かれて活動することも多い。

 そのため全体のリーダーである歩以外に、それぞれの期ごとにリーダー役が任命されている。縁は中学三年生ながら、その責任感の強さをかわれて三期生のリーダーとなっていた。


「怪我を隠すような子だったかな?」


 (ブラコン)が頻繁に会いに来ることを要求するため、メンバーとは全員面識があるどころか会えば雑談をしたり休憩時間にゲームをして遊んだりする仲でもある。

 三期生は加入してからの期間が短いため把握できていない部分もあるだろうが、それでも縁がそんな無茶をするとは思えなかった。


「詳しいことは言えないけど、実は収録が遅れちゃっていてね」

「そのしわ寄せが姉さんたちに回ってきたってことか……」


 いくら人気と勢いがあるといっても十代の女の子たちである。小娘と下に見る者もいるだろう。加えて、所属している事務所はせいぜいが中堅どころだ。大手と比較されればどうしても後回しにされてしまう。

後から局のお偉いさんが直々に謝罪に来たり、タクシーの手配をしたりしたのはそういう大人の面倒な付き合いや腹の探り合いがあったからなのかもしれない。


「これ以上収録が伸びちゃいけないから我慢しちゃったんだって。元々責任感が強い子ではあったんだけど、ね……」


 弱々しい顔でため息を吐く歩。こちらはこちらで思いつめてしまっているようだ。思い返してみれば駅で会った時も抱っこを強請ってくるなど、やたらとハイテンションだったような気がする。

 歩はこれでいて『お姉ちゃん』たろうと強がるところがある。落ち込みそうになっているのを見せまいとしていたのかもしれない。


「姉さん、とりあえず今はもう寝よう。疲れた状態で頭を使っても、悪い方にしか考えが向かないと思う」

「……そう、だね。うん。寝よう!という訳で疲れたお姉ちゃんに癒しを提供――」

「おやすみー」


 ネガティブ思考に落ちることを回避した瞬間たわ言を言い始める姉を放置して、駆は自分の部屋へと退散するのだった。


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