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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合っぽい

焼けのはら黒いちご

作者: 相沢ごはん

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

1.浮かぶ場所


「おはよう、望月さん」

 朝の教室で、わたしは望月小夜子さんの席に近づき、話しかけた。

「……おはよう」

 望月さんは読んでいた本から顔を上げ、少し戸惑ったように挨拶を返してくれた。もしかしたら、まだわたしの名前を覚えていないのかもしれない。同じクラスなので初対面ではないとはいえ、言葉を交わすのはこれが初めてだ。

 父親の仕事の都合でこの町に引っ越してきて間もない。中学一年生の入学式からの転入になるので、あまり転校生感はないだろうと思っていたのだけど、この町はかなりの田舎で、ほとんどの人が顔見知りのようだった。二校ある小学校のメンバーがそのまま同じ中学校に進学するようなシステムだったらしく、どちらの小学校にもいなかったわたしは、新顔だとすぐにバレてしまった。

 望月さんに声をかけてみたのは、望月さんがちょっと目を引くような美人だったからだ。透明感のある美少女というわけではなく、少し妖しい感じのする和風美人だ。同じ中学一年生には見えない。高校生と言われても納得してしまうくらい、望月さんは大人っぽく、そして美しかったのだ。そして、いつもひとりでいた。平たく言うと、わたしは一目見た時から望月さんに魅かれ、望月さんと絶対になかよくなってやろうと思っていたのだ。

「望月さんってなんか霊感ありそう」

 声をかけたはいいものの、話題が思いつかず、わたしは望月さんの外見から連想したことをそのまま言葉にして発する。

「どうしてそう思ったの?」

 望月さんは至極当然の疑問を口にした。

「なんか、こう、霊感ありそうな雰囲気を醸してるじゃん」

 わたしの言葉に、望月さんはなにも言わず、右の眉だけを微妙に動かした。そこで、わたしは霊感繋がりの話題を思いついてしまい、

「望月さん、霊感ありそうだから聞くんだけど」

 それを口にしようとした瞬間、

「ないわよ、霊感なんて」

 静かなのにきっぱりとした口調で、食い気味に否定されてしまった。

「ないの? でも、まあいいや。望月さんって、この町の人でしょ?」

「そうね。ここで育ったわ」

 望月さんは持ったままだった本を閉じて、わたしの目をじっと見てきた。わたしも望月さんの目を、じっと見返す。望月さんは真っ黒で真っ直ぐな髪の毛を肩甲骨くらいまで伸ばしている。真っ黒な髪に真っ黒なセーラー服。真っ直ぐに切りそろえられた前髪、その下の望月さんの瞳の色は薄い茶色だった。金色に近い不思議な色だ。

「あのね。放課後、いっしょに来てほしいところがあるんだけど」

 詳細不明で唐突なわたしの誘いを、

「わかった。今日はいっしょに帰りましょうか」

 望月さんは意外にも、あっさりと快諾した。

「じゃあ、朝永日菜さん。また放課後に」

 そう言った望月さんの言葉に、わたしはただただ感動していた。望月さんは、わたしの名前を覚えていてくれた。そのことが、単純にうれしかったのだ。


 そのまま、望月さんとは言葉を交わすことなく放課後になった。

 うららかな春の田舎道を歩きながら、わたしはとなりを歩く望月さんに話しかける。

「望月さんって、美人だけど暗いって言われてるじゃない?」

「知らない。私、そんなこと言われてるの?」

「う、うん」

 望月さんの無邪気な返答にわたしは慌てた。やばい。これって言ったらまずいやつだったかも。教室内で囁かれていた望月さんの印象をそのまま言ってしまったのだが、なんだか悪口を告げ口したみたいになってしまった。

「いやいや、ええと、いい意味で。いい意味でだよ。影のある美人というか」

 必死で取り繕っていたら、

「言い直しても、もう遅いわよ」

 望月さんに言われてしまった。その時、そう言った望月さんの口もとの表情筋が少し動いたような気がする。もしかしたら笑ったのかもしれない。今度そういうことがあったら、もっと注意深く見ていよう、と心に決めた。

「この場所なんだけど」

 わたしが望月さんを連れて来たのは、自宅近くのなんの変哲もない道端だ。通学をはじめ外出の時にはいつも通る道なのだが、少し不思議なことが起こる。

「ここを歩くと、ふかっていうか、ぐにょんって感じで足が地面から浮いちゃうんだ」

「ああ」

 望月さんは、その場所に立って、実際に浮いて見せたわたしに驚きもせず、納得したように頷いた。

「これ、不思議じゃない? なんか心霊現象とかなのかな」

「心霊現象といえば、まあ、そうなのかもしれない」

 望月さんは言った。

「そこにいるの。あまり踏まないほうがいい。避けて歩けば問題ないわ」

「避けたほうがいいの? わたし、なにかを踏んでたんだね」

 なにかを踏んで、それに足が乗り上げていたから浮いている感じがしたのか。なんだか、妙に納得してしまった。その「なにか」は、わたしには全く見えないのだけど。わたしは見えないなにかから足をおろす。

「ここに、なにがいるの?」

「黒こげの赤んぼう」

「やっ」

 短い悲鳴を上げ、思わずその空間から後ずさる。

「わ、わたし、赤ちゃんを踏んでたの?」

 この場所を発見してから、ぐにょんと浮くのが楽しくて、この道を通るたびに何度も何度も試した。つまり、わたしは、何度も何度も赤ちゃんを踏みつけてしまっていたのだ。そして、それを楽しんでいた。

「ごめん。ごめんね。わあ、本当にごめんなさい」

「これから気をつければ大丈夫よ。そもそもこの世のものじゃないし、もうずうっと前に死んでいる赤んぼうだから」

 慌てて、その空間に手を合せながら謝るわたしに、望月さんはそう言った。

「死んでるから怖いんじゃないかあ!」

 我ながら情けない声でわたしが言うと、

「生きている赤んぼうを踏むほうが怖いと思うけど」

 望月さんはそう返してきた。

「うーん」

 思わず唸ってしまう。確かに、生きている赤ちゃんを踏むほうが非道だし怖い。しかし、それは「赤ちゃんを踏む人間が怖い」という話だ。生きている赤ちゃんは怖くない。「死んでいてこの世のものじゃない赤ちゃん」は、その存在自体が恐怖なのだ。それとこれとは全く別の種類の怖さだと思う。見えていたら、絶対に踏まなかったのに。というか、生きていようが死んでいようが、赤ちゃんを踏むことはいけないことだと思う。

「あ、ねえねえ。望月さんは、もう部活決めた?」

 怖いことを想像したり考えたりすることがしんどくなり、わたしは明るく話題を変えた。

「唐突ね」

 望月さんは、右の眉を少しだけ動かして言った。

「なにか文化部に入ろうとは思っているのだけど。英会話部とか」

 望月さんの答えに、

「そうなんだ。英会話に興味があるの?」

「ないわ。全然」

 望月さんは、ゆるゆると首を振る。

「じゃあ、運動が苦手なんだね」

 わたしは思ったそのままを口にする。

「ええ」

 望月さんは少し重い口調で頷いた。わたしたちの中学校は、生徒全員が絶対になにかしらの部活動をしなければならないのだ。

「わたしはねえ、ソフトテニス部に入ろうかなあって。運動は得意なほうなんだ」

 私の言葉に、望月さんは頷いた。

「そうね。朝永さんはテニスとか、外でするスポーツが似合うわね」

 褒めてくれたのかどうかわからなないけれど、自分が他人にそういう「元気そう」という印象を抱かれるということを、わたしは知っているので、特になんとも思わない。

「でも、ほら。わたし、そばかすがあるでしょ? 外の部活だと、紫外線を浴びてそばかすが増えそうで、ちょっとどうしようか悩んでるんだ」

「朝永さんのそばかす、健康的でかわいいじゃない」

 望月さんがさらっとした口調で言った。

「望月さん、今わたしのことかわいいって言ったの!?」

 驚いて、聞き返してしまう。

「え、ええ、言ったけど……」

 望月さんはわたしの勢いに驚いたように、上半身を少しだけ後ろに引いた。

「うれしい!」

 抱えきれなくなったうれしさが、エネルギーとして身体中をぐるぐると暴走しているような、変な感じがして、わたしはその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。元気そうと思われるより、かわいいと思われるほうがうれしい。しかも、望月さんが言ってくれたのだ。そんなわたしの姿を見て、

「朝永さんは、やっぱり身体を動かす部活が向いていると思うわ」

 望月さんは言う。

「ていうか望月さん、そこの赤ちゃんが見えるってことは、やっぱ霊感があるんじゃないの?」

「ないわよ」

 やっぱり、望月さんは否定する。

「だって、ああいうのはみんなに見えているんだもの」

 そう言われても納得できないわたしは、

「うそだあ」

 そう言って笑ったのだ。



2.避ける人たち


 学校の廊下をみんなが避けて歩いているゾーンがある。

「あそこ、なにかいるの?」

 わたしはとなりの小夜子ちゃんに尋ねた。あの日以来、わたしは大体いつも小夜子ちゃんといっしょにいる。まあ、わたしが小夜子ちゃんに纏わりついているだけとも言えるかもしれない。

「やっぱり、朝永さんには見えていないの?」

「あのさ、本当に小夜子ちゃんにだけじゃなくて、みんなにも見えてるの? わたしにだけ見えてないとか、そんなことあるの?」

 なかよくなろうとして、さりげなく下の名前で呼んでいるのだけれど、それに対して小夜子ちゃんはなんの反応も示さない。

「そう。現にみんな避けているでしょう?」

 この間の黒こげの赤ちゃんといい、そういうのもあるんだ、と思った。わたしにだけ見えるのではなく、わたしにだけ見えない。そういう種類の怪現象。

「あれも、先日の赤んぼうと同じよ。避けて歩けば問題ないの」

 小夜子ちゃんは淡々と言う。

「わたしみたいに見えない人はどうしたらいいの? 知らずに踏んじゃったりするよ」

「わからないわ。この町の人はみんな見えるから」

 小夜子ちゃんのそんな言葉をすんなりとは信じられない自分もいたのだけれど、でも実際に、廊下を歩いている生徒や先生は、なにもない空間を、そこになにかがあるかのように避けて歩いているのだ。

「わたしにも、いつか見えるようになるかな?」

「それも、私にはわからない」

「ところで、あそこにはなにがいるの?」

「黒こげの」

「やっぱ、いい!」

 言いかけた小夜子ちゃんをわたしは咄嗟に遮る。

「赤んぼうじゃないわよ」

 そう言った小夜子ちゃんの口もとは少し緩んでいた。

「今、笑ったでしょ」

「いいえ。笑ってなんかいないわ」

 小夜子ちゃんはすました顔で否定する。

「やっぱり聞く。あそこにいるのはなに?」

「いる、というか、あるの」

 小夜子ちゃんは言った。

「黒こげの、コッペパン」

「コッペパン?」

「そう、コッペパン」

 小夜子ちゃんは、わたしの目を真っ直ぐに見て頷く。

「もちろん、この世のものじゃないわ」

 わたしは、小夜子ちゃんの不思議な色の目をじっと見返す。

「怖い?」

「うーん、なんというか、コッペパンはあんまり怖くないかな」

「赤んぼうは怖くて、コッペパンは怖くないの?」

 そう言った小夜子ちゃんの口角が少しだけ動いたような気がした。

「ねえ、今笑ったの?」

「笑ってなんかいないわ」

 やっぱり小夜子ちゃんは否定する。

「ていうか、コッペパンなら踏んでも平気そうじゃない?」

「そうかしら。食べものを踏むって、あまりいい気持ちがしないでしょ」

「それなら、赤ちゃんだってそうだよ。できるなら踏みたくなかった」

 わたしの疑問に対する小夜子ちゃんの返答に納得できず言い返すと、

「そうよね。だから、見えている人はみんな避けているの」

 小夜子ちゃんはあっさりとそう言った。

「なるほど」

 今度はぐうの音も出ない。



3.肩の虫


「前に見える、煙突のある家わかる? あそこんち、うちと同時期に引っ越して来たみたいなんだけど、なんか変なんだよね」

 その日の朝は、学校へ行く途中に小夜子ちゃんといっしょになった。おはようの挨拶を交わし合い、並んで歩きながら、わたしは小夜子ちゃんの耳に口を寄せ、通学路の途中にある家のことをひそひそと話す。

「変って?」

「お母さんがね、小学校へ行く男の子を見送る時に、いつも泣いてるの」

 小学生の男の子を、毎朝泣きながら見送る母親。ちょっと異様というか、見慣れない光景ではある。

「あ、ほら」

 わたしが視線で示した前方には、家の前で泣いている母親と、困ったような表情で母親を見上げる男の子がいた。男の子は行ってくるねというふうに手を振り、母親に背を向けてわたしたちと同じ方向へ歩き出す。その時、小夜子ちゃんが歩調を速め、男の子の背後から手を伸ばし、その肩をさっと軽く手で払った。

「なんですか……?」

 気づいた男の子が、立ち止まって小夜子ちゃんに訝しげな表情を向ける。

「虫がいたの」

 動じることなく小夜子ちゃんは言った。

「虫?」

 男の子は、虫が落ちたであろう地面をきょろきょろと確認している。

「ええ、虫。気持ちが悪いから見ないほうがいいわよ」

 小夜子ちゃんはそう言って、

「ありがとう、おねえさん」

 男の子は、一応という感じで小夜子ちゃんにお礼を言い、小走りに去って行った。

「春だから虫が多いんだね。この町ってド田舎……じゃなくて自然が豊かだし」

「いいのよ、はっきり言って。ド田舎なのは本当だし」

「わたし、虫は苦手だなあ」

「朝永さん、虫とか平気でさわれそうなのに」

「それって、どういうふうに受け取ったらいいの?」

 そんなことを話しながら、その日、わたしたちは学校へ向かったのだ。

 驚いたことに、その次の日から、母親は男の子を笑顔で見送るようになった。


「ねえ、こないだのあれ。小夜子ちゃん、なにしたの?」

 朝のホームルームが始まる前の時間、教室の自分の席で、なにやらノートに書きものをしていた小夜子ちゃんに尋ねる。

「あれって?」

 シャーペンを持った手を止め、小夜子ちゃんはわたしをじっと見た。

「ほら。男の子の、肩の虫」

「払っただけよ」

「祓えるの? すごい!」

 やっぱり霊感があるんじゃないか、そう言おうとしたら、

「ああ、違う。お祓いとかの『祓う』じゃなくて、埃やなんかを払うみたいに、物理的に手で払いのけたの」

 即座に否定して、小夜子ちゃんは右手でぺっと動かして払う仕草をした。

「物理」

 少しがっかりしながら、小夜子ちゃんの言葉をオウム返しに声に出してみる。

「そう、物理よ。朝永さんも、誰かの肩に虫がついていたら、そうするでしょう?」

「まあ、うん」

「私たちは見えるだけなのよ。祓ったりなんてできないわ」

「そんなふうに見えちゃって、いつもどうしてるの?」

「どうもしないわ。知らないふりをしているの。この町の人はみんなね」

 そう言って小夜子ちゃんは、またノートに視線を落とす。

「ところで、それなにやってるの?」

「宿題」

「え?」

「宿題よ。毎日ノート。英単語と漢字の書き取り」

「家でやってこなかったの?」

「昨日はテレビを観ながらだらだらしてしまって、宿題をするのが面倒くさくなったの。だから今日、早起きして学校でやっているの」

 わたしは、小夜子ちゃんの口から発せられた、妙にだらしのない発言に衝撃を受けてしまった。

「そんな。小夜子ちゃんってそんな感じなの? なんだか、なまけものの中学生みたいだよ」

「当たり。私は、なまけものの中学生よ」

 小夜子ちゃんは、わたしの言葉を否定してくれなかった。

「なんだかイメージがブレちゃうよ」

 わたしの言葉に、小夜子ちゃんは右の眉を少し動かす。

「がっかりした?」

 そう言われ、

「ううん、別に」

 わたしは、自分がそれほどダメージを受けてはいないことに気づいた。衝撃ではあったけれど。それに、勝手に変なイメージを抱いて、それが違っていたからといって幻滅するなんて、なんだか失礼な話だなと思う。

「小夜子ちゃんがなまけものでうれしいよ。きっちりした中学生よりも、なまけものの中学生のほうが、わたしとなかよくしてくれそうな気がするもん」

 小夜子ちゃんはなにも言わない。



4.赤い花


 中学に入って初めての体育の時間、グラウンドで二人一組でペアストレッチをしている時だった。わたしはもちろん、小夜子ちゃんを誘って組んでもらった。グラウンドにべたっとお尻をつけて座り、足の裏を合わせ、両手を繋いで引っ張り合うという、なんだかよくわからない動作をするのだ。

「せめて、体育館ならよかったのにね」

「そうね。体操服が汚れるのは嫌だわ」

 わたしの言葉に、小夜子ちゃんも同意してくれる。

 地面に座って足をセッティングし、互いに両手を伸ばして繋いだ瞬間、

「う、わあ……!」

 グラウンドの端のほうや、その周辺の生垣、そして山々に真っ赤な花がぶわっと咲き乱れたのだ。

「え、なにこれ」

 思わず声を挙げるわたしに、

「なにが?」

 小夜子ちゃんが苦しそうな声を出す。わたしが自分のほうに小夜子ちゃんの手を引っ張りすぎていた。

「あ、ごめん」

 とっさに手を離すと、赤い花は消えてしまった。なんだったんだろう今の。

「どうしたの? 朝永さん」

 小夜子ちゃんが不思議そうな表情で私を呼ぶ。

「なんでもない」


 体育の時間はそう言ってはぐらかしてしまったけれど、あの赤い花はやっぱり小夜子ちゃんと手を繋ぐたびに咲き乱れて、手を離すたびにぱっと消えてしまったのだ。

「ねーえ、小夜子ちゃん」

 放課後、ささっと帰り支度を済ませ、小夜子ちゃんの席まで言って猫なで声で小夜子ちゃんを呼ぶ。

「なあに? 朝永さん」

「今日、手を繋いでいっしょに帰ってほしい」

「いいけど。朝永さん、テニス部はどうするの?」

「今日はサボる」

 小夜子ちゃんの、意外にもさらっとした返答に、小夜子ちゃん的には手を繋ぐのはいいのか、と、なんとなくどきどきしながら答える。小夜子ちゃんも英会話部に一応の所属はしているのだけど、いつもサボっているようだった。なまけものだ。

「運動部って、上下関係が面倒じゃない?」

 自分も帰り仕度しながら、小夜子ちゃんが言う。

「そうでもないよ。先輩も夕方のアニメを見たいからって帰る人多いし、わたしたちが時々休んでも特になにも言われないよ」

「いいわね。わたしは昨日、部活に出るよう注意されたばかりよ」

「それは、小夜子ちゃんが毎日サボってるからでしょ。サボってばかりいたら、目立つんだよ。時々は部活に顔出して、サボりやすい環境を作っておかないと」

「なるほど」

 小夜子ちゃんは、あの口角を少しだけ動かす、微かな笑い方をした。

「朝永さんのほうが、サボるのが上手そうね」

「失礼な」

 話しながら廊下を歩き、生徒用の玄関へ向かう。

 お互いが靴に履きかえたタイミングで、

「はい」

 小夜子ちゃんがこちらに手を差し出してきた。

「うん」

 頷いて、わたしは小夜子ちゃんの白い手を握る。やわらかい。

「この町って、赤い花が咲いてるでしょ」

「ええ」

 歩きながら、わたしは小夜子ちゃんに赤い花のことを伝える。うらうらとあたたかい春の田舎道は、本当は、緑や黄色や水色なんかで彩られているはずだ。だけど、小夜子ちゃんと手を繋いでいる今は、辺り一面に真っ赤な花が咲き乱れている。

「その花ね、わたしには見えないんだ。でも、小夜子ちゃんと手を繋いでいる時にだけは見えるの」

「赤い花って、町中に咲いている花のこと?」

「そう。花弁がやけにびらびらしてる真っ赤な花。やっぱり、小夜子ちゃんには見えてるんだ」

「朝永さんには見えていなかったの? じゃあ、あの花は」

 小夜子ちゃんはぽつりと呟くように言った。

「この世のものじゃなかったのね」



5.同じ夢


 最近、気づいたことなのだけど、この町の人たちはみんな、小夜子ちゃんと同じ、不思議な目の色をしている。文房具屋のおばさんや、スーパーのレジの人、それに、先生やわたしのクラスメイトたち。みんな、金色みたいに不思議な茶色い瞳なのだ。たまに、わたしと同じような黒ぽい茶色の目の人を見かけるけれど、あの人たちはわたしと同じようにこの町に来て間もない人たちなのだろう。

「ところでさ。黒こげの赤ちゃんとか、黒こげのコッペパンとか、この町って黒こげになっちゃうようなことが、なにかあったの?」

 学校からの帰り道、気になって尋ねてみた。

「大きな火事があったみたい」

 わたしの疑問に、小夜子ちゃんは簡潔に答える。

「戦争かな? 空襲とか?」

「そこまでは昔じゃなくて、戦争が終わってからの話みたいだけど……町をひとつ飲み込んでしまうくらいの、大きな火事だったらしいわ」


 小夜子ちゃんとそんなことを話しながら帰ったせいか、怖い夢を見た。

 視界全部が真っ黒な焼け野原。ところどころ、チロチロと小さな炎がまだ揺れている。身体や顔のどこもかしこもが熱くて痛い。わたしは、じりじりと熱い地面に貼り付いたみたいにべったりと倒れていて、身体を起こすことができないでいる。のどが潰れたみたいに開かなくて苦しい。唾を飲み込むこともできない。そもそも、唾がもう出てこないのだ。わたしは死んでいる赤ちゃんを抱いていて、悲しくて悔しくて気力もなくて、もう生きていたくないとも思う。このまま死んでしまおう、と強く思いながら、身体がじゅじゅじゅと熱で溶けるような心地がして、わけがわからなくなる。かすんでいく視界の端に、黒いいちごが潰れているのが見えた。

 アラームが鳴って、自分の部屋のベッドの上で目が覚めた。全身にびっしょりと汗をかいている。唾を飲み込んでみた。飲み込むことができて、少し安心する。


「おはよう、小夜子ちゃん」

 わたしと同じように少し遅めの登校中の小夜子ちゃんの背中を見つけ、声をかける。

「おはよう、朝永さん」

「怖い夢を見たの。起きたら寝汗がすごくて。シャワーを浴びてたらちょっと遅くなっちゃった」

「……私も」

 小夜子ちゃんが言う。

「火事の夢だったの。昔この町で起こった火事かしら」

「わたしも。焼け野原で死んだ赤ちゃんを抱いて倒れてた。わたしが踏んじゃった赤ちゃんかも」

「私は赤んぼうで、母親の腕の中でわけもわからず死んでしまったわ」

 わたしと小夜子ちゃんは顔を見合わせる。もしかしたら、わたしたちは同じ夢を見たのかもしれない。

「昨日、あんな話をしたからかな」

 わたしの言葉に頷いて、小夜子ちゃんは、

「もう、火事の話をするのはよしましょう。あの夢は、疲れる」

 心底疲れたような無表情でそう言った。

「うん。死ぬのって意外としんどいんだね」

 わたしも同意する。



6.焼けのはら黒いちご


「ここって、前から空き地だったっけ?」

「ええ、そうよ」

 部活をサボった帰り道、小夜子ちゃんと雑草だらけの空き地の横の道を通った。

「こんな空き地があったの、気づかなかった」

「誰かの農地だったんだろうけど、今は管理する人がいないのね」

 小夜子ちゃんはなんだか難しいことを言った。

 わたしは、そっと小夜子ちゃんの手を握る。

「どうしたの?」

「ああ、すごい」

 その空地には、真っ赤な花がどこよりも密集して咲いていた。

「この花って、きれいだよね。びらびらしてて、派手で」

 特に立ち入り禁止の札もないので、わたしは空き地に足を踏み入れてみる。

「ちょっと、やめなさいよ」

 小夜子ちゃんがそう言ってわたしの手を引っ張って止めるので、わたしは小夜子ちゃんの手を離してしまった。

 その途端、パッと景色が変わった。

 あたり一面の、焼け野原。いつかの夢で見た景色だ。黒く焦げた木々や、動物たち、そんな様々な黒こげが折り重なった地面。ところどころチロチロと残り火が揺れている。

「ひえ」

 全身を包み込むような熱気に、のどから引きつったような声がもれた。思わず後ずさると、グジュ、となにかを踏んだ。足を除けると、いちごだ。潰れてはいたが、それが黒いいちごだということはわかった。

「日菜!」

 背後から、わたしの名前を呼ぶ強い声がした。

「日菜! 手を!」

「小夜子ちゃん!」

 私は身体の向きを変え、声のほうに手を伸ばす。

「日菜!」

 小夜子ちゃんもこちらに手を伸ばしている。わたしは、小夜子ちゃんの真っ白い手をぐっとつかんで道路に出た。その途端に、周囲の景色が変わる。焼け野原から、真っ赤な花が咲き乱れる田舎の風景に。空地を見ると、花に埋もれたさっきのあの空地だ。ほっと息を吐く。

「びっくりした」

 そう言うと、

「驚いたのは私のほうよ」

 小夜子ちゃんが、強めの口調でわたしを非難するように言った。

「あなた、さっき妙に薄くなってたわよ」

「薄く?」

「透きとおっているように見えた」

 小夜子ちゃんが言う。

「怖いこと言わないでよ」

 だって、と、さらに怒り出しそうな小夜子ちゃんを遮るように、

「あ、小夜子ちゃん。さっき、初めてわたしを下の名前で呼んでくれたね」

 わたしは話題を変える。

「とっさのことだったから」

 小夜子ちゃんは言い、わたしから目をそらした。

「『朝永さん』より『日菜』」のほうが短いでしょう?」

「うん、まあ、短いけど」

「短いほうが呼びやすいでしょう?」

 小夜子ちゃんは、ぼそぼそとそんなことを言う。どうやら、恥ずかしがっているらしい。

「恥ずかしがらなくていいよ。これからも、日菜って呼んでいいんだからね」

「恥ずかしがってなんかいないわ」

 小夜子ちゃんは耳たぶをほんのりと薄桃色にして、否定にならない否定をする。

「そういえばさ。なんかさっき、変ないちご踏んじゃった。黒いいちご」

「ああ、それは虫よ」

 途端に、小夜子ちゃんは顔を歪ませる。表情が乏しいくせに、嫌そうな顔だけはわかりやすい。

「え、虫なの?」

「そう。いちごじゃなくて、いちごみたいな虫」

 その言葉に、あれを踏んだ時の生々しい感触が足に蘇る。

「うえぇ、気持ち悪いよお」

「私も、あの虫は嫌い。気持ち悪いから」

 小夜子ちゃんは、美しい顔にさらに嫌悪を浮かべ歪ませた。そして上体を前に傾けて、唐突に吐いた。びちゃっと音がして、小夜子ちゃんの吐瀉物が地面に拡がる。

「え、わ、大丈夫!?」

 とっさに小夜子ちゃんの背中をさする。

「大丈夫。出したらすっきりしたわ」

 小夜子ちゃんはそう言って、スカートのポケットからハンカチを出して、口を拭った。

 ふと見ると、小夜子ちゃんの吐瀉物の中に、潰れたような黒いいちごが交じっているのを発見してしまい、背筋にぞっと悪寒が走る。

「ねえ、それ」

「あ、虫」

 小夜子ちゃんは嫌そうな顔で、吐瀉物の中の虫を見下ろす。

「いつの間に入りこんでいたのかしら。吐いてよかったわ」

 小夜子ちゃんが吐いた虫とは別に、元気な黒いいちごの虫たちが吐瀉物にうじゃうじゃと寄ってきて、その吐瀉物をずるずると食べているようだった。

「この虫、小夜子ちゃんのゲロ、食べてるの?」

「ほら、ね。こういう虫なの。気持ち悪いでしょう?」

「気持ち悪ぅい」

 鳥肌が立った。声を上げたわたしを見て、小夜子ちゃんは、あはは、と笑った。ごく自然に、普通に笑った。わたしは驚いて小夜子ちゃんの顔を凝視する。

「だから私、この虫嫌いなの」

 小夜子ちゃんは無表情に戻ってそう言った。

「なんて顔しているの、日菜」

「だって、小夜子ちゃん笑ったから」

「ええ、笑ったわ」

 小夜子ちゃんは否定しない。

「ねえ、またさっきみたいに笑ってくれる?」

「そうね。虫を吐いたから、もう大丈夫よ」

「え、虫のせいだったんだ」

「たぶんね」

 わたしたちは、黒いいちごのような虫の悪口を言いながら、何事もなかったかのように帰路につく。手を繋いだままで、早足でその場を後にする。

「小夜子ちゃん、ゲロ片付けなくてよかったの?」

「虫が食べるから平気でしょ」



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