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王女キトリー ②

「何よそれ!見たことも無いそんな者と私が婚約しないといけない訳?絶対に嫌!」

 王と大神官は顔を見合わせた。王族の婚姻は神殿で決められ大神官と王の承認で実行される。それは当然ながら拒否権は双方とも無いのだ。キトリーも五、六年経てば十分結婚年齢に達するので婚約は当然の成り行きだった。しかしキトリーは断固拒否したのだ。そして更に王と大神官が仰天する事を言った。

「絶対、絶対、嫌っ!結婚したいのはヴァランだけ!ヴァランじゃないと嫌!」

「キトリー!何を言っている。そんな我が儘許せると思うのか?セゼールの息子はもうすぐ結婚すると聞いておる」


 キトリーは初めて聞いた話に驚き息を呑んだ。


「嘘!嘘よ!」

「嘘では無い。セゼールが先日話しておった。息子もいい歳になったから結婚させて自分の仕事を手伝って貰いたいとか言っておった」

「歳ってまだ若いじゃない!駄目!絶対駄目!」

 キトリーはそう叫ぶと共に走り出した。そしてヴァランを呼ぶ。大神殿からの呼び出しに同行していたヴァランは控えの間で待機中だった。自分を大声で呼ぶ声を聞いたヴァランは何事かと廊下に飛び出した。

「ヴァラン!お前、結婚するの!」

 小さな王女が真っ赤な顔をしてヴァランを見上げて言った。

「 ? いずれはそうしますが・・・それが何か?」

「駄目!絶対に駄目!お前は私と結婚するのよ!命令よ!」

「はあ?」


 奇想天外な事をよくする王女だったが、今回はまた何と馬鹿げた事を言い出したのかとヴァランは呆れてしまった。

「命令と言われましても、こればかりは姫の勝手に出来るものではございませんでしょう?姫の婚姻は神殿と王が決めるもの。私には既に許婚もおりますし・・・」

「駄目!それは解消しなさい!そして私と結婚するのよ!」

 ヴァランは困ってしまった。

「結婚と申されましても、姫はまだお小さいのですから・・・」

「それはもう少し待ちなさい!そうしたら姉様より美人になってやるし胸も大きくなってやるわ!それぐらい待ちなさい!」

「嫌、待つ、待たないの話しでは無く・・・・」


 困り果てた所に王と大神官がキトリーを追って来た。

「これ!キトリー、ヴァランを困らせるではない」

「さようでございます、姫様。これは決定でございます。承知して頂かねばなりません」

「嫌、ヴァランと結婚させてくれないならここから身を投げて死んでやる!」

 キトリーはそう言って高窓によじ登った。

「キ、キトリー!馬鹿なことするでない」「姫様!」

「来ないで!飛び降りるわよ!」


 キトリー達がいた場所は大神殿の中の高い位置にあった。だから当然その窓は地表からは遠く、落ちれば確実に死ぬだろう。ヴァランは直ぐに下の階へ向った。途中の階で胴に縄を巻き柱に括りつけ皮手袋をして窓から上を見上げた。まだ言い争っている様子だったが、キトリーだったら絶対に飛び降りると思っていた。

 ヴァランの予感は的中して彼女は迷いもなく飛び降りた。その瞬間を計り自分も飛び出しキトリーを両手で抱きとめた。縄で下には落ちないが反動で振り子のように壁にぶつかりそうになった。しかしヴァランは壁を蹴って安定させると縄をつたって壁を登った。そして無事に窓から中へとキトリーを運んだのだった。流石のヴァランも手に汗をかいて背中は冷や汗でぐっしょりとなっていた。


「姫!無茶はなりません、と何度申し上げれば宜しいのですか?あんな所から飛び降りれば確実に死にます!」

「大丈夫よ。お前が助けてくれるでしょう?信じているもの」

「・・・・・・・・」

 悪びれも無く言う王女にヴァランが呆れて何も言えなかった。そこに王と大神官がバタバタと真っ青な顔をして降りて来た。

「キトリー!何という馬鹿な事を!」

 キトリーはさっとヴァランの後ろに隠れて顔だけ出した。

「ヴァランと結婚させてくれないなら何回でも飛び降りるわよ!」

 王と大神官は顔を見合わせて、渋い顔をしているヴァランを気の毒そうに見た。そしてこそこそと二人で話し出したのだ。


〝どういたそう?〟

〝王よ、仕方ございません。姫はあのようなご気性。何かあっては困ります。年の差は十四、五ぐらいで微妙なところですが、セゼール家なら問題は無いかと・・・〟

〝それはそうなのだが、向こうは既に結婚間近の婚約者もいるのだぞ〟

〝そこは他の結婚相手を我々が見つけるということで如何でしょうか?〟


 王は頷くと咳払いをした。

「キトリー、お前の望み通りヴァランとの結婚を認める」

「本当!お父様!」

 キトリーは大喜びで飛び跳ねたが、ヴァランは自分の頭が可笑しくなってしまったのかと思った。


(私が姫と結婚?結婚!)


 そしてそれは冗談でも夢でも無かったのだ。進められていた婚礼は白紙になり一夜にしてヴァランは第四王女キトリーの許婚となってしまったのだった。殆どの宮廷人は羨ましがるのでは無くヴァランに同情した。ヴァラン自身、今までの婚約者とは数度会ったぐらいで愛情を感じている訳でも無かったからどうでも良いといえばそれまでだったが・・・・


(しかし姫は論外だろう?)


 と、心の中では思っていたが王命に逆らう事は出来ない。そして一年過ぎ、二年過ぎと退屈しない毎日が過ぎて行った。最近の王女はくるくるの巻き毛を結いあげたり、大人っぽい服を着たりと、少しでも彼に自分を好きになって貰いたくて色々しているようだった。それでもヴァランから見ればまだまだ子供に変わりは無かった。そしてある日、また王女が行方不明となってしまった。今回は珍しくヴァランも見つける事が出来なくて困り果てたところに王女が帰って来たのだった。何処に行っていたのやら靴もドレスも泥だらけで雨に濡れていた。今日は雨天だったがその中を何処に行っていたものか?

「ヴァラン、そこで待っていなさい!」

「はい、畏まりました。しかし姫はお着替えをされた方が宜しいのでは?」

「そんなの後でいいわ。直ぐ来るから待っているのよ」


 キトリーはそういってそそくさと部屋の奥へ消えて行った。雨が窓硝子を打っていた。ヴァランは外を見た。雨の音だけが聞こえる静かな空間だった。

「・・・・そう言えば、今日は収穫祭か・・・」

 本当に王宮は別世界だとヴァランは思った。そしてあれからまだ二年しか経って無いのに何年も経った気がするのだ。しかしキトリーと初めて会った日を思い出すと笑いが出てしまった。


(本当にゼンマイみたいだった・・・)


 そして戻って来た王女を見て、ヴァランは吹き出してしまった。

 今のキトリーは髪を下ろしていて濡れた巻き毛が一層くるくるで、泥まみれだから本当に山裾に顔を出しているゼンマイのようだった。

「何を笑っているの!失礼ね!」

「失礼致しました」

 笑いを堪えながらヴァランは王女の運んできたものが目に入った。


(お茶?まさか姫が淹れたのか?)


 侍女を下がらせた部屋にキトリーしかいない。茶の入った器は一つだけでそれをのせた盆はこぼれた茶が点々としている。侍女が淹れたのでは無い証拠だった。しかも茶葉の入れすぎか綺麗な器の中身は真っ黒でとても不味そうな感じだ。

 キトリーはそれをテーブルの上に置くとヴァランに振向いた。

「ねえ、ヴァラン。お前は私の事、好き?」

 ヴァランは驚いて目を見開いた。


(いきなりこれだ。どう答えるべきか・・・)


 そう迷っているとキトリーは、ぷいっと横を向いた。

「もういいわ!ならこれを飲みなさい!」

「うっ・・・・」

 目の前に突き出されたその茶の香りが、何ともいえない甘ったるい変な臭いがした。

「姫・・・私は今、喉は渇いておりませんので・・・」

「つべこべ言わないで飲むのよ!」

 ヴァランは絶対飲まない方が身の為だと思って何とか断ろうとした。すると怒ったキトリーはそれを自分で飲んだのだ。ヴァランは、ほっとする間もなく王女の体当たりを受けてしまい倒れこんでしまった。キトリーは素早く彼を押さえ込んだ。


「姫!いったい―――え?ぐっ・・・・・・・うう」


 そして驚く間もなくキトリーがいきなり彼の唇に口づけしたのだ。しかも苦くてやたら甘い茶を口移しで流し込まれたのだった。ヴァランは驚き過ぎて頭の中が真っ白になってしまった。唇を離した王女は目の前でにっこり微笑んだ。

「飲んだわね?ヴァラン。これでお前は私が好きになるわ」

「え?」

 何の話だと思ったところにキトリーのポケットから空っぽの小瓶が転がり出てきた。ヴァランはその瓶に書いてある字を見てあっと思った。


(まさか露店で売っている縁結びのまじない?)


 この祭りの時期にしか売っていないお茶に入れる蜜だとかなんだとか言っていた・・・・それを買いにわざわざ城を抜け出し雨の中を行ったのだろう。


(こんなに泥だらけになって・・・王女なのに?まったく敵わないな・・・この姫には)


 ヴァランは自然と笑いが込み上げてきた。

「何?何を笑っているのよ!」

 ヴァランは倒れた自分の上から退かず、ふて腐れるキトリーが急に愛しくなってしまった。子供だと思っていたがちょっとした仕草に、はっとする時もあったが今もそんな感じだ。ヴァランはとうとう観念した。もう随分前からこの破天荒な姫に自分はまいっていたのだろうと思った。まだ本気で相手にするには数年必要だが・・・・取り敢えず。

「姫。女性から男に口づけするものではございません。まして押し倒すなどもってのほか。こういうのは男側からするものです」

 そう言ってキトリーごと起き上がったヴァランはそっと彼女に口づけをした。

「ヴァ・・ラ・ン?」

「早く大人になって下さい、私の姫君」


 そしてヴァランはその時初めて王女の涙を見たのだ。こぼれ落ちる涙はまるで朝露のようだった。ゼンマイのようだと思っていた姫は、王宮の庭に朝露を含んで咲く花々のように見えた。そしてその幻は現実となった。年を重ねるごとに薄い膜が剥がれていくようにキトリーは少女から美しい女性へと変身していったのだ。ヴァランに同情していた男達が羨望するぐらいに―――そして五年後、二人は婚礼を挙げたのだった。


 リリーは、ほうと溜息をついた。

「侯爵様、とても素敵なお話でした。本当に魅力的な方ですよね。キトリー様は」

「もちろん。私がずっとお守りしてきた姫君なのだから当然であろう」

「それにお二人はとても愛し合っていらっしゃるのですね?だったら私は・・・」

「・・・・私に妾がどうのという話は考えられないのが分かるであろう?それに・・・私は彼女が泣いたのをもう一度だけ見た事がある。それはクロードを産んだ後だった・・・難産でな・・・身体を壊してしまってもう子供は望めないと医師から言われた日だった。彼女はその時泣いたのだよ。もうお前の子供が産めないと言って・・・私が子供好きだと知っていたからそう言ったのだと思うが・・・だけど私は言った。クロードを産んでくれてありがとうと・・・そして息子は私達二人の宝物となった。だからいつも息子の幸せを考えている・・・そのクロードにそなたと結婚して欲しいと彼女は言ったのだよ。昔から滅茶苦茶な事ばかりしていたが、こればかりは冗談や気まぐれで言うものでは無い。そなたを本当に認めていて大事に思っているのだろうということだ」


 リリーは驚いた。

「私はお茶屋の娘のただの侍女です。キトリー様に認めてもらうものなんか・・・」

「リリー、私の姫がそんな常識で物事を計ると思うか?」

「でも・・・私は・・・」

「まあいい。ゆっくり考えなさい。すっかり長居をしてしまった。私はもう失礼するとしよう」

 リリーは彼が何を言いたかったのか考えがまとまらなかった。しかし自分の置かれた状況が思っていたものと違うというのだけは分かった。キトリーを愛している侯爵は妾などいらないのだ。

「侯爵様、ありがとうございました。よく考えます」


 ヴァランは頷いてその部屋を後にしたのだった。リリーはまた溜息をついた。侯爵は話の初めにそれを聞けば色々納得すると言った。考えると妾は要らないし、それを薦める筈が無い二人の関係と、大切な息子の話。確かに矛盾していた。


(キトリー様に言われて愛人になるようになったのに?)


 リリーは色々考えながらもう今日は寝てしまおうと思って夜着を取り出した。そしてそれを見て驚いてしまった。昨日とは違うものに換えられていたからだ。


(や、やっぱり愛人にと言うのは本気だったのかも・・・)


 それは侍女仲間達が自慢気に着ていたものと同じようなものだったのだ。それよりももっと凄いかもしれない。他に無いか探したが似たようなのが数枚出てきただけだった。仕方が無いのでそれに着替えて寝る前にお茶を淹れ始めた。


 その時、扉が開く音が聞こえてリリーは振向いた。そこにはクロードが立っていたのだった。


クロードの両親の恋物語だけで単独小説書けるくらい好きでした。もっと長く書きたかったのですけどね。今でもヴァランが自分の妻を「姫」と呼んで大事にしているところなんか大好きです。

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