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侯爵夫人の謀

 けたたましい音と共に、何かが飛び出して来た。そして腐ったような臭いと耳を覆いたくなるような甲高い咆哮―――

 会議室にいた者達は目の前に存在するはずの無いものを見て、その場で硬直する者、悲鳴をあげて駆け出す者達で騒然となった。それは商工会の者から王へと贈られた数々の箱の中から現れた妖魔の群れだった。人間の子供の大きさぐらいしかないその醜悪な妖魔は二つ足で立っているが背中を深く折り、手のようなものは前へだらりと垂らしていた。しかしその動きは速く、鋭い爪が凶器だった。


「なんだってこんな所に!」


 襲いかかる妖魔を払いながらアランは怒鳴った。

「あっははははっ、皆死ぬがいい!王もそしてクロード・セゼール!お前など八つ裂きにされるがいい!」

「誰だ?あの馬鹿笑いしている奴は?」

 アランは妖魔の攻撃を防ぎながらクロードに聞いた。クロードは切っても、切っても、立ち上がる不死身の妖魔を切り捨てながら平静に答えた。

「こないだの残党のようですね」

「残党?お前、手ぇ抜きやがったな?おっとっと、全く煩い奴らだ!聖剣を抜く暇がねえ」

「手抜きとは心外です。それよりも賄賂は貰ったら最初に見るべきでしたね。会議前に見ると決議内容に支障をきたすとか言わずに。でもこんな贈物が入っていたら驚きですけどね」

「馬鹿か!こんな時にそんなこと言っている場合か!」

 クロードは嫌そうに妖魔を串刺しにしながら言った。

「はい、申し訳ございません。反省しています」

「おっ、意外と素直に認めたな!ちっ、それにしても近衛はまだか!」


 クロードは本当に反省した。後宮の陰謀はほぼ決着はついていた。しかしその中で一人だけ取り逃がしていたものがいたのだった。商工会の一員で資金元でもあった商人だ。財産を持って逃げ出した奴が、まさか復讐に帰って来るとは思わず読み違いだった。だいたい王家を狙おうと思う狂信的な者が、一般的な思考では無いと判断しなければならなかったのだ。多分、持ち出した資金で人を雇って妖魔を捕らえ、それを薬で眠らせてこの定例会議を狙ったのだろう。単純過ぎて見落としてしまった。それにしても剣を使えるものなら防げるぐらいの下級妖魔だが、数が多く死なないので面倒だった。アランを中心に剣を使える者達で皆を守り、応戦しているが切りが無かった。


「陛下、早く聖剣で、ちゃっちゃとやってください」

「簡単に言うな!こいつらがちょこまか来るから、呪を詠じる時間が取れないんだ!クロード、お前、もっとしっかり時間をかせげ!」

「無茶でございます。私は頭脳派、父と違ってこういうのは得意ではありませんので」

 平然と答えていたクロードだったが、後方でリリーの悲鳴を聞き顔色が変わった。そして即座にその場の守りを放棄してリリーの下へと向ったのだった。


「リリ――っ」


 脇から襲ってきた妖魔がリリーに飛び掛る寸前、クロードは間に合った。彼女を抱きしめるように胸に庇い、背中に妖魔の爪を受けたのだった。

「きゃっ――クロードさまぁ――っ!」

 アランが妖魔を払い、二人の所に寄って来た。

「クロード!大丈夫か!」

 クロードはリリーを庇いながら立ち上がって平然と言った。

「問題ございません。それよりも陛下、遊んでいないで早く始末して下さい」

「俺が遊んでいる?まったくお前は!心配してやったのにまったく可愛げの無い!ああ、もう煩いんだよ!」


 アランは二、三体の妖魔を薙ぎ倒すと、二振りの光りの聖剣の鞘を払いのけた。そしてその剣の力を解き放つ呪を詠じ始めた。

「ʃΞΨΠΛΣʃ・・・・創世の煌く源よ、我は汝を召喚する。我にその黄金の輝きと虚を滅ぼす光りを貸し与えよ・・・・ΥΠΟΦΥЩ」

 それからその呪を詠じ終わると同時に双剣の刃を頭上で重ねた。その重なった剣から眩い光が溢れ、一切の色を消し去る閃光が駆け抜けた。虚無の王から人々を救う光り・・・・いつ見ても美しい光景だとクロードは思った。そして聖剣の結界内は影も色彩も奪われる。その光りに射竦められた妖魔達は身動き一つ出来ず、アランが振り下ろす双剣に斬られ霧散していったのだった。


「ふん、手応えのないもんだ。まあ、数を用意したのだけは褒めてやる」


 アランはそう言いながら聖剣を鞘に戻すと結界が消えて色彩が戻ってきた。そして呆然としている犯人を、ぎらりと睨んだ。

「あの馬鹿どうする?斬ってもいいか?」

「いいえ、そんな温情必要ありません。貴方を狙ったのですから死ぬより恐ろしいことがあると分からせなくてはいけませんからね」

「怖いねぇ~はい、はい。それよりもお前、傷かなり深いだろう?」

 近くにいたリリーは既に泣いていたが、大粒の涙がぽろぽろ大きな瞳からこぼれ出した。

「クロード様!申し訳ございません!私、私のために・・・」

 クロードは余計なことを言ったアランを、ギロリと睨んだ。そして何時もの言葉を言った。

「大丈夫です。問題はありません」

「おーお、やせ我慢して」

 愉快そうに言うアランの顔が急に満面の笑顔になった。


「陛下!ご無事でございますか!」


 顔色を変えたイレーネが息を切らしながら走って来たのだ。

「お怪我は?アラン様?」

「ん、大丈夫だ!何とも無い!」

 アランはイレーネが滅多に呼ばない自分の名前を呼んだので、尚更笑みが広がった。

「ああ・・冥神よ、感謝致します―――アラン様!」

 そして彼女が神に祈りを捧げると、アランの胸の中へ飛び込んで来た。またもや滅多にない状況なのでアランは素早く腕を回すと唇を寄せた。しかしその口づけはイレーネの手で遮られてしまった。

「駄目でございます。今、冥神に貴方の無事を感謝し、一月の潔斎を捧げました。わたくしに触れてはなりません」


「はあ?何だそれ?お前に一月も触れられないなんてそんな馬鹿な話があるか!それなら妖魔にでも食われて死んだほうがマシだ!」


「そんな・・・わたくしは陛下の為に・・・」

「うるさい!ここはオラールだ!ここにいる神は冥神ではなくて天神だ!俺が太陽の刻印を持つ神の化身なんだから俺の言うことを聞けばいいんだ!分かったか?」

 相変わらず無茶苦茶な論法のアランだ。しかしイレーネはそれが堪らなく愛しいと思ってしまうのだから、自分でも変だとこの頃思ってしまうのだった。だから少し困ったような顔をしても頷いてしまう。

「はい、承知致しました。でも、ここでは嫌でございます。皆がおりますから・・・恥ずかしいですので・・・」

 最後の恥ずかしいと言う言葉はアランにだけ聞こえるように言った。

「ううううっ・・・イレーネ、お前、それ反則だ!どうしてお前はそうなんだ!あああっ、もう知らん!覚えておけよ、今夜!寝かさんからな!」

「へ、陛下!もう知りません!」

 イレーネが真っ赤になって走り去ってしまった。

「イレーネ様!」

 リリーがその後を追い掛けて行く。


 残されたクロードは大きく溜息をついた。

「陛下、程ほどにお願い致します。婚儀前にご懐妊でもされたら婚礼行事に支障きたしますので」

「ふん、お前こそ澄ました顔をしやがって!もう彼女はいないぞ。やせ我慢せずに倒れたらどうだ?どうせ心配させると思っていたんだろう?お前こそ馬鹿だ」

 平然としているようだったクロードも流石に顔色が悪く、額には汗をかいていた。

「・・・・・そうですね。確かに問題ないとは言えません・・・・」

「おいっ!クロード!クロード・・・・」

 アランが呼ぶ声をクロードは遠くで聞いた。意識が無くなっているのだろうと思いながら浮かんでくるのはリリーの泣き顔だった。


(困りましたね。ここで意識が無くなると・・・誤魔化せ・・な・・・・い・・・・)


 そしてクロードが目覚めた場所は見慣れた自分の部屋では無かった。ここは何処だったかと記憶を捲り始めた。

「あら?目が覚めたの?」

「母上?では此処は屋敷ですか?」

 キトリーが寝台へ近づいて来た。

「違うわ。ここは王宮の一室よ」

 屋敷の雰囲気に似ていたのはそのせいかとクロードは思った。それは逆だ。屋敷がキトリーの為に王宮風に造っているのだ。

「それは母上には御足労かけて申し訳ございませんでした」

 内心、屋敷に運ばれなくて良かったと思った。

「アランに感謝することね」

「え?」

「お前、リリーに心配かけさせないように痩せ我慢したそうね?だからアランはそれを汲み取って此処に運んだそうよ。馬鹿ね!我慢するなら死ぬ気でしなさい!中途半端はみっともないわ」

 母親の酷い言い草には慣れているが、アランがそんな繊細な気遣いをするとは驚きだった。変われば変わるものだと感心した。

(私に関しては、ただ面白がっているだけかもしれませんけどね・・・)

 アランの気遣いはイレーネ限定だろう。それを思うとリリーは彼女の大事な侍女。


(そのリリーのためと考えればこうなるのか?)


 クロードは笑いが込み上げてきた。そんなアランが愚かしいと思うのか自分も似たり寄ったりだと思って笑ってしまうのか?とにかく笑いが出てしまうのだ。

「何?急に笑いだして。気味が悪い子ね」

「母上、酷いですね。名誉の負傷をした息子にそう言われますか?」

「リリーを守るのは当たり前のことです」

「母上には敵いません。その彼女はどうしていますか?私の事は?」

 クロードはさり気なく聞いたつもりだが、キトリーは嫌な微笑み方をした。

「リリーはね、お前が何故帰って来ないのかと心配していたわ。だから傷はたいしたこと無くて、事後処理で忙しいから王宮で寝泊りしていると言っているわ」

 キトリーは息子が、ほっとした様子を見逃さなかった。


「ねぇ、クロード。私、リリーが気に入ったの。だから娘に欲しいのよ」


「え?養女にでも迎えるのですか?」

 怪訝な顔をした息子にキトリーは楽しそうに笑った。

「何を言っているの?お前が彼女と結婚しなさいと言っているのよ」

 クロードは傷の事を忘れて、飛び起きてしまった。

「くっ――っ・・・な、何を馬鹿なことを・・・」

 それだけ言うと寝床に臥した。

「どうせお前、誰とも結婚しないのでしょう?大神官が持ってくる由緒正しい娘達との結婚蹴るでしょう?それなら誰でもいいじゃないの?だから誰でもいいなら私の為にリリーと結婚して頂戴」

 クロードはまたもや思考回路が止まりそうだった。アランの滅茶苦茶な論法と変わらない。何がどうしてそういう結論になるのかさっぱりなのだ。確かにリリーの事は好ましく思っているし、これが恋愛感情だというのも認めるところだ。そういった感情は制御出来ると思っていたが、意外と難しいということにこの数日で感じたところだった。とはいえ・・・・だけど、ただそれだけで制御不可能ではないのだ。


(それが急に結婚話?有り得ない・・・)


 煩わしいだけの結婚など問題外だ。

「話になりませんね、母上」

 冷めた目で自分を見る息子に、キトリーは心の中で溜息をついた。


(やはり一筋縄ではいかないわね。だいたい理性が強すぎるのよ。すぐ頭で考えるから心が自分で分からない。頭が良すぎるのも考えものね。アランみたいに勘だけで動けばいいのに!こうなったら理性を吹き飛ばすようなものを用意するしかないようね)



 その日、リリーはキトリーから触れるのも躊躇われる年代ものの茶器を預かった。本体を出すまで何層にも重ねられた箱に収められてあり、大変貴重なものだと分かる代物だ。それで茶を飲みたいとの希望だったのだ。それを用心しながら部屋に運び、準備をしていた。そして用意が出来たのでそれをキトリーの前まで静かに運んだ時だった。足元が何かに引っかかり手に持っていたその器を床に落としてしまったのだ!

 ガシャン!という盛大な音と共に、キトリーが悲鳴を上げた。


「きゃ――っ!リリー!何ということを――っ」


 リリーは自分の手から落ちたその残骸を呆然と見た。何という失敗をしてしまったのか。それを見た執事のブノアが今にも昏倒しそうに真っ青になっていた。

「な、なんということを・・・家宝の茶器が・・・」

「も、申し訳ございません!」

 リリーはその場で平伏して何度も謝った。自分の仕出かした事が恐ろしくて全身が震えた。壊れた物はもう二度と元に戻らないのだ。

「謝って済むものでは無い!これは二度と手に入るものでも無く、まして買える代物ではない。このような大事なものを何という不注意か!」

 ブノアの叱責にリリーはどう答えていいか分からなかった。謝って済むものでは無いと言うのは十分分かっている。だがただ謝るしか自分には出来ないのだ。

「申し訳ございません!申し訳ございません!」

 リリーは床に頭を擦り付けて謝った。申し訳なくてキトリーの顔が見られなかった。


「リリー、顔を上げなさい」

「も、申し訳ございません!キトリー様!」

「いいから、顔を上げなさい」

 リリーは大きな瞳に涙を浮かべながら優雅に座る女主人を見上げた。そして再度謝ろうとした言葉はキトリーに遮られた。

「謝るのはもういいわ。ブノアの言う通り、謝られても元には戻らないのだから・・・・それよりもお前はこの始末どうするつもり?」

 どうするのかと言われてもどうしようにも無い。

「まぁ・・・はっきり言って、これと同じものは無いのだし、かといって同等のものもなし・・・後はお金に換算したとしても・・・お前ではとても払えるものでは無いわ。一生ここで働いたとしても無理。それは分かるわよね?」

「は、はい。で、でも私に出来ることでしたら何でも致します!」

「そう?そうね・・・お前の家族揃って無理心中でもされたら寝覚めも悪いし・・・私はこれでも寛大なのよ。ここは一つ、取引しましょうか?」

 リリーは家族が無理心中と聞いて真っ青になった。自分だけでは無く、当然家族にも迷惑をかけてしまうのだ。キトリーの言う取引というのが何であれ、それを承諾するしか道は無いだろう。そして言われた内容に愕然としたのだった。



 クロードは怪我を気取られない状態まで回復すると、屋敷へと戻って来た。だが何と無く中の雰囲気が違う気がした。若々しいというのか?華やいだ感じというのか?ある一角がそんな雰囲気だった。そこから漂う香の匂いが何時もと違ってそう感じるのかもしれない。不思議に思いながら帰館の挨拶をしに母親の部屋へと向ったのだった。

「只今戻りました、母上」

「あら?もう帰ってきたの?早かったわね」

 クロードはやはり可笑しいと思った。キトリーが何時に無く華やいで若々しいのだ。

「少し、留守をしただけでしたが館内も母上も随分雰囲気が変わりましたね?」

 そう言いながら、視線は何時もいる筈のリリーを探した。

「まあ、ほほほ・・・お前は鋭いはねえ。バシュレ婦人から勧められたからそれを実行してみたのよ。今はそれが流行りなのですって・・・ほほほ」

「バシュレ婦人ですか?」


 バシュレ婦人はキトリーの友人では無くライバルだ。二人は何かと競い合っていた。今回も何かは知らないがその馬鹿げた競い合いをしているのだろう。

「ええ、そうよ。私、彼女から言われて悔しかったの」

 聞いて欲しそうな顔をする母親の相手をするのも息子の務めだろう。内心、うんざりしながら聞き返してやった。

「今度は何ですか?」

「屋敷も華やかになって私も楽しいものよ」

 勿体つけた言い方に更に、うんざりしながらクロードはまた聞き返してやった。すると丁度その時、見当たらなかったリリーが部屋に入って来た。リリーはクロードを見とめると、はっとして俯いてしまったが、クロードは彼女の姿に驚き、目を見張った。リリーは贅を尽くしたドレスを着ていて、まるで何処かの貴族の令嬢のようだったのだ。


(娘にしたいとか言っていましたが・・・まさか養女にしたとか?)


「丁度良かったわ、リリー。今話していたところよ。それで、クロード。先ほどの続き、彼女をヴァランの妾にしたのよ」

「そうですか。妾?母上!今、妾とか言いましたか?」

「耳が悪くなったの?そうよ、リリーは妻公認の妾になってもらったのよ。今、それが流行りなんですって!それも仲良しの若い子を夫の妾にして一緒に住むのよ。そうすると屋敷も華やぐし夫も自分も刺激を受けて若返るらしいわ!」

 クロードは驚いたどころでは無かった。それが流行っているのかどうかまで知らないが

確かにそんな事をしている貴族はいる。それはどちらかと言うと恋人を夫婦で共有して、それこそ妾は男だったり女だったりする不道徳な関係だ。


「母上!冗談は止めて下さい!」

「冗談?冗談なんかじゃないわ。私はリリーに此処にずっと居て貰いたいからお前に結婚して欲しいと言ったでしょう?でも聞いて貰えないし、聞けばアランが何か画策しているでしょう?養女にしてもいつかは嫁がせる事になるし、どうしようと思っていたらバシュレ婦人が自慢して私を馬鹿にするのよ。私が夫に愛人を作らせない甲斐性無し、とか言って・・・それで私は思いついた訳よ」

「リリー!君はそれを承知したのか!」

 クロードは珍しく大きな声を出した。リリーは弾かれたように顔を上げたが、キトリーの視線に気がついてまた俯いてしまった。俯く彼女の表情は分からなかった。しかし小さな声でリリーは答えた。


「はい、承知しております」


 キトリーから言われた取引とはこの事だったのだ。彼女の夫ヴァランの愛人になってこの屋敷に住みキトリーと暮らす。所謂、昼は女主人のお世話をし、夜はご主人様の閨の相手をする召使い兼、愛人。とても世間に顔向け出来ないようなものだった。それをキトリーから言われた時、絶対に嫌だと思った。だけどその提案を呑むしか償える道が無いのも確かだった。頷くしか無かった―――

「馬鹿な!母が無理強いしたのだろう?妾なんて君みたいな普通の娘がなるものではない!止めなさい!」

 止められるなら止めたい。だけど出来ないのだ。

「何故お前がそんな事を言える権利があるの?私は無理強いして無いわ。提案はしたけれど望んだのはリリーよ。それにこれはお金の問題もあるの。だからリリーは喜んで引き受けたのよ」

 リリーはぐっと両手を胸元で合わせた。


(喜んでなんかいない!喜んでなんか・・・・)


 クロードは信じられないというような顔をしていた。確かに妾になりたがる一部の侍女達がいるのは知っている。王宮では時々見られる風景だった。クロードも当然それを狙う侍女の標的になった事は度々あった。クロードは無視していたが、アランは美人ならしっかり手を付けていた。その処理を何度したことか・・・・その女達の顔を思い出した。美しい姿形をしているのに心は醜悪だった。アランがどうしてこんな女達を相手にしているのかと何時も思っていた。今思えば彼の心は誰も愛していなかったから慰めてもらう、魅力的な姿形があれば良かったのだろう。心など必要なかったのだ。


(金?リリーがあの醜悪な女達と同じだと?まさか?)


 クロードはどう考えても信じられなかった。初めて会った時、陰気な図書館で怯えながらも自分の仕事だからと主張していた娘。お茶を楽しそうに淹れて最後にとびきりの笑顔で魔法だと言って小瓶を一振りする娘。その一杯を飲みたい為に何時もより何倍も速く仕事を終えて急いで帰った日々―――その彼女が?


「リリー!」


「まっ!驚くじゃない。急に大きな声を出したりして」

 クロードは辺りを見渡した。さっきまでいたリリーがいないのだ。

「リリーなら、お前がぼやっと考え込んでいるうちに出ていかせたわよ。もうそろそろヴァランが帰って来るから部屋で待つように言っているわ。彼女用の新しい部屋を用意したのよ。ふふふっ」

 今日は始終楽しそうな母にクロードは食って掛かった。

「母上!父上は承知したのですか!母上は本当にそれでいいと思っているのですか!」

「ヴァランは私の言う事は何でも聞いてくれるわ。知っているでしょう?それに何の文句があるのかしら?殿方ならあんなに可愛い女の子を嫌がる理由なんてないわ。ああ、いたわね、此処に」

 キトリーはクロードを指差した。


「私は・・・」

「もう駄目よ。私の計画は変わったのだから。ヴァランが帰って来たら・・・くすっ、今日の夜は愛人契約成立で彼女も幸せ、私も幸せ、ヴァランも幸せになれるわ」

「・・・・・そうですか。分かりました。私は彼女を誤解していたようですね。そんな目先の利益に目が眩むような人物だったとは思いませんでした。それでは母上、父上も余り羽目を外さないようにだけお願い致します」

「・・・・・・・」

 クロードは平然とした顔をして退室して行ってしまった。

 残されたキトリーは大きな溜息をついた。

「頑固な子ね。これでも鉄の理性が壊れないとは・・・予想外だったわ。リリーにつらい思いをさているのに・・・これでは私が思いっきり悪者だわ」

 全てキトリーが企んだ無茶苦茶な作戦だった。わざとリリーの足を引っ掛けて転ばして茶器を壊させて、その責任を取らせる。

「ヴァランの妾にするぐらいじゃ敵対心湧かなかったのかしら?やっぱり若くないからかしらね。同じ世代と言ってもねぇ~相手が本気になってもらったら困るし・・・いい手だと思ったのに」

 キトリーはまた大きな溜息をついた。


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