19 転
さて、また学校が始まったということはクラインさんから睨まれる日々も始まった、ということですね。少し胃がキリキリします。
朝登校する際に馬車を降りて校門をくぐろうとすると、同時刻に登校された周りの方々に挨拶されます。
それに笑顔で答えていると、よし、今日も頑張ろう! と気合いが入りますね。これも毎日の出来事です。
さて、挨拶をしながら脳内では何故クラインさんに睨まれるのか、理由を考えていました。無意識に何かクラインさんの琴線に触れてしまったのでしょうか。
……うーん、分かりません。こういう時に気軽に聞ける方もいないので、一人で考え込むしかありません。あ、もちろん笑顔は健在ですよ。心の中だけで腕を組んで右に左に首を傾げます。
陽だまりでない自分は見せてはいけないのです。失望されるのは怖いですから。池を泳ぐ白鳥さんみたいな感じですよね。優雅に泳ぎながらも、水面下では足をバタつかせている、みたいな。
「きゃんっ!」
そんな風に考え込んでいたその時、目の前ですっ転んだのは……
「大丈夫ですか?」
クラインさんでした。怪我をしていなければいいのですが……。すっと手を差し出すと、
「いったぁーい! ヒダン様、転ばせないでくださいよぅ!」
と言いつつ手を振り払ってしまわれました。あら、私相当嫌われていますね。
ああ、クラインさんが大声で叫ぶからか、ざわざわと私達を中心に人垣が出来てしまいました。野次馬ってやつですね。是非とも私もそちらに逃げたいです。まだクラインさんへの対策を練っていないのですから。
すると騒ぎを聞きつけて駆けつけたかのようにラル様が登場します。タイミングが良いのか悪いのか。……うーん、分かりませんね。
「月光様ぁ、あたし、ヒダン様に転ばされました!」
わあ、ラル様が歩くと人垣がぱっかーんと二つに割れました。ええと……誰でしたっけ、海だか川だかをぱっかーんと二つに割った人。前世にいましたよね。あれ、いなかったですっけ?
……とまあ、現実逃避はこれくらいにしましょう。(嫌でも)現実を見るのです、マリアルモンテ!
ラル様に媚び売るクラインさんは、しかしラル様に無視されていました。
「マリー、大丈夫か? また変人に絡まれていたのか……。」
「ちょっとぉ、無視しないでくださいよぉ!」
やはりクラインさんイコール変人という等式がラル様の中では確立されているようで、もはや名前を覚える気もないようです。
「わ、私は何もないので大丈夫です。しかしクラインさんが目の前で転ばれたので怪我をしていなければいいのですが……」
「だからぁ! ヒダン様に転ばされたんですぅ!」
クラインさんの大きな声に反応するようにラル様は一度ちらとクラインさんを見て、しかしすぐに私へと目線を戻します。
「なんだ、変人は妄言も吐くのか。」
「っ~!」
ぼそりと呟いたラル様のその声に、耐えきれなくなったらしいクラインさんは逃げ去ってしまいました。
「なんだったんだ……?」
「さ、さあ……私にもよく分からないです。」
なかなかクラインさんの言動は理解しかねます……いえ、悪く言ってはいけませんね。
しかし何が目的なのかは知りたいところです。