第九十四話「キャンディ・スプラッシュ」
その場にいる全員が、時間が止まったかのようにピクリとすら動かない。
金太郎たちは、四人でベリアルを囲うようにして監視するように見つめている。
ベリアルは、正面にいる金太郎と将角の瞳を交互に見ているが、たまに背後にいる桂と歩夢へ意識を向けるように視線を横に動かす仕草もしている。
それぞれの近くには、それぞれが所有するモンスターが1体ずつ主人を守るように存在している。
金太郎の前に〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉。将角の右前方に〈ダークネス・ドラゴン・オキュスプリテ〉。桂の右隣に〈カレント・ドラゴン・シュトローム〉。歩夢の左後方気味の位置に〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉。
将角を中心に、ベリアルと心理戦的な会話が繰り広げられている最中に、全員がドラゴンを進化させていた。
そしてベリアルの左前方には、一本の大きな角を持ち合わせた一角獣〈ブラック・ユニコーン〉が鼻息を荒くして唸っている。
「……どうした? 攻めてこないのか?」
ベリアルが将角たちを挑発するように言葉を発した。
ベリアルの言葉が合図となったのか、次の瞬間には金太郎の〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉が〈ブラック・ユニコーン〉目掛けて突進していた。
金太郎の〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉は自らの必殺技『ライトニング・オーラ』によって、その身体能力を極限まで強化された状態だ。
他のモンスターと比べて倍近いほどの凄まじい速度で〈ブラック・ユニコーン〉との距離を縮める〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉。〈ブラック・ユニコーン〉の目の前まで到達してから、瞬時に右側へと回り込むように移動して右手を振りかぶる。
「二度は食らわん!」
先ほどは不意を突かれて〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の攻撃を受けた〈ブラック・ユニコーン〉だったが、今度はベリアルの指示によって後方へ避けるように〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の右手の爪からその身を逃れた。
間髪入れずに〈ブラック・ユニコーン〉が〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉へと飛びかかり、自慢の一本角を突き刺そうと試みる。
だが今度は〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉が両手で〈ブラック・ユニコーン〉の角を掴み、まるでジャイアント・スイングをするかのように大きく五回ほど振り回してから、斜め上空へ放り投げた。
さらに、放り投げられたと思われた〈ブラック・ユニコーン〉は、すぐに空中で体勢を立て直して〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉目掛けて再び一本角を向けて突進するように襲い掛かる。
すると、横から将角の飛び蹴りが〈ブラック・ユニコーン〉へ直撃。〈ブラック・ユニコーン〉は将角に蹴り飛ばされた方向へと吹き飛んでいった。
「ぐはぁあああ……!」
ベリアルの苦痛を帯びた叫びが、〈ブラック・ユニコーン〉だけでなくベリアル自身までもがダメージを受けたことを物語っている。
「はん! 挑発した割には大したことねぇな」
不敵な笑みでベリアルを逆に挑発しているのは将角だ。
「……将角! マジで身体能力上がってんだな」
「ああ、思った以上だ。俺の王将〈スサノオ〉は、もともと剣術系の戦闘スタイルだ。肉弾戦が得意ってわけじゃねぇが、それでも蹴りでこの威力──予想以上に俺たち自身も戦えるぜ」
王将アバターの身体能力をさっそく試した将角。
だが、まだ油断が出来る状況でもなく、二人の視線は常にベリアルから離れない。
当然、桂と歩夢もベリアルを倒すが如く動いていた。
「サウザンド・シュート!」
歩夢がベリアルの後方上空に移動させた〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の必殺技を〈ブラック・ユニコーン〉ではなく、ベリアル自身に向かって放つ。
「なんだと……⁉」
ベリアルが歩夢の声で後方上空へと視線を向けると、そこには千にもおよびそうな数多の波紋が浮かび上がり、それらの中心部からエメラルドグリーンの波動が一斉にベリアル目掛けて放たれた。
さらにベリアルが歩夢の声で後方へと視線を逸らした瞬間、将角が〈ブラック・ユニコーン〉に照準を合わせて〈ダークネス・ドラゴン・オキュスプリテ〉の『ショック・エンド』を放っていた。
ほぼ同時タイミングに、自分自身と〈ブラック・ユニコーン〉を同時に攻撃されて身動きできないベリアル。
「ぐぅ……!」
もはやその表情には余裕など微塵もなく、自らに迫りくる歩夢の〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉が放った『サウザンド・シュート』と、一方で将角の〈ダークネス・ドラゴン・オキュスプリテ〉の必殺技『ショック・エンド』が相棒である〈ブラック・ユニコーン〉を狙っている様子に、無意識にベリアルの顔が歪む。
「……やったか⁉」
〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉を隣に従えた金太郎が、歩夢と将角の攻撃が不発に終わった際に備えて構えた状態で言葉を口にした。
なす術もなく歩夢の〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の『サウザンド・シュート』を、その身に受けるベリアル。
「ぐはぁああああああ⁉」
およそ千発はありそうなエメラルドグリーンの波動が次々とベリアルを直撃し、一帯は爆風で見えなくなっている。
そして将角の〈ダークネス・ドラゴン・オキュスプリテ〉が放った『ショック・エンド』も〈ブラック・ユニコーン〉へと直撃し、黒い波動が球体となって〈ブラック・ユニコーン〉の身体を飲み込んでいく。
徐々に肥大化していく『ショック・エンド』のエネルギー体。ある程度の大きさまで肥大化したのちに、一気に収縮──
まるでブラックホールのごとく、その餌食となった者を飲み込み消滅させる技だ。
だが────
「な…………⁉」
驚く将角の前、『ショック・エンド』のエネルギー体が完全に圧縮されて消えたあと、その場には〈ブラック・ユニコーン〉と思われるモンスターが残っていた。
本来は『ショック・エンド』が直撃したモンスターは完全消滅するはずなのだ。
よくみると〈ブラック・ユニコーン〉の角は四本に増えており、全体的なルックス像も少し前までの〈ブラック・ユニコーン〉と少し違う。
「まさか……」
金太郎と将角の視線が、歩夢の〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉の『サウザンド・シュート』が全弾直撃し終わったベリアルの方へと向けられる。
すでに『サウザンド・シュート』の激しい攻撃による爆風は消えて、そこには満身創痍となったベリアルがボロボロの衣服を身に纏って佇んでいた。
「…………ぐ……! や、やってくれたな…………貴様ら!」
片目を閉じ、全身から青い血を流している。
右半身のダメージが特に酷く、傷や火傷の跡がみられる身体を自ら支えるようにして、何とか金太郎たちに話しかけているようだ。
「い、いまのを食らって倒れないのか……⁉」
『サウザンド・シュート』を直撃させた歩夢本人が言葉を発した。
「今のはヤバかった……。まさか相談もなしに、私と〈ブラック・ユニコーン〉へ同時に攻撃を仕掛けてくるとはな……」
左胸を抑えるようにして、ふらつきながら言葉を口にするベリアル。
「進化させるのが遅れていたら、間違いなく終わっていたな……」
「やっぱり歩夢の『サウザンド・シュート』を食らいながら、〈ブラック・ユニコーン〉を進化させていたのか!」
ベリアルの言葉を受けて、金太郎が一部始終を解説するかのように言った。
「いかにもだ……。我が相棒、進化銀将〈ブラック・ユニコーン・テトラ〉。このモンスターは────」
満身創痍になりながらも、自慢のモンスターの解説を始めるベリアルの表情には笑みが浮かんでいる。
だが──
「キャンディ・スプラッシュ!」
そう、ベリアルの背後から声が聞こえた直後、ベリアルの全方位が真っ赤な血のような泡に包囲された。
「な……⁉ なんだこれは……!」
逃げ場を失い焦りの表情を浮かべるベリアル。慌てて〈ブラック・ユニコーン・テトラ〉で、自分を守ろうと試みるが──
「──ごめんね。悪いけど、ボクらもここでやられるわけにはいかないんだよ」
桂が開いた右手を前に突き出しながら、そう言った。
そして、まるで時間が止まったかのように凍りついた表情で停止しているベリアルを前に、桂の開いた右手が閉じられた。
同時に、包囲していた無数の真っ赤な泡がベリアル向けて放たれた。
無数の真っ赤な泡は、ベリアルのもとでひとつの大きな泡となってベリアルを包み込む。
中でもがき苦しむベリアルの姿が見てとれた。
ベリアルのもとへと向かっていた〈ブラック・ユニコーン・テトラ〉が、ベリアルを包んでいる『キャンディ・スプラッシュ』の泡に突進して割るが、もはや時は遅く中から赤い液体とともに崩れ落ちるように転がるベリアル。
直後、〈ブラック・ユニコーン・テトラ〉の姿は、まるで電子データが消え去るようにして消えていった。
そして、すでに意識を失っていたベリアルの身体も、徐々に消え始めている。
「勝った……のか?」
歩夢が〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉を従えて、金太郎の右隣へと、ゆっくりと降下しながら言葉を口にした。
「そのようだな。一瞬焦ったが、桂が冷静に対処してくれて助かったぜ」
将角が笑顔を桂に向ける。
「ふふ。ボクだって、たまには活躍しないとね」
照れくさそうに答える桂。
「何はともあれ、ベリアル…………。まさか人格を持った敵と戦わないといけないとはな……」
消えていくベリアルを眺めながら金太郎が言った。
「少なくとも、これから先モンスターだけじゃないってことは覚悟しておかなきゃね」
この歩夢の言葉に、三人が頷く。
「さて。それじゃ、竜崎目指して進もうぜ」
将角を先頭に、再び竜崎への道を歩み始める四人。
その先は、相変わらずの黒い空間だけが続いていた。




