第九十話「サウザンド・シュート」
◇ ◆ ◇
しばらく何もない空間をあてもなく漂っていた金太郎たち四人。
「……っていうかさ。俺たち一体どこに向かってんの?」
何となくみんなが思っていたことを、ぼつりと口にした金太郎。
三人が一斉に金太郎の方を見たあと、全員が少しずつ失速を始め、まもなく停止した。
「そういえば…………竜崎ってどっちにいるんだろう?」
歩夢の言葉が沈黙をもたらす。
何もない真っ暗な空間で途方に暮れている四人だったが、しばらくして口を開いたのは将角。
「とはいえ、こんなところでボケっとしている暇はねぇぜ」
三人とも将角の言葉に頷いて、今後の方針について議論を始めることとなった。
まずは桂が言う。
「ひとまず落ち着いて……亞比さんが言ったことを整理して、今の状況と比較して考えよう」
この空間──
つまり4.5次元の世界。
真っ暗で何もない空間ではあるが、実際は金太郎たちが生活していた4次元の世界と同じ空間に存在している。
「余計なものは見えなくなっている……のか?」
将角が疑問を口にして、それに金太郎が答えた。
「単純に俺たちには認識できないだけかも?」
続いて歩夢が会話に加わる。
「でも博士が言うには、僕らがもともと4次元以上のもの把握できなかったのは、魂が人の器に入っているからだって言ってなかった?」
「確かに言っていたよね。生身の肉体から解き放たれたボクらの魂は今、王将をアバターとして存在しているわけだけど……だからボクらが現状で4.5次元の存在となった──とも言えないんじゃないかな?」
歩夢の疑問には、桂が同意しつつも意見を付け足した。
この話題にしがみついていても埒が明かないため、いったん保留にして他に亞比が言っていた情報も整理し始める四人。
まず、この空間のどこかに竜崎がいることは間違いないだろう。
例えば、いま金太郎の隣に亞比がいると仮定した場合、亞比は金太郎が隣にいることには気づかない。
それは亞比が4次元の住人だからだ。
だが、亞比の説明では4.5次元の存在は4次元の存在を認識できると言っていたが、金太郎たちには4次元の世界で感じていたものは何も見えないし聞こえていない。
当然、亞比の姿も見えないし、他の人たちも一切見えていない。海も山も、川も森も、家も何もかも──
金太郎たちは、自分たちがこれまで生活してきた地球上のありとあらゆるものを認識できていないのだ。
歩夢が言った。
「やっぱり僕らが4.5次元の存在になったわけじゃないってことじゃないかな?」
すると、何かを考えていた将角が口を開いた。
「いや……。さっき襲ってきたモンスターを俺たちは確認できたが、恐らくあっち側の奴らには見えなかったはずだ。俺たちは間違いなく4.5次元の存在を認識できている」
「確かに……」
将角の解説に、歩夢は妙に納得して頷いている。
さらに続ける将角。
「恐らく──もともと4次元の存在だった俺たちの意識が、こっちの世界から向こうの世界を認識する感覚に慣れてねぇんだ」
将角は、そっと目を閉じて精神を集中し始めた。
「……将角?」
「少し静かにしろ」
名前を呼んだ金太郎を、将角が黙らせる。
しばらくして、将角があたりをキョロキョロしながら口を開いた。
「…………感じる」
「は……?」
言葉を返したのは金太郎。
将角は目を閉じながら、ゆったりとした口調で続ける。
「確かに……近くに俺たちが住んでいた街があるのを感じる。……人もいる。あっちにいるのが俺のおふくろだ」
将角は何もない空間の方を指さしながら答えた。
「え……? わ、わかるのか、将角?」
金太郎が驚いた表情で言った。
「ああ。気配がある」
「気配…………」
歩夢も将角の話を興味深く聞いている。
「……どれが竜崎の気配だ?」
将角は必死に竜崎の気配を探すが、そもそも竜崎に会った事のない将角が竜崎の気配を察知するのは難しい。
将角の表情にも焦りの色が浮かぶ。
「ねぇ、みんな。ボクたちもやってみようよ」
そう言って将角と同じように目を閉じて精神を集中する桂。
「そ、そうだな。将角にばかり頼っているわけには……」
「このまま途方に暮れていても仕方ないしね」
桂に金太郎が続き、それに歩夢が続く。
少しして歩夢が口を開いた。
「…………確かに……僕らが知っている人がいるのを感じるね」
「うん。知っている人たちの気配は、わかるけど……」
「……知らない人たちは、誰が誰だかわからないな…………」
歩夢の言葉に桂と金太郎が反応した。
四人は気配を察知する術を発見したことで、いま自分たちがいるのは4.5次元であり、それはこれまで人として生活していた4次元──つまり地上の世界と同じ場所に存在しているのだということを知ったのだ。
しかし、もともと知っている人間の存在を感じることは出来るが、もともと知らない人間の存在を感じることは出来ない。
当たり前と言えば当たり前かもしれない。
つまり、四人には見たことも会ったこともない竜崎を感じることは、物理的に不可能だということになる。
「──それでも、これで俺たちが今どういう状況にあるか何となく理解は出来たな」
将角が言った。
「うん……。だけど、これからどうやって竜崎を探そうか?」
桂が将角に答えたついでに疑問を口にする。
確かに、現状で四人が竜崎の存在を探し当てることは困難だ。
途方に暮れるように黙り込む金太郎たち四人。
少しして口を開いたのは金太郎だった。
「迷っていても仕方ないし、とりあえず当てずっぽうで移動しようぜ?」
そう金太郎が言葉を口にした時──
「…………モンスターだ! 来るぞ!」
叫んだのは将角だ。
「モンスター……⁉」
将角の言葉を受けて、金太郎が辺りを確認する。
だが、肉眼で確認できる位置にはモンスターなど一匹も見当たらない。
「い、いないぞ……?」
「いや……もうじき、ここに到達する! あっちから来るぞ……! 1、2、3…………数は────────50ほどいる……!」
狼狽える金太郎の言葉を無視して、将角が状況を説明している。
「手分けして戦うぞ! 全員ドラゴンを召喚しろ!」
「え……あ、ああ……!」
汗を滲ませて身構える将角の隣で、動揺しながらもドラゴンを召喚する歩夢。
桂と金太郎も歩夢に続くように、それぞれのドラゴンを召喚した。
そして将角が〈ダークネス・ドラゴン〉を召喚した瞬間────
数匹のモンスターが物凄い速度で突進してくるのが確認できた。
「ま、マジで来た…………⁉」
まだドラゴンを操ってバトルをしたことがない歩夢。
パニックになってオロオロしている間に、数匹のモンスターが歩夢の〈ゼロ・ドラゴン〉へと飛びかかってきた。
「あ……⁉ ま、まずい…………!」
反応が遅れたことで、モンスターを迎撃できないと判断した歩夢はダメージを覚悟して目を閉じた。
だが次の瞬間、歩夢が体感したのは〝ダメージによる痛み〟ではなく〝モンスターの断末魔〟だった。
「…………え?」
目を開けると、将角の〈ダークネス・ドラゴン〉が、歩夢と〈ゼロ・ドラゴン〉の目の前にいるモンスターの群れを次々と物理攻撃により蹴散らしていた。
歩夢の〈ゼロ・ドラゴン〉に襲い掛かってきたモンスターは三体。
そのすべてが、将角の〈ダークネス・ドラゴン〉の爪や尻尾での攻撃によって、遥か彼方へと吹き飛ばされていた。
「あ、ありがとう……」
思わず無意識に言葉を漏らす歩夢。
「ボケっとすんな! まだまだ来るぞ……迎撃しろ!」
将角は、後方にいる歩夢の方を向いて言葉を荒げた。
「わ、わかったよ……」
歩夢は素直に将角の言葉に従い、気合いを入れ直す。
すると将角の宣言どおり、次々とモンスターの群れが前方に姿を現し始めた。
「な、なんでわかったんだよ……アンタ」
歩夢が将角に問いかけた。
「邪悪な大量の気配が、凄まじい速度でこっちに向かってきていた」
「なるほどね……」
将角の答えに納得した歩夢が、ふと思いついたことを口にした。
「そういえばさ……。そのモンスターの気配を察知したのと同じように、邪悪な気配とかを辿れば、もしかしたら竜崎も────」
「そういう話はあとだ! 今は目の前のモンスターを倒すことに集中しろ!」
「そ……そうだね」
将角に諭された歩夢は、瞳からエメラルドグリーンの炎らしきエフェクトを出現させ、先ほどまでとは別人のような落ち着いた態度でモンスターの方へ視線を向けている。
「……この僕に対して、ナメた真似してくれたじゃないか。ただで済むと思うなよ……?」
歩夢は、そう言ってから右手を前方に伸ばして、召喚口上を唱え始めた。
「世界の終わりは再生への始まり! 繰り返される悲劇を胸に刻み、悲しみと共にその希望の力で世界を再生へと導け! まとめて葬ってやるよ! ──輪廻転生! 〈ゼロ・ドラゴン・ワールドエンド〉!」
歩夢が召喚口上を唱え終えると同時に、歩夢の目の前にいた〈ゼロ・ドラゴン〉がエメラルドグリーンの光の球体に包まれ、その球体が弾けた中から現れたのは八枚の翼を持つ巨大なドラゴン────
歩夢は不敵な笑みを浮かべて言葉を口にした。
「────また人生やり直すんだね。サウザンド・シュート!」
歩夢の言葉と同時に、モンスターたちの上空に数えきれないほどの波紋が出現し、それぞれの中心部からエメラルドグリーンの光の波動のようなものが、モンスターたちを目掛けて一斉に降り注がれた。
その波動が直撃したモンスターの身体は朽ち果てるように消滅していき、まるで生命をも彷彿とさせる美しい色をした小さな光の球体に変化してから、あるべき場所へと昇天するかのごとく次々と消えていく。
気づいたときには、歩夢の目の前は無人の荒野へと化していた。
「歩夢……。まさか約五十体ものモンスターを一斉に消滅させたのか……」
金太郎が驚きの声をあげた。
将角と桂も、驚いたような表情で歩夢の背中を眺めている。
少しして、将角が思いだしたように口を開いた。
「そういや、さっきおまえ竜崎がどうとか言っていたよな?」
「ん? ああ……。将角さんがモンスターの気配を察知した方法。邪悪な気配を頼りにしたんでしょ?」
「ああ。群がって物凄い速さで近づいてきていたこともあって気づいたんだが……」
「モンスターの気配が解るなら、竜崎の魂って世界を歪めるほどの邪悪なものなんだから……同じ方法でわかるんじゃないの?」
「そうか……やってみる価値はあるな」
歩夢の提案で、四人は精神を集中して最も邪悪な気配を探し始めた。
しばらくして、真っ先に声を出したのは将角だった。
「…………いた!」
「……え⁉」
「えっ⁉」
「マジか!」
歩夢と桂そして金太郎の三人が、一斉に将角の方を見る。
「間違いねぇ……! 凄まじい悪意を感じる! あっちの方…………かなり遠いぜ……?」
将角が北西の方角を指差して言った。
金太郎たち三人も、将角の言われた方角の気配を探る。
「あ……! 本当だ! この嫌な感じ…………間違いないよ」
桂が汗を浮かべながら言った。
「確かに間違いなさそうだけど…………めっちゃ遠いじゃん……」
金太郎は、げんなりした表情で言葉を口にした。
「仕方ないさ。作戦でも練りながらゆっくり向かおう。途中で何かいい方法でも思いつくかもしれないしね」
「……だな」
開き直った歩夢の言葉に、将角が同意した。
「恐らく時間とともに精神力は回復する。亞比さんが言っていたように、普段は無駄な召喚は避けて必要な時に使うようにしよう」
三人に提案する金太郎。
「ああ。そうした方が良さそうだな」
「うん」
「確かに、その方が良さそうだね。この先どれだけモンスターが襲ってくるのかもわからないし……」
三人も金太郎の提案に賛成した。
「さて……。それじゃ、まだ先は長そうだけど竜崎を目指して進もうぜ」
金太郎の言葉に三人が頷いた。
まだまだ遠そうな竜崎王牙までの道のり。
金太郎たちは決意を胸に、竜崎がいると思われる方角へ向けて進み始めた。




